その紳士、異形につき

置き場

文字の大きさ
上 下
1 / 1

その紳士、変態につき1

しおりを挟む
(何か、まずい気がする)
深夜、急ぎ足で帰宅していると、コツコツと音がする。
靴の音が高らかに響く。
この時間に、おかしい。
それだけじゃない。
路地裏に入っても、遠回りしても、その音は続くのだ。
明らかに、つけられている。

(ど、どうしたら)
家に帰るわけにいかず、かと言ってコンビニもそばにない。
途方に暮れていた、その時である。
「ふっ」と吐息が聞こえたのは。

思わず足を止めてしまう。
「おや、もう追いかけっこは終わりですか」
艶めいた男性の声だ。
正直ゲイな俺にとって最高の声と言える。
意を決して振り返ると……
「なっ」
……そこには人型をしたなにかがいた。

人、ではない。
なぜなら頭の部分が時計なのだから。
スケルトン時計で、歯車がよく見える。
何故か彼にあっていると思った。
……あれ?何かおかしいところはあったか?
人じゃない頭なんてよくあることだろ?

「ええ、そうですよ。よくあることです。こちら、見ていただいても?」
そう言って一歩、近づいてきた。
恐る恐る俺も近づく。
息がかかるほど近くによると、カチカチと時計の音がした。

ああ、いい。
彼に合う。
ウイングカラーの白いシャツ。
白のタイにベスト。
ピシッと決まって腰のラインがわかる。
燕尾服という格式高い服に歯車が見える顔。
不似合いのようで美しい。

思わず文字盤に触れる。
「あっ……」と彼の声で我に返った。
「すみませんっ」
「いえ、大丈夫ですよ。けれどもっとゆっくり……」
手を取られ、そっと文字盤に触れる。
白手袋の柔らかさと、文字盤の冷たさがグッときた。

「は……っあ……」
同時に、彼の息遣いも荒くなる。
直接触れているのだから当然かもしれない。
「俺とこんなことするのに、つけてたんですか?」
「え、ええ……素敵でしたから」
そうだったんだ。

「エロい人ですね」
「っっ」
「いいんですか?ここ、往来ですよ。そんな声上げて……ねぇ?」
「はぁん」
首筋から側面を撫であげると渋い声で啼かれる。
ぞくぞくとした快感が俺にも走った。

「それにしてもこの顔、エロいですね」
「え……?」
「知らなかったんですか?こんな体の奥の奥まで自分でさらけだして歩いているんですよ?露出狂じゃないですか」
「……!!そ、そんなつもりでは!!」
慌て出すけど、嘘じゃない。
歯車も全部見えているんだから。

「しっかり服を着て、いかにも紳士ですって言いながら、ここで本性をさらけだしている。『私は淫乱です。初対面の男に啼かされて喜んでいます。露出するのが楽しいです』って」
顔を撫でながら告げると「ああっっ」と体をくねくねしだした。
「ああ、こう言われて感じているんですね。大した人だ。……いじめられたかったんですね?」
「そ、そんなことは……」
「いいですよ。いっぱい可愛がってあげます。……どうです?」
少し先にあるネオンを指さすと、コクリと頷かれた。

決まりだ。
「いっぱい可愛がってあげますよ」
歯車を軽く撫でる。
「ああんっ」と甘い声を聞きながら、俺はホテルに向かった。
さて、どう可愛がってあげようかな。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...