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第3章
幸せな空想
しおりを挟むそれからしばらくの間、ヴォルフは溜まった仕事を片付けるため、さらに多忙を極めることとなった。
朝は早く、夜は遅い。
顔を合わせられる時間は以前よりも減ってしまったが、それでも深夜に帰宅したヴォルフが寝室に来て、少しだけ言葉を交わし、腕の中で眠れるだけでも、エリアスは十分に幸せだった。
ヴォルフが不在の日中、エリアスは屋敷で領地経営の実務を手伝ったり、シュミットについてもらって財政の勉強を進めたりしていた。
そして、ふとした隙間時間に、ヴォルフが提案してくれた「もう一度やり直す結婚式」について考える時間が増えた。
具体的な内容はヴォルフと一緒に決めたいので、あくまで空想の範疇だが、想像するだけで胸が躍る。
「……教会で、二人きりで愛を誓うのもいいな」
形式張った招待客は呼ばず、神様の前で静かに指輪を交換する。
そしてその後は、屋敷に戻ってアンナやシュミットたち使用人も交え、美味しいものを食べて祝うホームパーティーのような形も素敵だ。
そんな温かい想像をしていると、ふと、あの「最悪」だった一度目の結婚式のことが思い出された。
本来なら「初夜」として、新郎新婦は同じ部屋で過ごすはずの夜。
あの日、ヴォルフは式の後「忙しいから」と言い捨てて、エリアスを顧みることなく仕事に戻ってしまった。
エリアスは一人で実家に戻り、荷物をまとめたのだが……その時、実の父から浴びせられたのは祝いの言葉ではなく、冷酷な嘲笑だった。
『お前は金で買われたのだから、愛されるわけがない』
『せいぜい、嫁いでからすぐに追い返されないようにすることだな』
父の言葉は呪いのようにエリアスを縛り付けた。
その後、少ない荷物を持ってハルトマン邸へ向かったが、その夜、結局ヴォルフが顔を見せることはなかった。
「……ふふ」
思い出すほどに悲惨で、ヴォルフ自身も深く反省していた過去だが、今のエリアスはそれを思い出して、どこか可笑しくなってしまっていた。
あんなに冷え切っていた始まりだったのに、今はこんなにも愛されている。
かつては「いつか捨てられる」「この生活は終わる」「自分に愛される資格なんてない」と、マイナスにしか考えられなかった自分が、今は自信を持って「愛されている」と信じることができている。
それは間違いなく、ヴォルフが不器用ながらも真っ直ぐに、溢れるほどの愛を注ぎ続けてくれたおかげだ。
仕事をしながらも、改めて愛を誓い合うその日が楽しみで、エリアスはつい表情を緩ませて浮かれてしまっていた。
「エリアス様、とても楽しそうですね」
「えっ?あ、ごめん、シュミット。集中していなかったかな」
「いいえ。幸せそうな主を見るのは、我々にとっても喜びですから」
シュミットは目を細め、嬉しそうに微笑んでくれた。
そして、区切りの良いところまで勉強が進んだところで、シュミットが提案を持ちかけた。
「エリアス様。もしよろしければ、財政の勉強については今後、専門の教師を雇いましょうか?」
「教師を?」
「はい。執事である私が教えられることにも、やはり限りがございます。エリアス様がより本格的に学びたいとお考えなら、専門家の指導を受けるのが一番かと」
「なるほど……確かにそうだね」
より深く学び、ヴォルフの助けになりたいエリアスにとって、それは魅力的な提案だった。
お願いします、と頷きかけたその時、シュミットが人差し指を立ててスッと釘を刺した。
「ただし――まずは旦那様とご相談なさってください」
「あ……」
「事後報告では、少々……いえ、かなり揉めるかと存じますので」
シュミットの言わんとすることを察し、エリアスはハッとした。
もし、知らない間に屋敷に見知らぬ教師が出入りしていることをヴォルフが知ったら。
しかも、書斎という閉ざされた空間で、エリアスと教師が二人きりで授業を行っていたとしたら。
相手が例え年配の男性であっても、ヴォルフの独占欲が爆発し、修羅場となる未来が容易に想像できる。
「……そうだね。ヴォルフに殺されかねない」
「左様でございます」
エリアスは冷や汗をかきながら、首が取れそうな勢いで大きく頷いた。
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