krystallos

みけねこ

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17.ミストラル国②

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 流石に城はその国の特色はあるだろうがそう大きな違いはないんだろう。すっかり落ち着いたウィルは周囲をよく見ている。城の構造やそこに滞在している騎士などに視線を走らせてしまうのは職業病なのかもしれない。
 別にウィルがここで暴れる、っていうわけでもないため特に注意することなくそのまま足を進める。そうして歩いていると開かれた扉が目の前に現れた。
「え、謁見の間が開かれてる……⁈」
「面倒だって開きっぱらしい」
「なっ……」
 こっちじゃ別にこれが普通だけど、やっぱり他所から見たらこの光景はおかしいらしい。確かに厳重な守りにするのであれば本来この扉も閉めておくべきだ。ただミストラル国の王が「面倒だ開いておけ!」と一言告げ、この状態である。
 お前は本当に大陸から出て驚きっぱなしだなとウィルに対して内心そんなことをこぼしながら、扉を通り過ぎれば開かれた空間。そして奥にあるご立派な椅子には一人の男。その男の両サイドにはまた二人の男女が控えていた。一方はメガネをかけ如何にも仕事ができますという風貌の女。もう一方は剣を腰に下げて明らかに王の護衛に見える男。
「おう、ようやく戻ってきたか。待ってたぜ」
 後ろから息を呑む声が聞こえてきたが、気にすることなく足を前に進めた。そんな俺の後ろをくっついて離れないようにしっかりとアミィが足にしがみついている。
 出会いがあれだったから特に気にしてはいなかったが、やっぱりアミィは少し人見知りなのかもしれない。というかちゃんと警戒心を持てるようになったと言うべきか。口調のわりにはどっしりとした構えをしている王にたじろいたのかもしれない。
「早速本題に入らせてもらうが、そっちのちっこいのが例のお嬢ちゃんか?」
「ああ」
「ほう、そうか」
「ちょ、ミストラル王!」
 メガネの女が慌てて止めようとしていたが椅子から立ち上がったミストラル王は数段ある階段を降り、こっちに近付いてきたかと思うとアミィと視線を合わせるように身を屈める。
「ふーん、普通の子どもだな」
「黙っていればな」
「そうか。お嬢ちゃん、自分の名前は言えるか?」
「あっ……アミィ、だよ」
「そうか! ちゃんと言えて偉いな! お菓子でもやろうか?」
「王!」
「おっと。悪いなアミィ。後ろのお目付け役の目が厳しくてな――あとでこっそりやろう」
 ニッと口角を上げた王はアミィの頭をひと撫でしたあと、さっきまで座っていた椅子へと戻っていく。後ろ二人が唖然とした表情をしているのは振り返って確認しなくてもわかる。
 やっぱりここの王って変わり者なんだな、と思いつつ咳払いをした女に「まぁまぁ」と軽く声をかけ王はもう一度こっちに視線を向けてきた。
「大方のことはカイムから聞いてる。アミィはこっちで保護しよう。後ろ二人もここまでご苦労だったな」
「い、いえ……」
「心配するな。アミィを『人間兵器』として使おうなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇよ。戦争なんて興味ねぇしな。向こうが攻めてこない限りは。アミィにはしっかりとした環境に魔術の使い方も学ばせるつもりだ。これは決して兵器にするわけではなくアミィ自身のためだ。カイムの報告からして何回か暴走させているんだろう?」
「まぁ、何回かっていうか派手なのが一回ってところだけどな」
 あとは制御するために軽い暴走はあったと付け加えれば「そうか」と王は相槌を打った。
「だがその一回で実害が出ちまっている。だからこそバプティスタ国はどうやってもアミィを捕らえたかったんだろう。そういうことは二度あっちゃならねぇのよ――わかるか? アミィ」
「う、うん……」
「まっ、そういうことだ。何も心配はするな。こっちで色々と揃えてやっから今日はゆっくりしな。観光でもしていくといい」
「謁見の時間は終わりです」
 最後にメガネの女が短くそう告げ、俺が扉に向かって歩き出すと後ろから慌ててついてくる。ウィルとティエラはしっかりと王に頭を下げてから来たみたいだったが。謁見の間を出ると二人がどっと疲れたかのように肩を落とした。
「なんというか……色々とハラハラとした時間だった」
「わたし緊張しちゃいました……」
「そうかぁ?」
「カイム、特に君だよ。一国の王になんて言葉遣いだ。少しはかしこまったらどうなんだ。これがバプティスタ国だと君は下手したら不敬罪だぞ」
「ミストラルの王が気にしちゃいねぇんだからいいだろ。そもそも俺はバプティスタの王と喋る予定なんて全然ねぇよ」
「……ハァ」
 頭を抱え溜め息を吐き出したウィルに大袈裟だなと思っていると服を引っ張られる感覚があった。視線を落とせばやっぱりアミィが服を掴んでいる。なんだと少しだけ身を屈めたが、アミィは中々喋りだそうとはしない。
 ウィルとティエラが顔を見合わせている間ただジッと待っていると、口を開いては閉じを二、三度繰り返したアミィはようやく声を発した。
「アミィ、ここに住むことになるの?」
「そうだな。まぁ別に城に住むわけじゃねぇけど」
 ただ王の目がしっかり届く範囲の居住地に住まわせることになるだろうし、もしかしたらアミィに気付かれないように監視もつくかもしれないが。
「……カイムと、一緒じゃないの?」
「あ? 俺はセリカの修理が終わればラファーガに戻るけど」
 それが一体なんなんだと訝しげていると、アミィの目が段々と膜を張っていく。服を掴んでいる手の力はより一層強くなり、伸びちまうと手を離させようとしたがイヤイヤと首を左右に振られた。
「アミィちゃん、カイムさんと離れるのが寂しいんですよ」
「アミィは君にとても心を許しているからな」
「と言ってもなぁ」
 これからアミィはこの国で色々と学び魔術の制御も覚えて、色んなことを知っていく中で自分のやりたいことが見つかっていくに違いない。そこに俺が必ず必要になってくるってわけでもないし、俺にも俺の暮らしがある。
 身を屈めて視線を合わせてやると、ようやく服から離した手は今度は首に巻き付いてくる。ぎゅうぎゅうと締め付けてくるが、子どもの力でも首は苦しくなってくる。コイツ窒息死させるつもりかと身体を剥がそうとしてみるものの、これがまた中々剥がれない。
「あのなぁ、別に人間は俺だけじゃねぇよ」
「……やだ」
「やだじゃねぇっつーの」
「やだぁ」
「だーかーらー」
「……ハハッ、ふふっ、すまない。今日一日君はアミィを抱きかかえながらミストラル国を観光するしかないんじゃないか?」
「そうですね。そしたらアミィちゃんも落ち着くかもしれません」
「他人事だと思いやがって……」
「アミィ、今日はずっとカイムといる」
 どうやってもアミィは俺から剥がれるつもりはないらしい。短く息を吐き出し渋々そのまま立ち上がれば首からぶらんとアミィがぶら下がる。仕方なしにその身体を抱きかかえてやれば、ようやく首を締め付ける力が緩まった。
「さてカイム、君はこの国に所属しているんだろう? この国の案内を頼む」
「適当にぶらつけばいいだろ」
「そしたらアミィちゃん川に落ちちゃうかもしれませんし、どこに流れていくのかわたしたちじゃわかりません」
「お前らは魔術が使えるだろうが」
 どうやっても俺に案内をさせようと画策している二人に、空いている手で後ろ髪をガシガシと掻いた。さっきまでは借りてきた猫みたいな感じだったっていうのに、気付けばアミィが三人だ。
「わーったよ。そしたらまずは美味い酒がある酒場に」
「未成年が二人だぞ。やめろ」
「お前未成年だったのか」
「僕じゃない、ティエラだ。彼女はまだ十六歳、ちなみに僕は二十歳だ」
「……お前俺より二つ下だったのか」
「なっ……⁈ き、君が僕より年上だと……⁈」
「ふふっ、楽しそうなところすみませんが、できればアミィちゃんでも入れるお店でお願いします」
「アミィお腹空いた」
「そしたらまずは腹ごしらえだな」
 何やらショックを受けているウィルを他所に歩き出せば、頭の中はすっかり飯のことになったらしいアミィは楽しげに「ご飯~ご飯~」なんて言い始めた。
 ってか機嫌が直ったんなら降りろよ、とそっと手を離そうとしたが、そうするとまた首を締め付けられたため渋々と抱えたまま移動する羽目になった。
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