理系屋さん~理系女子と騎士のほのぼの事件簿~

小西あまね

文字の大きさ
7 / 19
1章 幽霊屋敷な事件

1-7

しおりを挟む
 翌朝、ベルティーナは迎えに来たエルンストと共に伯爵邸を後にした。
 昨日は、大騒ぎを続ける親子三人を置いて部屋を退出していいと執事が取り計らってくれたが、夜遅くなっても話し合いは続いているようで、ベルティーナは柔らかなベッドの上にも関わらず針の筵に横たわる気分で夜を明かした。

 屋敷を出る時は、執事や家政婦長や庭師や犬のゾフィー、そしてなんと、お嬢様と伯爵夫人まで見送りに出てきてくれた。
 執事は報酬の入った袋をベルティーナに渡した。約束の倍近く入っていて目を見開く。
 伯爵は、貴女が仕事を十分以上に成し遂げたと評価しているのだ、と執事は言った。複雑な父親心理としてお嬢様のことは未だ受け入れられず、きっかけとなったベルティーナと顔を合わせる気にはなれないが、それはそれ、これはこれということらしい。

「理系屋さん、準備ができたら弟子入りに行きますので、よろしくお願いします」
 ドレスの裾を持ち上げカーテシーで挨拶する自称未来の『理系屋さん』。
「この先、もしうちの娘が行くようでしたら、できる範囲で結構なのでお願いしますね。生活費や授業料は持たせますから」
 色々緩いことを仰って伯爵夫人がおっとりと微笑む。後に勿論学校も入るが、まずは弟子入りしたいとのこと。
 ……えーと。まぁいいか。微笑んで頷く。
 ベルティーナ個人としては、理系女性の仲間が増えるのは大歓迎なのだ。



 黒馬トビアスの背に二人乗りで、ベルティーナの村へ向かう。
 うららかな春の陽を受け、道の左右には小さな草花がみっちりと我も我もと伸びている。木々は新緑。道と少し離れて並んで流れる小川はきらきらと光を反射し、宝石のように色鮮やかな鳥達が魚を狙い飛び込んではプルルと羽を震わせる。

「お疲れ様、ベルティーナ」
「エルンストもお疲れ様」
「いや、俺は屋根に上ったり扉を押したりの脳筋要員だから」
「いや、物理的にも助かったし、気持ち的にも本当に心強かったって。貴族の家にアウェーだよ?鬼の形相の伯爵様に説明する時とか、そこに居てくれるのがどれだけ支えになったか」
「そうかそうか」
 エルンストが弾んだ声音で言う。
 二人乗りなのでベルティーナからはエルンストの大きな背中しか見えない。

「ベルティーナは街に住む気はないのか?」
 微妙に緊張したような固い声音でエルンストが訊く。
「うん、ない」
「即答かよ!」
「空気が悪いから星が見え辛くて」
 ベルティーナは天文学者だ。多くの人は『理系屋さん』と認識し、忘れられているが。
「あー……そりゃ致命的だよなぁ」
 金髪の頭の上で犬耳が垂れて見える。
 ーー顔も見えないのに、声や背中の丸め方だけで、いつの間にこんなにエルンストのことが分かるようになったのか。
 皆がベルティーナを『理系屋さん』と呼んでも、変わり者と呼んでも、エルンストはベルティーナが専門の天文学を宝物のように大切にしていることを忘れないし、当たり前に尊重してくれるからだろうか。

「俺も村に住もうかな」
 うん、空気も自然も綺麗だから気持ちは分かる、とそういう所はきっちり斜め上でベルティーナは思う。でも。
「毎日街へ通うのは無理でしょう」
「村に騎士団の駐在を置いてはどうかって話も、あったりなかったり……」
「え?あるの?」
「あったりなかったり……が数年続いてて、身動き取り辛い」
「うわぁ、組織あるある」

「おーい!エルンスト!」
 後ろから声がかかる。
 ベルティーナが振り返ると、青い制服の青年を乗せた馬が近付いてくる。
「何かあったのか」
 エルンストが馬を止め振り返る。同僚のようだ。
「いやいや」
 同僚氏は手を振ってベルティーナに向き直る。
「噂の『理系屋さん』にぜひ!と騎士団支部一同から贈り物です。街で一番人気の店の焼き菓子です」
「え?あ、ありがとうございます……?」
 今度は一体何の『噂』なのか。渡された紙包みはほんのり温かく、バターと卵のいい匂いがふわりと立ち上る。
「あの、私は騎士団の皆様には何もしてないのですが」
「いやいやいや。伯爵家の事件を解決してくれたでしょう。俺達はどう手を付けていいかも分からなかったのに、鮮やかに解決!」
 結果的に騎士団のお役に立てていたらしい。しかし彼女は騎士団のために働いた訳ではなかった。
「お礼を頂くようなことでは」
 恐縮して包みを返そうとすると、青年はぱっと子供のように手を挙げて受け取らない。
「あ、気になるならエルンストと一緒に食べてやってください。家に着く頃には冷めちゃってるかもしれませんが、軽く炙ると美味しいですよ」
 お気持ちなら受け取った方がいいか。金銭という訳ではないし。
「おい」
 エルンストが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「邪魔な伝令はもう帰ります。では!」
 春の嵐のように現れた同僚氏は、春の嵐のように去っていった。 

「仲間思いの同僚だなぁ。エルンストも功労者だもんね。うちに着いたらお茶を入れるから食べていきなよ」
「……お言葉に甘えさせてもらう。でも茶は俺が入れる。ベルティーナは長く空けた家が気になるだろし、荷解きもあるだろう」
「エルンストのオカン……」
 ベルティーナは微笑む。
 見上げた春の空は澄みきっている。今夜は星が綺麗に見えそうだ。


 街へベルティーナを呼ぶ時、なんで毎度エルンストが行くのか、ベルティーナはいつ知るのだろう。
 ベルティーナに会いに行く絶好の口実であり、また他の男を寄せ付けたくないというエルンストの想いをいつ知るのか。
 応援しつつも面白がる同僚達の賭けは熱を帯びるのだった。



*******
読んでくださりありがとうございました!
舞台は架空の国ですが、キャラ名はドイツ名です。こんな意味があるそうです。
【ベルティーナ】聡明な
【エルンスト】真面目な、真剣な
【トビアス】神は恵み深い
【ゾフィー】知恵、叡智
【エリザベート】神の誓い

理系題材のネタバレ裏話を少々。
時代背景、科学的事実、謎解き的題材、という縛りがあり、下調べや確認に苦労した作品です(^^; 
但し、「この時代に、この科学知識を学ぶことができたか」は考慮しない方針としましたので、創作と了解の上で楽しんで頂けたらと思います。

【ドアの笛吹き】実在のマンションで体験しました。本作では、密閉性のいい石造りのお金持ちの家だからこそ成立。
【ウォーターハンマー】マンションにお住まい等でコーンという音に悩まされた方が居るかもしれません。作中は上流階級の家しか水道管がなかった時代なので、配管技術も未熟だったことでしょう。
【収れん火災】ミステリー界では丸い金魚鉢を凸レンズに発火するのがお馴染みなので、凹面鏡にしてみました。ステンレス製のボウルは焦点位置がボウル内部になるので、ボウルの中に燃えやすいものを入れて日向に置くと危険です。水の入ったペットボトルも凸レンズになります。
ゴブレットの底程度の小さな凹面鏡で火災が起こった実例が見つけられず、可能なのか確認に苦労しました。コスメ売り場で売っていた直径6.5cm程度の凹面鏡が、収れん火災の注意書きがあり、且つ十分強い光の焦点を作ることが確認できたのでGOを出しました。
もし皆さんが、コスメ売り場で鏡を照明に翳して踊っている人を見たことがありましたら、それは私かもしれません。
【キョウチクトウ中毒】アレクサンダー大王のインド遠征の際、1小隊がキョウチクトウを串焼き肉の串として使い中毒症で全滅したと言われるほか、現代でも人や牛の死亡事故が起こっています。大気汚染に強く枯れ辛いので車通りの多い道沿いによく植えられます。
【色の変わる独楽と錐体による色認識】人気Youtuber「Physics Girl」ことダイアナ・カワーン様の動画の一つ「Does it look white to you?」が出典です。MIT出の物理学者の米国女性ダイアナさんが、身近なことから最先端までワクワクする物理学を描く動画チャンネル。日本語字幕がないので英語が堪能でない私は英語字幕で一時停止連打しながら見ていますが、とても面白いのでご興味ありましたら是非ご覧ください。 先日BBCの動画「The Edge Of Science」にも招かれたほか、STEM教育(科学、技術、工学、数学教育)や理系女性の牽引役の一人として、講演やゲストにも引っ張りだこで、米国内にとどまらず活躍している方です。

ベルティーナ達と一緒に、小説も、そして科学も、楽しんでいただけましたら幸いです。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...