krystallos

みけねこ

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126.決戦⑦

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 地面の揺れが中々収まらない。穢れを浄化しようとしても精霊たちの力が弱まっていることと、懐に入れていた穢れのために使っていた石も今は若干淀んでいる。この状態で使ったところで効果はたかが知れている。一先ずは結界をと張ってみたものの、これもいつまで保つかわからない。
 不意に、後ろから強い光が発したのがわかった。なんだと振り返ってみたのは俺だけじゃない。謎の光りに目を丸めているヤツもいれば、口をぽかんと開けているヤツもいた。
 その強い光は南東の方角から。空にその光りが反射して見える程度のものだったが、徐々にその範囲を広げていっているのがわかる。確実にこっちに迫ってきている強い白い光は、地面から溢れ出ている穢れを一気に蹴散らしていっていた。
 南東の方角から、これだけ溢れ出ている穢れをこれほどまでの強さで浄化することができる。一人の男が、脳裏に浮かんだ。


 *

「私もこの最果てでただ黙って見ていたわけじゃない」
 精霊たちの力が弱まり、大地が瞬く間に血に濡れていく。世界中で穢れが広がることは予想できていた。
 然るべき時が来るまで、ただじっと息を潜めていた。私の存在を精霊たちを利用しようとしている者たちに知られるわけにはいかない。私の意を汲んで、私の手から生まれ落ちた子はこの島ごと私の存在を隠し続けてきた。
「主」
「大丈夫か、主」
「無茶をしないでください、主様」
「倒れないで、主様」
「ありがとう。白毀、青藍、朱鷺、玄久。私は大丈夫だ」
 私のことを心配し見守ってくれている我が子たちに微笑みを向けながら、それでも決して力を緩めない。
 私が生まれ落ちた理由はただ一つ。彼女が守ろうとしていたものを守るため。私は彼女の最後に残った慈悲の一欠片。彼女の無意識化で生まれた、彼女に残された慈しむ心。
 ずっと深い眠りについている彼女の代わりに、私はここにいる。
「穢れはどれほど祓われた?」
「ほとんどだ。ただあの人間周辺の穢れが強い、そこが残ってるぜ。主」
「なるほど……彼は大敵だな」
 その存在そのものが穢れとなりつつある者の、身に染み付いてしまっている穢れを祓うのは至難の業だ。当人が穢れを受け入れているのなら尚更。ならば彼を後回しにして大地にこびり付こうとしている穢れを祓うほうを優先する。
 精霊の力がほとんど残されていない状態で、大地も原型を留めきれなくなっている。ずっと長いこと蓄え続けていた力を精霊たちの代行になるために放出する。そうして崩れそうになっている大地も支えなければ。
 この時のために、力を更に増幅させるためにと設置しておいた祭壇の上で、溢れ出ている私の力を目にして島の人間たちは目を丸めていることだろう。もしかしたら彼らの気質で拝んでいる者もいるかもしれないなと内心苦笑をもらし、気を引き締める。
「大地の穢れは祓えたぞ、主!」
「あとは大地を支えるだけ、か……!」
 これが穢れを祓うより一層厳しいものになるだろう。彼女が眠ったあと、四つの精霊たちが力を合わせて支えていたぐらいだ。それでも崩れかけている大地を繋ぎ合わせ持ち直させる。
 大きく揺れている大地が徐々に静まり返っていく。けれど大地がひび割れたりと各地の被害は甚大なはずだ。大地が大きく揺れる前に、穢れが溢れ出る前に、人間たちは国を大切な人を守ろうと多くの屍との戦闘で体力を消耗させられている。そんな人間たちに大地を修復する力も気力も残っていない。
 だからその負担を私が背負う。精霊がいなければ人間は生きられないように、人間がいなければ精霊たちも力を取り戻すことができない。共存共栄、どちらかを失ったらこの世界は成り立たない。
 各地のひび割れが徐々に元に戻っている気配を感じつつ、私の周囲にいた子たちに視線を送る。この場で私が何かを言わなくてもあの子たちはわかっている。それぞれ視線を合わせ、しっかりと首を縦に振り互いに顔を見合わせた。
 私の周辺で眩い光が発せられる。一人は猛々しい虎の姿になり、一人は清らかな龍の姿に変わる。美しい翼を広げ鳥は羽ばたき、亀と蛇の姿は地面を踏みしめた。
 彼女が四つの精霊を生み出したように、同じ役割を担えるようにと生み出した子たち。この子たちもまた私と同じように来る日のために力を蓄え続けていた。
 私が彼女の一欠片のせいか全盛期の精霊たちと同等の力を持っている、と胸を張って言えるわけではないけれど。それでも今のこの状況であればあの子たちの力は巨大なはず。それぞれが四方に飛び散りそれぞれの祭壇へと向かった。大地は私が繋げた。そして失われつつある精霊たちの力を補うのはあの子たちだ。
 あとは、私でも祓うことが難しい穢れを祓うこと。大地に染み付くものよりも人に染み付いた穢れのほうが中々離れようとはしないし、浄化されようともしないそれを。
「君たちが剥がしてくれ、カイム……!」


 *

 イザナギが大地から溢れ出ようとしていた穢れを祓ってくれたおかげで、そいつの存在が嫌というほど顕著に現れる。今まであの赤髪の女が屍を使っていたせいでわからなかった。精霊たちの力が弱まっていたせいでどこか空気も淀んできていたんだろう、それで気付かなかった。
 目の前にいるヤツの姿が、その内側が。どこまでも禍々しいもので渦巻いている。色んなヤツの魔力を奪い続けていたアイツの身体は、そのすべての魔力を身体に馴染ませることができなかったんだろう。人に得意不得意があるように、きっと魔力にも特徴がある。それが上手く調和が取れず歪に一つに固まっている。
 そして人から無理やり奪ったものだから、血で大地が穢れるようにそれぞれの怨念が穢れとなって内側に留まり続けていたんだろう。人間の身体は穢れに馴染むようにはできていない。それでも目の前のヤツが未だ立っていることができるのは、奪い取った穢れ混じりの魔力量のおかげだという皮肉なことにもなっていた。
「アンビシオン……君は、気付いているのか……? 自分の身体が、どうなっているのか……」
「何を馬鹿馬鹿しいことを。見てわかるだろ、俺は全盛期の若々しい身体に戻っている。それがどうした」
 『赤』である神父にもアイツの内側が見えたんだろう。呆然としている中そんな言葉を放ったが、相手はわけのわからない答えを返してきた。あの物言いだと、自分の中がどうなっていることに気付いていないということか。
 まぁぶっちゃけ、そんなことどうでもいい。
「……!」
 転移魔術で目の前に移動し構うことなくその腹の真ん中に魔術を放つ。直撃はしなかったものの脇腹が軽く抉れた。それもその中にある魔力ですぐに回復するんだろうが、コイツの魔力は無限じゃない。
 コイツを倒さない限り穢れを完璧に祓うことはできない。今こうして大地が保っていられるのはイザナギが時間稼ぎをしてくれているからだ。そしたらあとは、コイツに攻撃をしまくって身体の中にある魔力を使い切らせるだけ。コイツがいなくなればイザナギは穢れを完璧に祓い終え、その後に女神を起こすことができる。
 俺の意図に気付いたのかウィルとフレイも真っ先に攻撃を仕掛けた。後ろからはあらゆる属性の魔術が次から次へと飛んでくる。アミィとエルダは前衛を気にせず放っているが、それができるのもティエラが前衛にしっかりと防御壁を張ってやっているからだ。
「ふん、大地の穢れが祓われたから何だ。お前たちが不利なことには変わりはない! 俺の中にある魔力量はお前たちより上回っているんだからな!」
 着地したところに地面から黒い影が何本も伸びてくる。俺の足に絡みついて動きを止めようとしてくるそれを、隠し持っていたガジェットを叩きつけ四散させた。それでも尚も伸びてくるそれを遠くから神父が魔術で封じ込める。
「あとはお前の魔力を奪い取るまでだ、カイム!」
「人の魔力奪おうとしないでよ! このヘンタイ‼」
「いいねぇ、いい煽り文句だよアミィ! そうだよ他人の魔力奪って意気がるのも大概にしな!」
 アミィとフレイが連携を取ってイグニート国王に攻め込む。後ろからバンバン魔術を放たれようともフレイは気にしない。目の前にイグニート国王が放った魔力が飛んできても構わず突っ込んでいく。フレイの眼前にあった禍々しい炎の矢はティエラの防御壁に弾き飛ばされた。そして俺も続く形でフレイ同様イグニート国王に突っ込む。
 気持ち悪い『赤』の目が俺の姿を確認した途端、歪に笑う。普通に見えたそれが瞬時に可視化の剣に変わったのが見えた。
「させん!」
 だがその剣が俺の腹を貫くことはなかった。その前に俺に構うことなくライラが銃をぶっ放したからだ。魔力を封じ込めることができる銃は誰に対しても効果を発揮する。可視化の剣はもちろん、元の姿に戻っているとはいえ精霊の力が弱まっている今、全力が出せない俺にも。
 魔術の威力が半減したのがわかった。そして目の前にある可視化の剣の効果も。だから構わず懐に突っ込みダガーを突き立てる俺の隣で、フレイも同様に鎌を振り下ろす。だがそれも咄嗟に薙ぎ払われた剣に弾かれてしまった。
 それでも互いに体勢が崩れた中でバンクルからワイヤーを伸ばし左足に絡ませ、フレイの鎖は右足に絡みつく。一瞬とはいえイグニート国王は身動きが取れない形になった。
「はぁ!」
「いい加減くたばれこの野郎!」
 そのチャンスを騎士二人が見逃すわけがない。二人がかりでイグニート国王に斬りかかりそれぞれが傷を負わせた。治癒を受けずともじわじわと治る傷だが、その傷を治すだけでも魔力を消費させることができる。剣を受け怯んだところで二人が追撃する。
「このっ……群れなければ何もできない、弱者共がぁッ!」
 ワイヤーと鎖を外し俺たちは飛び退き、騎士二人は神父が転移魔術で移動させた。次の瞬間周辺で大爆発が起きる。爆風が起き土煙も舞い視界が悪くなる。
「行きますよアミィ!」
「うん! どーんと来ちゃってクルエルダ!」
 それでも構わずエルダがアミィに向かって魔術を放った。エルダの魔術を吸収したアミィは倍以上の威力を視界が悪い中でもその小さい身体から放つ。賢いなと思ったのは一発でかいのを放ったわけじゃなく、例え一度避けられようとも更に追い打ちをかける形で数多く放ったことだ。でかいの一発に比べて威力は劣るものの、博打に出るよりもずっといい。
 複数の槍がイグニート国王に向かって降り注ぐ。流石に数が数だ、一発くらい当たっているはず。
「……! アミィ!」
「え? わぁっ!」
「アミィちゃん!」
 神父が何かに気付き声を荒らげた。急いでアミィのほうに視線を向ければ土煙の中にあったはずの身体がいつの間にかアミィの近くまで移動している。でかい火球はアミィに放たれ、直撃する前にティエラが防いだ。そしてすぐに神父がアミィの身体を転移させる。
「学習しているのか、アンビシオン……」
「俺を馬鹿にするなよ、ルーファス……お前ができて、俺にできないことは何もない‼」
 転移魔術は使う様子が見られなかったものだから、俺も神父もヤツは転移魔術は使えないものだと思っていた。が、俺たちが何度も使っていたもんだから真似をされてしまったか。
 だが俺たちのように完璧に使えるっていうわけでもなさそうだ。身体のあちこちから血が吹き出している。無理な転移は身体への負担も大きい。自分の中にある魔力を理解することもなく初めて使ったのだから、歪な術が身体に跳ね返ったとしてもなんら不思議じゃない。
「どいつもこいつも邪魔だ……群がったところで何もできない奴らめッ……!」
 一瞬にしてその場にいる全員の足が地面から生えた黒い影に絡み付けられる。それは勢いを増し、足のみならず下半身の動きまで封じようとしていた。まだ広範囲でしかも威力のある術が使えるのかとガジェットを使って脱出を試みようとしたが、腕すらもガッチリ黒い影が伸びていた。
「お前らの相手など飽きた。塵と化せ」
 それぞれが自分に、仲間に、防御壁を張る。それでもかなりの威力のある魔術で、衝撃に耐えられず身体が地面に叩きつけられたのだけはわかった。
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