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第1章
一夜の夢⚠️
しおりを挟む重ねられた唇から、熱い吐息が零れる。
ヴォルフはエリアスの後頭部を優しく支えたまま、ゆっくりとソファへと押し倒した。 抗う術などなかった。
いや、エリアス自身、抵抗する意思すらとろけた脳の隅に追いやられていた。
「ん、ぁ……っ」
ヴォルフの指が、エリアスの黒髪を慈しむように梳く。 その感触があまりに優しくて、胸が締め付けられるようだ。
キスは甘く、そして深く、終わることなく続いていく。
身体の芯が痺れるような感覚が走り抜けた。 強いアルファの唾液は、免疫のないオメガにとっては催淫剤のような毒を持つという。
ワインの酔いだけではない、本能の昂りがエリアスを襲った。 全身の血液が沸騰したように熱く、指先まで甘い痺れが回る。
(だめだ、声が……)
情けない声が喉から漏れそうになり、エリアスは慌てて口元を覆おうとした。
だが、ヴォルフの手がそれを許さなかった。
エリアスの両手首を優しく掴み、頭の上へと縫い止める。 拘束されているはずなのに、その力加減は壊れ物を扱うように慎重で、それが余計にエリアスの理性を揺さぶった。
「……っ、ふ、ぅ……!」
長く、溺れるような口づけが続き、エリアスが酸欠で小刻みに震え出した頃、ようやく唇が離された。
銀糸が引くような名残惜しい余韻。 ぼんやりと潤んだ瞳で見上げると、ヴォルフは熱を孕んだ瞳を細め、ソファに横たわっていたエリアスを抱き起こした。
そのまま、自身の膝の上に、向かい合うようにして乗せる。
あまりにも密着した、無防備な体勢。
「こんな……駄目です、……恥ずかしい、です……」
エリアスは真っ赤になって顔を伏せた。
こんなはしたない姿を見られるなんて。 けれどヴォルフは気にした様子もなく、エリアスの首筋に唇を寄せた。
ちろり、と舌が這う。
「ひゃっ……!」
「敏感だな」
首筋を甘噛みされ、舐め上げられるたびに、背筋に電流が走り、抑えきれない声が漏れてしまう。
恥辱と快感で頭がおかしくなりそうだ。 ヴォルフは耳元に唇を寄せ、低く、掠れた声で囁いた。
「……嫌ならやめる。君が嫌がることは、絶対にしない」
その言葉に、エリアスの思考が一瞬だけ凪いだ。
嫌? いいや、嫌なはずがない。
ただ、申し訳ないだけだ。 こんなことをさせてしまうのが。
ヴォルフは義務感で抱こうとしてくれている。
商人の誠実さで、関係を円滑にするために。
そんなことを、彼のような立派な人に強いるのが辛い。
『無理しなくていい、恋人を作っていい、文句なんて言わないから』と、そう伝えて拒絶するべきだ。
それが「物分かりの良い妻」の役割なのだから。
けれど――。
思考とは裏腹に、エリアスの身体は熱く疼いていた。
ワインのせいか、それとも濃厚なアルファの香りに当てられたせいか。
オメガとしての本能が、そしてエリアス自身の心が、叫んでいた。
(このまま、抱かれたい)
一度でいい。 たとえこれが義務だとしても。
この先、彼に愛される未来がないとしても。
もし明日、雰囲気が変わって、酷い扱いを受けるようになったとしても構わない。
ヴォルフという人に、触れてほしい。
ただ強いアルファだからじゃない。
不器用で、優しくて、美しい瞳をしたこの人に、どうしようもなく惹かれてしまっているから。
(……私は、どこまでも卑しい人間だ)
結婚の時と同じだ。
実家から逃げ出したい一心で、間違いだと理解しながら、この縁談にしがみついた。 そして今も、彼の優しさにつけ込んで、自分の欲望を満たそうとしている。
罪悪感が胸を刺すが、それでも、この温もりを手放したくなかった。
一生の思い出にするのだ。 この夜のことを、捨てられて一人過ごす未来の糧にするために。
エリアスは、震える唇を開いた。
「…………嫌じゃ、ないです……」
消え入りそうな声だったが、確かに伝えた。
ヴォルフの顔は見えなかった。 どんな顔をしているのか――安堵しているのか、それとも諦めたような顔をしているのか――それを見るのが怖くて、ぎゅっと目を瞑った。
「エリアス」
耳元で、切実な響きを含んだ声が名前を呼ぶ。 次の瞬間、身体がふわりと浮いた。 ヴォルフがソファから立ち上がり、エリアスを横抱きにしたのだ。
力強い腕に守られ、運ばれていく。
エリアスはヴォルフの首にすがりつき、その胸に顔を埋めた。
(忘れない)
彼の匂いも、体温も、腕の強さも。 これから起こる全てのことを、何一つ取りこぼさないように刻みつけよう。 エリアスは覚悟を決め、身を委ねた。
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