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チョコレートケーキ1ピース

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 ぼくは誕生日がきらいだ。いつも自分でチョコレートケーキを一ピース買って、家で一人で食べるから。パパとママはいつも仕事で家にいないし、時々帰ってきたと思ったらすぐに寝てしまう。友達のおうちは誕生日と言ったら、好きな食べ物や甘いジュースを用意して、家族みんなで楽しくごちそうをするのに。ぼくはリビングでただ一人、自分に自分の「Happy  birthday」を歌って、静かに食べることしか知らない。
 みんなずるい。どうしてぼくだけこんなにさみしくならなきゃいけないんだ。ぼくはクラスの友達や、アニメやドラマでみるシーンを見るととてもうらやましかった。
 今日はぼくの九歳の誕生日。なのにパパとママは昨日から帰ってこない。……ぼくのこと、どうでもいいのかもな。そんなことを思いながらぼくは学校の帰り道をトボトボ歩く。どこかでカレーの匂いがふわりとする。いい匂いだな、お腹すいたな。……たまにはママの作った料理が食べたいな。だけどそれは無理だから、今日もスーパーのお弁当を買いに行く。
 スーパーの近くの踏切まで来たところで、ぼくは不思議な気持ちになった。夕暮れ時で、いつもだったら人が沢山いるはずなのに誰もいない。それに、電車も沢山通ってなかなかスーパーまで行けないのに、今日は電車が全然来ないんだ。
「道、間違えたかな……?」
 ぼくは独り言を言った。キョロキョロしても、西日に照らされるぼくの影だけしか無い。まあいいか、人が少ないぶん、こみこみの狭い踏切の道が広く感じる。気にせず歩き出そうとした時、影がもうひとつあることに気がついた。
 
「なにしてるの?」
 かわいい女の子の声。ぼくのクラスにはいない声だ。ふりかえると、ぼくと同じくらいの身長で、真っ白いワンピースを着た、おさげ髪の女の子がいた。
「スーパーに買い物に行くの」
 ぼくは答えた。
「いいね! なにを買うの?」
 その子は聞いた。
「からあげ弁当と……それからチョコレートケーキ」
「おいしそう! ケーキ!」
「うん、ぼくの誕生日だから買うの」
 ぼくはきらきらした女の子の目がまぶしくて、思わず目をそらした。
「じゃあ今日は、家族でお祝いだね!」
 女の子は言った。ぼくは少しうつむく。
「パパとママはお仕事でいない。だからぼく一人だけだよ」
 ぼくは言いながら悲しい気持ちになった。足元にある小石を蹴飛ばしたら、口がとんがってしまった。
「それなら、私がお祝いしてあげる」
 ぼくの目の前まできて、頭をコテン、としてそう言った。女の子は夕日に照らされて、なんだかちょっと……かわいいなと思った。でも見ず知らずのぼくのことを祝ってくれるなんて、ちょっと変わってるのかな。疑う気持ちはあるけど、いつも一人で誕生日をむかえていたいたぼくにとっては、どうでもよかった。
 
「ぼくはユキオ。きみは?」
 女の子はにっこりと笑う。
「マナだよ」

 

 
 
 それからぼくとマナはスーパーに行った。からあげ弁当とチョコレートケーキを買ったんだけど、スーパーにも誰も人がいなかった。おかしいな、どうしてだろう。スーパーはいつも人でいっぱいなのに、誰もいないなんて。しょうがないからぼくはセルフレジで買い物を済ませた。マナはお腹が空かないから、食べ物はいらないと言って何も買わなかった。
 そしてぼくとマナは、ぼくの家に帰って誕生日パーティの準備をしようとしていた。家に帰ってまずぼくは、パパとママとの連絡網である電話を見て、留守電が入っていないか見るんだけど、何もなかった。……今日もパパとママは帰ってこないのかな。
 マナは初めてぼくの家に来たはずなのに、ぼくよりパッパと手際よく準備していく。マナは将来きっといいおよめさんになるんだろうな。マナとぼくは準備が終わったので席につく。
 ぼくと向かい合うようにマナは座った。ニコニコしたマナはオレンジジュースの入ったコップをぼくに向けてきた。ぼくはマナのコップにカチン、と合わせカンパイした。そのあとひとしきりぼくたちは話した。と言っても、ぼくがずっとマナに話しているだけだったけど。
 
「パパとママは、たぶんぼくのことどうでもいいんだ」
 
 ぼくはいつも感じるさみしさをマナにぶつけた。マナはぼくのじめじめした言葉を静かに聞いていた。少しだけシンとした時間が過ぎると、マナは口を開いた。
 
「私はそうは思わないよ」
 マナは全然口をつけていないオレンジジュースのコップのふちをさわる。
 
「パパとママはね、必死なの」
 マナはぼくが食べ終わったからあげ弁当のプラスチック容器をごみ箱に捨てる。
「ユキオがいつか大きくなった時に、どんな道にも行けるように、貧乏って理由で諦めることがないように、今必死で頑張ってるんだよ」
 
 マナは初めて会ったはずなのに、何でそんなこと知ってるんだ? ぼくは不思議でしょうがない。確かにぼくのパパとママはずっと仕事してる。でもそんなこと、言われたことない。どうしてマナは、ずっとぼくたち家族のことを知っているみたいに言うんだろう。
「どうして、そう思うの?」
 ぼくは聞いた。
「ユキオが生まれるずっと前から、知ってるからね」
 マナは笑った。その顔がなぜか、お母さんのくしゃっとした笑い方に似ていた。するとぼくはなんだかとても眠たくなってきた。どうしてか分からないけど、もう、まぶたが、おもた———
 
 
 
 

「ユキオ?」
 近くで、声が聞こえる。ゆさゆさとからだをゆすってくるので、ゆっくりと目を開けた。
 
「パパ……! ママ……!?」
 目の前には、パパとママがいた。二人とも心配そうにぼくを見つめている。
 
「留守電入れたのに、疲れて寝ちゃったのかしら?」
 ママは頭をなでる。
「いや、ぼく帰ってきた時みたよ、ほら、留守電なんて……あれ?」
 電話の前に行くと、留守電があるときに点滅する赤い光が付いていた。おかしいな、ぼく確認したはずなのに。いや、それよりも。
 
「そういえば、マナは? 帰っちゃった?」
 パパとママは首をかしげる。
「マナ……?」
「さっきまでずっといたんだよ、女の子で、踏切で会って、一緒にオレンジジュースも飲んだ……ってあれ?」
 テーブルを見ると、コップはなかった。洗ってくれたのかな? と思い食洗機の中身も見たけど、やっぱりない。
「あれ? おかしいな」
 ぼくは不思議な気持ちになった。急に眠たくなって、起きたらマナは居なくなっていて、まるでマナはケムリみたいに消えちゃったみたいだ。
 
「マナがね、ぼくのことお祝いしてくれたんだよ」
「マナって言うのは、クラスのお友達?」
「ううん、初めて会った子。学校でもみたことない。笑った顔が、ママみたいだった」
 とぼくが言うと、ママの顔がすこし変わった。パパもおどろいている。二人は顔を見合わせた。
 
「でね、変なこと言うの。パパとママがどうしてお仕事がんばってるかとか知ってるし、マナはぼくが産まれる前から知ってるとか言ってくるの」
 それを聞いたパパとママは息をのんだ。ママはパパの胸に入って泣き出した。パパはやさしくママの背中をさすっている。どうして泣いているの? ぼくはよく分からない。
 
「どうして、泣いてるの? ぼく良くないこと言ったかな?」
 ぼくはオロオロしてしまう。どうすればいいか分からないからだ。パパは静かに話し出した。
 
「きっとそのマナっていう子は、ユキオのお姉ちゃんだよ」
 
 ……え? ぼくにお姉ちゃん? そんなの、聞いたこともない。
 
「ユキオが産まれる前に、パパたちは女の子が産まれる予定があったんだ。でも残念ながら……産むことが出来なかった」
 パパはうつむく。ママはしくしく、息が跳ねている。
 
「その子の名前は、マナって付ける予定だったんだ。もし生きてたら、ユキオと同じくらいの小学生になっているね」
 パパはママから離れて、僕と同じ目線になった。
 
「きっと、マナはユキオが一人で誕生日を迎えていたのが可哀想で、天国からお祝いしに来てくれたんだね」
 パパはぼくの頭をなでる。じゃあマナは、おばけだった、ってことなのかな。ぼくはおばけを見たのは初めてだけど、不思議とこわくなかった。
 
「いつもさみしい思いさせてごめんね、ユキオ。パパとママね、これからはちょっとだけお仕事に余裕ができるから、ユキオと一緒にいられるわよ」
 ママは涙をふいてパパと並んでぼくの目線に立ってくれた。
 
「ほんと! 嬉しい!」
「ほんとよ。……ユキオはまだお腹すいてる?」
 ママはまゆげをくいっと上げて目線を冷蔵庫にそらした。
 ぼくは走って冷蔵庫に向かう。勢いよく開けると、白くて大きな箱がある。
 それを両手で持ってテーブルに置き、おそるおそる開ける。するとそこには、
 
『ユキオ おたんじょうび おめでとう』
 
 大きなホールのチョコレートケーキに、白いプレート。上にはイチゴとクリームがたくさん乗っている。ぼくは思わず声が出た。そしてぼくは元気に言った。
 
「お腹すいてる! みんなで食べよ!」
 

 それから、ぼくたちは仲良くケーキを食べた。スーパーで食べるケーキよりずっとおいしくて、うれしかった。ぼくは今日、誕生日が好きになった。
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