krystallos

みけねこ

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11.ラピス教会⑤

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 各場所に配置されているものは俺が手伝わされて運んだものだった。司祭たちが何やら準備を始め、その中心部にアミィと神父が立っている。
「大丈夫だよアミィ。ティエラに教わった通りにやればいい。自分を信じてごらん?」
「う、うん」
 あれから神父から防御魔術を習ったアミィは、制御のコツを覚えたからか案外すんなりとその魔術を発動することができた。とはいえ失敗もあったしその度に意外にも教え方が上手かった神父が丁寧に説明していたが、それでも世間一般的には早かったらしい。
 ならば早速とアミィを一晩休ませた神父はこうしてアミィを隣に立たせている。周辺にいる司祭たちはフォローに来たのかそれともただの見学か。ただ邪魔をすることなく黙って二人の様子を伺っている。
「いいかい? 言った通り薄い膜を張るようなイメージだ」
「膜……守るような、薄い膜……」
「そう、それで首じゃなくて、その本に集中するんだ。ゆっくり、慌てることなくね」
 アミィの足元に魔術の陣が展開される。ただムーロの時とは違いすぐに暴走する、なんてことはない。魔術が使える人間でよく見る、淡い光がゆっくりと立ち上っていくような感じだ。
 足元が魔力の巡回によって照らされ、それが媒体を伝いアミィに伝っていっているのが目視できる。この調子なら暴走することはなさそうだ。傍らで心配げに見守っているウィルとティエラはどう思っているかはわからないが、俺はわりと楽観的にその光景を眺めていた。
「いいよ、その調子。私が作った防御壁がわかるかな? その上に重ねるようにやってごらん」
「ん……これ、かな? この上に、作ればいいの?」
「そうだよ」
「んんっ……」
 アミィが媒体に集中し始めたのと同時に、教会全体を覆うような薄い膜ができ始めた。神父が作った結界もそれなりのものだから更にその上から結界を張るとはまた至難の業だろう。元からできた結界がそう簡単に壊れるとは思いはしないが、術者としてはそっちも気を使わなければならない。
 そうして見上げていたら徐々にできようとしていた膜が若干揺らいだ。顔を下げアミィのほうに視線を向ける。そもそも魔術の制御を覚えたからって、次にこんな馬鹿でかい結界を張らせるとは色々とすっ飛ばしたような気がする。暴走の心配はないが、結界がちゃんと張れるかどうかとなると雲行きが怪しくなってきた。
 だが神父はそこもちゃんと計算内だったらしい。四隅に控えていた司祭に視線を送るとその司祭たちはそれぞれ頷き、そこにある灯台に手を掲げた。灯台に薄っすらと淡い光が灯り、その光が真っ直ぐに上に伸びていく。恐らくアミィの防御魔法への補助だろう。
 揺らいでいた膜はちゃんと形を成し、徐々にしっかりとした膜へと変わっていく。
「いいよアミィ。ちゃんとできてきている。あとちょっとだ」
「うんっ……!」
「もうちょっと、もうちょっと……――よし!」
 神父の声と同時に、パッと大きな結界が完成した。それぞれがホッとした息を吐き出し、力の入っていた肩と安心したように落としている。
「よく頑張ったね、アミィ」
「うん……でも疲れちゃった」
「そしたらほら、あそこにいるカイムに抱っこしてもらうといいよ」
「うん! カイム~! アミィ頑張ったよ!」
 疲れたんじゃなかったのかよ、と言いたくなるほどアミィがこっちに全力で走ってくる。やれやれと俺も別の意味で息を吐き出し身を屈めれば、アミィが首に腕を回して飛び込んできた。
「お前本当に疲れてんのかぁ?」
「疲れたよ! だってアミィ結界張ったの初めてだったもん!」
「アミィちゃん、とても上手にできてますよ」
「本当⁈ よかった!」
「……子どもの成長って、早いんだなぁ」
 しみじみとジジ臭いことを言っているウィルに思わず視線を向ければ、俺の視線に気付いたウィルは軽く咳払いをして顔を背けた。自分がどんな発言をしたのか気付いたようだ。
「さて、仲良くしているところ悪いけど――ゆっくりしている時間はなさそうだ」
 アミィに続きこっちに歩いてきた神父が、視線を外に向けてそう発言した。ハッと顔を上げたウィルに俺は黙ってアミィを抱えて立ち上がる。
「世話になったな」
「こっちこそ更に結界を張ってもらって助かったよ。出口は裏口を使うといい。森を通ることになるけど君が一緒だと大丈夫でしょ」
 他のヤツらは聞こえているかわからないが、遠くのほうから甲冑が擦り合う金属音が聞こえてくる。神父も色々と考えてやってくれたようだがどうやら本当にギリギリだったらしい。すでに出立の準備を済ませていた俺は一言神父に礼を言い、裏口のほうへと足を向ける。
「……僕も一緒に行こう」
「あ?」
「ウィルさん……?」
 背後から聞こえきた声に思わず振り返れば、真っ直ぐな金色の目と視線がかち合う。
「君一人に子どもを守らせるのは心配だからね。一方僕は護ることを専門としている」
 この数日間でこの男の中でどんな心境の変化があったかはわからない。ただ騎士だというのに団長の命令に背いた。そのまま何事もなく部隊に戻ることはできないだろう。が、果たしてこっちが驚くほど愚かだと思うぐらい真っ直ぐなこの男がそういう打算的な考えをするのかどうか。
 下手したら本当に、ただ純粋に騎士としてこの子どもを守りたいだけなのかもしれない。
「ならその甲冑脱ぎ捨てろよ。色々と不便だろ」
 ついてくるのは構わないが、その甲冑のままついてこられると色々と問題になってくる。主にこの男が。別の大陸に他所の国の騎士が闊歩しているとわかるとウィンドシア大陸の人間はよくは思わないだろうし、バプティスタ騎士のほうも問題が発生した場合最悪責任を取らざるを得なくなる。
「あ、ああ、そうだな」
 俺が何を言いたいのかわかったのか、ベルトを外しガチャガチャと音を立てながら甲冑を脱ぎ捨てていく。流石に騎士から支給されているとはいえ、剣まで置いていかれると困るからそれは持っていってもらう。
「申し訳ないルーファス神父……世話になっておきながらそれに報いることができず……」
「いいのいいの。その代わりその子をしっかりと守ってあげるんだよ? 君の選択はいいことだったと私は思うから」
「……ありがとうございます」
 俺たちのあとをついてこようとしている男の背中に、また別の視線が突き刺さる。コイツ鈍感男かよと思いつつ、それとなくその視線の先を追った。そこにはティエラがウィルの背中と、そして神父の顔と交互に視線を走らせていた。
「あ……」
「ティエラ、君も行くといい」
「えっ……け、けれど、わたしは見習いです。まだまだここで学ぶことがたくさんあって……」
「見習いだからこそ、色んなものを見て見聞を広げることも必要だと思うけどな? 心配なんだろう? あの子が」
「……はい」
「素直なことはいいことだよ。一緒に行ってあげて。見ての通り幼女一人に対して男二人だ。むさ苦しいったらありゃしない」
「聞こえてんぞ生臭神父」
「おっとこれは失礼。そういうことだから、女の子同士で助け合う必要も出てくるでしょう? あの子のためにも、行っておいで。この場で学ぶことなんてあとでもできるから」
「……! あ、ありがとうございます、神父様っ……!」
 本当に女に対して激甘じゃなければまともな神父に見えるっていうのに。急いで準備に向かおうとしたティエラに同僚の女が事前にしっかり準備していたのか、まとめあった荷物をティエラに渡しそれに対してティエラは頭を下げた。
「こっちのことは気にしないで。アミィが結界を張ってくれたおかげでここはしっかりと守ることができるから――だから君たちは、アミィをしっかり守るんだよ」
「わかってるよ」
「色々とありがとうございます、ルーファス神父」
「神父様、行ってきます!」
 神父と他の司祭たちに見送られながら、俺たちは案内された裏口から教会の外へ出た。少し森の中を歩いていると背後からけたたましい音が聞こえ、二人が同時に振り返る。
「神父様……」
「大丈夫だろ。結界も張ったしそれに神父の目は『赤』だ」
「……ルーファス神父が本気で戦っているところを見たことがないから、僕は何とも言えないが……」
「わたしもです」
 だからといって引き返すこともできない。恐らく時間稼ぎをしてくれるだろう神父たちの努力を無駄にするわけにはいかないと、俺は振り向くことなく再び歩き始めた。こと」
 まぁ神父もここを守る義務がある。そのために若干アミィを利用したようなことになっているがアミィのためにもなっているから目くじらを立てる必要もない。それもそうだなと納得している隣でウィルは相変わらず眉間に皺を寄せたままだった。
「むっ、むむむぅっ」
「その調子ですよ! アミィちゃん!」
「――えいっ!」
 掛け声と共に発射されたのは無数のバカでかい氷の刃……ではなく、一本のそこそこのサイズの氷の刃だった。その刃が真っ直ぐに飛んでいき樹に激突した。
「で、できた……?」
「すごいですアミィちゃん! ちゃんと制御できましたよ!」
「ほ、ほんと⁈ アミィできた!」
「はい! よくできました!」
「へへっ」
 二人で喜びを分かち合い、頭を撫でてもらったアミィはとにかくご満悦だ。ちゃんと子どもらしい表情だなと思いながらその様子を眺めていると、不意にパチッとアミィと視線がかち合う。
「カイム!」
 まるで子犬のように目を輝かせて、これで尻尾でも生えてたらブンブン大きく振ってるんだろうなと思うぐらいのテンションの高さでアミィが駆け寄ってきた。よほど嬉しかったのか、思いっきり飛び込んできて難なくその身体を受け止める。
「アミィできたよ!」
「おーおーよくやったな」
「えっへへ!」
「本当によく頑張ったね、アミィ」
「うん!」
 にこにこ顔でアミィにそう声をかける神父に対してウィルの顰めっ面がすごい。これから神父が何を言わんとしているのか察しがついているんだろう。子どもにそんな顔見せるなよと視線が合ったウィルに小さく頭を左右に振ると、戸惑いつつも頬を押さえていた。
「それじゃぁアミィ。私からの最後の課題だよ」
「かだい?」
「そう。君は攻撃特化のようだから、その他もきちんと覚えよう。そしたら君にもカイムのことが守れるかもしれない」
「そうなの⁈」
「そうだよ。そのためにちゃんと覚えようね? まずは防御魔術を覚えてみよう」
「うん!」
 口が上手い、とひとりごちた俺に対しさっきよりもマシな顔になったウィルが再び顰めっ面に戻った。
「防御魔術は私が教えてあげよう。さ、アミィおいで」
「神父様……」
「大丈夫、無理はさせないよ。絶対にね。私も補助するし」
 心配げなティエラにパチンとウインクした神父は、胡散臭さ満点だ。それぞれが渋い顔をしているっていうのにその表情を見た神父は「はっはっは」と笑うだけだ。
 ただアミィだけが神父と、そして俺たちがそういう表情をしている意味がわからずキョトンとした顔をして首を傾げていた。
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