残365日のこおり。

tonari0407

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第2章

【R-18】嫌なこと 5月30日⑤

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 水川が軽く自由になった心で帰宅すると、なんとまだ雪穂がいた。家の中は暗いのに、玄関の靴はそのままあったので、何処にいるのかと思ったら布団の中で寝ていた。人の枕に女物のシャンプーの匂いをつけるのは勘弁してほしかった。

 灯りがついたので、雪穂は目覚めて、のそっと起き上がった。

「優一、おかえりなさい」
 目をこすり、ぼんやりしている。余程ぐっすりもしくは長時間寝ていたのか肩まである髪の毛はぼさぼさだった。

「雪穂、まだいたの?」
 水川のその反応に雪穂は明らかに不機嫌になった。

「優一が急に出て行っちゃったから、1人寂しくご飯も食べずに、お掃除して待ってた人に言う言葉が、それ?」
 雪穂の言葉に部屋を見渡すと、確かにゴミは綺麗に無くなり、物はあるべきところに収まっていた。しかし、水川は自分の物を勝手に触られるのは好きではないので、あまりいい気分はしなかった。

「んー、そっかごめんな。お腹空いただろ?カツサンド食べようか」
 水川の言葉に雪穂は立ち上がり、冷蔵庫からカツサンドと未開封のコーラを持ってきた。

「あれ?コーラ飲まなかったの?」
 飲んでいいと声をかけて、あれから6時間以上は経つのに、水分も摂っていなかったのかと思うと気が重くなった。

「優一、あけたてのコーラ好きでしょ」
 そう言うと、雪穂はマグカップにコーラを注いで、水川に渡した。

 冷蔵庫で保管されていたカツサンドは少しパンが乾燥してしまい、カツは固くなっていた。しかし、お腹が空いていたので美味しく感じた。雪穂はデザートにアイスまで買ってきてくれていたので、十分満足できた。

「美味しかった。ありがとな」
 水川がそう伝えると雪穂は嬉しそうだった。

「優一、何してたの?」
 雪穂が興味深々で聞いてくるので、適当に答えた。

「いうこと聞いてくれるひと、増やしてきただけ」
 しかし、その言葉はかえって彼女の興味を増してしまったようだった。

「えっ、また女の子、ナンパしたの?さいてー。ゲーム要員ならさ、私がいるじゃん。必要ないでしょ?」
 私を見てと言わんばかりに顔を近づけられる。水川は顔をそらした。

「男だよ。雪穂は仕事忙しいし、大体ねこよりいぬ派だろ?丁度いいじゃん。ゲーム内の合鍵返して、そっちに渡すから。あっていうか俺ん家の合鍵も返してな」
 水川の言葉に雪穂は目を見開いた。

「なんで、私が合鍵返さなきゃいけないの?そもそも、持ってたの私だけだったのに、勝手に他の子にも渡して。どうせ男じゃなくて女でしょ?
 この家の合鍵だって返したくない」
 明らかに水川の言葉に傷ついた雪穂に、水川は面倒くささを感じた。

「雪穂。雪穂は高校からのただの腐れ縁で、友達でも彼女でもないだろ?俺が何を一番嫌がるか知ってるよな?合鍵、返して」
 手を伸ばして合い鍵を求める水川に雪穂は、ぶんぶんと首を振った。その姿は今日のあいりと重なり、水川は嫌気がさした。

「腐れ縁でいいもん。ほら、私が鍵持ってたら、掃除とか料理とか前よりもしてあげれるよ?」
 水川は淡々と答えた。

「そんなの求めてない」

「優一のゲームも睡眠も邪魔しないし、エッチな動画見てても、おならしても、何しても私は大丈夫だよ?」

「俺が嫌なの」
 雪穂の目が潤んできたのが見えた。

「彼女になりたいなんて言わないし、好きなようにえっちなことしてもいいよ」
 涙がぽとりと落ちる。

「性欲くらい自分で満たせるし、俺がセックス苦手なの知ってるだろ?雪穂としたのは、どうしてもしたいって頼まれたからであって、俺の意思じゃない」
 雪穂は何も言えずに肩を震わせていた。

 今日はもう十分他人に気を遣いすぎて、水川は限界だった。
「俺、シャワー浴びて寝るから。雪穂も家に帰れよな。明日仕事だろ?」

 水川は雪穂の顔を見ずに、そのまま浴室に向かった。

 シャワーを思い切り頭から浴びて、水川は全てを洗い流していた。女の子達の涙がついているようで、早く洗い流したかった。

 雪穂の気持ちは知っていた。知っていたからこそ、知らないふりをして諦めさせようとした。

 彼女は高校1年生のときのクラスメイトだ。たいして話した覚えはないが、いつの間にか傍にいた。その後はクラスが離れたが、委員会や廊下で会うと雪穂から話しかけてきた。別にデートに誘ってきたり、しつこく連絡してくる訳でもなかったので、ただの知り合いとして接していた。

 高校のときは特に恋愛に抵抗はなかった。何もしていないが、告白されることはあった。相手のことが嫌じゃなくて、一緒にいるのが苦痛でなければ、条件を提示した。
【俺はあんまり構えないし、自由にするけど、それでもいいなら】
 その条件は大抵のまれた。

 別に性欲は人並みだと思う。中学の頃から付き合ったことはあったけれど、初めて経験したのは17歳のときだった。それが、早いのか遅いのかさえ、特に興味はなかった。相手は先輩で、先輩はしたことがある人だった。
 コンドーム代が地味に高校生には出費だったのと色々気を遣うのが面倒で、誘われたときにしかしなかった。

 事前に条件を提示しているのに、彼女たちは
「全然連絡くれない」
「好きでいてくれるのかわかんない」
 等といって、離れていった。
 最初から言っているのに、何なんだと思い、付き合うのが面倒になった。

 俺が最後に彼女を作ったのは大学3年生のときだ。相手は大学1年生の後輩だった。目がくりくりと丸くて大きくて、いかにも女の子といった雰囲気を纏った彼女は、大学内でも有名な可愛い子だった。

 そんな子に告白されたとき、正直悪い気はしなかった。いつものように条件を提示したら、彼女はにっこりと快諾した。

 いつも通りの付き合いが始まった。大学に入った俺は1人暮らしをしていたので、彼女はよく俺の家に来た。泊まりたいと言われたら自然な流れで彼女を抱いた。でも、俺は相変わらずマイペースに過ごしたかったし、連絡は用のあるときしかしなかった。彼女と遊園地やおしゃれなカフェに行く位なら、家でだらだらしていたかった。

 表面上は穏やかに見えたが、彼女の内心はきっと穏やかではなかったのだろう。

 いつものように泊まりたいと言われたので、流れで事を進め、ベットの隅のコンドームに手を伸ばしたら、中身がなかった。
 まだ、何個かあったと思ったんだけど、と思いながら「ごめん、ゴムないから今日できないわ」と彼女に伝えると、彼女は鞄の中から可愛い柄のパッケージのゴムを出して差し出してきた。

 女の子でも持ってるよな。そりゃ自分の身は自分で守らないとな。

 そう思いながら、装着して事を果たした。

 その後は特に記憶もないので、何でもない日々を過ごしていたんだと思う。ある日、彼女から話があると言われた。

 また、別れ話かなと思いつつ、そこに悲しみはなかった。

「生理が来ない。妊娠したかもしれない」
 そう言われたのは想定外だった。

 セックスする際は必ずゴムをしていた。なんで?と思いつつ、不安そうな彼女をまず慰めた。

 一緒に病院に行った。妊娠反応は出なかったが、まだ時期が早いせいかもしれないとも言われた。

 彼女といつセックスしたかは思い出せなかった。調べてみると、コンドームによる避妊率は100%ではなく、適切な使用方法を守らないと、その確率は更に低くなることがわかった。

 ゴムに使用期限があることも初めて知った。適切な付け方の動画を初めて見た。
 自分の爪が伸びていたことにも気づいた。

 セックスに対する自分の認識が甘かったことを痛感した。

 彼女の生理が来たときは、人生で一番ほっとした瞬間だった。

「優一くんの子どもなら産みたかった」と言われたとき、彼女との気持ちの差を感じて、初めて自分から別れを告げた。

 泣いてすがられて、「子どもが出来ればずっと一緒にいられて、こっちを見てくれると思った」と言われたとき、彼女が持っていたコンドームに何か細工がしてあった可能性を初めて疑った。証拠はないし、追及もしなかった。しかし、一度浮かんだ可能性は俺の中で消えなくなった。

 それから俺は告白されても断るようになった。

 俺の恋愛遍歴を雪穂は知っている。大学では「偶然だね」と言いながら、キャンパス内で声をかけられた。看護師を目指す彼女が、家から遠い国立の総合大学を選んだ理由は知らない。

 特に口説かれる訳でもなかったので、その可能性は考えていなかった。しかし、22歳で大学を卒業してからも雪穂からの連絡は途切れなかった。

 あれは去年の冬だった。酔っ払った雪穂がやって来て、突然「セックスしたい」と言ったのは。
 もちろん断った。彼女は食い下がった。「仕事も疲れるし、彼氏も今いないし、頼めるのは水川だけ」と言った。

 どうせ酔っぱらいの戯言だと思って、避妊方法について調べたときに知った低用量ピルを飲むならいいよと伝えた。

 その1ヶ月後に彼女が飲みかけのピルのシートを持って、「ちゃんと飲み始めた、もう飲み始めて2週間経つ。約束守って」と言ってきたときは驚いた。コンドームも持参していたが、飲み物を買いに行くといって、自分でコンビニで買った。

 おざなりにすればもう頼んでくることもないだろうと思って、脱がせて、適度に触って、適度に触らせて、入れた。

「っつ、いったぁ」
 その反応と入れたときの感触に驚いた。慌てて抜くと、コンドームに血がついていた。

「初めてなんて、言わなかっただろ?彼氏いないから寂しいって」
 そう聞いた俺に雪穂は笑って言った。

「だって、そう言ったら絶対に水川はしてくれないでしょ?」
 頭が痛くて、勘弁して欲しかった。その日は丁寧にやり直した。名前で呼んで欲しいと言われたので、その日から名字ではなく、名前でお互いに呼ぶようになった。

 その後は彼女がして欲しいと言ったときに、仕方なくするようになった。彼女は「生理も整うし、良いよ」と言いながらピルを継続して飲んでいたし、初めてをあんな形で奪ったことに罪悪感があった。

 彼女の目が時折真剣に自分を見つめているのに気がついてしまったから、痛くないようにしつつ、わざとおざなりに事を済ませて、早く他の男を好きになってくれるように仕向けた。

 体位も手順もいつも一緒、キスは奪われたとき以外は極力しない。
 元々異性感の友情は存在しないと思っていた。腐れ縁と強調し、特別な存在でないことをアピールした。

 雪穂の存在は水川にとって重かった。ただ、自由でいたいだけなのに、自由にさせてくれる彼女の思いに縛られている気がした。

 浴室を出ると、まだ雪穂は家にいた。

「明日仕事だろ?帰んないの?」
 今日疲れたのは雪穂のせいではないのに、少し言いすぎたなと思いながら、そう声をかけた。テーブルの上に合鍵が置いてあった。

「明日休みだもん」
 雪穂は水川の顔を見ずにそう言った。そのまま、ドライヤーを持ってきて、水川の髪の毛を乾かす。

 頭に優しく触れる手の動きが気持ち良くて、水川はそのままされるままだった。

 歯を磨いて、布団に横たわると、そのまま寝てしまいそうだった。水川は疲れていた。

 雪穂が隣にやって来て、添い寝しようとしていたが、もういいかと思えた。

 彼女が電気を消したあと、水川はすぐ眠りについた。
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