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第3章
崩落する世界
稚拙な動きで飛び出してきた女を、王宮の騎士たちが取り押さえるのは一瞬の出来事だった。
ヴォルフも冷静にその捕縛に協力し、呆気なく地面に組み伏せられる女を冷ややかな目で見下ろした。
(王の御前で凶行に及ぶとは……何と無謀な)
所詮は捨て駒か。そう判断し、警戒を解こうとした、その時だった。
「ヴォルフッ!」
不意に、目の前に白い影が躍り出た。
エリアスだ。
彼はヴォルフの前に滑り込むように割り込み、強くその身を抱きしめてきた。
「エリアス……?」
一体どうしたんだ、もう危険はないのに。
そう問いかけようとした瞬間だった。
ドスッ。
ヴォルフの胸――エリアスの華奢な身体越しに、重く、鈍い音が響いた。
抱きしめられた身体を通じて、凄まじい衝撃が伝わってきた。
ヴォルフの身体が硬直する。
視線を落とすと、信じられないものが目に飛び込んできた。
「……あ……?」
エリアスの純白の衣装の背中側から突き抜け、ヴォルフの目の前にあるエリアスの胸元から、太く、どす黒い矢の先端が飛び出していた。
鋭利な刃先が、赤く濡れてヴォルフの服に触れんばかりに迫っている。
貫通している。
一瞬前まで隣で笑っていた愛しい妻の、あの華奢な身体を、無骨な矢が貫いていた。
「……ぁ、ガ……っ」
目の前の光景を脳が処理できない。
ヴォルフは何も言えず、ただ引きつったように顔を歪めた。
ヴォルフを抱きしめていた腕から力が抜け、エリアスの瞳から急速に光が失われていく。
「エリアスッ!!」
崩れ落ちる身体を慌てて抱き留める。
だが、その動きだけで、傷口から堰を切ったように大量の血が溢れ出し、大理石の床にどろりと赤い溜まりを作った。
「血……血が……っ、だめだ、おい、エリアス!!」
喉が焼けるほどの勢いで、ヴォルフはなりふり構わず名を叫んだ。
異変に気づいた王宮の騎士たちが慌てて駆け寄ってくるが、ヴォルフは獣のように彼らを睨みつけた。
「触るなッ!!」
誰にも触らせたくない。渡したくない。
自然と涙が溢れて止まらなかった。どうしたらいい。どうすればこの血は止まるんだ。
ヴォルフが震える手で傷口を押さえようとした、その時。
ぐた、とエリアスの首が力なく傾いた。
完全に脱力し、重くなった身体。
エリアスは震える手を持ち上げ、涙で濡れたヴォルフの頬に、そっと触れた。
焦点の合わない瞳が、最後にヴォルフを映す。
「……あい、してる」
ヴォルフにしか聞こえないほどの、吐息のような小さな声。
それを言い終えると同時に、エリアスの手はパタリと落ち、完全に糸の切れた人形のように、全ての力を失った。
「――ッ、あ、あああぁぁぁーーッ!!」
ヴォルフはエリアスを抱きしめ、絶叫した。
混乱、怒り、戸惑い、そして底知れぬ悲しみ。
全ての感情に心をぐちゃぐちゃにされ、ヴォルフはただ血塗れの身体を掻き抱くことしかできない。
背中から、そして貫通した胸の傷から、命そのものである赤が溢れて止まらない。
エリアスの華奢な身体には多すぎる、怖いくらいの量が流出していく。
陶器のようだと愛でた白い肌からは血の気が失せ、青白く、冷たい死の色へと変わっていく。
正気が抜けていくのを感じる。
腕の中のエリアスが、急速に死へと向かっている。
(嫌だ、行くな、私を置いていくな……っ!)
「ヴォルフ!!」
言葉を失い、呆然と立ち尽くしていたアルシードが、血相を変えて駆け寄ってきた。
「しっかりしろ!まだ息はある、王宮の医師のもとへ運ぶんだ!!」
「……いし……」
「俺が案内する、ついてこい!急げッ!!」
アルシードの怒号に近い指示が、パニックに陥っていたヴォルフを辛うじて現実に繋ぎ止めた。
「……死なせない、絶対に死なせない……っ」
ヴォルフは半狂乱になりながら、エリアスの身体を横抱きにした。
矢が刺さったままの身体を動かすのは危険だが、ここにいては助からない。
ヴォルフはアルシードの先導に従い、振動を与えないよう細心の注意を払いながら、それでも全速力で廊下を駆け抜けた。
彼の腕の中で、純白だった衣装は、見るも無惨なほど鮮血に染まりきっていた。
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