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第3章
癒しの色
しおりを挟むヴォルフは公務や事業の采配で多忙を極めていたため、叙任式の時のように二人同日に衣装合わせを行う時間は取れなかった。
そのため、今回は一人ずつ別日に仕立て屋を呼ぶことになった。
といっても、それはヴォルフが不在の間にエリアスの分を済ませる、という意味ではない。
「私の分は後日でいい。エリアスの仕立てを優先する」
ヴォルフは自身の採寸時間を削ってでも、エリアスの仕立てには必ず同席すると譲らなかったのだ。
屋敷の一室に、王都の一流仕立て屋が最高級の生地をずらりと並べる。
結婚式の衣装だ。通常であれば、純白を選ぶのが定石だろう。
叙任式の際も、二人は白地に金糸の刺繍を施した、神聖で美しい衣装をあつらえた。
だが、ヴォルフは生地の見本を前にして、珍しく決めかねている様子だった。
口にこそしないが、エリアスには痛いほどその理由が分かった。
あの叙任式の惨劇。
純白だった二人の衣装が、どす黒く変色するほどにエリアスの流した血で染まりきった光景。
それが強烈なトラウマとしてヴォルフの心に焼き付いており、再び愛するエリアスに「白」を纏わせることに、無意識の拒絶と恐怖を感じているのだ。
いつもなら、エリアスの肌色や骨格に合わせて、余分な時間をかけずにサクサクと最適解を導き出すヴォルフの手が、白の生地の前でだけは止まってしまう。
ヴォルフの苦悩を察したエリアスは、並べられた生地の中に、ある色を見つけた。
それは、透けているわけではないのに、その発色の美しさから透き通っているかのように見える、美しい水色のシルクだった。
エリアスはその布を指先でそっと撫で、ヴォルフを振り返った。
「ヴォルフ。……私は今まで、自分には暗い色しか似合わないと言われてきて、自分でもそういう目立たない装いばかり選んできました」
実家での冷遇と、自信のなさから、灰色や茶色ばかり着ていた過去。
「でも、ヴォルフが夜会のためにお揃いの色で仕立ててくださったあのシルバーグレーの衣装……初めての茶会の為の水色の衣装を着て……本当に私に似合う色をヴォルフが選んでくださってから、明るい色を纏うことが怖くなくなりました」
エリアスはそっとヴォルフの腕に寄り添い、優しく告げた。
「私が選んでも良いのでしたら……今回は、この水色の布がいいです」
その言葉に、ヴォルフの表情から強張りが消えた。
血の色を連想させる白ではなく、二人の始まりを彩った、澄み渡る空のような色。
「……ああ」
ヴォルフは愛おしそうに微笑んだ。
「もちろん、君の意見を尊重するよ。君には、その色がとてもよく似合う」
ヴォルフはその水色の布を手に取ると、先ほどまでの迷いが嘘のように、仕立て屋に向かって流暢に指示を出し始めた。
「この布の透明感を生かしたい。叙任式の時のカッチリとした神聖さとは違い、エリアスの身体のラインに沿うような、柔らかくドレープが出るデザインにしてくれ」
ヴォルフの手が空中でラインを描く。
「そして、裾あたりにはこの布の色に合う、アクアマリンやクリアな宝石を散りばめて、光を反射するように。歩くたびに水面が揺れるようなイメージだ」
さらに、そのデザインに合わせる靴や小物に至るまで、細かく特注の指示を重ねていく。
生き生きとデザインを決めていくヴォルフの横顔を見ながら、エリアスは心の中で祈った。
こうして仕立てられる美しい水色の衣装が、あの日の血塗られた記憶を塗り替え、ヴォルフの心に残る深いトラウマを少しでも軽くしてくれますように、と。
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