krystallos

みけねこ

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58.猛攻③

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 目をギュってつむったけど、大量の槍は降ってこない。どうしたんだろうってゆっくり目を開けて空を見上げてみたら、あれだけたくさんあった黒々していた槍が綺麗な水色に包まれて霧になって消えていってる。
「まずは結界と治療だな。おい、ウンディーネとシルフ、その辺りお前ら得意だろ。手伝え」
『わかりました』
『頑張っちゃうぞ~!』
 ふわってあたたかい風が吹いて、思わずそっちの方向を見て口をぽかんと開けた。風でふわふわ動いている青い髪がきれい。そう思っているとあちこち痛かったのにそれがなくなって、ようやく起き上がることができた。それはアミィだけじゃなかったみたいで、みんな身体を起こして少し離れた山のほうを見てる。
「は、ははっ、またかよ。また脱走できたのかよ⁈」
「馬鹿の一つ覚えみてぇに本当に何も学習しねぇな、お前らはよ」
 どこをどう見ても、そんなこと言いながら顔はものすごく嬉しそうな楽しそうな顔をしててこっちの気分がすごく悪くなる。さっきまで普通にアミィたちのことをゴミとか言って殺そうとしていたくせに。
 ふと空を見上げてみたらアミィも頑張って結界を張ってたけどアイツのせいで少し壊れかけてた。その結界が綺麗サッパリ元通りになってる。元通りというよりも、さっきよりももっと強く頑丈になってる気がする。アミィたちは自分のことで精一杯で気付かなかったけど、そういえば精霊さんたちがいたんだったって今になって思い出した。
「随分と好き勝手にやったみてぇじゃねぇか、お前はよ」
 そう言ってふわって飛んだかと思ったら空中にいるのに色んな魔術を使おうとしてる。それにアイツも気付いて同じように術式を展開する。同じように魔術が放出されてお互いのものを打ち消していく。アイツは楽しそうにずっと笑ってて、でもアイツの相手をしてるのに顔色一つ変えない。
「ここが山でよかったな。ノーム、お前は動きやすいだろ」
『人間に命令されるのは些か不服だが、仕方があるまい』
 ウンディーネとシルフの姿はいつの間にか消えていて、その代わり今度はノームがその隣に現れた。スッと動いた指と同じようにノームの身体も淡く光って、そしてより強い魔術がアイツに襲いかかる。
「こんなも、の? お?」
 土の魔術はそのまま攻撃するのかと思ったけど、それはアイツにドコドコぶつかることはなくて。アイツの目の前まですごい勢いで飛んでいったかと思ったら急にパッと周りに広がる。攻撃されると思ってたアイツの動きは一瞬だけ止まって、その一瞬の間に辺りに散らかった岩は一気に動いてアイツを中に閉じ込めた。
 岩の塊を見て、そしてトントンと軽く飛んでアミィたちのところにやってくる。やっぱり髪は青いし、目は赤いし、服は黒い。
「――カイム!」
 力いっぱい走って、カイムに思いっきり抱きついた。アミィが体当たりしたところでカイムがよろってすることはないし、しっかりと仁王立ちしてる。
「もしかして君、自分で脱出してきたのか?」
「見ればわかるだろ。ってかまさかお前らもここにいるとはな」
 呆れてるような言い方だったけど、でもウィルもすごくホッとしているのがアミィにはわかる。ウィルだけじゃなくてティエラもフレイもすごく安心してた。
 ただ、カイムの正体を知ってるライラさんが少し怖い顔をしてる。それもそう、アミィにだって『人間兵器』だからって怖い顔してたのに、更にカイムまで来たってなったらきっとべーチェル国の人たちにとっては大変なことなんだと思う。ライラさんは右手の義手を左手で押さえながら、ゆっくりとアミィたちのところに近付いてくる。でも立ち止まったところは少しだけ距離があった。多分、警戒してるからだ。
 そんなライラさんのことに気付いて、カイムも視線を向けていた。
「アルディナ大陸のほうに戦力を集中させていると見せかけて、こっちをわざと手薄にしたんだろ。ただアイツ一人が来れば戦況も一変する。べーチェル国はまんまと誘き出されたってわけだ」
「くっ……」
 ライラさんが悔しそうに地面を見ていた。アミィたちも今はこっちが手薄だから、こっちからイグニート国に行けると思ってやってきた。アミィたちのことまで向こうが考えてたなんて思えないけど、同じように相手の罠に引っかかっちゃったってことなんだと思う。
「カイム、君は奴のことには詳しいか?」
 剣が欠けてないか確かめながらウィルはカイムに聞いてきた。その言葉にカイムは小さく頭を横に振る。あと、どことなく嫌そうな顔してる。
「いいや、そこまで。ただアイツは元は『茶』だったが自分の身体をいじってる。気持ち悪ぃ目の色になってただろ、あれがその証拠だ」
「アンタよりも強いかい?」
「さぁな。ただ今は閉じ込めてるもののすぐに破るだろうな。それに――」
「カイム、その手どうしたの⁈」
 すごく真剣な話しをしてるっていうのはわかってる。でもカイムの顔から手に視線を向けてみたら、手首から血が滲んでるしぐちゃぐちゃになってた。カイムが全然痛そうな顔をしないから気付かなかった。サッと血の気が引いて急いでそう聞いてみたけど、やっぱりカイムは気にしてなさそうな顔をする。
「ああ、脱出する時に爆発させた」
「爆発⁈」
「そのうち治る――って、呑気に喋ってる暇もねぇな」
 カイムが岩のほうを見たからみんな慌てて視線を向ける。しっかりとした岩がピシピシとひび割れていってる。カイムのおかげでみんな回復したし、それぞれが武器を持って構える。
 するとカイムの視線がライラさんに向かってた。ライラさんというよりも、ライラさんが持ってる銃だ。
「お前、いいもん持ってるな」
「は……?」
 ズカズカと距離を縮めるカイムにライラさんが警戒してる。二人の様子も気になるけどでももうすぐで岩が壊されそうになっているのも気になって、みんなの視線が二人から岩に移った。そんなこと気にすることもなくライラさんに近付いたカイムは、顔を近付けて何かを耳元で喋ってる。ライラさんの目が丸くなって、距離が離れたカイムの顔をジッと見てる。
 ちょっと、距離近くない? ってモヤモヤした。だってカイムを一番に助けたいと思ってたのはアミィなのに。あの抱きつくだけじゃ足りなかったってほっぺたを膨らませたら、バキンッて壊れる音が聞こえた。
「そうだよなぁ、あーんな場所に捕まえておくことなんてできやしねぇんだよ。それを無能連中がビビり散らかしてあの場所に運べって言うからさぁ……! でもこれってチャンスじゃね? なぁカイム~! オレの相手してくれよぉ! ずっとお前とやり合いたいって思ってたんだよなぁ!」
「気持ち悪ぃ近付くな」
「あっははひっでぇ~! でもそういうとこがいいんだよなぁ!」
 また大きな炎がアイツの頭の上に出現する。さっきから威力が高い魔術を使ってるのに全然疲れてるようには見えない。アミィもクルエルダもあそこまで使ったらちょっと疲れちゃうっていうのに。
「それで、どうするつもりだ?」
 剣を構えたウィルがチラって横目でカイムを見つつ、聞いてくる。
「取りあえずべーチェル国の騎士には一旦引いてもらった。アイツの攻撃範囲は広いかなら」
「あたしたちだけでどうにかしろって?」
「援護射撃はしてもらうつもりだ。ま、お前ら二人にはそれなりに頑張ってもらわなきゃなんねぇけどな」
「簡単に言うな」
「ま、あたしは最初っからそのつもりだったけどね」
 今まで通りウィルとフレイ二人が前で頑張って、二人が危ない時はその度にティエラが援護。アミィとクルエルダは後ろからバンバン魔術を使えって言われて頷く。さっきとは変わらないのに、でもカイム一人が加わっただけですごく心強く思う。
「アイツの目当ては俺だろうけどな。散々邪魔してやってくれ」
 でもみんな、カイム一人を戦わせようとは思ってない。多分カイムも一人のほうがやりやすいと思う。でもアミィたちとかべーチェル国の騎士の人たちが近くにいるから強くて広範囲の魔術が使えない。場所が穢されることも知ってるから、色々考えたら一人じゃないほうがいいと思ったのかもしれない。
「アミィ、エルダ」
 ジリジリとウィルたちが距離を縮めようとしていたところ、アミィたちだけが呼ばれて顔を向ける。っていうか、カイム今クルエルダのことエルダって呼んだの? 確かにクルエルダって呼ぶのはちょっと長いなって思ってたけど。呼ばれたほうも呼ばれたほうで全然気にしてないっていうか、ちょっとだけにんまりしてた。ような気がする。
「お前らはアイツと距離縮めるなよ」
「なんで?」
「例の可視化できる剣ですね」
「ああ」
 それは多分、カイムの背中を刺した。
「あれは多分魔力を奪うか遮断するもんだ。あれを喰らったら身体の力が一気に抜けた。エルダならまだしも」
「おや、私ならまだしもとは酷い言いようで」
「アミィ、お前はまだ身体が小せぇから俺より酷い症状になるかもしれねぇ。剣を取り出したら二人でべーチェル国の騎士の後ろまで下がれ。いいな」
「う、うん!」
 クルエルダの言葉に気にすることなく、アミィに向かってそう言ったカイムにしっかりと頷く。目の前でカイムが倒れたのを思い出したくないけど、もしかしたらアミィもクルエルダもああいうことになるかもしれない。そうなる前にカイムの言う通りちゃんとべーチェル国の騎士さんのところまで逃げようともう一回ちゃんと頷いた。
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