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第1章
帰還
ヴォルフの腕に抱かれたまま屋敷の玄関をくぐると、そこは騒然としていた。
アンナを筆頭に、シュミットや他の使用人たちが、今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ってきたからだ。
「エリアス様……っ!ああ、ご無事で……!」
アンナはボロボロと涙を流していた。
立場も忘れて駆け寄り、今すぐ抱きしめそうな勢いだったが、ヴォルフがエリアスをがっちりと抱き込んでいるため、遠慮してその場に崩れ落ちた。
「申し訳ありません、旦那様。我々が不甲斐ないばかりに、エリアス様を……」
シュミットが深々と頭を下げる。
彼らの話によると、事態はエリアスが思っていた以上に緊迫していたらしい。
父に連れ出されたエリアスが戻らないことを不審に思った彼らは、すぐさま遠方にいるヴォルフへ早馬を出した。
しかし使用人の立場ではそれ以上の強硬手段が取れず、焦燥していたところに、実家から「エリアスとは離縁し、代わりに美しい弟を嫁がせる」という一方的な手紙が届き、屋敷は大混乱に陥った。
「我々が混乱している最中に、あろうことか弟君と母親君が到着されまして……」
「エリアス様は帰らないし、新しい奥様だと名乗る方は来るしで、もうパニックでした。ですが、無碍に追い返すわけにもいかず、とりあえず応接間に通して時間を稼いでいたのです。そこへ旦那様がご帰還され、全てをお話ししました」
アンナが涙を拭いながら、早口で説明してくれた。
彼らは彼らなりに、不在のエリアスを守ろうと必死に戦ってくれていたのだ。
「新しい美しい妻」が来たというのに、彼らは誰一人としてそれを喜ばず、地味で陰気なエリアスの帰りを心から待ち望んでくれていた。
「……アンナ、シュミット。心配をかけて、すまない」
エリアスがヴォルフの腕の中から力のない声で告げると、使用人たちは一斉に顔を上げ、再び涙ぐんだ。
「とんでもございません!奥様が無事で、本当に、本当によかった……っ」
その温かい言葉に、エリアスの胸がいっぱいになる。
ヴォルフは使用人たちに短く労いの言葉をかけると、エリアスを抱き直した。
「エリアスを休ませる。あとは頼んだぞ」
「はい、お任せください!」
ヴォルフはそのまま、真っ直ぐに二階へと上がり、エリアスの部屋ではなく、自身の寝室へと連れて行った。
広いベッドにそっと寝かせられる。
ヴォルフはエリアスの顔を覗き込むと、すぐにその手が衣服へと伸びた。
父によって着せられた、あの死化粧のようなよそ行きの服だ。
「……っ」
ヴォルフの手つきは、いつもの慎重さとは少し違っていた。
ボタンを外す指先は焦燥に駆られ、まるで汚らわしいものを剥ぎ取るかのように性急だ。
他の男の視線に晒され、他の男の手に触れられるために着せられた服。
ヴォルフは、自分の大切なものが他者の色に染められたことが許せないようだった。
服を引き裂かんばかりの勢いで脱がされていき、エリアスは少し戸惑って身を縮めた。
「ヴォルフ……?」
その声に、ヴォルフは我に返ったようにハッとして動きを止めた。
苦痛に歪んだ顔で、エリアスを見る。
「すまない……乱暴だったか?」
「いえ、乱暴ではありません。少し、驚いただけです。……自分で脱げますから」
エリアスが身を起こそうとすると、ヴォルフは首を振ってそれを制した。
「いいや。私にやらせてくれ」
結局、エリアスには指一本触れさせず、ヴォルフの手ですべて脱がされた。
そして代わりに着せられたのは、ヴォルフが以前贈ってくれた、肌触りの良いシルクのナイトウェアだった。
ヴォルフの部屋で、ヴォルフに贈られた服を、ヴォルフの手で着せられる。
その事実に、もう枯れ果てたと思っていた涙が、またじわりと滲んできた。
「……泣かないでくれ」
ヴォルフの親指が、エリアスの目尻を優しく拭う。
そして、そのまま顔を寄せ――。
チュ、と音がするほど優しく、唇が重ねられた。
「……!」
深く舌を入れるようなキスではない。
壊れ物に触れるように、ただ唇を合わせ、体温を分かち合うだけの口づけ。
それは傷ついた心を慰め、癒やすための儀式のようだった。
驚きながらも、エリアスはじんわりと広がる熱に身を委ね、ゆっくりと目を閉じた。
唇が離れると、ヴォルフはそのままエリアスの身体を強く抱きしめた。
骨が軋むほどの力強さだが、不思議と苦しくはなかった。
「……疲れているだろう。眠りなさい」
耳元で、低く甘い声が囁く。
「君が起きるまで、私がずっとそばにいてあげる。……そして起きたら、話をしよう」
「……はい」
ヴォルフは身体を離すと、優しい手つきで布団を掛け、トントンとエリアスの胸をあやした。
そのリズムに、エリアスの身体から全ての力が抜けていく。
ああ、ここは安全だ。
ヴォルフの元から攫われて以来、恐怖と緊張で張り詰めていた糸が完全に切れた。
初めて、本当の意味で眠れる。
エリアスは深い安堵の息を吐き、愛しい人の気配に包まれながら、泥のような眠りへと落ちていった。
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