タコヤキ・マン

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第5話 僕を長生きさせたい君へ

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【注意】この話は『長生きさせる』と称して、主人公に痛みを与える描写があります。苦手な方は読まないようにお願いいたします。


「じゃ、行ってくる」
「ああ、いってら」

 僕は主人に別れを告げ、今日もヒーロー活動に行くためにドアを開けようとした。

 が、音なく開いたドアに逆に吹っ飛ばされた。

「うわぁっ!っつ!ふぐぅ。なんだ……敵襲か?!」
 床に転がった僕の上によく知った明るい声が降ってきた。

「ただいまー。って、あれ?タコヤキくん何で寝てるの?」
 この家の一人娘、杏梨ちゃんが僕の目の前に立っていた。下から見てるとパンツ見えそうだよ。ドキドキ。

「あ、杏梨ちゃん、ちょっと、昼寝をね。お帰りなさい」
 可憐なレディーに『君に吹っ飛ばされた』何て僕は野暮なことは言わないのさ。

 杏梨ちゃんは「こんなとこで寝てたら踏んじゃうよ?」と言いながらも、手をかして起こしてくれた。

 娘の声を聞いて、奥から母親の幸子さんが出てくる。
「あら?杏ちゃん、お帰りなさいー。帰って来るなんて珍しいー、どうしたの?」

 幸子さんはいつも通りにこやかな笑顔で娘を迎えた。それに対して杏梨ちゃんは、少し顔色が曇った気がした。

「うーん、ちょっとね」

 困り事か?今日救うべきは長年よく知っているこの子なのか?

「杏梨、おかえり。帰ってきてくれたのは嬉しいけど、父さん達今からデート行くんだ」
 傍で見ていた店主は娘の顔を見ていないのか、ただひたすら自分勝手なのか、そんな言葉を杏梨ちゃんに投げ掛けた。

「あら、丈夫さん。別に今度でもいいじゃない?」
 すかさず、妻がたしなめたが、彼は途中で方向転換出来ない不器用な男。

「幸子ちゃん、今日は少し遠出して、ひまわりを見に行こうって言ってたじゃないか?」

 彼は父親である前に、1人の恋に盲目な男であった。

「突然来たのは私だし、行ってきなよ?私はタコヤキくんと留守番してる」
 杏梨ちゃんはすっかり大人だった。思えば彼女が家を出たときに『親のいちゃいちゃを邪魔したくない。これ以上見ていたくない』って言ってたっけ。

「そう?でも……」
「幸子ちゃん、杏梨もそう言ってるし、行こう!さぁ、早くしないとひまわり枯れちゃうよ?タコ、杏梨を頼んだぞ!」

 ひまわりはそう簡単には枯れないと思うが、店主は幸子さんの手を引いて強引に連れていってしまった。

 家に残ったのは、25歳で誰から見ても『いい女』の杏梨ちゃんと、夏とはいえ少し冷めかけた僕。

 これはまさかの恋愛フラグか?生まれたときから知っている彼女とそんな仲になるときが?

「タコヤキくん、2人きりだね」
 杏梨ちゃんの目が僕を見つめる。その瞳は潤んでいて、今にも涙がこぼれそうだった。

 キッス?キッスなの?
 たこ焼きのファーストキスはレモン味なの?それともたこ焼き味なの?

「杏梨ちゃん」
 僕は静かに目を閉じた。それが礼儀かなと思って。

「私、タコヤキくんに恋の相談がしたいの!」
 彼女の声に僕は目を開けた。
 この場合、恋の相手は僕?

「好きな人と全然会えてなくて……」
 彼女の瞳は何処か遠くを見ていた。

 会えていないと言うことは、目の前の僕は彼女の『好きな人』ではないらしい。
 まぁ、それ以前に僕を『人』として定義するかは、裁判しないと決められない位の生物的大事件だけど。

「そうなんだ、それは辛いね。僕で良かったら話を聞くよ」
 僕はまともな恋なんてしたことがないのに、引き受けた。傷ついたときってたまに見栄を張りたくなるよね?

「タコヤキくん、ありがとう!」
 杏梨ちゃんは僕に躊躇なく抱きついた。胸元のマヨネーズと隣接する彼女の顔。僕の胸は高鳴った。トゥンク、トゥンク。

 ただ、時間というものは全ての生き物に平等に与えられているものではない。

 ここまでで2分経過。僕には時間がない。

「あ、杏梨ちゃん、僕にはあまり時間がないから」
 そう声を掛けると、僕の事をよく知っている彼女はすぐ泣き止んで、しっかり者の顔になる。

「わかった。タコヤキくん。私がタコヤキくんを長生きさせてあげるからね!」

 はい?早口で話すとかじゃなく?
 彼女の思考回路は僕とは異なるレールを敷く。

「冷めると死ぬんでしょ?えーっと、じゃあ熱くすればいいよね?」
 彼女は既に30度越えをしている夏日にも関わらず、部屋を締め切りエアコンの暖房をつけた。

 ヒーローたるもの、そんな暴挙はいくら杏梨ちゃんでも許せない。

「やめるんだ!死ぬ気か!!!」
 リモコンを奪い取り、冷房をつける。
 僕は毎日飛んでいく自分の命より、杏梨ちゃんの命の方が大事だった。

「だって、タコヤキくん冷めちゃう」
 杏梨ちゃんの目はじとりと僕に突き刺さる。

 わかっている。彼女が僕のためを思って暑いのを我慢しようとしたことなんて。でも、熱中症で倒れる彼女なんてみたくはない。

「その前に杏梨ちゃんが倒れるよ。他の方法を考えよう」
 僕の声に杏梨ちゃんは部屋を見渡した。「あっ」と言う声と共に彼女が手にしたのはドライヤーだった。

 そのまま何も言わずに彼女はドライヤーを僕の方に向けてスイッチをオンにした。

 ごおぉぉぉ

「ぬぉっ」
 僕の顔に熱風が当たる。熱い、熱い、熱いー。適切な距離よりも極限まで近づけてきているので熱かった。僕が逃げようとすると、彼女は僕の手を掴んだ。逃げられない。

「あーーーーぁぁぁ……」
 僕の鰹節ヘアーと青のりヘヤーが部屋に散らばっていく。これは掃除が大変そうだ。幸子さんの困った顔が見える。
 珍しく、黄金比率で綺麗にかけられていたソースは無惨に形を変えていく。

「いやぁぁぁー」
 僕からは涙は出ないはずなのに出ている気がした。掴まれていない方の手で何かに助けを求める。だが、その手は何も掴めない。

「温まった?」
 彼女が笑顔でスイッチを切ったとき、僕の顔はぐちゃぐちゃになっていた。確かに表面は少し温かい気がするし、まだ生きているが、それよりも大切な何かを僕は失った気がする。

「う、うん。でも、もういいかな?美容的に」
 僕は彼女の手からその恐ろしい機器をそっと奪おうとした。

「美容?あっ、マイナスイオンね。このドライヤー、お父さんのだからついてるよ。ヘアケアとかスキンケア機能」

 ごおぉぉぉぉー

 先程より弱めではあったが、再度僕は熱風をかけられた。そんなに量がないのに、店主は髪の毛のケアを欠かさない。
 やはり諸悪の根元はあの男か。抱くべきではない、負の感情が僕の心に芽生えかけようとして、それを必死に食い止める。

「どぉ?気持ち良かった?」
 杏梨ちゃんは無邪気な笑顔を、無惨な僕に向けてきた。

 彼女は元々綺麗だが、化粧でその美しさに磨きをかけている。その美意識はタコヤキには適応されないことが証明された。彼女にはトッピングをしてもらいたくはない。

「……ありがと。でもドライヤーはもう十分だよ」

 こんなテンションで相談に乗れるか僕は自信がなかった。

「ええっ?でも何か元気ないよ?タコヤキくん」
 杏梨ちゃんは項垂れた僕の顔を心配そうに覗き込む。
 うん、やっぱり可愛い。
 やってることは悪魔的だったが、可愛いは正義だった。

「やっぱり、鉄板みたいなジリジリ焼ける熱さがないと元気になれないよね?んーっと、まだあるかなぁ、あれ。
 タコヤキくん、私、自分の部屋で探し物してくるから庭で待っててくれる?外のが暑いから」

 僕の返事を聞くこともなく、彼女は何処かに行ってしまった。僕は放心状態で、何も考えずに庭に出た。

 天気の良い夏日。太陽の光がさんさんと降り注ぐ。自然の恵みは僕の心を癒した。店主達が見に行ったひまわりもいつもこんな気持ちだろうか?太陽偉大なり。

 そんなことを考えていると、僕の後頭部に刺すような痛みが走る。局所的に酷く熱くて痛いのだ。キリでぐりぐりと穴を開けられているような。

 痛みに思わず頭をふると、後ろから「動いちゃだめだよー」と言う声が聞こえた。

 振り替えると何かキラキラしたものを持った杏梨ちゃんが立っていた。目を凝らして見ると、それは虫眼鏡だった。

「小学生の頃、黒い紙を燃やしたりしたなー」
 彼女の目は好奇心に輝いていて、『子供は残酷』という言葉が僕の頭の中浮かんだ。

「あっ、杏梨ちゃん、それ熱すぎて痛いよ。ちょっと焦げた気がするし」

「えっ?たこ焼きって熱くてたまに焦げるよね?」
 彼女はまた僕の手を掴んで、更なる熱ビーム攻撃を続ける。

「あのね、私の好きな人はね、弁護士ですごく仕事が忙しくて」
「すっ素晴らしいお仕事だ、ね……」

「たまーにご飯誘ってくれるんだけど、私のことは興味なさそうなの」
「さそってくれるんなら、いいん、じゃない……?」

「そうかなー?でも手さえ握って来ないし、いくらおめかしして行っても何も言ってくれないの」
「しゃ、シャイボーイなんじゃ、ない?」

 この僕を苦しめ、掴んで離さない狂暴な手は握りたくないかもしれない。

「30超えてるいい大人がー?」
「いつまでも子どもなぶ、部分は、だれでもある、よね?」

 虫眼鏡で遊んでる君とかね。

「そっかぁ、でも好きだから一緒にいるだけで嬉しいの。最近会えてなくて寂しいけど」
「あ、会えない寂しさは……恋の、すぱ、スパイスさ」

 君と今日会わなくても良かった。

「そうだね、タコヤキくんに相談して良かった!タコヤキくんは昔から私のヒーローだから。一番カッコいい!
 これで焼いてたら長生きできるよね?」

「良かった。でも、ぼくは、死ぬのも……本望。もう、じゅうぶん」

 黒い焦げをいくつも頭につけられて、僕は旅立った。太陽なのか、虫眼鏡なのか、よくわからないが眩しい。その光は僕には眩しすぎた。

 恋は盲目、火の用心。
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