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第3章
王子との密談
王宮から差し向けられた、王家の紋章が入った重厚な馬車に揺られ、二人は叙任式の会場へと向かっていた。
車内は静寂に包まれている。
ヴォルフは隣に座るエリアスの手をぎゅっと握りしめ、低い声で注意を促した。
「……エリアス。参列する貴族は、アルシードが事前に選別してくれている。現時点でバンガルド卿と明確な繋がりがあるとされる家は招かれていないはずだ」
ヴォルフは一度言葉を切り、真剣な眼差しで続けた。
「だが、全ての繋がりを網羅できているわけではない。隠れて繋がっていた者が紛れ込んでいる可能性はあるから……式が終わるまで、決して気を抜いてはいけないよ」
「はい……」
その言葉に、エリアスの表情が強張る。
煌びやかな儀式の裏で、見えない敵意が渦巻いているかもしれない恐怖。
そんなエリアスの不安を拭うように、ヴォルフは優しくその頭を撫でた。
「大丈夫だ。君のことは、私が必ず守る」
その力強い言葉に、エリアスは頷いた。
けれど、心の内にある想いは、ただ守られるだけだった頃とは違っていた。
(……矢面に立つヴォルフこそ、危険なんだ)
爵位が上がり、注目を浴びるということは、それだけ敵の標的になりやすいということだ。
自分が傷つくことよりも、ヴォルフが少しでも傷つくことのほうが耐えられない。
エリアスは、愛する夫を守りたいと強く願いながら、ヴォルフの決意に満ちた瞳を見つめ返した。
やがて馬車は王宮に到着した。
巨大な城門をくぐり、荘厳な石造りのエントランスへ降り立つと、二人は事前の案内通り、まずはアルシード第一王子の私室へと向かった。
「入れ」
許可を得て部屋に入ると、そこにはすでに支度を整えたアルシードが待っていた。
「……!」
エリアスは思わず目を見張った。
今日のアルシードは、普段のラフな着こなしとは打って変わり、王位継承者に相応しい豪華で厳かな正装を完璧に着こなしていた。
そして腰には、王家に代々伝わる儀式用の剣が帯刀されている。
ヴォルフの剣も立派だったが、王家の剣が放つ威圧感と輝きは、さらに別格のものだった。
「よく来てくれたな。ヴォルフ、エリアス」
アルシードは二人を迎え入れると、ソファへと促した。
「これから叙任式だが、少し時間がある。座ってくれ」
使用人が音もなく紅茶を用意し、湯気が立ち上る。
アルシードは二人が席に着くのを見計らって、一枚の書面をテーブルに提示した。
「これを」
「これは……?」
ヴォルフが書面を手に取り、目を通す。そこには、日付と詳細な予定が記されていた。
「貴族院裁判の日取りだ。今月末から、バンガルド卿の裁判が始まる」
ついに、あの男が裁かれる時が来る。
エリアスが息を呑んで聞き入っていると、アルシードは冷静な口調で説明を続けた。
「王家の方針としては、国の膿である癒着貴族たちの洗い出しと、バンガルド家の取り潰しを決定している。……だが、相手は腐っても上位貴族だ。法的な手続きや根回し、派閥の抵抗もあり、最終的な結論が出るまでには時間がかかるだろう」
即決とはいかない現実に、空気が重くなる。
しかし、アルシードは不敵な笑みを浮かべて見せた。
「まぁ、俺はその期間を、逆に好機と捉えているがな」
「好機、ですか?」
「ああ。裁判が長引けば、それだけバンガルド卿の傘下にいた貴族たちが焦り、ボロを出す。奴らを炙り出し、一網打尽にするための時間が設けられると考えることにするよ」
その言葉に、ヴォルフもエリアスも深く頷いた。
「……そうですね。時間がかかろうとも、全てを明らかにするべきです」
エリアスは、自身の辛い記憶を噛み締めるように言った。
あのような卑劣な犯罪に手を染め、私腹を肥やす貴族たちが捕まれば、ヴォルフの元から理不尽に奪われ、暗い未来を覚悟して震えていた自分のような人間を、一人でも減らすことができる。
そのために、自分たちも戦わなければならない。
紅茶の香りが漂う部屋で、三人は静かに、しかし熱い決意を共有していた。
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