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第18話 文化祭~その1~

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 中学2年の秋、僕は今文化祭の準備で忙しく放課後を過ごしていた。毎日ほぼ学校が終われば家に帰る僕だが、学校行事には参加しないと内申に響いてしまう。僕は来年受験で、出来れば学校推薦が欲しい。今のままではそれもまた夢に終わってしまうのだ。ここは是が非でも目立っておかないといけなかった。

「真治ぃ~。ここ手伝ってくれぇ」

「おう、分かった」

 僕を呼ぶ隆の声に反応して僕は隆を手伝うことに。僕のクラスでは今年喫茶店をすることになった。中学の文化祭で喫茶店をやるなんて、学校側もよく許したものだ。

 うちの学校は少しおかしい。一応義務教育課程であるのにも関わらず、どの学校でもやっていないようなことを積極的に許している。そもそも文化祭なんて劇や展示物なんかでいい気もしていたのだが、校長の考えでより楽しめる文化祭にしようと息巻いていたのだ。

 学生の僕たちにとってはいい迷惑。それに地域の人たちも呼び盛大に行うのだ。これも地域貢献の一環だと校長は言っていた。去年は僕はなるべく目立たないようにひっそりとしていた。なぜならお姉ちゃんが居たから。もう目立ちたくない。関わりたくない。ただそれだけで僕は文化祭をやり過ごした。

 しかし今年はお姉ちゃんも居ない。……と思う。なぜならお姉ちゃんも同じ日に文化祭が高校であるからだ。何てラッキー、何て素晴らしい。僕はその嬉しさで文化祭の準備をしていた。今日が準備の最終日。一通り作業も終わり、気が付けば夜の七時を過ぎていた。残っている生徒は作業を終わった者からどんどん引き上げていく。

 僕と隆も作業を終えて道具を片付けたり、掃除をして帰る支度をしていた。因みに女子は夕方5時までしか残れない。防犯上の措置だという。男子が襲われることだってあるのにな。隆は僕に小言を言いっていたのを思い出した。

「真治、今年はお前の姉ちゃん来ないのか?」

「うん。あっちも文化祭だから」

「ふぅん。なんか寂しいな。俺お前の姉ちゃん好きだけどなぁ」

 何言ってんだ。来たらどうなるかお前分かって行ってるだろ。それにお前にお姉ちゃんはやらねえぞ。お前なんぞにくれてたまるか……。

「何言ってんだよ。お前には梓ちゃんがいるだろ?」

「なんでそこで梓が出てくんだよ。関係ねぇぞ?」

「………そっか。なんか、ごめん」

 隆はやっぱり梓ちゃんの事を何もわかっていない。僕には梓ちゃんの気持ちが分かる。ただの幼馴染ってだけの関係でここまで仲良くなれるわけがない。絶対どっちかに恋愛感情があるに違いない。僕は自分の恋愛経験の無さを棚に上げて、人の恋愛音痴を非難していた。

 隆と別れて家に戻ると、お姉ちゃんがリビングで夕ご飯を食べながら母親と仲良く話をしていた。
僕も部屋に荷物を置いて、手を洗ってリビングへ向かった。

「お帰り、真ちゃん。遅かったのね。文化祭の準備は終わったの?」

 お姉ちゃんは僕にそう訊ねてきた。僕は席に座り箸を掴んで取り皿に料理を運びながら話をした。

「うん、何とか終わったよ。お姉ちゃんのほうは?」

「私の方も終わったよ。明日からだけど。真ちゃんの所に行きたかったなぁ~」

 お姉ちゃんは残念そうな顔で僕を見つめた。

「佳乃もそろそろ真治離れしなさい。2人を見てるとまるで恋人みたいで変よ?」

 有難うお母さん! その通りなんです。もっと言ってやって。お姉ちゃんは可笑しいってことを分からなせないと。僕の身が持たない。

「お母さん。そんなことないもん。私は弟として真ちゃんが好きなだけなの。変へ誤解しないでよねっ」

「あら、そう。ならいいのだけれど」

 母親はあっさりお姉ちゃんに引き下がってしまった。ここの家ではお姉ちゃんが絶対なのだ。父親もお姉ちゃんに甘い。今日は仕事で明日まで戻らない。この場に居たら援護射撃してまた僕を困らせることを言うに違いない。本当にいなくて助かった。

「真ちゃんのとこは何するの?」

「えーっと、喫茶店、だけど……」

「そうなんだぁ! 行ってみたかったな~。ほんとに残念……」

 良かった……来ないでくれて。本当に有難う、神様! 僕はそう心の中で親指を立てながら大喜びした。その日の夜は特にお姉ちゃんに絡むこともなくベッドに入って寝ることが出来た。

 お姉ちゃんは美海さんとずっと携帯電話で話をしていたのだ。なんだか明日の事で相談があるらしい。僕には関係のない事だ。ああ、明日は羽が伸ばせる。僕はそう思っていた。





* * * * 



 文化祭当日。

 僕のクラスは大忙しで接客に追われていた。結構地域住民やら近くの保育園の子供たちやらが詰めかけたせいで、どこのクラスも人で溢れかえっていた。僕も忙しさに目を回しながら飲み物を運んだり、席に案内していたりしていた。

「嶋! 接客頼む」

「はいっ」

 僕はクラスメイトに言われて接客に入ることになった。多くの人たちが並んでいて、順番通り客を席に誘導していると突然僕の背中を叩いてきた。僕は誰だと思いながら振り返ると、そこに居るはずもないお姉ちゃんと美海さんの姿が。

「真ちゃん、来ちゃった!」

「弟君、元気にしてたぁ?」

 二人はニコニコしながら僕に話し掛けてきた。それを見ていたクラスメイトの男子が「おー!美人二人がやって来たぞ!」と騒ぎ始めてしまったのだ。僕は慌てて二人を取り敢えず席に誘導してどうしてここに居るのかを訊ねた。

「ええ? どうしてって、真ちゃんに会いに来たんだよ。それだけじゃダメなの?」

「そうじゃないって。お姉ちゃんも学校でしょ? 何で二人で来れたのさ」

「ああ、それねぇ~。ちゃんと理由があんのよ。それはね―――」

 美海さんが得意げにここに来れた理由を話してくれた。何でもお姉ちゃんたちの高校では他の学校の文化祭を視察するという係りがあるらしい。

 普通は高校を回るらしいのだが、この中学校は他ではやっていない取り組みがあるので、視察対象になっているらしい。それでお姉ちゃんと美海さんがその視察団としてここに居るのだという。そんな偶然会っていいのだろうか。僕は深くため息をついた。

「そんなにしょんぼりしなくてもいいじゃん。こんな可愛い女子高生がいるのにさぁ」

「そうだよ真ちゃん。ちょっと贅沢過ぎだぞっ」

 そういうことじゃないんだよ。そういう問題じゃないんだよ。僕が二人の知り合いだってことですでも僕の迷惑になっているんだということを分かってくれないかな。僕は心の中でそう叫びながら、お姉ちゃんたちに注文を聞き出した。

 僕が戻ると男子たちが僕を取り囲みどういう関係なのかをしつこく聞いてきた。僕は正直に二人の関係性を説明すると何故だか僕を羨む声で僕を責め立てた。その光景を見ていたお姉ちゃんが僕の傍に来て男子たちに話しかけた。

「私の可愛い弟を苛めないで。どうしてそう男の子って僻むのかな。もっと自分を大切にしないとダメよ。真ちゃん行きましょ」

「ええ!? ちょ、ちょっと、ちょっと待って! お姉ちゃんっ」

 僕はお姉ちゃんに腕を掴まれたまま美海さんが座る場所まで引きずられそして教室を後にした。それから僕はお姉ちゃんの『視察』という名目の案内役として文化祭を案内する羽目になってしまったのだった。僕は逃げることも、拒むことも出来ず、お姉ちゃんと今年も学校行事である文化祭を過ごすことになってしまったのであった。

 お姉ちゃんが僕に構い過ぎて、文化祭に来ちゃいましたっ!! それに堂々と来るあたりは流石お姉ちゃんと言ったところでしょうか。でも僕はこの後も大変な目に合うんです。誰か助けて……。

 心の中で号泣する僕と笑顔が絶えないお姉ちゃん。本当にこのままどうなっちゃうんだろうか。
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