krystallos

みけねこ

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 すぐに自分に術を施し、髪の色が青から黒に変わる。そして俺の言葉に困惑しているのが数人。それもそうだ、突然地面の下にいてしかもぐっすり眠っていると言われてもまったく真実味もない。そんな中考え込んでいたエルダが顔を上げて俺に視線を向けてくる。
「では、女神はここにいる……ということで間違いないので?」
「ああ。ただはっきりと見えたってわけじゃねぇけど」
 ただ他の何よりも強い力、というよりもまっさらに澄んでいる力があって、一瞬見えた姿が目を閉じているように見えたからだ。もっと時間をかけて見てみたかったところだがそれだとアミィたちの体力が保たない。見ることができたのはそれくらいだった。
「本当に女神エーテル様はここにいらっしゃるのですか?」
「それは間違いねぇと思うけどな」
「別にアンタのこと疑ってるわけじゃないよ。ただそれが本当だったとしたら……もしかしてこれってすっごく大変なんじゃないのかい?」
「そんな地面の下で眠っている女神を、どうやって起こすか……ということになるな」
 フレイやウィルが顔を顰めているのもわかる。結局はそれだ。女神がここにいるということを知れたのはよかったが、問題はそれをどうするかだ。
「アミィたちが地面の下に潜るってこと?」
「どんだけ掘らなきゃならないんだい」
 物質的な問題に捉えて目を丸くするアミィたちだが、そういう意味でもねぇんだよなと顎に手を当てる。確かに女神が地面の下にいるのは見たが俺が見た光景が実際地面の下、というわけでもないんだろう。
「なんつーか、俺たちの知っている世界じゃねぇって感じだったんだよ。もしかしたらあれが精霊の住む世界なのか」
 見た光景を脳裏に思い浮かべつつ取りあえずの印象を口にする。別に土に囲まれていた、というわけでもなく広い空間の中に精霊の光がポツポツと浮かんでいるような。多分ああいうのを「神秘的」とか言うのかもしれない。
 だからそういう空間に穴を掘って入ろう、というのは無理だと直感的に思う。物理的よりも、魔術を使って入り込む。もしあの場所に足を踏み入れるとすればそっちのほうが可能性が高そうだ。
「貴方は行けそうですか?」
「どうだろうな。俺も行ったことねぇし。ただ行くとしたら元の姿に戻らなきゃならねぇ」
「カイムだったら行けそうなのかなぁ? アミィも行ってみたいけど……」
「我々は女神の姿を目視することもできなかったので、行ける可能性があるのは彼だけでしょうねぇ。ただ色々と問題も山積みですよ」
「まず、カイムが長時間元の姿に戻る必要がある。ということだな」
「ええ」
「そしたらアイツにバレないようにカイムが自分で結界張るってのはどうだい?」
「わたしもお手伝いするので、それで女神様の元に行けないでしょうか……」
 少しずつ進んでいるようで、実際その場に足踏み状態だ。それぞれの案は別に悪くはないがエルダの言う通り問題が山積みだ。
「まずその瞬間俺の居場所がバレるだろ」
「でも結界張ってたら簡単に入ってこれないんじゃ?」
 目を丸くして首を傾げながら見上げてくるアミィに、確かに通常ならそれだけでいいんだけどよと肩を竦める。そこでハッと顔を上げたのがウィルだった。
「可視化の剣か……!」
「そうだ。あれで魔力を吸われたらどうしようもねぇ」
 セイクレッド湖でこの場にいる全員が魔力を奪われた代物。ただの魔力の干渉かと思ったがまさか吸っていたとは。
「魔力量が多い人間ほど人は魔力に頼っていますからね。居場所が相手に知られてしまう、結界を張ったところで魔力を奪われる、下手するとカイムがイグニート国に奪われる。まぁ最悪な流れですよね」
「そういやあの剣って実際使える効果はどんなもんなんだ?」
 あの気持ち悪いヤツが使っていた時は直接人間に触れる必要があった。ところがイグニート国の王が使った時は剣を掲げただけでその場にいる全員の魔力を奪った。使い手の違いなのか、それとも単純に剣の性能が上がったのか。
「ふむ……無条件で広範囲に使えるのならば最初からそうしていればいいんです。ですが実際はそうではない。恐らく何かしらの制限か条件を満たす必要がある。よってそう多発は難しいのでは、というのがわたしの考えです」
「セイクレッド湖で使ってからまだそう時間は経っていないはずです。チャンスはあるのではないでしょうか?」
「でもでも、カイムが最初に力奪われちゃったら終わりじゃない?」
 アミィの言葉に全員が口を閉じ黙り込む。そもそもこっちとしては果たしてちゃんと起こすことができるかわからない女神のところに、これはまたちゃんと行けるかどうかわからない状態で元の姿に戻って行く必要がある。そして行けたとして、人間を拒絶し閉じこもった女神が人間の言葉に耳を傾けるかどうか。
 多分今まで俺たちと同じようになんとかして女神を元の居場所に戻ってもらおうと思った人間はいるはずだ。それは人間だけじゃなく精霊だってそうだ。女神がいなくなってから精霊の負担は誰よりも大きくなっている。居場所がわかり、連れ戻し方がわかればすぐにそうしていたはず。
「お前らはなんか方法を知らねぇのかよ」
 随分と静かな精霊に向かってそう問いかける。この場所が女神の居場所だったからかそれともウンディーネがいないからか、精霊たちは随分と静かだ。
 少し待ってみるとポツポツと精霊たちが姿を現した。どこか覇気がないのはウンディーネの不在からなのか、もしくは俺たちの知らないところで精霊たちの負担が更に大きくなっているからなのか。目が合ったシルフは小さく頭を横に振った。
『まさか精霊王がここにいるなんてボクたちも気付かなかったんだ』
『ここにいるとわかっていても、気配を一切感じない』
『本当に、ここにいるのかと思うぐらいにな』
『ボクたちでもこうなんだ。多分ボクたちは精霊王の元には行けない』
 人間どころか精霊すらも拒んでいるのかと目を丸くしたくなった。眠っているように見えたのはただ単に力が弱くなったからかと一瞬思ったが、拒絶の意味できつく目を閉じている。そういう意味合いもあるのかもしれない。
「うーん……やっぱりさ、イグニート国の王をどうにかするしかないんじゃない?」
 表情を歪めながらそう口にしたフレイに、恐らく全員がそう思ったかもしれないと周りに目を向ける。
 今世界各地の異変は、とにかく女神を起こしてせめて異変だけでも落ち着かせてほしいと言ったところだが。何をするにしてもとにかくイグニート国の王が邪魔だ。神父の話からして、ヤツは前に女神の力を奪おうとしていたんだろう。そこまでして力を手に入れる理由はなんだとひとりごちりたくなる。本当に、不老不死になれるとでも思っているのか。
 なったとしてもそれがいいことなのかどうかも、神父の姿を見ていると疑問に思う。
 とにかく、今すぐにどうこうするというのは難しそうだ。そしてそれを俺たちだけで決めていいのかどうかも。まずはイグニート国をどうにかすべきで、それはここにいる人間と精霊だけで解決できる問題でもない。
「一先ずミストラル国に戻って王に知らせてみるか。女神の居場所はわかったことだしな」
「バプティスタ国のほうにも報告しておく。正直このことに関しては僕たちの手に余るものだ」
「そしたらライラさんにも知らせてたほうがいいかなぁ? ライラさんならべーチェル国の王様にちゃんと言ってくれると思うから」
 世界の異変が全体の問題となると、各地の王も黙っているわけがない。ミストラル国はこの間強襲を受けて大変だろうが、更に追い打ちをかけられる状態になるのはきついはずだ。
 まずはこの場から離れてミストラル国にでも行くかと決まった時だった。身体に引っ張られるような感覚。俺じゃない誰かが転移魔術を使ったのだとすぐにわかった。
 随分とタイミングいいなと思いつつ次に見えた光景は、ハルシオンに向かう前に見たものとまったく同じだった。目の前に広がる教会、そして目の前に立っているのは金髪で『赤』の神父だ。
「どうだった?」
「一応女神の居場所はわかった」
 神父の表情が少しだけパッと明るくなる。アンタが最後に見た場所の地面より更に奥深くに、そう言葉にしようと口を開けたその時だ。
「きゃっ⁈」
「わわわっ⁈」
「な、なんだい⁈」
 今まで感じたことのない強い揺れを感じた。ティエラが倒れそうになったところをウィルが受け止め、アミィは俺の足にしがみついている。エルダはすぐに身を低くしその隣じゃ踏ん張って立っているフレイの姿が見えた。
 今まで地面の揺れを感じたことはあったが、その時以上に大きな揺れにそして何より時間が長い。揺れが止まるまでジッとしていたが、収まった頃に教会内がざわついているのが聞こえた。
 だが今度は空気が震えたのがわかった。それも何発も反響するかのように。距離があるのか音はあまり聞こえなかったが、音の方向に視線を向けている神父の表情が厳しいものになる。
「どうやら状況は悪くなる一方のようだね」
 次に神父が告げた言葉に絶句したのは、一体誰だったか。
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