銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第1章

奪還

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「な、何を考えているんだ貴様ッ!」

父が顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながらヴォルフに詰め寄った。
バンガルド卿が去ってしまったことで、計画が狂った焦りが色濃く出ている。

「我が家の商品に手を出すな!結納金は返し、代わりにあのエリアスとは比べ物にならないほど美しい弟も寄越しただろう!それなのに、どういうことだ!」

父はヒステリックに叫び、ヴォルフの腕の中にいるエリアスを引き剥がそうと手を伸ばしてきた。

「あの方がどなたか分かってのことか?バンガルド侯爵だぞ!お前のような新興貴族が敵に回していい相手ではない!」

父の手がエリアスの腕に触れそうになった、その時だった。

「――下がれ」

空気が凍りついた。
ヴォルフが一歩前に出て、エリアスを背後に庇う。
彼が纏う静かだが凄まじい怒りのオーラに圧され、父は「ひっ」と情けない声を上げて後退った。

「あなたがエリアスの父上だから、その手首を切り落とすことはしない。だが……」

ヴォルフのアイスブルーの瞳が、侮蔑を込めて父を射抜く。

「私を『商人』だと侮辱したその口で、自分の息子を『商品』扱いか?余程、あなた方貴族の方が商売人のようだ。それも、血も涙もない悪徳商人のな」
「な、なんだと……っ」
「損得勘定だけで息子を売り飛ばすような心無い家に、これ以上エリアスは置いておけない」

ヴォルフは毅然と言い放った。

「勝手に連れ出された私の妻を、返してもらう」
「……っ」

その言葉に、エリアスはひゅ、と息を呑んだ。
「私の妻」。
ヴォルフは確かにそう言った。
ヨハンを迎えたはずなのに、どうして。
言葉の意味は分かるのに、ヴォルフの真意が理解できず、混乱した頭で彼を見つめる。

すると、ヴォルフは父に向けていた氷のような視線を解き、振り返ってエリアスを見た。
その瞳は、いつもの優しく穏やかなものに戻っていた。

「……屋敷に帰って、エリアスの弟君が『新しい妻』として来ていたことを知った時には、これ以上ないほど驚いたよ」

ヴォルフはエリアスの髪を整えながら、静かに語りかけた。

「君が攫われたと知って、居ても立ってもいられなかった。今、少し遅れてうちの馬車で、お母上と弟君は私の従者に連れられてこちらへ向かっているよ。丁重にお帰り願った」
「え……?」
「馬車では遅すぎる。一刻も早くここへ着くために、私は一人、馬を飛ばして来たんだ」

汗ばんだ額と、乱れた呼吸。
彼は本当に、何よりも優先して、エリアスを取り戻すために駆けてきてくれたのだ。
「本物」のヨハンを突き返し、「間違い」の自分を選んで。

エリアスは言葉を失い、ただ呆然と目の前の美しい男を見つめた。
もう二度と会うことはないと思っていた。
その名前を呼ぶことも、もうないと思って、いたのに。

「……ヴォルフ」

震える声で呼ぶと、ヴォルフはエリアスの冷え切った手を両手で包み込み、強く握り返してくれた。
『もう大丈夫だ、安心しなさい』と伝えるように。
そして、ヴォルフは再び父に向き直った。

「あなたがしたことは、貴族社会でも重罪だ。既婚者を無理やり連れ戻し、別の男に売ろうとするなど誘拐と人身売買に等しい」

父は顔面蒼白で震えている。

「相手が上位貴族だから、そして私が成り上がりの貴族だから、泣き寝入りするとでも思ったか? ……随分と思い上がったことをしたものだ。全て、見当違いだと言っておく。2度とエリアスに関わるな」

ヴォルフはそう告げると、もう父を見る価値もないとばかりに背を向けた。
そして、乗ってきた黒い馬の手綱を引き寄せ、エリアスを軽々と抱き上げた。

「さあ、行こう」

鞍の上にエリアスを横座りに乗せ、ヴォルフがその後ろに飛び乗る。
大きな身体が背後から覆いかぶさり、エリアスを包み込むように手綱を握った。
絶対に落ちないように、そして誰にも奪われないように、力強く抱きしめられる。

「ひっ、ま、待て……っ」

父が何か言おうとしたが、ヴォルフは一瞥もくれず、馬の腹を蹴った。
いななきと共に、馬が駆け出す。
遠ざかっていく実家の屋敷と、立ち尽くす父の姿が、あっという間に小さくなっていく。

風を切る音と、馬の蹄の音。
そして、背中から伝わるヴォルフの心音。

「……う、ぅ……」

もう二度と感じることはないと思っていたぬくもりと、愛しい匂い。
それらに包まれた瞬間、張り詰めていた何かが決壊した。

「うあ……ああぁ……っ!」

エリアスはヴォルフの腕に顔を埋め、ボロボロと泣き出した。
声を上げて、子供のように泣きじゃくる。
ヴォルフは馬を走らせながら、片手を離してエリアスの頭を胸に押し付け、慰めるように何度も何度も撫でてくれた。

「怖かったな。よく頑張った……もう大丈夫だ、エリアス」

その優しい声に、エリアスの涙は止まることを知らなかった。

安堵と、喜びと、そして彼への愛しさで胸がいっぱいになり、エリアスは涙が枯れるまで、ヴォルフの腕の中で泣き続けた。
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