11 / 73
王子の証言「モブなどいない」
しおりを挟む
「なんだこれ?」
「っ⁈」
声がしたほうへと急いで振り返り、その視線の先に何を捉えているのかわかった瞬間俺は慌ててそれを手に取り胸に抱えた。
「……見たか?」
「見たけど。でもウェルスの行動が早すぎて文字が書いてあるな~としかわかんなかった」
ホッと息を吐き出し額に薄っすらと浮かんだ汗を手の甲で拭う。いや気になって視線をやっただけで彼は悪くない、あそこに開いたまま放置していた俺が悪い。
あれから俺なりになんとかアプローチし、そして何度か別荘に誘うことに成功していた。使用人たちにも逃がすな囲えと言ってある。我ながら必死である。
「確かに鍛冶屋の息子ではあるが、店主は弟子も取っていたな……」
「ウェルス様、お顔が。悪どいお顔をしておりますぞ」
前に執事長のジョナサンにそんなことを言われたが、先程も言ったが必死なのだ。俺だってまさか自分がこんなことになるとは想像できなかった。しかも初恋であるアドニスの時以上の激情を抱えている。
抱きかかえるように隠した本を、そっと開く。今まで体験したことのない感情を整理するために書くようになった日記だ。いつもならしっかり鍵をかけて誰も読めない状態にしているのだが、どうもアシエと共にいると気が緩む。
「なになに? エロ本?」
「なっ⁈ そ、そのようなものではない!」
「なぁんだ。急いで隠したからえっちなやつかと思った」
王子にこうもあっけらかんと言えるのはお前しかいないぞ、と内心愚痴を零しつつ急いで鍵をかける。それに、その、エロ本という物は俺には必要ない。
あれは初めて別荘に招待した日の夜のことだった。寝室で二人で喋っているとどことなくそんな雰囲気になり、俺としてはスマートに誘導するはずだった。
ところだが、アシエは唐突に上を脱いだかと思うといきなり大の字でベッドの上に倒れ込んだと思ったら。
「よっしゃ来い!」
の一言。何がよっしゃ来いだ。ムードも何もあったもんじゃない。バクバクと緊張していた心臓がどこかに飛んでいき、思わず笑ってしまったのを覚えている。
だがその後は飛んでいった心臓も無事戻ってきて、結局は水をドカ飲みするほどの緊張感で致してしまった。
だって考えてみてほしい。確かに最初はよっしゃ来いだったが俺の下にいたのは想い人。どこにでもいる顔かもしれないが、首から下は鍛冶屋で鍛え抜かれた屈強な身体。顔と身体のギャップで心臓がお祭り状態だ。発作でも起こすのかと思った。
それに彼はいい意味でも悪い意味でも素直だ。思ったことをそのまま口に出す。普段から「それはどうかと思う!」や「それはおかしい!」や「俺は嫌だな!」と違うことは違うと、嫌なことは嫌だとはっきり言ってくれて、いつも腹の探り合いをしている俺としては新鮮で逆にとても助かったし貴重な存在だった。
が、こういう状況でも素直なのかどうかと内心少し頭を抱えていた。いや正直に言おう。頭の片隅で大喜びしていた。
気持ちいいのなら気持ちいいのだと、正直に言葉にしてくれていたのだから。
ただそれに至るまでは大変でもあった。何せ互いに未経験だったのだ。知識として頭の中に入っているものの、実際やってみるのはわけが違う。
「いたたたたっ! か、関節! 関節が外れるぅ!」
「なっ、い、痛いのか?」
「いってぇよ俺はそこまで柔らかくねぇよ! 股関節ミシミシいってる‼」
「わ、悪い!」
とそんな感じで。最初は少し賑やかだった。その後は無事になんとか終え、体力が尽きた俺は気絶するように眠りの世界に入った。恐らくだが、相手よりも早く寝落ちしたと思われる。
別に俺もまったく軟弱というわけではない。それなりに剣は扱えるし、何かあった場合一人でどうにかできるようにと鍛えていた。だが相手は鍛冶職人の息子。常に火が轟々と滾っている暑い場所でひたすら金槌を振り下ろし鉄を打つ体力勝負の現場だ。温室でぬくぬくと過ごしている俺とは出来が違う。
俺が起きた頃には新しい水に、諸々と綺麗にされているベッドの上。俺はそのまま力尽きて眠ってしまったため、綺麗さっぱりになっている双方の身体はアシエが拭いてくれたのだろう。流石に自分が情けなさ過ぎた。アシエが帰った時にはメイドにも色々と注意され、今後身体を鍛えることが急務となった。
とまぁ、最初こそはそういうことになったが何回か別荘に招くようになってお互い色々と学び、今は最初のように騒ぐことはなくなった。俺も緊張のあまりにバカバカと水を飲むことはしない。
緊張は、始める時は相変わらず少ししてしまうが。まだ一番最初のように大の字でよっしゃ来いのほうがマシだったかもと思うことも……たまにある。その、なんと言うか。慣れというのは恐ろしい。
回数をこなせば最初はされるがままだったものが、今となってはこちらを誘うまでに至っているのだから。
「んで、その本なに? 見られたら恥ずかしいやつ?」
思考が明後日の方向に行っていたところその声で呼び戻された。アシエはただ単純に俺が慌てて隠した本に興味があるのだろう。しかし、言っている通りこれは俺にとっては恥ずかしいものだ。
「そ、そうだな。置いてあったとしても、なるべく中を見ないでほしい……」
「わかった! 鍵かけりゃいいか?」
「あ、ああ」
普通相手の秘密は知りたがるようなものなのだが。いやもしかして社交界だけの話なのか。腹の探り合いとは相手の秘密を暴くようなもの。だからそれが普通だと思っていた。どうもアシエと共にいるとどれが普通なのかよくわからなくなってくる。
ただそのことに関して別に悪い気もしない。俺の考えは王族寄りで固まってしまっていて、それを解してくれているのが庶民であるアシエだからだ。別の視点は新たな発想を思いつかせてくれる。
「ってか、俺結構この家にお邪魔するようになっちゃってるけどさ、大丈夫なわけ?」
「ああ、問題ない。寧ろ皆アシエが来るのを楽しみにしている」
「マジで? 確かにここの人たちすっげぇ優しくてよくしてもらってるけどさ~。飯もうまいし。でも流石に来すぎじゃね? ってちょっと気にしてたんだよな」
「気にする必要などない。食事している時、奥にいるシェフの顔を見たことがあるか? アシエがうまいうまい言う度に感動で泣いているぞ」
「えぇ~? そしたらもっとでかい声で言っちゃお」
学園の中庭で「二人きりの時は敬語でなくていい、王子でなくてウェルスと呼んでほしい」と言ってからそれなりに時間が経った。最初こそ流石にアシエも遠慮していたが、今となっては普通に敬語なしの名前呼びだ。
それが嬉しくて腕を掴み、優しくベッドへ引っ張ってやればアシエも笑いながら一緒に倒れ込んでくる。スプリングの利いているベッドは難なく俺たちの身体を受け止めた。
「外暗くなったらすぐこれじゃん」
「時間がいくらあっても足りないからな」
「最初はすぐ寝たくせに?」
「あの時よりも体力はついただろう?」
「確かに~」
楽しそうに笑いながら俺の上に寝転がっているアシエは、そのまま顔を上げこちらに首を伸ばしてきた。軽いリップ音のあとにニッと笑みを向けてきたアシエに、激しいリズムを刻んでいる心臓がギュンッと握り潰される。
最初はそこまで関心がなさそうだったのに、今ではこうしてアシエからもキスをするようになった。なんだろうか、ずっと言ってきたが特別に可愛らしい顔というわけじゃないんだ。だがもう、俺からしたら可愛くて仕方がない。
今ならば父上の言っていた謎のポエムもわかる、ような気がする。流石に言葉にするまではないが。今でも謎すぎて理解できない部分も多いが。
可愛い笑顔にずっとバコバコと激しい音を立てている俺の心臓に気付いているのかいないのか、更ににっこりと笑ったアシエは右手をゆっくりと下へと移動させた。
「アシエ」
「だって俺も男の子だもん。エロいことしたいもん」
アシエは良くも悪くも正直者、思ったこと全部口に出す。だからといって、この体勢で、そんなこと。俺も無駄に元気になってしまうし、上に乗っているアシエがそれに気付かないわけがない。
そもそも、下に移動した手はそれを触っている。
「っ、アシエ……!」
「ん~? なに~?」
悪戯を楽しんでいる子どものような顔をして、跨っている状態で小さく腰を揺らすんじゃない。顔と行動が合っていない。
俺だって男だ、アシエと同じことを思っている。そもそも一緒に寝室に入った時点でお互いそれをする気満々だった。だが今回ばかりは少し待ってほしいと、取りあえず揺れていた身体を肩に手を当てることで止めさせる。
「今日そういう気分じゃねぇの?」
「そんなわけあるか。そういう気分だ。しっかりと反応していただろ」
「そうだな、元気元気!」
「うっぅん……その、致す前にアシエに聞きたいことがあるんだ」
「んぇ?」
相変わらずどこか間抜けな返事をするなと、それすらも可愛く感じてキュンッとしてしまったがそれは一先ず置いといて。
想いを告げた日から所謂恋人関係というものになったわけだが、正直あの時のアシエの返事はノリが軽かった。卒業したら王族らしくしなければならないのだろうということで、学園生活だけでも楽しもうというニュアンスも含まれていた。
だが俺はこの関係を学園生活で終わらせる気はない。なんなら手放す気もないし囲い込む気満々だ。俺がそういう気持ちを抱くことになったと知ったら父上も母上もさぞかし大喜びだろう。だがまだ二人には報告していない。
確認が先だ。ジッとアシエに視線を向ければきょとんとした顔で「ん?」首を傾げてくる――可愛い。じゃない今はその気持ちは置いといて。
「アシエ、少しは俺のことを好きになったか?」
俺はアシエに伝えたが、アシエからは未だに伝えられていない。そもそも最初の印象が「人でなし」という俺からしたらマイナススタート。果たして恋人関係になってから好印象に転換されたのだろうか。
これでそんな気持ちはないとでも言われたら、お前そんな気持ちもないのに俺に抱かれていたのか貞操観念はどうなっているととつとつと説教したい気分だ。しかし、アシエは人がいい。俺のことを可哀想に思ってずっと付き合ってくれていた可能性だってある。
アシエのことを想っているから、アシエの気持ちを無視したくなかった。だからいい加減、はっきりさせるべきだとようやく決意して言葉にした。どんな言葉が返ってこようとも、しっかりと受け入れることができるよう――
「好きじゃない」
「はぁっ⁈」
お前の貞操観念、と出かかった言葉だが、直後の満面の笑みで引っ込んだ。
「すっげぇ好き!」
なんだこの可愛い生き物。
あまりの可愛さに掻き抱いた。なんなんだ、いつの間に、そんな。いやそんな些細なことはどうでもいい。そうか、俺の独りよがりじゃなかったのか。
それだけわかればそれでいいと、ぎゅうぎゅうに抱きしめれば楽しげな笑い声と同時に俺の背中に腕が回された。
「そういや俺言ってなかったな!」
「ああ、まったくな」
「でも流石にどうでもいい相手とこんなことしねぇよ。それだと俺とんだろくでなしじゃねぇか」
「だから今とてつもなく安心しているんだ俺は」
俺が心底ホッとしているというのに、アシエは自分が言い忘れたというのにケタケタ笑うだけ。まったく、と思いつつも怒るに怒れない。これが父上と母上が言っていた惚れた弱みというやつか。
すると俺の背中に回されていた腕が外され、今度は首に回る。グッとアシエとの顔の距離が近くなる。
「なぁ……する?」
「する」
間髪入れずに返事をした俺にアシエはまた楽しげに笑う。初めて俺からキスをした時、あれだけしっかりとこっちを見ていた目は今は伏せ目がちで口も薄っすらと開かれている。いつの間に、こんなに色っぽくなったのか。
これでアシエは自身のことをモブだと言うのだから笑わせる。こんな顔と肉体にギャップのあって落ち込んでいる人間の心を晴れやかにする愛くるしいモブがいてたまるか。
そもそもこの世に名前もないモブなどいない。
「っ⁈」
声がしたほうへと急いで振り返り、その視線の先に何を捉えているのかわかった瞬間俺は慌ててそれを手に取り胸に抱えた。
「……見たか?」
「見たけど。でもウェルスの行動が早すぎて文字が書いてあるな~としかわかんなかった」
ホッと息を吐き出し額に薄っすらと浮かんだ汗を手の甲で拭う。いや気になって視線をやっただけで彼は悪くない、あそこに開いたまま放置していた俺が悪い。
あれから俺なりになんとかアプローチし、そして何度か別荘に誘うことに成功していた。使用人たちにも逃がすな囲えと言ってある。我ながら必死である。
「確かに鍛冶屋の息子ではあるが、店主は弟子も取っていたな……」
「ウェルス様、お顔が。悪どいお顔をしておりますぞ」
前に執事長のジョナサンにそんなことを言われたが、先程も言ったが必死なのだ。俺だってまさか自分がこんなことになるとは想像できなかった。しかも初恋であるアドニスの時以上の激情を抱えている。
抱きかかえるように隠した本を、そっと開く。今まで体験したことのない感情を整理するために書くようになった日記だ。いつもならしっかり鍵をかけて誰も読めない状態にしているのだが、どうもアシエと共にいると気が緩む。
「なになに? エロ本?」
「なっ⁈ そ、そのようなものではない!」
「なぁんだ。急いで隠したからえっちなやつかと思った」
王子にこうもあっけらかんと言えるのはお前しかいないぞ、と内心愚痴を零しつつ急いで鍵をかける。それに、その、エロ本という物は俺には必要ない。
あれは初めて別荘に招待した日の夜のことだった。寝室で二人で喋っているとどことなくそんな雰囲気になり、俺としてはスマートに誘導するはずだった。
ところだが、アシエは唐突に上を脱いだかと思うといきなり大の字でベッドの上に倒れ込んだと思ったら。
「よっしゃ来い!」
の一言。何がよっしゃ来いだ。ムードも何もあったもんじゃない。バクバクと緊張していた心臓がどこかに飛んでいき、思わず笑ってしまったのを覚えている。
だがその後は飛んでいった心臓も無事戻ってきて、結局は水をドカ飲みするほどの緊張感で致してしまった。
だって考えてみてほしい。確かに最初はよっしゃ来いだったが俺の下にいたのは想い人。どこにでもいる顔かもしれないが、首から下は鍛冶屋で鍛え抜かれた屈強な身体。顔と身体のギャップで心臓がお祭り状態だ。発作でも起こすのかと思った。
それに彼はいい意味でも悪い意味でも素直だ。思ったことをそのまま口に出す。普段から「それはどうかと思う!」や「それはおかしい!」や「俺は嫌だな!」と違うことは違うと、嫌なことは嫌だとはっきり言ってくれて、いつも腹の探り合いをしている俺としては新鮮で逆にとても助かったし貴重な存在だった。
が、こういう状況でも素直なのかどうかと内心少し頭を抱えていた。いや正直に言おう。頭の片隅で大喜びしていた。
気持ちいいのなら気持ちいいのだと、正直に言葉にしてくれていたのだから。
ただそれに至るまでは大変でもあった。何せ互いに未経験だったのだ。知識として頭の中に入っているものの、実際やってみるのはわけが違う。
「いたたたたっ! か、関節! 関節が外れるぅ!」
「なっ、い、痛いのか?」
「いってぇよ俺はそこまで柔らかくねぇよ! 股関節ミシミシいってる‼」
「わ、悪い!」
とそんな感じで。最初は少し賑やかだった。その後は無事になんとか終え、体力が尽きた俺は気絶するように眠りの世界に入った。恐らくだが、相手よりも早く寝落ちしたと思われる。
別に俺もまったく軟弱というわけではない。それなりに剣は扱えるし、何かあった場合一人でどうにかできるようにと鍛えていた。だが相手は鍛冶職人の息子。常に火が轟々と滾っている暑い場所でひたすら金槌を振り下ろし鉄を打つ体力勝負の現場だ。温室でぬくぬくと過ごしている俺とは出来が違う。
俺が起きた頃には新しい水に、諸々と綺麗にされているベッドの上。俺はそのまま力尽きて眠ってしまったため、綺麗さっぱりになっている双方の身体はアシエが拭いてくれたのだろう。流石に自分が情けなさ過ぎた。アシエが帰った時にはメイドにも色々と注意され、今後身体を鍛えることが急務となった。
とまぁ、最初こそはそういうことになったが何回か別荘に招くようになってお互い色々と学び、今は最初のように騒ぐことはなくなった。俺も緊張のあまりにバカバカと水を飲むことはしない。
緊張は、始める時は相変わらず少ししてしまうが。まだ一番最初のように大の字でよっしゃ来いのほうがマシだったかもと思うことも……たまにある。その、なんと言うか。慣れというのは恐ろしい。
回数をこなせば最初はされるがままだったものが、今となってはこちらを誘うまでに至っているのだから。
「んで、その本なに? 見られたら恥ずかしいやつ?」
思考が明後日の方向に行っていたところその声で呼び戻された。アシエはただ単純に俺が慌てて隠した本に興味があるのだろう。しかし、言っている通りこれは俺にとっては恥ずかしいものだ。
「そ、そうだな。置いてあったとしても、なるべく中を見ないでほしい……」
「わかった! 鍵かけりゃいいか?」
「あ、ああ」
普通相手の秘密は知りたがるようなものなのだが。いやもしかして社交界だけの話なのか。腹の探り合いとは相手の秘密を暴くようなもの。だからそれが普通だと思っていた。どうもアシエと共にいるとどれが普通なのかよくわからなくなってくる。
ただそのことに関して別に悪い気もしない。俺の考えは王族寄りで固まってしまっていて、それを解してくれているのが庶民であるアシエだからだ。別の視点は新たな発想を思いつかせてくれる。
「ってか、俺結構この家にお邪魔するようになっちゃってるけどさ、大丈夫なわけ?」
「ああ、問題ない。寧ろ皆アシエが来るのを楽しみにしている」
「マジで? 確かにここの人たちすっげぇ優しくてよくしてもらってるけどさ~。飯もうまいし。でも流石に来すぎじゃね? ってちょっと気にしてたんだよな」
「気にする必要などない。食事している時、奥にいるシェフの顔を見たことがあるか? アシエがうまいうまい言う度に感動で泣いているぞ」
「えぇ~? そしたらもっとでかい声で言っちゃお」
学園の中庭で「二人きりの時は敬語でなくていい、王子でなくてウェルスと呼んでほしい」と言ってからそれなりに時間が経った。最初こそ流石にアシエも遠慮していたが、今となっては普通に敬語なしの名前呼びだ。
それが嬉しくて腕を掴み、優しくベッドへ引っ張ってやればアシエも笑いながら一緒に倒れ込んでくる。スプリングの利いているベッドは難なく俺たちの身体を受け止めた。
「外暗くなったらすぐこれじゃん」
「時間がいくらあっても足りないからな」
「最初はすぐ寝たくせに?」
「あの時よりも体力はついただろう?」
「確かに~」
楽しそうに笑いながら俺の上に寝転がっているアシエは、そのまま顔を上げこちらに首を伸ばしてきた。軽いリップ音のあとにニッと笑みを向けてきたアシエに、激しいリズムを刻んでいる心臓がギュンッと握り潰される。
最初はそこまで関心がなさそうだったのに、今ではこうしてアシエからもキスをするようになった。なんだろうか、ずっと言ってきたが特別に可愛らしい顔というわけじゃないんだ。だがもう、俺からしたら可愛くて仕方がない。
今ならば父上の言っていた謎のポエムもわかる、ような気がする。流石に言葉にするまではないが。今でも謎すぎて理解できない部分も多いが。
可愛い笑顔にずっとバコバコと激しい音を立てている俺の心臓に気付いているのかいないのか、更ににっこりと笑ったアシエは右手をゆっくりと下へと移動させた。
「アシエ」
「だって俺も男の子だもん。エロいことしたいもん」
アシエは良くも悪くも正直者、思ったこと全部口に出す。だからといって、この体勢で、そんなこと。俺も無駄に元気になってしまうし、上に乗っているアシエがそれに気付かないわけがない。
そもそも、下に移動した手はそれを触っている。
「っ、アシエ……!」
「ん~? なに~?」
悪戯を楽しんでいる子どものような顔をして、跨っている状態で小さく腰を揺らすんじゃない。顔と行動が合っていない。
俺だって男だ、アシエと同じことを思っている。そもそも一緒に寝室に入った時点でお互いそれをする気満々だった。だが今回ばかりは少し待ってほしいと、取りあえず揺れていた身体を肩に手を当てることで止めさせる。
「今日そういう気分じゃねぇの?」
「そんなわけあるか。そういう気分だ。しっかりと反応していただろ」
「そうだな、元気元気!」
「うっぅん……その、致す前にアシエに聞きたいことがあるんだ」
「んぇ?」
相変わらずどこか間抜けな返事をするなと、それすらも可愛く感じてキュンッとしてしまったがそれは一先ず置いといて。
想いを告げた日から所謂恋人関係というものになったわけだが、正直あの時のアシエの返事はノリが軽かった。卒業したら王族らしくしなければならないのだろうということで、学園生活だけでも楽しもうというニュアンスも含まれていた。
だが俺はこの関係を学園生活で終わらせる気はない。なんなら手放す気もないし囲い込む気満々だ。俺がそういう気持ちを抱くことになったと知ったら父上も母上もさぞかし大喜びだろう。だがまだ二人には報告していない。
確認が先だ。ジッとアシエに視線を向ければきょとんとした顔で「ん?」首を傾げてくる――可愛い。じゃない今はその気持ちは置いといて。
「アシエ、少しは俺のことを好きになったか?」
俺はアシエに伝えたが、アシエからは未だに伝えられていない。そもそも最初の印象が「人でなし」という俺からしたらマイナススタート。果たして恋人関係になってから好印象に転換されたのだろうか。
これでそんな気持ちはないとでも言われたら、お前そんな気持ちもないのに俺に抱かれていたのか貞操観念はどうなっているととつとつと説教したい気分だ。しかし、アシエは人がいい。俺のことを可哀想に思ってずっと付き合ってくれていた可能性だってある。
アシエのことを想っているから、アシエの気持ちを無視したくなかった。だからいい加減、はっきりさせるべきだとようやく決意して言葉にした。どんな言葉が返ってこようとも、しっかりと受け入れることができるよう――
「好きじゃない」
「はぁっ⁈」
お前の貞操観念、と出かかった言葉だが、直後の満面の笑みで引っ込んだ。
「すっげぇ好き!」
なんだこの可愛い生き物。
あまりの可愛さに掻き抱いた。なんなんだ、いつの間に、そんな。いやそんな些細なことはどうでもいい。そうか、俺の独りよがりじゃなかったのか。
それだけわかればそれでいいと、ぎゅうぎゅうに抱きしめれば楽しげな笑い声と同時に俺の背中に腕が回された。
「そういや俺言ってなかったな!」
「ああ、まったくな」
「でも流石にどうでもいい相手とこんなことしねぇよ。それだと俺とんだろくでなしじゃねぇか」
「だから今とてつもなく安心しているんだ俺は」
俺が心底ホッとしているというのに、アシエは自分が言い忘れたというのにケタケタ笑うだけ。まったく、と思いつつも怒るに怒れない。これが父上と母上が言っていた惚れた弱みというやつか。
すると俺の背中に回されていた腕が外され、今度は首に回る。グッとアシエとの顔の距離が近くなる。
「なぁ……する?」
「する」
間髪入れずに返事をした俺にアシエはまた楽しげに笑う。初めて俺からキスをした時、あれだけしっかりとこっちを見ていた目は今は伏せ目がちで口も薄っすらと開かれている。いつの間に、こんなに色っぽくなったのか。
これでアシエは自身のことをモブだと言うのだから笑わせる。こんな顔と肉体にギャップのあって落ち込んでいる人間の心を晴れやかにする愛くるしいモブがいてたまるか。
そもそもこの世に名前もないモブなどいない。
297
あなたにおすすめの小説
ユキ・シオン
那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。
成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。
出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。
次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。
青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。
そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり……
※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
申し訳ございません。あいにく先約がございまして。
ハリネズミ
BL
取引先の息子から何度もなんども食事に誘われる。
俺は決まって断りもんくを口にする。
「申し訳ございません。あいにく先約がございまして」
いつまで続くこの攻防。
表紙はまちば様(@Machiba0000)に描いていただきました🌸
素敵な表紙をありがとうございました🌸
添い遂げない。でも死ぬまで共に。
江多之折(エタノール)
BL
【神子は二度、姿を現す】のスピンオフ作品。
ヴィルヘルム×ランスロット
王族として生まれた二人が運命を受け入れ、決して結ばれる事のない絆を育み、壊すまでの話。
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
王子殿下が恋した人は誰ですか
月齢
BL
イルギアス王国のリーリウス王子は、老若男女を虜にする無敵のイケメン。誰もが彼に夢中になるが、自由気ままな情事を楽しむ彼は、結婚適齢期に至るも本気で恋をしたことがなかった。
――仮装舞踏会の夜、運命の出会いをするまでは。
「私の結婚相手は、彼しかいない」
一夜の情事ののち消えたその人を、リーリウスは捜す。
仮面を付けていたから顔もわからず、手がかりは「抱けばわかる、それのみ」というトンデモ案件だが、親友たちに協力を頼むと(一部強制すると)、優秀な心の友たちは候補者を五人に絞り込んでくれた。そこにリーリウスが求める人はいるのだろうか。
「当たりが出るまで、抱いてみる」
優雅な笑顔でとんでもないことをヤらかす王子の、彼なりに真剣な花嫁さがし。
※性モラルのゆるい世界観。主人公は複数人とあれこれヤりますので、苦手な方はご遠慮ください。何でもありの大人の童話とご理解いただける方向け。
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
混血の子は純血貴族に愛される
銀花月
BL
ヴァンパイアと人間の混血であるエイリアは、ある日死んだ父の夢を見る。
父から「忘れないで」と言われた言葉を覚えていなかったエイリアだったが、それは幼馴染みも知らない自分に関する秘密だった。
その夢が発端のように…エイリアから漂う香りが、元祖の血を狂わせていく―――
※改稿予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる