krystallos

みけねこ

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22.世界の異変

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「あの、ウィンドシア大陸を調べるのであれば、まずは精霊シルフ様の遊び場と言われているソーサリー深緑に行く前に一度ラピス教会に寄りませんか? 神父様なら何かご存知かもしれません」
 二度目の大陸を繋いでいる長い橋を渡り終える頃にティエラがそう提案してきた。確かに次の行き先はウィンドシア大陸の精霊の加護を強く受けている、ベーチェル国を囲んでいるでかい森だ。だがその前にラピス教会がある。
「それもそうだね。ソーサリー深緑までかなり距離があるから疲労も溜まるだろう。ラピス教会で休ませてもらうのもありかもしれない。それに、あれからどうなったのかも気になる」
「神父様とアミィちゃんの結界があったので大丈夫とは思いますが」
 隣で歩いていたアミィが俺の服の裾を掴んでくる。多分何か不安に思うことがあるとこうして無意識に掴んでしまうんだろう。まぁ、別にそうされて困るなんてこともないし好きにはさせる。
 アルディナ大陸にいる間警戒していたが、意外にもバプティスタ国の騎士から追いかけられることはなかった。事前にミストラル国が口利きしてくれたおかげだろうが、それでも俺たちを警戒していていもおかしくはなかったんだが。
 もしかして俺たちを追いかけるよりも更に厄介なことが起こったのか。スピリアル島かもしくはイグニート国か。その辺りの情報を俺たちが入手することは簡単じゃない。無駄に首を突っ込んでしまえばこっちこそ厄介なことになりそうなため、ここは素知らぬ顔でスルーするのが賢明だ。
 アミィはきっとバプティスタ国の騎士から追いかけられるかもしれないと思っていたのかもしれない。ある意味トラウマを受け付けられたなと短く息を吐き出した。
「それじゃ、教会に行くか」
「ルーファスに会いに行くの? お菓子もらえるかな!」
「いいかいアミィ。知らない人間からお菓子をもらってはいけないよ」
「神父様はウィルさんもよく知っている方なんですが……」
 橋を渡り終えそんなことを駄弁りながら歩いている時だった。違和感を感じ辺りを見渡してみるも俺以外のヤツは特に何か気付いた様子はない。寧ろ俺の様子にどうしたんだと首を傾げるだけだ。
「きゃっ⁈」
「な、何だ?」
 だがその直後、地響きと共に地面が揺れた。アミィは俺の足にしがみつきウィルはティエラの肩を支えている。揺れは短い間だったが地面が揺れるなんてこと戦争中以外で起こるなんて思いもしない。
「い、一体何だったんだ……?」
「……これもなんか関係あんのかね」
「あ、あの、教会に急ぎません? また揺れるかどうかわかりませんし、アミィちゃんも怖かったでしょう?」
「う、うん……びっくりした……」
 それからまた揺れるかのかと思いながら歩いていたが、揺れはあの一度だけで道中特に何か起こるわけでもなかった。尚更あれはなんだったんだっていう話になり、とにかくティエラの提案通り教会に向かったんだが。
「……なんだこりゃ」
「随分と……荒れているな……」
「もしかしたら、神父様かもしれません……」
 一度行ったことのある教会への道のりは、何やら随分と荒れていた。地面に穴は空いているわ木々はぽっきり折れるように倒れているわ。バプティスタ国からの襲撃のせいでこうなったのではないかと想像できるが、ティエラの言葉で顔を引き攣らせたのはウィルだった。
「まさか、騎士に向かって強力な魔術を放った……ということか?」
「あっ、いいえ。神父様が攻撃系の魔術を使ったことは見たことがありません。神父様も人に対して使うことはないとおっしゃっていましたし。ただ……その代わり『力こそパワー』とか謎の単語を言っていましたけど」
「つまり魔術使わず体術か剣術でこうなったってわけか。とんでもねぇ神父だな」
 生臭神父かと思いきや、『赤』のくせに魔術に頼らない脳筋神父だったとは。
「……カヴァリエーレ団長が簡単にやられるとは思いはしないが……」
「だ、大丈夫ですよ。多分……」
 この状況からして骨が一本ぐらい折れてそうだけどな、と内心思いつつも荒れ果てた道を歩く。っていうかこの辺り魔術で元に戻さなかったのかと思ったが、もしかして再びバプティスタ国の騎士が攻めて来ないように敢えてそのままの状態にしているのか。
 そうこうしているうちに教会の入り口が見え、ティエラが先頭に立ち扉を軽くノックする。しばらく待ってみれば中から現れたのは、最初に俺たちを中に案内した祭司だった。
「これはティエラ、戻ってきたのかい?」
「はい。神父様とお会いしたいんですがいらっしゃいますか?」
「もちろんだよ。すぐに呼んで来るから中で待っていてくれ」
 ティエラに続き俺たちも中にぞろぞろと入っていく。俺の前に先にアミィが中に入ったが、それに気付いた祭司がアミィと目が合った瞬間笑みを浮かべた。
「よく来たね。あなたが作ってくれた結界には助けられたよ。ありがとうね」
「えっ、う、うん」
 他人に感謝されることがなかったんだろう。すんなり言葉を受け止めるかと思いきやどこか戸惑っている様子に、そういう言葉は受け取っておけと軽く背中を押した。
「教会は特に変わった様子はなさそうだね」
「そうみたいですね。よかった……安心しました」
「さっきの揺れはここの連中も気付いたのか?」
「ああ、先程のですか? 僅かですかここでも揺れましたよ。初めてのことでしたからとても焦りましたが神父様の結界もあることですし、特に騒動になるようなことはありませんでした」
「そうか」
 俺たちが歩いていたあの場所だけかと思いきや、どうやら広範囲に揺れたようだ。もしかしたらウィンドシア大陸ごと揺れたのか。他の国か村がどうなったのかはわからねぇが、これも一応ミストラル国の王に報告しておいたほうがよさそうだ。
「おやおやおや~! みんな戻ってきたんだね、おかえり! ティエラは随分と美しくなったんじゃないのか?」
「……変わっていないです」
「アミィも身長が伸びたのかな? 大人びてきたね。素敵なレディーになりそうだ」
「女児への接近はお控えください、ルーファス神父」
「なんだなんだ。二人とも冷たいなぁ」
 悲しくなっちゃうよと嘘泣きを始めた神父に二人の表情が若干曇る。付き合いは俺より長いとはいえ、どうやら慣れるもんでもないらしい。
「ルーファス神父。ここに来るまでに道がとても荒れていたようでしたが。まさかバプティスタ国の騎士とやりあったんですか?」
「うーん、バプティスタ国の騎士と……というよりも、カルディアと、かな? だってあの子頭が固いもんだからさぁ。ちょっとお灸を据えるというか、遊んであげたわけ」
「あ、遊んで……? 団長に対してそのような言葉……!」
「おい神父。さっきの揺れアンタはどう思う?」
 このままだと怒りに任せて荒れ狂うウィルと、それを飄々と避ける神父という構図が簡単に想像できたためサッと話しを逸らす。俺の言葉にウィルはハッと一度咳払いをしたあと少しだけ下がり、神父は顎に手を当てて何やら考え込んでいた。
「揺れ、ね……私もここに来てからあのような揺れを感じるのは初めてだよ」
「神父様、ここに戻ってきたのは神父様に聞きたいことがあるからです。実は今わたしたちはミストラル国の王のお願いで各地の調査をしているんです」
「へぇ? 詳しく聞いてもいいかな?」
 一瞬ティエラが俺に視線を向ける。僅かに首を縦に振ると、同じように頷き返してきたティエラは神父に向き直った。
 そしてリヴィエール大陸で起こっていること、アルディナ大陸で起こっていることをティアラは神父に説明する。どっちも精霊の居場所とされているところに異変が起きている。しかもアルディナ大陸では穢れによってでかい魔物が出現している始末。それにさっきの揺れのこともある。ティエラはウィンドシア大陸でも何か起こっているのではないか、そう伝えその間神父は口を挟むことなく黙って耳を傾けていた。
「なるほどね……他の大陸でもそんなことが」
「他の大陸でも?」
「……君たちはこの数年の間だと思うかもしれないけれど、実は異変はかなり前から徐々に起きている。それこそ作物が育ちにくいとか微々たるもので、普通に過ごしていると気付かないところからね」
 神父は椅子に座るように促し、近くにあったテーブルに落ち着いた俺たちの元に祭司が飲み物を運んできた。
「神父様、シルフ様が住まわれているソーサリー深緑にも何か起こっているのでしょうか……?」
「私は立場上この場から離れることができないから詳しくはわからないが、恐らく異変は起きているだろうね。ソーサリー深緑から流れてくる精霊の力が弱まっている気がするんだ。あそこはべーチェル国を護るように常に風が吹いている」
「それが弱まっている、ということはルーファス神父……そうなると……」
「そう、守備が弱まっているとわかって真っ先に喜ぶのはイグニート国だ。だからべーチェル国は精霊の加護が弱まっているとしてもそれを公にできない」
 バプティスタ国と同様、イグニート国と国境沿いで睨み合いが続いているべーチェル国だ。タクティスク山脈という山を要塞にして大陸に踏み込ませないようにはしているが、イグニート国がバプティスタ国から引きべーチェル国だけに攻め入るとなると話が変わってくる。
「異変を調べるには直接行ったほうがいいね。ただティエラも言ったようにソーサリー深緑は元は精霊シルフの遊び場。そしてシルフはいたずらっ子で有名な話だ」
「……おい、いい予感はしねぇな」
「いい勘を持ってるね~。その通り、迷路になっているソーサリー深緑を進むのは大変だよ。頑張ってね!」
 他人事のようににっこり笑みを浮かべた神父にイラッとした。アルディナ大陸でも砂まみれになりながら進んだっていうのに、どこも一筋縄でいかねぇのかと内心毒づいた。リヴィエール大陸のセイクレッド湖が如何にラクだったことか。
 そういや話している最中随分とアミィが静かだなと今になって気付き、隣に視線を向けてみれば……何やら甘ったるそうなデザートを口いっぱいに頬張っていた。どうりで静かなわけだと思いつつも、どうやらここの人間は子どもには甘いらしい。準備されているのはアミィの分だけだった。
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