210 / 251
第4章
魂の安堵
しおりを挟む「ガハッ……!?」
鈍い音と共に、エリアスの腕を締め上げていた男の身体が宙を舞い、数メートル先の地面にボロ雑巾のように叩きつけられた。
エリアスが呆然とその光景を見つめていると、ふいに背後から、強い力で抱きしめられた。
「……ッ」
驚きで身体が強張るはずだった。
けれど、エリアスは抵抗しなかった。できなかったのだ。
自分の身体をすっぽりと包み込んだその腕の逞しさ。
背中に伝わる、熱いほどの体温。
そして何より、鼻腔をくすぐる懐かしく、愛おしい香り。
「あ……」
エリアスの目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
悲しいのか、嬉しいのか、それとも驚きなのか。自分でもどういう感情の涙なのか分からなかった。ただ、魂が震えていた。
「…………ヴォルフ…………?」
エリアスは、震える唇でその名を呼んだ。
もう二度と呼ぶことはないと思っていた、最愛の人の名前。
すると、耳元で優しく、聞き慣れた低い声が響いた。
「……エリアス」
幻聴ではない。確かな振動を伴った、本物のヴォルフの声だ。
ヴォルフはエリアスを後ろから強く抱きしめたまま、耳元に唇を寄せた。
「間に合ってよかった……。怪我はないか? 怖かっただろう?」
ヴォルフの手が、先ほどまで男に掴まれていたエリアスの手首を、壊れ物を扱うようにそっと撫でた。
「痛くないか?」
エリアスは返事をすることができず、ただ声を上げて泣いてしまった。
「う、あぁ……っ、ううぅ……」
戸惑いよりも、なぜここにいるのかという混乱よりも、先ほどまでの死を覚悟した恐怖や絶望よりも。
何よりも今、エリアスの心を支配しているのは、怖いくらいの「安堵」だった。
ずっと、片時も忘れず、本能が求め続けていた番。
その半身に抱きしめられて、張り詰めていた緊張の糸が完全に切れたのだ。
(ああ、ヴォルフだ……)
エリアスの身体は、抗えないほどの安心感に包まれ、急速に脱力していく。
足の力が抜け、立っていられなくなる。
「エリアス!?」
ヴォルフが慌てて支えてくれるのを感じながら、エリアスの視界は暗く狭まっていった。
「エリアス、しっかりしろ!エリアス!」
ヴォルフが焦ったように名前を呼ぶ声が、水底に沈むように遠く聞こえる。
意識が薄れていく中で、エリアスはただぼんやりと思った。
(……嬉しい)
もう二度と呼ばれることはないと思っていた、あの愛しい声で、自分の名前を呼んでくれている。
これが、もし夢でもいい。
それだけで十分だと、エリアスの本能が幸福に満たされ、彼はそのまま深い闇へと意識を手放した。
49
あなたにおすすめの小説
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる