krystallos

みけねこ

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124.決戦⑤

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「人を守るという行為をやったことがない君にとって、考えつくことができない術だろう?」
 カルディアが威力の高い魔術を身に受けても平然としていたのは、彼の甲冑にあった。今のカルディアの甲冑はすべての魔術を防ぐ術式がびっしりと書かれている。私だって伊達に百五十年生きていない。その月日の中であらゆる術を考えつくことだってできる。
 アンビシオンの強力な魔術が直撃しても甲冑のおかげでカルディアは傷一つ負っていない。普通ならば防いでくれるとはいえ目の前で強い魔術を放たれたら誰でも少しは臆するものだけれど、強靭な精神力を持っているカルディアは怯むことなく足を前に踏み出す。
 ならばと物理攻撃に切り替えてくるだろうけれど、相手も騎士だ、アンビシオンと同様に剣術に長けている。力でゴリ押ししようとしているアンビシオンにとって厄介な相手だろう。そうして若干怯んだところで私とライラが援護する。剣を扱う彼女だけれど銃を扱う腕もよく、アンビシオンの太ももを貫き動きを鈍らせてくれる。そして隙かさず私も魔術を放った。
「ルーファス……!」
「よそ見とは随分と舐められたものだな!」
「ッ……お前のような雑魚に俺が負けるわけがないだろ!」
 身体が若返ったせいか、中身も若干百五十年の年齢に寄ってきている。相変わらず血気盛んだ、自分の魔術対策されたところで引くようなことはせず寧ろ突っ込んでくる。彼の昔の戦法そのままだ。
 カルディアを無視して私に突っ込んでくるアンビシオンに複数の魔術を放つ。あらゆる属性が一気に向けられるとその一つ一つに対応するのも面倒なはずだ。そこまでの器用さをアンビシオンは持っていない。力任せに魔術で相殺しようとしているけれど何個か直撃している。
 それでも突っ込んでくるのだから、今度は合わせ技にしようと炎と風の魔術を同時に扱う。精霊たちがそれぞれ支え合っているように、組み合わせによってより強い威力を発揮してくれるのが魔術だ。風によって一気に膨れ上がった炎がアンビシオンの身体を容赦なく包み込む。
 けれどそうなったところで誰も攻撃の手を緩めない。二人ともわかっているからだ。
「この程度ォッ‼」
 他者の魔力を奪い続けていたアンビシオンが、この程度で倒されるはずがないと。爆煙の中から現れた姿にライラは銃を放つが、その銃弾が風の魔術によって跳ね返されお返しとばかりに今度はライラ目掛けて飛んでいく。それを私の魔術で防ぎ、そうしている間もライラは手を緩めることなく銃を放ち続ける。
 ガジェットである銃はその銃弾を跳弾させたり歪曲させたりと見たことのない動きをしている。恐らく作る際にそういう設定を施したことと、あとはライラの強い意志だろう。例え威力のある魔術を放てなくても、そうした技術で他の人たちにも衰えない動きを見せる。まさに彼らの努力の結晶だ。
「なんだ……なんなんだ、それはッ!」
「お前がずっと嘲笑い見下してきたものだ‼」
 ライラの言葉に呼応するかのように放たれた銃弾は炎をまとい真っ直ぐに飛んでいく。避けようとしていたアンビシオンだったけれど私が氷の魔術で右足を凍らせ、カルディアが左足の健を斬りつける。大きくバランスを崩したその身体に銃弾は直撃した。
 けれどすぐさま煙幕を斬り裂く形で剣が振り下ろされる。その先にいるのはカルディアだ。このままだと彼の腕は下手したら斬り落とされる。
「――何ッ⁈」
「そのまま振り切れ、ウィル‼」
「はい!」
 広範囲で回復できるガジェットで傷を癒やしたカルディアの部下が剣をアンビシオンに向け、応えるように振り切った。煙幕で視界が悪くなっていたのが幸いした。回復した彼が背後に迫っているのに気付いていなかったアンビシオンは振り向き様剣で受け止めたものの、全体重を乗せた衝撃に耐えきれず体勢を大きく崩した。
 しかしそんな体勢でもすぐに魔術を放とうと剣を握っていない左手が動く。魔術を防ぐ甲冑を着ているカルディアではなく、自分の背後から斬り掛かってきたウィルに狙いをつけた。
「させないよ!」
 今度は左手に鎖が巻き付く。ウィルと同じように回復したフレイが鎖を巻き付け軌道を変えてくれた。魔術はウィルに当たることなく地面に叩きつけられ、土煙が舞い上がったところで四方から氷の刃が飛んでくる。もちろん彼らに当たる前に私の転移魔術で避難させた。
「今度は負けないんだから!」
「もっとキンキンに凍らせてしまいましょうか」
 肩や腕、足を貫いた氷はそのまま溶けることなく瞬く間にアンビシオンの身体に広がる。後方のほうでアミィとクルエルダがしっかりと手をかかげ、魔術を繰り出していた。ただ目端に映った首元で光る媒体が気になったけれど、それがあの子の意志なのだろう。
「弱者が、足掻いたところでッ‼」
 身体を這う氷を剣の柄で叩き割った彼は、流れている血に構うことなく頭上から複数の黒い槍を降らせようとしている。禍々しさを感じるのはあれに穢れが混じっているからだ。流石にあれが直撃するとまずいと直感的に感じつつも、すべてを防ぐのもまた難しいとも考えていた。
 私も浄化がまったくできないわけじゃない、ただカイムほどの力を持っていない。あれほど強い力で浄化できていたのも女神から愛されていた一族だからだろう。そしてそんなカイムだが少し離れたところで奇怪な物体と交戦中だ、こっちに構っている暇がない。
 こっちも弱音を吐いている暇はないなと、この場にいる全員を守るための防御壁を張る。一本足りともあの黒い槍に貫かせるわけにはいかない、と思っていても果たしてできるかどうか。
「手伝います!」
 しかしここで心強い言葉が飛んできた。あの子の防御壁は誰よりも優れている。そして信仰深いおかげか当人は気付いていないものの恐らく穢れを祓う力が備わっているはず。
「ティエラ! 私の防御壁に覆い被さるように作ってくれ!」
「わかりました!」
 ティエラの一層目で穢れを防ぎ、私の二層目で魔術を防ぐ。私の言葉にすぐさま防御壁を張ったティエラはさっきまでの痛ましい姿ではなくなっている。ライラのガジェットがしっかりと機能してくれたんだろう。
 瞬時に出来上がった防御壁は禍々しい黒い槍をほとんど防ぎきった。中にはやっぱり数本降ってきたものの、穢れが弱まっているそれをカルディアたちが剣で叩き落してくれる。
「ッ……ルーファス、お前ッ……! お前は、昔から気に入らなかった!」
「突然そんなこと言われて私もショックだよ、アンビシオン」
「『赤』でなければお前はただの腑抜けだった‼」
 気付いたウィルたちが傷を癒やし、増援でやってきた私たちがしっかりとアンビシオンの前に立ちはだかる。彼の周りには誰もおらず、彼は一人で立っていた。
 昔握手を交わした仲だというのに、寝食を共にした仲だというのにあんまりな告白だ。出会ったばかりの彼は瞳の色なんて一切気にしてはいなかったのに。
 戦いが長引くにつれて彼の瞳の色が少しずつ淀んでいっていることに気付いてはいた。けれど止められる状況でもなかった。あの時は本当に押されていて隣で倒れる仲間の姿は明日は我が身に起こることだと常に思っていた。
 そして決定打となったのはハルシオンでの出来事だろう。あれから彼はあからさまに変わった。
「……アンビシオン、ずっとそう思って私の隣にいたのかい?」
「ああそうだ! お前は利用できたからな! お前の傍にいれば生存率が上がると誰もが言っていただろ⁈」
「でも出会ったばかりの君はそんなことは言わなかった。とても綺麗な『青』の瞳を持っていたよ、アンビシオン」
「黙れ! 逃げてばかりのお前に何がわかる!」
 百五十年前だと彼がこうして声を荒げることはほとんどなかったというのに、他者の魔力を奪った影響なのだろうか。それとも身体は若返っても中身はそうではないのだろうか。血気盛んなところは変わらないけれど、それでも目の前の容姿と言動とのギャップに違和感を覚えてしまう。
 けれど私がそのことを言葉にするより先に、怒りの表情をあらわにしているアンビシオンは口を開いた。
「おかしいだろうが。力も何もないくせにただ『地位』を持っているだけでふんぞり返っている奴らが。そいつらのせいで一体何人もの仲間が無駄死にさせられたことか」
「それは」
 話が今じゃなくて昔のほうに飛んでしまっている。やっぱり様子がおかしい。身体が急激に若返ったことと私が現れたことによってアンビシオンの中で異変が起きたのか。私以外にはまったく通じない話をアンビシオンは続ける。
「自分たちの地位が約束されたと勘違いした奴らは好き勝手に動き出していたぞ。そうして犠牲になったのが俺の姉だ! 奴らは何をやったと思う? 国中の女を攫いその中で姉を散々弄びなぶり痛めつけ、変わり果てた姿を表彰と称して呼び出した俺に見せつけた! だから奴らに思い知らせてやったんだよ、力こそすべてなんだとッ!」
 唖然とし、思わず立ち尽くす。彼の怒りが痛いほど肌に突き刺さってくる。
「そんな……そんなこと、あっただなんて……一言も言ってくれなかったじゃないか……」
「逃げてばかりのお前に誰が頼るものかッ!」
 恐らくその出来事が起こったのは、私がもう戦場で戦いたくはないと部屋にこもっていた時だろう。それ以前だと流石の私も気付くことができた。
 アンビシオンがこうなってしまったのは、私の責任でもあるかもしれない。例え戦場から身を引いていても部屋にこもるのではなく、アンビシオンの隣に立っていてあげていたら。彼は私を利用していただけかもしれない。それでも最初出会った頃の真っ直ぐな瞳を持っていたことを私は知っているから。
 もしかしてプロクス国が他国に攻め入ることをやめようとしたのは道徳心からではなく、暴走する恐れがあったアンビシオンに恐怖を感じたからかもしれない。これ以上は刺激させまいと、戦いから遠ざけようとした。けれど先手を打ったのはアンビシオンのほうだった、というわけか。
「――っ⁈」
 唐突に私とアンビシオンの間に割って入る者がいた。誰かが邪魔をしにきた、というわけじゃない。目の前にいるのは男一人に異形な姿をしている者一人、二人が一進一退を繰り広げながらもつれ合うようにこっちにまでなだれ込んできた。
 そんな男二人の奥で、口角を上げる顔が一つ。
「……! しまっ……」
 時間稼ぎをされていたのは、私たちのほうだったのだと今になって気付く。
 カイムに襲いかかっている男は淀んだ目をカイムに向けているものの、どこか虚無を感じる。恐らく当人も自覚はないだろう、けれど彼もイグニート国でいいように身体をいじられている。
 奪い取った魔力が自分の身体に馴染むこと、そして異形が自分の思い通りに動くまでアンビシオンはジッと待っていた。カイムたちがこっちにまで飛んできてしまったのは彼らの意志じゃない、そうなるようにアンビシオンに仕向けられた。
 アンビシオンの狙いはただ一つだ。
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