krystallos

みけねこ

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120.決戦①

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 ジジィの時は何も思わなかった。老いぼれのただただ自分だけ安全な場所にいる卑怯者としか。ただ今目の前にいる男は、ジジィの全盛期だった頃とでも言いたいのか。明らかに全身から滲み出る覇気が違う。
 ウィルとフレイは無意識に武器を握っている手に力が入ったのが見えた。ティエラは息を呑み、アミィの足が半歩下がる。この中でも興味津々と見ているエルダは流石というべきか。
「さぁ、お前が逃げ果せることができるのはここまでだ。カイム」
 じり、じりと俺たちとの距離を縮めてくる。剣がその手に握られているのが見えるが、それは可視化の剣ではなく普通の剣にも見える。一体どっちなんだ。
 可視化の剣が俺の身体に刺されば向こうは目標達成。それはこっちもわかっている。だからウィルが前に出てきた。それは俺を庇うつもりもあっただろうが、騎士としての無意識に出た行動なんだろう。コイツばかりに負担を強いるわけにもいかないと、身構えた時だった。
「っ……⁈」
「カイム!」
 近くにあったはずのアミィの悲鳴が遠くに感じる。唐突に襲ってきた横からの衝撃。一体なんだと思う前に視界に入ってきたのはあの歪な気持ち悪い腕。
「ガッ、ア、アァッ」
「くっそテメェ……意識がねぇくせに襲ってくんのかよ……!」
 突然襲いかかってきたのはイグニート国王ではなく、さっきまで地面に倒れていたヤツだった。魔力を根こそぎ奪われ白目を剥き口から泡を吹いているっていうのに、馬鹿みたいに俺のほうに猪突猛進してきやがった。
 歪な腕は俺の身体を掴み、そのまま力任せに締め付けようとしてくる。魔力がなくなったから物理攻撃というわけか。意識のない中でもそれでも俺にだけ目をつけてくるコイツの執着は一体どうなってやがる。
「あやつめ……どこまでも我の邪魔をする。仕方がない、まずはお前たちから片付けるとしよう」
 無駄に響いたその声にハッとし顔を上げる。目標が俺から他のヤツらに変わった。前に突き出された手が見え咄嗟にアイツらに防御壁を張ろうとしても、身体を掴んでいる手が離れない。
 一先ず気持ち悪い腕にダガーを突き立て若干力が緩んだ瞬間無理やり転移魔術を使った。目端にまた次の腕が飛んできているのが映るが、その前に先にアミィたちのほうに防御壁を張る。今のイグニート国王の魔力量ならすぐに破りそうだがないよりはマシだ。
 魔術を使った直後に掴みかかってきた手を身体を捻って避ける。物量がそれなりにあるのだからそうも素早く動けないはずなのに、それを無視して鞭のように伸びてくる腕は厄介だ。しかも斬り落としたところで次から次へと生えてくる。こっちに向かってくるアイツの身体はもはや人間から程遠い。
「燃やすか……!」
 何度斬り落としても無駄に終わるなら、いっそ燃やす。避けながら術式を展開しそこそこに威力の高い炎の魔術を放つつもりで。だが見た目に反して素早いアイツはそのまま放ったところで避けられそうだ。
 ならば避けられないようにすればいい。ボコボコと地面が脈打ち、そこから複数もの蔦が伸びてくる。炎の魔術を放つことなくまずアイツの足に蔦を絡ませれば、真っ直ぐに俺のほうに向かってきたアイツはまんまと引っかかった。唸り声を上げながら力任せに蔦を引き千切ろうとしているが、それよりも先に炎の魔術を放ちそれが直撃する。
「ウガァアアアアッ‼」
「いい加減大人しくしてろ!」
「ゥ、グ……ァッ……」
 爆煙でアイツの姿が見えなくなるが、影を見る限りあの気持ち悪い腕は燃やすことができたようだ。かなりの威力で放ったものだからもしかすると黒焦げになっている可能性はあるかもしれないが、向こうが向こうなだけに悠長なことは言ってられない。
 徐々に煙が少なくなってそこにある人影がはっきり見えるようになってきた。未だに立っているようだがアイツの執念なのか。やがて見えた姿に、盛大に表情を歪めた。
「マジかよ……」
 黒焦げになってもおかしくない威力だった。だというのに、背中の腕はなくなったもののアイツはギリギリの状態で原型を留めている。肌も焼けただれるはずなのに僅かに火傷を負った程度だ。表情は相変わらず白目に半開きの口で意識はなさそうだが、それでもしっかり立っている。
 コイツは散々身体をいじったみたいだが、どうやら更にあの赤毛の女が好き勝手にしたようだ。魔力だけじゃなく身体もそれに耐えれるだけの作りに変えたか。
 正直これはかなり厄介だ。手こずるかもしれない。けれどコイツに時間をかければかけるほど向こうのほうが圧倒的に不利になってくる。下手したら向こうにいる全員が倒れてイグニート国王がこっちに来てしまうこともあるかもしれない。
 アミィたちを倒されるわけにはいかないし、万が一のことがあってイグニート国王がこっちに来てしまったらあの王とコイツ二人を相手にするということになる。そうなると流石にかなり分が悪い。コイツに動きを封じ込められている間に可視化の剣を使われてしまったら詰みだ。
「ァ、ア……」
 ユラユラと揺れていたかと思えば俺の気配を察知したのか、ゆっくりとこっちに足を進めてくる。物理でも魔術でもコイツの身体はそれなりに耐えれる仕様になっていると考えていい。となればどんどん強い魔術を放てばいいが、この次のイグニート国王のことを考えていると温存はしておきたい。ウィルたちのようにダガーで物理的に戦えないこともないがそれだと時間がかかる。
「チッ……面倒臭ぇな。マジでしつこい野郎だ」
 ガキの頃にたまたま生き残った子ども。あの時周りにいたヤツらと同じことになっていたらこうはなっていなかった、と考えてしまうのもしょうがない。まさかこうもしつこいヤツだとは思いもしなかった。
 『人間兵器』の時コイツとまともに喋ったこともなければ顔を合わせたこともほとんどない。だからわからない、コイツのここまでの執着心が。コイツがあの時生き残ったのは運がよかっただけ。俺が自分の意志で助けたわけじゃない。
「ウ、ガ、ア、アア」
 ぐらりと頭が前に傾いたかと思うと、さっき見た光景とまったく同じことが起こった。脈打つ背中に、今度は二本どころか数本の腕が生える。しかも長く伸び鞭のようにしなっている。
「気……持ち悪ぃな」
「ウゥゥッアガァッ‼」
 その腕が一斉にこっちに向かってきた。横に避ければわかっていたかのようにカーブを描きそのままこっちに伸びてくる。本数が多いせいでダガーで一本ずつ斬り落とすのも至難の業、というよりもただの時間の無駄だ。
 転移魔術で距離を置き氷の魔術を発動させる。氷で複数ある腕を一つにまとめてそれから一気に斬り落とす、そのつもりだった。だが転移した先で今度はボコリと地面から腕が生えてきて俺の右足に絡みついた。
「コイツッ……学習してんのかよ……!」
 さっき俺が蔦でやったことの真似をしているのか。一瞬でも動きを止められると次から次へと右足に絡みついてくる腕が増えてくる。そして顔を上げれば目の前に飛び込んでくる無数の腕とアイツの本体。足に絡みついているやつをダガーで斬り落とす時間もない。強い魔術を使ったとしても衝撃が俺にも襲いかかってくる、そんな距離だった。
 咄嗟にダガーを右の太ももに手を伸ばす。足に着けていたホルダーからあるものを取り出し、足元に向かって叩きつけた。
「ッ⁈ ガ、アァッ‼」
 それは常に持っていたガジェットだった。ある程度の衝撃を与えれば派手に爆発し尚且つ光線も放つ優れもの。爆発は足に絡みついていた腕に直撃し、光線はアイツの目を潰した。
 俺の右足も多少は被害を喰らったものの無数の腕から抜け出し距離を置く。学習する頭はあるが今のアイツの知能がどうなっているのかはわからない。ただ俺がガジェットを隠し持っているということは知らなかったようだ。魔力を使わずにいた十年間がこういう形で役に立つとはと短く息を吐き出す。
「持ってるガジェットを全部使ってもよさそうだな。散財するけど」
 ガジェットはべーチェル国でしか買っていないし、そもそも俺が使っているものはべーチェル国でしか取り扱っていない。それなりに性能がいいものはもちろんそれ相当の金額にもなる。今までコツコツと集めていたようなもんだったが、それが一斉になくなるとなると懐もいたくなる。
 が、そうも言ってられないだろと鼻で笑う。目は潰し腕の本数も減らしたが、それでもまだアイツの身体は動くはず。今は唸り声を上げて元からある腕で目を覆っているがそれも次第に回復するだろう。
 今後の戦略を脳内で素早く組み立てている中、唸り声が若干変わりつつあるのに気付いた。さっきまでは獣みたいにただ唸るか雄叫びを上げる、言葉にもなっていない声を発するだけだったはずだ。
「ガ、ア、ァ……ィ……カ、イ……カイ、ム……」
「……!」
「オ、レ……ノ……カ、ミ……サマ」
「なんだ……?」
「……レ……モ……」
 全身を震わせながら、目が利くようになったのか確かにこっちを向いているのがわかる。俺を見ながら、アイツは何かを喋ろうとしている。だがここで喋り終えるのを悠長に待つほどお人好しでもない。
 すぐさま攻撃に取り掛かろうと手をかざした時、アイツはこっちを見てはっきりと言葉にした。
「オレノモノダ、カイム」
 一体今日で何回鳥肌が立ったことか。鳥肌を通り越して寧ろ背筋に悪寒が走った。正直攻撃するために近寄りたくないとまである。
「気持ち悪ぃ野郎だな。いい加減にしろ」
 身構えれば魔術が当たったことや背中が変形したように形が若干変わってきている顔が、確かに笑った。
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