刹那いウンディーネ

葉隠一

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Dark Dragon

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 私は、壁に掛けられた大きな絵の前に立っている。そして呟く。

「これが、大いなる赤き竜……」

 混沌と荒廃、そして再生が渦巻くこの世界で僅かに残ったかつての世界の芸術作品。それをどうにか集めようと試みている。特に使命感を感じたわけでもない。だが、この行為が私の命に新たな火を灯していると感じた。日々の生活と共にそれを考えることも楽しくなっている。そして、少し前にこの絵を確保することが出来た。

 最も、これは複製画だ。オリジナルは恐らく失われているだろう。そのオリジナルはとても小さい絵だったらしい。それを大きく描いた複製画が私の許へやってきてくれた。

 しばらくの間、一人でこの絵を見ていた。

 黄色い服を来て横たわる女。

 その前に何か。

 これを描いた絵はあと幾つかあるという話だ。私がそれを見ることは出来るだろうか?

 そんなことを考えながら、幾つかの想いがよぎる。色々とおかしいところがあるのだが、私の周りの人々はそれを語らなかった。それを聞いてみたい。

 だが、出来ない。

 それを聞いて親しくしてくれる人が困ってしまう気がする。そんな顔を見るのは嫌だ。

 私は、誰かと語り合ってみたい。何か同じものを見つけ、わかり合える人と。

(彼女なら、もしかしたら……)

 とも思った。だが、すぐにその考えを打ち消した。彼女はもういないのだ。それを考えても始まらない。

 唯一打ち明けられそうな人が居たが。その人は自身の使命のために旅に出てしまった。果たして彼に代るような存在が私に現れてくれるだろうか? その存在を待つことは正しいのか? 私は、自身が何らかの使命を持つ存在となるべきではないのか?

 そして、その考えも打ち消す。これは良くない傾向なのだ。

 その場から離れ、帰路についた。

 私は全盲の状態から視力を得た。この混沌とした世界では、私の特異性も目立たないようだ。たいして騒ぎにはならなかった。だが、彼は少しだけ注意を促してくれた。

 基本的には自分で学ぶほかはない。だが、

 太陽を直視しないこと。目に入れてしまうことがあっても、長く見ない事。

 その二点は強く言われた。

 最も、私はその点は多少理解していた。真っ暗な世界に居た時も何故かわかっていた。

 あの絵に惹かれた理由はその辺りにもある。あの絵を描いた人物は幻視をすると聞いたことがある。もちろん伝え聞いた話だ。真実は知りようもない。かつての世界の記録は殆どが失われているのだから。

 幻視とは、私にもよくわからない。だが、私に良くしてくれる人たちにも上手く話せない何かがある。光の世界に来てからも、闇の世界に居た時の何かがある。この感覚はどうすればいいのだろう?

 そして再び、絵の前に立った。

 少し考えを言葉にして記してみようと思った。そうすれば、何か新しいものも浮かぶかもしれない。言葉にして、そして何らかの形で発すれば、それを忘れられることもあった。こうするのが良いのだろう。きっと。

 まず、このタイトル。『赤き竜』とあるが、明らかに白い。所々に赤が見えるが、白い部分の方が大きい。

 そして、竜とあるが、これは人ではないのか? これは、あるの一部を描いているという。私が入手できたものでは、この竜は頭が七つあり、角を十本持っているという。残りの頭はどのような形で存在するのだろうか?

 そして、日を纏う女。これについても謎が多い。だが、これまでの私の特性、描いた者の特性、考えてきたこと、感じたものを合わせて、思いついた者を記しておきたい。

 これは他人に詳しく聞いたことは無いが、太陽を少しだけ長く見ると、白や黒に赤みが付与されることがある。その状態がしばらく続く。もしかすると、これを描いた者はそれを表したかったのではないだろうか?

 つまり、この竜は日を纏う女が存在することにより、赤き竜となるのではないだろうか?

 そして、もう一つ。絵を見る者の存在。

 絵を見る者が存在し認識する。それによって赤き竜となる。

 突飛な発想だと思う。そこまでの仕掛けを一枚の絵に入れ込むものだろうか?

 これを記すことも意味があるかもしれない。後で読み返して考えを改めるかもしれない。残しておくのはいいだろう。

 それと、この絵が描かれる元となっている物語について。

 その物語群には『かつて世界には一つの言語しか存在しなかった』とあるらしい。その記述がその物語群、もしくはそれが書かれた時期に存在していたという事は、書かれた時に言語は多数存在していたのだろう。

 そこで記される『666』という数字がある。この数字には不気味なものを感じる。これは私の生い立ちで感じたものに影響されての事だろうが、この点がヒントになりそうな気もする。

 古代の話の紡ぎ手たちは、自分達の言語以外でも語られるであろうことを予期していたのではないか?

 それ故、比較的に共通性を持っている数字で何かを伝えようとしたのではないか?

 私の知識も入手できた文献も少ない。だが、この『黙示録』と訳すことが出来る物語。これにはとりわけ7という数字が多く出てくる。私は7という数字にはどこか安心を憶える。

 その7という安心感で、666という不気味さを包んでいるのではないか?

 どうにかして、後の世代まで何かを残そうという努力や工夫なのではないか?

 謎は深まるばかりだ。

 だがこれが、今の私の見立てだ。



 この絵に僅かに見える黒。そこも含めての『赤き竜』だったらどうだろうか?

 そんなことを考えても仕方がないが。

 私が居たかつての闇の世界。そこに見えた僅かな、だが彩鮮やかな色たち。私に与えられた名。そのイニシャルを持って、この絵との共通事項を探るとするなら……

 Dark Dragon

 そんな名前はどうだろうか? 

 名乗ることは無いと思うけど。

(終わり)
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