騎士と狩人

みけねこ

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どうしよう顔に出てしまう

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 哨戒を終えて一息つく。首都から戻ってきてから特に大きな騒動もなく、騎士としての務めもしっかりと果たしながら日々を過ごしていた。
 騎士の中ではそんな平穏な日々をつまらないと称する人もいるかもしれないけれど、元より穏やかな村で過ごしていた俺にとっては喧騒もない今ぐらいが丁度いい。
 隊長の「今日もご苦労さま」の言葉に一日の任務を終えて、グッと軽く伸びをした。
「セオ」
「ん? なに?」
「何かあったんだろ」
 不意にライリーから放たれた言葉に一瞬だけ動きを止めた。けれどそれは本当に一瞬で、すぐに笑顔を浮かべて首を傾げる。
 でもライリーは俺がそういう反応をするのがお見通しだったようで、軽く鼻で笑った。
「顔がニヤけてるぞ」
「えっ⁈」
「明日休みだもんな?」
 急いでバッと顔に手を当ててしまったけれど、それはもう答えのようなものだ。ニヤけていてもいなくてもそんなことしたら誰でもわかってしまう。まだ自室に戻ったわけではないからこの場には隊長とヒューゴさんがいる。二人の先輩がいるのにそんな話題してこなくても、と内心恨み言のようにこぼしてしまった。
「そうかそうかうまくいったのか、セオ」
「よかったじゃないか」
「あっ、えっと、ありがとうございます……」
 そんな先輩二人にそう言われてしまったら、素直にお礼を言うしかない。だって二人の眼差しがあまりにもあたたかかったから。ライリーじゃないからそれに意地を返すなんてことはしない。
「んで? そのセオ君はなんでそんな顔がニヤけて」
「ああもうここでする話じゃないでしょ! あ、あの俺たち先に失礼します」
「うん、お疲れ」
「明日休みだからって羽目を外すんじゃねぇぞー。ちゃんと身体も休めろよ!」
「そのための休みなんだから」
「は、はい。気を付けます」
 何やら二人にはお見通しのような気がする。それもそうか、人生の経験は俺とは違うんだから。
 そのままあたたかい眼差しを受けつつ俺は半ばライリーを引き摺る形で自室へと向かった。そのライリーはというと反省の色はまったくない。君ってこういうところは変わらないなと自室のドアを開いてライリーを招き、しっかりと閉じた。
「なんだ話してくれるのか?」
「聞いてきたのは君でしょ! もう……」
「俺はそれくらい聞いてもよくねぇか? なんたって立役者と言っても過言じゃねぇからな」
「……そんなことはないと思う」
 君はただあの人に失礼なことを言ってそのあと叱られただけだろ、と直球で告げると彼の顔が若干引き攣った。まぁそれももう過去の話しだし水に流したからいいことにしよう。
 ベッドの縁に座って少しだけ襟元を緩める。ライリーはその辺にある椅子に腰を下ろして「それで?」と続きを催促してきた。
 ちなみにライリーにはすでにリクトさんと恋人関係になったことは告げている。どうやら彼から返事をもらったあの日、俺の顔はもうニヤけにニヤけてだらしないことになっていたらしい。ライリーがいち早く気付いて「顔だけなんとかしろ」と言ってくれたおかげで情けない表情を隊長たちに見られることはなかった。それに関しては感謝している。
「正直にいうと、すごいことになってる」
「へぇ?」
 深刻に告げたというのにライリーの相槌は軽い。聞いてきたのはそっちのくせに、と思いつつ俺は手を組んで自分の口元に当てた。

 半年経ってようやく戻ってきた故郷。いち早くあの人に会いたくて向かった先にはまぁ、お決まりのように湯船に浸かっている姿だった。俺の気持ちはあの人には伝えていて、そして返事を待っている状態だったからリクトさんには悪いけれど遠慮なくその身体を拝見した。相変わらずの肉体美で生唾を飲み込んで、そしてこれもまたお決まりのように俺のアレは反応した。
 ああもう何度同じ過ちを繰り返せば気が済むんだ、と自己嫌悪に陥っている時にだ。あろうことかリクトさんがその肉体美を惜しみもなく晒してこっちに歩み寄ってくるじゃないか。しかも一切布を纏わない状態で。俺としては大歓喜だったけれど村の端にあるとはいえ誰かが通りかからないとは限らない。取りあえず惜しかったけれど前だけは隠してもらった。
 ただ、湯船から上がって薄っすら火照り、何より流れる雫が筋を通って滴り落ちていく様はあまりにも煽情的だった。何度かわからない生唾を飲み込んだ俺に対して放った、リクトさんのあまりにも破壊力のある言葉。
 それからめでたくリクトさんと恋人になり――案の定あの時はまた抜いてもらってしまったけれど――関係はとても良好だ。俺が休みの度に会いに行っていて、会えない時もあるけれど会った時はリクトさんはいつも快く迎え入れてくれた。
 そこでまぁ、恋人となったわけだから。二人きりでいる時にやることも変わってくる。そしてつい先日、これまでとは比べ物にならないことが起こった。
 俺は子どもの時にリクトさんに一目惚れして、それからリクトさん一筋だった。騎士になるために首都にいたけれどその期間誰かと何かがあったわけでもないし、そもそもそういうことはすべて断ったりスルーしたりしていた。つまり、そういう経験は今までまったくなかった。そしてリクトさんもきっとそうなんだろうと思っていたらしく、なるべく俺のペースに合わせてくれている。
 けれど俺も年頃なので。好きな人と二人きりの時に、何もしたくないわけがない。そしてリクトさんがそれを察した。
 今まではただ触れるだけのキスだった。けれど先日、誰もいない二人きりの時に俺の様子に気付いたリクトさんが顔を傾けてくれた。ふに、と触れるだけのものだったけれど。
「口を開け」
 唐突にそう言われて、言われるがまま小さく口を開けると軽く啄まれた。あ、大人のキス。なんて子どもっぽい感想を頭に浮かべながら、それにしても相変わらず格好良いと目の前にあるリクトさんの顔を堪能していたら、だ。
「舌を伸ばしてみろ」
 言われた通り舌を出すと、ぢゅっと軽く吸われてリクトさんの舌が絡まる。絡まった舌はにゅるっと口の中に入ってきて歯の裏をなぞり、天井を撫でる。あまりにも気持ちいいしリクトさんは格好良いしで情報過多。どうすればいいのかわからない俺の耳をリクトさんは撫でてきて、ふわふわしてきて腰が抜けたのがわかった。
「鼻で息しろ」
「はっ、あ、ふ……」
 息を止めていたことに気付いて急いで鼻で息をする。するとよくできましたと言わんばかりにもう一度強く舌を吸われた。薄っすらと開けた目の向こうで、格好良い眼差しが見えるのだからそれだけで達するかと思った。

 あの時のことを思い出してぽやっと呆けそうになる。だって初めてのキスが初恋の人なんてとてつもなく贅沢だ。でもあまりにも刺激的で気持ちよくて、幸せだったものだから。思い出しては顔がふにゃふにゃになってしまう。
 多分ライリーはそれに気付いた。だから指摘してきたし何があったのか聞いてきた。まぁ聞いたところで俺は正直惚気話みたいなことしか喋れないからそれでも聞きたいの? といった感じだけれど。
 でも聞いてきたから。だから俺もあの時の感想をもらした。聞かれたから答えただけなのに。ライリーの顔はあからさまにげんなりしていた。
「……まぁ、うまくいってるようでよかったな」
「おかげさまでね」
「……あの人、格好良いしな」
「は?」
 聞き逃さなかった。ぼそりとこぼされた言葉を俺は聞き逃さなかった。
 あんなにも敵対心を剥き出しにしていたくせに? 一体、いつの間に。やっぱり実際リクトさんの格好良さを目の当たりにしたからだろうか。わかる、誰がどう見てもリクトさんは格好良い。村の子たちだって格好良すぎて話しかけることもできずに眺めるだけだった。
 でも俺としては少しでも敵を減らしておきたい。摘むなら今かとライリーを見ていると少し引き攣った表情で「勘違いするな」と慌てて首を振っていた。
「そういう対象じゃない! ただ同じ男として格好良いというか、セオが惚れる理由もわかるっていうか」
「へぇ……?」
「……美人の目の座った顔はなかなか恐ろしいな。とにかく、そういうんじゃないし、そもそも俺のタイプはセオみたいな綺麗な感じで」
「リクトさんだって綺麗だけど?」
 主に肉体が、と言ってしまったらライリーがその魅力に気付いてしまうから、そこは言わないでおく。
「いやマジでお前、あの人のこととなると性格変わるぞ……」
「そうかな? でもそれだけ必死だってことだよ」
「それは十分伝わってくる」
 真顔で頷いたライリーに笑顔で返す。どうやらライリーはあの一件ですっかり改心したようで、前のような傲慢さはなくなった。あの時は意地や見栄を張っていたらしく、あれだけ周りの目は気にしないといった感じだったけれどやっぱり誰かに認められたかったらしい。
 あの時のプライドなんて、あの人にへし折られたよ。と首都に行っている時にライリーは教えてくれた。騎士として鍛錬してきたけれど、鍛錬した月日が全然違うのだから実力が上なのも当たり前だと。
 ちなみにその話を聞いている時、俺は自分のことじゃないのにまるで自分のことのように誇らしげに胸を張ってうんうんと頷いていた。
「取りあえず、セオ!」
「え、なに?」
「デレデレになるのはしょうがねぇけど、でも任務はしっかりしろよ! 腑抜けたツラの騎士なんて頼りにならねぇだろ!」
「わ、わかったよ」
 そこはライリーの言う通りだ。公私混同はよくないし俺がそうだと知ったら多分リクトさんも怒る。騎士と狩人は立場は違うとはいえ危険を伴っているのは一緒だ。腑抜けた状態で任務に就いたら自分だけじゃなくて周りも危険な目に合わせてしまうかもしれない。
「ちゃんとするよ、ライリー。でもその代わり惚気話は聞いてくれる?」
「……聞ける範囲ならな」
「よかった!」
「俺はよくねぇよ」
 だらしない表情をしてしまうぐらいならライリーに喋ったほうがいいかもしれない。いい提案だなと顔をパッと明るくさせた俺に対し、ライリーの表情はまたもや引き攣っていた。
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