krystallos

みけねこ

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60.一段落

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「べーチェル国としても私個人としても、今この場で始末しておきたい」
「それが賢明だな。コイツから情報聞き出そうとしても何一つ言わねぇだろうよ」
 横たわっているヤツを見下ろしながらべーチェル国の騎士の女とそんな会話をする。確かに一般的な兵士なら拘束してあらゆる情報を吐かせるのがベターだろうが、コイツは明らかに普通じゃない。それに、と言葉を続ける。
「コイツが知らなねぇうちにコイツの身体をいじったヤツが何か仕掛けているかもしれねぇ」
「何かって?」
「もしかして……自爆、とかかい?」
 そういったことに関してはほとんど無知なアミィにはわからないだろうが、この場にいるヤツらは全員フレイの言葉が頭に浮かんでいただろう。女騎士が一度俺に視線を向け、次に横たわっているヤツに向ける。
 この場で始末して、果たして周りに被害が及ばずに済むのか。そういう計算をしているに違いない。それに他にも色々と考えているだろう。コイツは元は『茶』だったとはいえ今は気持ち悪い『赤紫』、それなりの魔力量がある。そういうヤツに普通の攻撃が利くかどうかだ。
 この場で始末したいが二の足を踏んでいるのはそういう理由だろう。小さく息を吐き出し、女騎士に視線をやらずに言葉だけを向ける。
「俺が始末してやろうか」
 その言葉に誰かの息を呑む声が聞こえたが、それは気付かないフリをして一瞬動きを止めた女騎士に今度こそ視線を向ける。案の定、若干瞠目している目がこっちを見ていた。
「万が一に備えて他のヤツらには離れてもらって俺の周囲には何重にも防御壁を張る。それなら大丈夫だろ」
「で、でも、そしたらカイムが危ないよ」
「よくわからねぇが俺は昔から傷の治りが早い」
 その証拠にと眉を下げてしまっているアミィに右腕を見せる。ここにやってきた時は血がまだそれなりに出ていたし何より肉がぐちゃぐちゃの状態だった。それが今じゃ血は止まり肉も元の形に戻ろうとしている。確かに若干の治癒魔術をかけてはいたが、それでもやっぱり俺は昔から傷が早く治っていた。
 だからまぁ、多少コイツがどうなろうとその瞬間怪我は負うだろうが、治るのも早い。それに俺はこの中で唯一の『赤』だ。ある意味適材適所というやつだろう。
「……お前がいいのであれば、頼んでいいか」
「ああ」
 この女騎士も『人間兵器』にものを頼むのは気が引けただろうが、背に腹は代えられない。そういうことならばと早速周りにいた騎士たちに距離を置くようにと指示を飛ばしている。
 するとだ、さっきまでただ黙って空を見ていたヤツが急にクツクツと喉を鳴らし始めた。その場にいた全員が顔を訝しげ視線を向ける。何が楽しいのか、そいつは笑い続けそして俺と目が合った瞬間パッと表情を明るくさせた。
「なぁカイム、覚えてるか? お前が命令に背いた日」
 更に眉間に皺を寄せる俺に反して、ヤツの笑みは更に深くなる。
「懐かしいよなぁ~。あの時カイムが助けた女と子ども、あの後すぐにオレが殺してやった。あん時のお前の顔ったら、本当に最高だったぁ! あのゾクゾクとした感覚が未だに忘れらんねぇんだ」
 だから、もう一回同じことしてやろうか。
 そう続けられた言葉に気色ばむヤツもいれば、すぐさま武器を構えたヤツもいた。だが俺はただそいつを見下ろし、口を開く。
「その程度の挑発に乗るとでも思ってんのか」
 コイツは恐らく人の感情を踏み荒らしてめちゃくちゃにするのが好きなんだろう。あの日、俺が意識を失う前に見た光景。ヤツの言葉ですぐに脳裏に浮かんだ。あれほど目の前が真っ赤になったことはなかった。
 が、ここで逆上して怒り狂ったところでコイツの思うツボ。コイツの思惑通りに動いてしまうほど癇に障るもんはない。俺のそんな思考に気付いたのか、さっきまで楽しげに鳴らしていた喉がピタリと止まる。
「チッ、カイム相手にそう上手くいかねぇか」
 一瞬感じ取った気配にすぐにでも魔術を放とうとしたが、遅かった。あれほどきつい拘束だったっていうのにヤツは無理やり身体から剥がし上半身だけを起こした。魔術で拘束されていた腕やら首やら肩からは肉が剥がれボタボタと血が滴り落ちている。
 だがまるで、その痛みまでも楽しむかのように歪んだ笑みを浮かべたヤツの姿は一瞬の内に消えてしまった――転移魔術だ。あの状態でも使われるとは思わなかった俺は盛大に舌打ちをこぼしてしまった。転がっていたはずの例の剣も一緒になくなってしまっている。
「奴の姿を追え!」
「いいやもう遅い。とっくにイグニート国に着いてるだろうよ――悪かったな、さっさと始末しなくて」
「……いいや。私もあの状態で動くとは思っていなかった。私の不注意だ」
 ヤツの姿がなくなってその場は静まり返る。なんとも言えない空気に、取りあえず怪我を負った騎士たちを軽く治療してやる。次に来た時に治したとはいえ、また新しい傷をつけてるんじゃないかとアミィたちに視線を向けた。アミィとエルダ、ティエラはほぼ後ろにいたためそう怪我を負ってはいないが、前衛だった二人は小さいなりにも傷まみれだ。その二人にも治癒の魔術をかけてやる。それぞれから「ありがとう」との声が返ってきた。
 なんで自分でも気付いたかはわからない、だがふと視線を向けてみればそこにはなかったものがあった。
「それどうした、アミィ」
 その小さい身体には似合わない、どこからどう見てもガジェット。しかもよくよく見れば何かの制限付き、何かやらかした場合に爆発するタイプだった。なんでそんなものをアミィが、と視線を上げアミィと目を合わせる。
「あのね、ベーチェル国の王様にわがまま言ってこのタクティクス山脈を通らせてもらってイグニート国に行こうとしたの。でもアミィも『人間兵器』にされそうだったから。だから王様に信用してもらうために着けた」
 なんでわざわざイグニート国に、なんてそんな野暮なことは聞きはしない。盲目的に、っていうわけじゃないがアミィを助けてからというもののアミィは俺を頼っている。俺がアミィを助けたように、またアミィも俺と同じようなことをしようとしたんだろう。
 無茶なことするなとガシガシと頭を掻いた。べーチェル国の王の命令に背けば爆発するガジェットだろう。そこまでするなよとひとりごちた。結局俺は一人で勝手に脱出してきたし、こうして合流もできた。
「そんな顔するんじゃないよ。アミィの気持ちも汲んでやんな」
「俺は元からこの顔だ」
「素直じゃないんだから」
 バシンッとフレイから肩を叩かれ更に表情を歪める。何が楽しくてニヤニヤしてんだか。
「さて、僕たちはこれからどうしようか」
 その場の空気が和らいだところでウィルが穏やかな声色でそう切り出した。コイツらにはコイツらの目的があって、その中でべーチェル国に協力していたらしい。そういうことなら、と一度アミィの足に視線を向け顔を上げる。
「取りあえずべーチェル国に行ったほうがいいんじゃねぇか。あれ外す必要あんだろ」
「カイム!」
「いって」
 なんでかアミィが足に抱きついてきた。っていうかコイツ身長伸びたなと少し近くなってきた頭頂部を見て思ってしまったが、俺たちの様子を見ていた目と目が合って若干訝しげる。さっきから何やら物言いだけな顔しているんだが。
「なんだ」
「あ、い、いいや……大人しくべーチェル国についてくるのか、と思ってな……」
「アミィのガジェットを外す必要があんだから行くしかねぇだろ」
 そもそも俺もここに来るまでどこに行こうか考えていたところだ、目的ができたのならそっちを優先する。
 だがそこではたと女の考えに気付き、一先ずアミィを足から剥がす。多少ボロボロになってはいるもののこの要塞にもそれなりに強い結界を張った、だからあとはもういいだろうと自分の中にある魔力をコントロールする。
 そして息を吐き出せば、視界に黒色の髪が映る。俺のその姿を見た瞬間女騎士はまた瞠目していた。
「これでいいだろ」
 『人間兵器』に、散々警戒していたんだろう。それもそうか、ウィルだけじゃなくほとんどの国の騎士たちは『人間兵器』がどういうものか熟知している。今は自分たちに矛先が向いていないだけで、その後は果たしてどうなのか。そういう感情を持ったままずっとそいつを見張るのも気が滅入るだろう。
「そう、いえば……最初に会ったのもその姿だったな……」
「なんにもしねぇよ、お前らには」
 昔とは違う、と声に出さずに続ける。今は昔とは違ってそこまで必死になってまで飯や寝る場所や着る服を望まなくてもいい。誰に言われなくても自分で飯は食うし宿にも泊まる。服も必要になった時に買えばいい。
 十年も経てば、如何にイグニート国が頭のおかしい国だったかなんて痛いほどわかる。そう思うのはきっと俺だけじゃなく、目の前にいる女騎士もだ。女騎士の容姿はイグニート国にいる人間とよく似ていた。
「……わかった。ならばお前たちをべーチェル国に連行する」
「連行すんのかよ」
「今はまだ、そういう形を取らざるを得ない。理解してくれ」
 まぁそうだろうなと短く息を吐き出す。取りあえずアイツも結構深い傷を負わせたのとバンバン魔術を使わせたから、身体を元に戻すのにそれなりに時間を要するはずだ。その間に俺たちも今後のことを考える必要がある。
 それじゃ行くかとアミィに視線を向けた時、さっき剥がした身体がまたしがみついてきた。歩きづらいったりゃありゃしねぇ。離れろといくら言ったところで頭を左右にブンブン振るだけで全然離れやしない。しかも他のヤツらも生暖かい視線を向けてくるだけでまったく手助けしようとはしない始末だ。
 なんでこんなにも居た堪れない気持ちになりながら歩かなきゃなんねぇんだ、と低く唸ったところで足にしがみついている子どもは嬉しそうな顔で見上げてくるだけだった。
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