krystallos

みけねこ

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28.人間兵器③

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 フレイが言っていた部屋はいくつかある部屋の中でも一番奥にあった。恐らく何かあった時のために作っておいて、尚且人的被害が少ない場所を選んだんだろう。穴が空くと船が沈むとは言っていたが、他の部屋に比べて厳重な作りをしていたため一応対策もしているようだ。
 その部屋に入れば続いて銀髪も入ってくる。銀髪がしっかりとドアを閉じ、そして更に薄く結界を張ったのが見えた。
「さて、ではもう一度自分に魔術をかけ直すつもりですね? ですがそうなるとその中途半端な状態は困る、と」
「ああ」
「素性の知れない私でよかったんですか? あの女性、もしくは可愛らしい小さな子でもよかったのでは?」
 銀髪はそう言うが、正直これに関してはティエラだと魔力不足。アミィだと魔力は足りていても上手くコントロールできない。そう考えると消去法で結局この素性の知れない変態銀髪男を選ばざるを得なかった。そして恐らくそう聞いてきたくせにこの男もそれを知っている。
 顔を歪めれば楽しげに笑う目に、軽くその顔面に風をぶち当てた。メガネがすっ飛びそうになったが銀髪男はそれを魔術で素早く手に取る。
「いいからさっさとやれ」
「見返りは? まさかタダ働きですか?」
「お前勝手に船に乗っておいてよく言えたな」
「ああ、そうでした。まぁ貴方を見つけることができただけでも十分な報酬なので別に構いませんが。ではいきましょうか」
 そう言って銀髪は俺に手をかざし、中途半端になっていた魔術を完璧に解術した。
 一気に身体に流れ込んできたのは精霊の力だ。一度身体の中心部に集まり、巡り巡って今度は外へ放出しようと流れている。一応銀髪が結界を張ったため外にダダ漏れするわけじゃないだろうが、それでも部屋から少し溢れ出ているかもしれない。それを長時間放置するわけにもいかねぇなと外へ流れようとしている力を中に留める。
 今まで一度しかやったことがないが身体は覚えている。十年前と同じように意識を集中させスッと息を吐き出せば、自分の中に巡っている力が消え失せた。青色だった髪が黒色に変わっているのが目の端に映る。
「……ああ、もったいない。あれほどの力を中に封じ込めるだなんて。私ならもう研究結果を試してみたくてくまなく使うと言うのに。ああでもあれほどの魔力を封じるなんて流石は『赤』持ちです、常人では考えつかないことをいとも簡単にやってのける。『赤』持ちは他の色と一体何が違うのか、そもそも根本的に何かがあるのか、ああ気になって夜も眠れません私の研究の対象者にぜひ」
「うるせぇなさっさと結界を解けよ。今の俺じゃできねぇんだから」
「もったいないですねぇ……」
 ブツブツ言う前にさっさとしろと軽く足で蹴れば銀髪は渋々結界を解いた。甲板に戻るために歩いていると後ろから研究対象だの実験したいだの解体したいだの、物騒な言葉ばかり吐かれてこめかみの血管が浮かぶ。
 男の言葉をすべて無視して戻れば相変わらずその場は微妙な空気だ。そんな状況でアミィだけが駆け出してきて足にしがみつき見上げてきた。
「いつものカイムだ!」
「なんだ髪も目も色戻ったんだ」
「まぁな」
 アミィに続きフレイにもそう言われて短く返す。視線を向けずとも意識をこっちに向けているウィルには気付かないフリをして、この船の頭であるフレイに視線を向けた。
「取りあえずミストラル国に向かってくれねぇか」
「もちろんそのつもりだよ。なんだか騒ぎになったようだしね。ミストラル国に戻るのが一番安全だろ――野郎共!」
 フレイが一声上げると控えていた船員が何かの操作を行った。今のこの状態だと俺はわからねぇが他のヤツらの視線が船や上を見上げるような動作をしたため、この船に何かしらの魔術を施したということはわかった。
「おや、カモフラージュですか」
「流石に隠れながら進まなきゃいけないでしょ」
 どうやら魔術でこの船の姿を消したらしい。流石は海賊船と言ったところか。別にフエンテは悪さをして誰かに追われるなんてことはないだろうが、あちこち探索したり調査しているもんだからたまに誤解をされて追いかけられることもあると前にフレイが教えてくれた。そのための魔術なんだろう。
「安心しな、あたしがきっちりアンタをミストラル国に送り届けてあげる」
「これでチャラだな」
「まだまだまーだ! だから!」
 いやもういいだろうと中々引かないフレイに若干身を引いた。前に一度船が沈みそうになったところを見つけて手助けしただけだ。それをとんでもない恩みたいに感じているフレイの感情がわからない。ラファーガの頭だってもう気にしていないし、なぜフレイはこうも恩を返そうとするのか。こっちはもう助けてもらったしこうやって送り届けてくれようとしてくれている、それで十分だというのに。
 フレイのおかげでべーチェル国に追われることもなければ、アルディナ大陸の近くを通り過ぎようとしても何も起こることもなかった。無事にリヴィエール大陸に辿り着いた船はミストラル国に近い港へと着港する。ここの港に辿り着くには波の荒い海を渡る必要があるが、この海賊船はそれも考慮した作りになっているため船自体が激しく揺られることもなかった。そのおかげで船酔いするヤツも出てこずに済んだ。
 ここまで運んでくれたことに礼を告げ船から降りる。次いでアミィも船を降り、表情には出していないがかなり不服そうなウィルも降りてくる。顔が真っ青になっていないため船酔いはしていないらしい。それからティエラと続きなぜかフレイまで降りてくる。
「あたしは一応報告しておこうと思ってね」
 そういうことで船は船員に任せ俺のあとをついてくる。そしてなぜか、銀髪男までもついてくる始末。なんだコイツと眉間に皺を寄せていると向こうはあっけらかんと口を開いた。
「絶好のチャンスを無駄にするわけないじゃないですか。何せ『人間兵器』と『人間兵器』にされそうになった被験体がいる。研究しがいがありますよ」
「カイム……あの人気持ち悪い……」
「目ぇ合わせんじゃねぇぞ」
「はははっ、酷い言い草だ」
 そう言っているわりにはまったくショックを受けていない銀髪男にげんなりする。コイツ一人だけ他とテンションが違う。妙なヤツに目をつけられたと思った反面、魔術に関しては安定し尚且つ使える種類がアミィとティエラよりも多い。そういう面では使えるヤツには間違いない。
 取りあえずヤツの趣味趣向は今は無視するとして、急いで城へと向かう。知らせは送っておいた。ただ時間がなかったため向こうのほうがバタバタしているかもしれないと思いつつ登城すると奥から大股で歩いてきた姿は探していた人物だった。
「よう、厄介なことになったな。どんだけ目撃された」
「べーチェル国の騎士にはかなり見られた。あとここにいるヤツら」
「なるほど?」
 部下二人を引き連れたミストラル国の王の視線が一瞬ウィルに向かう。視線に気付き肩を少しだけ跳ねさせたが、ウィルから何かを言うことはなかった。
「こうなったら俺はもう庇いきれねぇ。差し出せと言われれば俺はお前を差し出す」
「別にそれでいい。そういう約束だったしな」
「……ミストラル王、貴方はずっと匿っていたのですか。この『人間兵器』をッ……!」
 ここで初めてウィルが声を出した。ずっと感情を抑えていたんだろうが、声色には少しそれが漏れてしまっている。非難するような視線にミストラル王は軽く肩を上げそれをしれっと受け流した。
 それに癪に障ったのか、詰め寄ろうとするところを王の隣に控えていた騎士が牽制する。ここで暴れれば反逆罪として捕まる可能性があるのをウィルはわかっているだろう。だからグッと踏みとどまり、王を睨みつけた。
「国に知らせたいのならそうすればいい。ただ俺はこの十年間一度も『人間兵器』を使うことはなかったということを押し通させてもらうがな」
「ッ……!」
「あれだけ暴れていた『人間兵器』を大人しくさせていたんだ、かなりの功績もんだろ」
「しかしッ! 貴方は新たな『人間兵器』を手中に収めようとしていたッ! これはかなりの問題でしょう⁈ この国は『人間兵器』を二つ所持していたことになるッ‼」
「だから、それを国に報告しても構わないと言っているだろ。俺がいつ『人間兵器』を兵器として他所の国を蹂躙した。言ってみろ」
 ウィルが言葉を喉に詰まらせる。言葉でこの王に敵うわけがないだろうと俺は小さく息を吐き出した。強かでなければ国の王などやっていられない。しかもミストラル国は貿易を中心として国を成り立たせている。常々口で勝負している人間がそう簡単に勝たせてくれるわけがない。
 震えるほど拳を握りしめ俯いたウィルにティエラがそっと肩に手を添える。それを横目にそれよりもと王に頼まれていたものを報告した。各地での異変、それと大地が荒らされたわけでもないのに穢れている場所。ソーサリー深緑に行くまでに大地が大きく揺れたことも告げた。
 王は顎に手を当て熟考したあと、顔を上げた。
「カイム。お前を差し出す前にもう一つ俺の頼まれ事を聞いてくれ」
「まだパシらせんのか」
「そんだけお前を匿ってやったんだ、働け。事態は俺たちが思っている以上に深刻になっている。他の大陸がその状態だということはフェルド大陸も間違いなくそうなっているだろうな。あそこは精霊サラマンダーが住まう場所。噂じゃどうも火山の活動が活発になっているらしい」
 各地精霊が大地を守っているように、またイグニート国も例外じゃない。フェルド大陸は火の精霊の加護を受けており、また地層からはめずらしい鉱石も発掘できる。そういうことで鍛冶で盛んな国であったとか。とはいえそれももう大昔の噂程度の話だ。俺たちが物心つく頃にはイグニート国は他国を侵略して国を成り立たせようとしている国になっていた。
「もしかしたらイグニート国が他国を侵略しようとしているのはそれが原因でもあるかもしれねぇな。取りあえず、カイム。お前はまず東の最果てにあると言われている島に行ってくれ」
「最果ての島? それって存在しているかどうかわからねぇっていう」
「あるよ! あたしは見たことがあるからね!」
 なんで突然そんなあるかどうかもわからねぇ島に、と思っているとフレイからそんな声が上がりその場にいる人間の視線が一斉にフレイに向かう。フレイはというと、なんだか誇らしげに胸を張っていた。
「実際島に行ったことはないんだけど。なんだか薄い結界? みたいなのが張られていて入れなかったんだ。でも島は確実にあるよ。間違いない」
「流石海賊の頭であるフレイだな。そこに賢者が住まうっていう話だ。そいつは精霊のことに詳しいらしい。話しを聞いてきてくれないか」
「おっさんにしちゃめずらしく噂程度の話しを信じるんだな」
「賭けだな、賭け。なんせ人間は直接精霊と対話できるわけじゃないし事態が事態だ。可能性があるのなら片っ端から試す。そういうことで行ってこい」
「人使いが荒いな」
 なんせさっき戻ってきたばかりだというのに、報告をするだけして次に行って来いと言われているようなもんだ。ただ王が急かす理由もわからないわけでもない。俺の正体が知られた以上、俺が自由に動けるのも時間の問題だ。
 そこでふと思い出し足元に視線を向ける。
「アミィはどうする」
 コイツは『人間兵器』にされそうになっていた。身の危険があるのはアミィも同じだ。社会勉強のためにと俺につかせていたんだろうが、こうなったら城で保護するほうがマシだろう。
「連れて行け。もしお前がいない間に他所の国の奴らに来られたらアミィを差し出すことになっちまう。アミィよりもお前を差し出したほうがマシだ」
「わーったよ」
 王の考えがわかってしまい、それもそうかと軽く肩を上げた。アミィよりもまだ俺のほうがマシかと納得する。
 俺たちのやり取りがわかったヤツはこの場に何人いるのか。まぁわからなくてもいいかとアミィに視線を向ければ、首を傾げながら見上げてくる。この顔は状況をわかっていない顔だ。
 それでもいい、と小さく口角を上げて俺は踵を返した。
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