krystallos

みけねこ

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66.直面④

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「……しかし、各地の異変も今は急を要する」
 その言葉にエルダに合図を送ろうとしていた俺は動きを止めた。アミィだけでも逃がそうと思ったがそうするにはエルダに解術してもらう必要がある。そのために腰の後ろに手を隠していたが、王の言葉にそっと息を吐き出したのはウィルだった。
 バプティスタ国の王はいつでも動ける位置にいた騎士の一人に目を向ける。
「ステルク団長」
「はっ」
 そういえばウィルが所属しているのは第二騎士団、そしてその上司が例の頭カッチカチの男だ。さっき王に名前を呼ばれた男はウィルの上司よりも年上に見える。しかも立ち位置からしてあの男が第一騎士団団長なのかもしれない。
 その男は一度王に一礼し、この場から離れた。そう時間も置かず戻ってきたかと思うと、男の後ろにはまた知らない一人の男。同じ騎士団の鎧を着ているがウィルに比べて随分とひ弱そうだ。だが、その目は間違いなく『紫』、目の色を買われて騎士団に入ったのか。
「どうだ」
 王の言葉にその男は俺のほうをジッと見てくる。一体なんなんだと訝しげながらも黙ったままでいると、不意に男の目が丸くなる。
「……すごいです。今の状態のままでも、彼の周りには精霊たちが集まっています」
「は?」
 ついこぼれた言葉にウィルが軽く咳払いをし、俺もそれ以上余計なことを言わず口を噤む。
「彼は攻撃魔術は苦手なんだが、その分僕たちに見えていないものが見える」
 ウィルが小言で教えてくれたが、そのウィルたちに見えないものとかいうやつはさっきアイツが口にした「精霊」なんだろうと納得はした。だがなんで俺の周辺にいる精霊を確認したのか。けれどどうもバプティスタ国の王はそれで納得したようだ。
「ミストラル国の王の言葉も強ち偽りではないということか」
 下がれ、との王の言葉に男は一礼するとサッサとこの場から下がる。ただの精霊の確認だけで呼ばれたのかと思ったが向こうにとっては大事なことだったんだろう。一瞬だけ王は思案する素振りを見せ、すぐにこっちに視線を向ける。
「ミストラル国の王とそしてウィル・ペネトレイトからの報告からして、お前でなければ穢れの浄化ができないようだな。今の段階で各地の異変は若干緩和されているのは確認できている」
 さっきまで俺の命を差し出せと言っていた口が、まるでその言葉がなかったかのように淡々と今まで受けていたであろう報告を口にしている。一見情緒不安定かと思うが、こういう切り替えの早さが王とたらしめている部分でもあるんだろう。まぁ、その変化にアミィはついていけていないようで顔を真っ青にしたり首を傾げたり忙しそうだ。
 けどそれだけ俺の対処が難しいんだろう。責任を負わせるために国の人間の前に差し出して首を斬り落としたい、だが各地の異変に対応できる手札が今のところ俺しかいない。ジレンマを抱えているのはどこの国もきっと一緒だ。
「……ウィル・ペネトレイト。監視を続けていたお前の目から見て、一度も暴走する素振りは見せなかったのだな?」
「はい、それは間違いございません。女児のほうも今は安定しております」
「……ミストラル国の王の言葉に乗せられるのはかなり不服だが、致し方あるまい。今生きている民たちの安全が最優先だ。ステルク団長、引き続きバプティスタ国の警護を」
「はっ!」
「カヴァリエーレ団長、第二騎士団の負担は増えるがイグニート国の兵士の対応を頼む」
「はっ」
 いつの間にか謁見の間に入ってきたのは、後ろから聞こえてきた声に僅かに振り返る。今まで『人間兵器』に対応していた部隊をイグニート国の兵士に向け、より一層守りを固めるのだとわかった。
 ということは、だ。恐らくだが俺が今この場ですぐに処刑されるということはない、ということになる。
「お前がその罪を償う時は、すべてが終えた時だ。その時はその命を差し出すといい。ウィル・ペネトレイト。バプティスタ国の騎士団に正式に復帰することを許す。今後ともこの国のために尽力するといい」
「はっ……!」
「まずは精霊の力を戻すことを優先する」
 その言葉で謁見は終わり、俺たちは部屋から追い出された。次いで出てきたウィルの上司に思いっきり舌打ちをされたあと、立ち去っていく背中にウィルはわざわざ一礼する。
「……なんとか無事に済んだってことでいいのかい?」
「難を逃れることはできた。これで引き続き君は浄化の作業ができる」
「まぁ終わったら命差し出さなきゃなんねぇみてぇだけどな」
「それは……」
 別に、今の俺の言葉もバプティスタ国の王の言葉も間違ったことは言っちゃいない。アミィが俺の袖を掴んだのがわかり、視線を下ろすと不安げな顔がこっちを見上げていた。
「取りあえずこれからどうするかだ」
 この場の流れを切り替えるようにそう口に出せば、それに応えるように小さいサイズの精霊たちがポンポンと姿を現した。が、やっぱり現れるのは三つまでだ。ウンディーネ、シルフ、ノーム、その中にサラマンダーの姿は見えない。
 俺はあの時腹を刺されたあとの記憶がほとんどないが、鎖に繋がれたサラマンダーの解放はうまくいったはずだ。だというのにこうして姿を現さないということは他の精霊たちのように形を成すことが難しいのか、もしくは最悪未だにあの遺跡の中にいるか。穢れは浄化したがあのあとにイグニート国が再び穢れをわざと発生させたとなると、面倒なことになる。
「サラマンダーはどうなってる」
『それがね~、すっごく疲れてるみたいなんだよねぇ』
『かなり人間に力を奪われたようで、こうして私たちのように姿を現すのは難しいようです』
『まさに風前の灯火というやつだろう』
 存在はしているものの、いい状況じゃねぇってことだけはわかった。流石にあれだけのことをされて、そのまま放置しておいて元に戻るわけがない。穢れがあちこちに蔓延るようになったのは、浄化できる精霊の力が弱くなったから。そのせいで放置された穢れは各地で異変を起こすまでになっている。
「つまり、今やることはどうにかしてサラマンダーの力を元に戻すか、か」
「それって難しい話じゃないのかい? だって穢れの浄化と違って人間が精霊に力を渡す、なんて話聞いたことがないよ」
「信仰によって精霊を支えることはできますが、確かに直接力を渡すという話はわたしも聞いたことがありません……」
「そもそも魔術を使えるのだって、人間単体では無理は話ですからね」
 取りあえずさっきまで辛気臭かった空気をどこかにやることには成功したが、また次の問題に今度はその場にいた全員が頭を抱える。浄化はできるものの、弱った精霊をどうにかするのは人間の力の範疇を超えている。唸っている俺たちの中で一人だけきょとんとしているアミィは、未だに状況を掴めていない顔だ。
 イグニート国の問題もあるが、俺がこうして生かされているのは精霊に関することで利用価値があるからだ。これで何もできませんでした、と言えばすぐに首が飛ぶ。まぁ、別に今更飛ばされても文句を言える立場じゃないし俺もそこはもう気にしちゃいない。
 が、この問題をどうにかしないとまず人間が住む大地がなくなる可能性があるわけで。
『あっ!』
 耳元で聞こえてきたバカでかい声についはたき落とそうと手が動いた。軽く手に当たる感触があったのと同時に『いった~⁈』っという尚更うるさい声が聞こえたもんだから、無事に当たったんだろう。
『いった⁈ 精霊に平手打ちするぅ⁈』
「うるせぇな。それよか何思いついたんだよ」
『そうそう! 最近ボクたちの力が弱くなってるせいであちこちで異変が起きてるでしょ? 穢れのせいもあるだろうけど、力がうまく行き渡っていないせいもあるんだ』
「それで?」
『もう。せっかちだな~』
「ああ、なるほど」
 シルフが続きを言う前に何か思い当たり節があったのか、先にエルダのほうが口を開き眼鏡のブリッジに手をかけた。
「デフェール火山ですよ。近年あそこは活性化し人が近寄れない状況になっていると聞きましたが」
 確かにラファーガにいる時もその話は聞いた。デフェール火山が活性化しているせいで国の食糧問題がでかくなっているっていうことも。
「つまりあれか? 各地の異変を逆に利用して、活性化しているデフェール火山にサラマンダーをぶち込む、ってわけか?」
 確かにあれだけでかい力なら精霊もそれを吸収できるかもしれない。例え今息も絶え絶えだとしてもその火山も元はサラマンダーの力だ。拒絶されることはないだろう。
 なら早速サラマンダーをデフェール火山に連れて行く、ということをやりたいところだが如何せんそこに至るまで問題が多い。まず、サラマンダーの居場所がわからない。もしあの遺跡にずっといるのならそれもそれで厄介だ。
『サラマンダーがどこにいるかって? そんなの簡単だよ。ほらカイム、元の姿に戻って』
「ここでか」
「流石にそれはちょっと……騒ぎになってしまうからせめて人のいないところで頼む」
『もう~、人間って面倒だなぁ。あの部屋じゃダメなの?』
 そういってシルフが飛んでいった先はどこかの部屋のドアの前だ。ウィルに視線を向けると小さく息を吐き出したが、そこは空室となっていて今のところ使われていないと口にした。取りあえず、周りに見られないようその部屋に移動し、ウィルは念の為近くにいた騎士に軽く説明をしたあとに入ってきた。
『ほらほら、さっさと元の姿に戻る~』
「うるせぇな」
 せかせかしてんのは一体どっちだよと毒づきながらエルダに目配せし、半分解術されたのと確認し元の半分を自分で解術する。今となっては俺がこの姿になったところでウィルが気色ばむこともない。
『はい手を差し出して~』
「はぁ?」
 いまいちシルフが何をやりたいのかわからないが、取りあえず眉間に皺を寄せつつ手を差し出す。するとそこに精霊たちが集まり、手のひらに小さい炎が浮かんだ。
『それがサラマンダーだよ』
 その言葉にギョッとしたのは人間のほうだった。遺跡で見た時はまだしっかりと形を成していたというのに、目の前にあるシルフが言った「サラマンダー」はただの炎にしか見えない。
「精霊さん、ちっちゃいね」
「さ、流石に弱りすぎなんじゃないのかい……?」
『それだけ人間に力を奪われてしまったというわけですね。こうして存在するだけで精一杯です』
「これは早く行動に移したほうがよさそうだな。しかし……」
 ウィルが言い淀むのもわかる。あとはこのちっさいサラマンダーをデフェール火山にぶち込めばいいだけの話。
 だが、問題はそのデフェール火山があるのはフェルド大陸だということだ。
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