銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

文字の大きさ
129 / 251
第3章

幸せな空想

しおりを挟む

それからしばらくの間、ヴォルフは溜まった仕事を片付けるため、さらに多忙を極めることとなった。

朝は早く、夜は遅い。
顔を合わせられる時間は以前よりも減ってしまったが、それでも深夜に帰宅したヴォルフが寝室に来て、少しだけ言葉を交わし、腕の中で眠れるだけでも、エリアスは十分に幸せだった。

ヴォルフが不在の日中、エリアスは屋敷で領地経営の実務を手伝ったり、シュミットについてもらって財政の勉強を進めたりしていた。

そして、ふとした隙間時間に、ヴォルフが提案してくれた「もう一度やり直す結婚式」について考える時間が増えた。
具体的な内容はヴォルフと一緒に決めたいので、あくまで空想の範疇だが、想像するだけで胸が躍る。

「……教会で、二人きりで愛を誓うのもいいな」

形式張った招待客は呼ばず、神様の前で静かに指輪を交換する。
そしてその後は、屋敷に戻ってアンナやシュミットたち使用人も交え、美味しいものを食べて祝うホームパーティーのような形も素敵だ。

そんな温かい想像をしていると、ふと、あの「最悪」だった一度目の結婚式のことが思い出された。
本来なら「初夜」として、新郎新婦は同じ部屋で過ごすはずの夜。

あの日、ヴォルフは式の後「忙しいから」と言い捨てて、エリアスを顧みることなく仕事に戻ってしまった。
エリアスは一人で実家に戻り、荷物をまとめたのだが……その時、実の父から浴びせられたのは祝いの言葉ではなく、冷酷な嘲笑だった。

『お前は金で買われたのだから、愛されるわけがない』
『せいぜい、嫁いでからすぐに追い返されないようにすることだな』

父の言葉は呪いのようにエリアスを縛り付けた。
その後、少ない荷物を持ってハルトマン邸へ向かったが、その夜、結局ヴォルフが顔を見せることはなかった。

「……ふふ」

思い出すほどに悲惨で、ヴォルフ自身も深く反省していた過去だが、今のエリアスはそれを思い出して、どこか可笑しくなってしまっていた。
あんなに冷え切っていた始まりだったのに、今はこんなにも愛されている。

かつては「いつか捨てられる」「この生活は終わる」「自分に愛される資格なんてない」と、マイナスにしか考えられなかった自分が、今は自信を持って「愛されている」と信じることができている。

それは間違いなく、ヴォルフが不器用ながらも真っ直ぐに、溢れるほどの愛を注ぎ続けてくれたおかげだ。
仕事をしながらも、改めて愛を誓い合うその日が楽しみで、エリアスはつい表情を緩ませて浮かれてしまっていた。

「エリアス様、とても楽しそうですね」
「えっ?あ、ごめん、シュミット。集中していなかったかな」
「いいえ。幸せそうな主を見るのは、我々にとっても喜びですから」

シュミットは目を細め、嬉しそうに微笑んでくれた。
そして、区切りの良いところまで勉強が進んだところで、シュミットが提案を持ちかけた。

「エリアス様。もしよろしければ、財政の勉強については今後、専門の教師を雇いましょうか?」
「教師を?」
「はい。執事である私が教えられることにも、やはり限りがございます。エリアス様がより本格的に学びたいとお考えなら、専門家の指導を受けるのが一番かと」
「なるほど……確かにそうだね」

より深く学び、ヴォルフの助けになりたいエリアスにとって、それは魅力的な提案だった。
お願いします、と頷きかけたその時、シュミットが人差し指を立ててスッと釘を刺した。

「ただし――まずは旦那様とご相談なさってください」
「あ……」
「事後報告では、少々……いえ、かなり揉めるかと存じますので」

シュミットの言わんとすることを察し、エリアスはハッとした。
もし、知らない間に屋敷に見知らぬ教師が出入りしていることをヴォルフが知ったら。

しかも、書斎という閉ざされた空間で、エリアスと教師が二人きりで授業を行っていたとしたら。
相手が例え年配の男性であっても、ヴォルフの独占欲が爆発し、修羅場となる未来が容易に想像できる。

「……そうだね。ヴォルフに殺されかねない」
「左様でございます」

エリアスは冷や汗をかきながら、首が取れそうな勢いで大きく頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

【完結】重ねた手

ivy
BL
とても短いお話です。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

今からレンタルアルファシステムを利用します

夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。 ◆完結済みです。ありがとうございました。 ◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!

処理中です...