『ゼファー・コード』

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第5話 「裏切りの地平」

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 “敵”が何者であるかも定かではないこの戦争において、最も恐ろしいのは「味方の裏切り」だった。

 

***

 

 ラグランジュ・ベース内、戦術中枢区画。

 アキラへの通信干渉事件以来、基地では一連のセキュリティ検査が実施されていた。通信端末、機体リンク、AI補助装置に至るまで、すべてが徹底的に洗い出されている。

 そして──ある一つの記録が、浮かび上がった。

「これは……?」

 レイナが手にした報告書には、あるパイロットによる不審なアクセス記録が記されていた。

 対象人物:ジュン・カワシマ
 行為内容:ヴェルクス由来コードへのアクセス、機密通信の傍受

「嘘よ……ジュンが、裏切るはずがない」

 彼は常にチームの中心にいて、仲間を鼓舞し、命を懸けて戦っていた。レイナにとっては、唯一信頼できる“背中を預けられる存在”でもあった。

 だが、証拠は揃っていた。

 そして、さらなる情報が上層部からもたらされた。

「彼は、旧統合軍情報局の出身だった。対ヴェルクス戦で失われた特殊作戦部隊の生き残りだ。情報撹乱と潜入破壊を専門としていた」

 つまり、彼には“裏の顔”があったということだった。

 

***

 

 その夜、アキラはジュンを格納庫で見かけた。

 月明かりの反射する静かなハンガー。彼はヘルダンサーの足元で、何かをいじっていた。だがその手の動きは、整備ではなく「設置」だった。

 アキラの背筋に、冷たいものが走る。

「……ジュン」

 声をかけると、ジュンは一瞬動きを止めたが、すぐに振り向き、笑顔を作った。

「おぉ、新入り。こんな時間に散歩か?」

「何してた?」

「メンテだよ。ちょっと自分でカスタムしててな」

「なら、整備士を呼べばいい。勝手に触れば、処分対象になる」

 言い終える前に、アキラの右手がゼファーのハンドガンを抜いていた。

 その動きに、ジュンはもう笑わなかった。

「……バレたか」

「お前は、何者だ」

 ジュンは小さくため息をつくと、懐から小型のデバイスを取り出して見せた。それは、軍の正式なコード認証を持つデバイス──だが、改造されていた。

「悪いな、アキラ。別に人類を裏切ったわけじゃない。ただ……本当のことを、知ってほしかった」

「本当のこと?」

「ヴェルクスは“敵”じゃない。少なくとも、最初に手を出したのは俺たちの方だ。知ってるか? 最初の接触は、火星の第六植民地で起きたんだ。俺はその任務にいた。……『奪いに行った』んだよ、奴らの星をな」

 アキラの眉が動いた。

「なんだと……?」

「お前の中にある声。あれは警告じゃない。“赦しを乞うな”という最後通告だ」

 その言葉と同時に、格納庫全体に警報が響いた。

「内部爆発を検知。第3備蓄庫にて爆破反応。封鎖開始──」

 アキラが振り向いた瞬間、ジュンはすでに走り出していた。

「くそッ!」

 追う──その判断は瞬時だった。ゼファーと共に整備区画を突破し、脱出口へ向かうジュンを追跡する。

 彼の背中は、仲間を裏切った人間のそれではなかった。まるで、なにか“大きなもの”を背負い、抗っているようにすら見えた。

 追い詰めた先は、軌道降下ポッドの射出室。

 ジュンは最後に立ち止まり、振り返った。

「アキラ。これだけは信じてくれ。俺は、“お前を守るため”にここにいたんだ。誰よりもお前が、“敵に近い”存在だからだ」

「……言い訳だ。裏切りに正義なんてない」

「だろうな」

 そして、ジュンはポッドに乗り込み、強制起動をかけた。

 扉が閉まる間際、彼は静かに言った。

「次に会うとき、お前は……“人間”のままじゃいられないぞ」

 

***

 

 ジュンの脱走は、ラグランジュ・ベースに深い亀裂をもたらした。司令部は内部粛清を強化し、各パイロットへの監視レベルを引き上げた。

 アキラは独房にて拘束され、一時的な聴取対象とされた。

 彼が通信を通じて〈ヴェルクス〉の声を聞いたこと、それが“敵性共鳴”と見なされる危険性──そのすべてが、彼を戦場の中心から“疑惑の渦”へと押しやった。

 その夜、隔離されたアキラの意識に、再び“声”が届く。

 ──オマエハ、キカイカ?
 ──ソレトモ、ニンゲンカ?
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