いい加減、好きだと白状してください!

桑水流 雫

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 それからしばらく、週に一回程度で、健全なデートが続いている。
「ポップコーン、チョコと塩のハーフにしません?」
「いいな。甘いのばっかりだと飽きるし」
 今日は映画館デート。主人公が不死身で、何度切られても平気な顔で復活して悪を倒すという痛快なアクション映画だ。何も考えずに見られるのがいいという愛崎のリクエストでもある。
「時間ぎりぎりですね」
「間に合って良かったな」
 そう言って隣同士で予約していた席に座り、ダイキが愛崎にオレンジジュースを渡すと、暗くてよく見えなかったのか、思いっきり手が重なってしまう。
「あ、と……わ、わざとじゃねーからっ予告が気になって……」
「別にいいですよ。俺は、うれしいだけなんで」
 小声で耳打ちすると、愛崎がばっと席を立つ。
「ちょっと、トイレいってくる」
「もう始まりますよ?」
「すぐ戻る」
 そう言ってそそくさと出て行ってしまった。
(あ、逃げた。やっぱそういうことか)
 愛崎は最初のデート以降、まったく仕掛けてこなくなってしまった。
(意識してくれてんのは、うれしいけど……やっぱ、まだ怖いのかな……)
 あんなキスができるくせに、そういう雰囲気になると、とにかく逃げるのだ。
(まあ、自業自得だよな……最初に、俺が怖がらせたんだし……だからこの間も──)
 もう二度と傷つけたくない──そう思うと、皮肉にも、いくらでも待てる気がしてくる。それに、正直今はそこまで焦っていない。
 そう考えた時、愛崎が戻ってくる。
「間に合いましたね」
「ああ、よかった」
 そう言って携帯の電源をOFFにしているのを眺めていると、見覚えのあるものがぶら下がっていることに気づく。
「つけてくれたんですね。綿菓子のキーホルダー……」
「……せっかくもらったからな」
「俺も、くまのキーホルダー、もらってすぐかばんにつけたんですよ」
「知ってる」
「気づいてたんですか?」
「当たり前だろ」
 そう言って、照れ隠しなのか、怒ったように前を向く。
(かわい~な)
 焦りが消えた理由はこれだ。愛崎も前向きに考えてくれているのだと思うと素直にうれしくなる。
(デートだけで、こんなに満たされるなんてことあるんだな……)
 映画が終わり、いつものように駅まで愛崎が車で送ってくれる。
「ありがとうございます。また明日、会社で……」
「ああ」
「…………」
 まだ帰りたくない、そう思って愛崎を見ると、彼もダイキを見つめている。
「…………」
引き寄せられるようにキスをし、かるく抱きしめると愛崎も身を委ねてくれる。
(ハグとキスは、オッケーなんだよな……)
 うれしい、とダイキは思う。ようやくここまで来れたのだ。腕の中におさまる彼の体温を、ダイキは噛み締め、名残惜しむように離れる。
「じゃ、また来週」
「ああ」
 愛崎がかるく手を上げ、車を発進させる。それが夜の街に消えるのを見送りながら、ダイキは満たされた気持ちでいっぱいだった。過去の苦い記憶すら、ほんのいっとき、忘れてしまえるほどに──。



「ん~! 終わった~!」
 夕方のオフィスで、ダイキは背伸びをしながら、まわりを見渡してみる。
 今日はあらかた事件が片付いたせいか、どの班にも、のんびりとした雰囲気が漂っている。この調子なら、定時に帰れそうだ。
(夕飯、あとで誘ってみようかな)
 ちらりと愛崎班のほうを見ると、彼と目が合う。だが愛崎は何食わぬ顔で視線をそらし、ホワイトボードに書かれた事件のあらましの説明にはいってしまった。
(仕事中は、さすがにつれないか……)
 愛崎は仕事にプライベートを持ち込まないタイプのようだ。少しさびしい気もするが、デートのときの慣れない感じとのギャップがまたかわいいと思ってしまう。
「もりりん、最近なんか落ち着いたね。彼女でもできた?」
 同じ蛇山班で知り合った、同僚の女子にふいに話しかけられる。どうやら彼女も今日の業務が片付いたようだ。さっぱりした人柄のせいか、彼女との会話は居心地がいい。
「いや、そういうわけじゃないけど」
 だが、頬が緩むのは止められない。
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「見た見た! めっちゃウケた」
 彼女とは興味があるテレビ番組が一緒で、その話題で最近盛り上がることが多い。
「あそこでしょ! ネットなんか願い下げだよのやつ」
「それそれ! あなたが覚えやすい記号と英数字の、あるわけねーだろって!」
「あはは! まじそれ! ね、ところでさ、今度映画見に行かない? 来月新作の」
「もしかしてサスペンス? 雪山で遭難するやつ」
「それ! え、すご、なんで」
「最近、詳しいんだよね」
 それもそのはず、この間のデートの時、愛崎が気になっていると言っていた映画だからだ。
「ね、一緒にいこ!」
「あ」
 当然断るつもりだったが、ダイキが話すより早く、愛崎に強く腕をつかまれてしまう。
「ちょっと来い」
「え? あいざきさ──?」
 どこか思いつめた顔の愛崎に腕を引っ張られ、使われていない会議室に引っ張り込まれて、鍵をかけられてしまった。
「しゃべりすぎだ」
「あ、すみませんっ」
 ダイキは反射的に頭を下げる。今日は事件もなく、暇だからと油断していた。だが、そんなに長く話し込んでしまっただろうか……そう不思議に思っていると、愛崎がふいに背を向け、どこか落ち着かない様子で前髪をかきあげる。
「ちがう……そうじゃない……わるい……ちょっと、らしくないんだ、こんなの」
「どうしたんですか?」
 なんだか様子が変だ。ダイキの問いかけに、愛崎はゆっくりと息を吸い、吐く。
「……妬いた。仲良くしゃべってるから……」
 最後は消え入りそうな声だったが、誰もいない会議室で、それははっきりとダイキの耳に届いた。
「……え……うそでしょ……」
信じられない。嫉妬したのだ。あの愛崎が。仕事中はダイキを見ても、上司然とした態度を今の今まで崩したことがなかったというのに──。
「ッツ。面倒くさいこと言って悪かったな。俺とお前はまだそういうんじゃないし、女と映画くらい──」
 ふるえる声は今にも泣きだしてしまいそうだ。
「……邪魔したな」
 そう言って逃げる背中に、ダイキはやさしく声をかける。
「愛崎さん、俺たちもう、付き合っちゃいましょうよ」
「は!?……なに、いって……」
驚いて振り返った瞳は、うっすらと濡れている。
「だって愛崎さん、俺のこと大好きでしょ? 仕事中に嫉妬しちゃうくらい、ね」
 ゆっくりと彼に歩み寄り、正面からそっと抱きしめる。
「……ッおまえ、めんどーじゃねーのかよっ……こんな、振り回してばっかのやつ……俺は嫌だ……」
 彼にしてはめずらしく弱気な発言だ。ダイキは思っていたことを、やんわりと口にする。
「確かに俺、最初はカッコよくて、部下にやさしい愛崎さんに惚れました。でもほんとはプライドが高くてズルいし、逃げるのも上手だし……それなのに今はもう、そんなところもかわいくて仕方ないんですよ」
 俺の前でだけ酔うのも、かわいいですとつけ加えると、なぜか睨まれてしまう。
(でも耳赤いし。素直じゃないな~)
 だが、まだなにか気にかかるのか、愛崎は黙ったままだ。
「……もしかして、付き合ったらえっちしないといけないとか思ってません? そんなの、いつまででも待ちますよ」
 腕の中の愛崎が、驚いた顔でゆっくりとダイキを見上げる。
「……それ、本気で言ってんのか?」
「もちろん。映画見てご飯食べて、ばいばいするだけ」
「…………」
「付き合ったら、俺は愛崎さんのものになるから、安心でしょ? 好きとかも、無理に言わなくていーですし」
 本当だ。今はもう、そばにいてくれるだけでうれしいのだ。
「おまえ……なんだよ……急に大人になりやがって……」
 そう言って、愛崎がふいに、ダイキの胸にぽふっと顔を埋めてくる。
「──っ……」
素直に甘えてくれるなんて初めてだ。少しは頼れる男になれたのかもしれないと、ダイキはうれしくてたまらない。
 今なら、ずっと聞けなかったことを聞けそうだ。
「愛崎さん……最初のデートのとき、用事があるって言って帰りましたけど、あれ、嘘ですよね?」
「……!? なんでっ」
 バレたんだと言わんばかりの驚きようだ。
「ふふ、そりゃ、新しい服買って、お店もチェックして楽しみにしてた日に、他の予定入れるなんて変でしょ」
「……ッ」
「あの時は気づきませんでしたけど、そのあとのデートで、俺に触れただけでよそよそしくなるんで、もしかしたらと思って。図星ですね」
 愛崎は言葉に詰まり、うつむいてしまった。困らせたいわけではない。ただ、ダイキは安心してほしいのだ。
「愛崎さん、違うんです。責めたいんじゃなくて……愛崎さんは自分のせいだって言ってたけど、やっぱり、俺があんなことしなきゃ、怖がらせることも、困らせることもなかったなって──俺、ずっと後悔しててっ……だから、ぜんぜん、愛崎さんが許してくれるまで、待つつもりで、いるんでっ……」
 目頭が熱くなる。でもダメだ。俺が泣くのは違うだろうと、ダイキは奥歯を噛み締める。あの間違いがなければ、もっとスムーズに関係が進展していただろうと思うと、過去の自分をぶん殴りたくて仕方ない。
「……ずっと……悩んでたのか?」
「はぃっ……」
「ばかっ……俺の自業自得だって言っただろ……」
 愛崎のなだめるような声に、ダイキは涙を耐えるのが難しくなってきてしまう。
「だってっ……愛崎さんは、そんなつもりなかったのに、俺が、勘違いして、嫌な過去を、思い出させてっ……」
「ちがうっ……ばか、なんでそこは気づかないんだよっ……」
「え──?」
 戸惑うダイキの頬を、愛崎が両手でやさしくつつみこむ。
「森山、よく聞け。俺はあの日、お前になら襲われてもいいと思ってた」
「え──」
「確かに……怖かったよ。だから逃げた。でも、それは──」
 そこでいったん区切り、大きく息を吸う。
「嫌じゃなかった。それが怖かった。なにもかも全部一気に変えられてしまう気がして……混乱して……認めたくなくて、全部お前のせいにして逃げただけなんだ。今までずっと……言えなかった、ごめんっほんとに……」
 そう言って、愛崎が声を詰まらせる。
「いやじゃ、なかったんですか」
「ああ……」
「気持ち悪くなかったんですか」
「その逆だから、困ったんだろっ」
 怒ったように告白する愛崎を、ダイキはたまらず強く抱きしめる。
「よかった……いやじゃなくて、よかった……」
 ずっとひどいことをしたと思っていた。それが原因で、怖がらせてしまっているんだと思っていた。でも、そうじゃなかった。
 知らず、大粒の涙がダイキの目から溢れていく。それを、愛崎がやさしく親指で拭う。
「……俺が怖かったのは、お前への気持ちが大きくなって、今までの自分が変わっちまうことだよ……。だから、お前は俺を、最初から傷つけてなんかいない」
「愛崎さんっ……じゃあ今度は、手とか、繋いでもいいですか」
 触りたい。服の上からじゃなく、もっと直接肌と肌で──。
「ふ、もう全部やるよ」
「────」
 唇が、そっと触れて離れる。
「今日、定時で帰れるだろ? 家で待ってろ」
「え……」
「はは、なに変な顔してんだよ」
「え、だって……え? 家に? ぜんぶって……」
 まさか──。
「お前は俺を甘やかしすぎだ。俺も覚悟決めなきゃ、さすがに男が廃るだろ?」
 今度はダイキの濡れた頬にキスをして、会議室をあとにする。
「うそ……まじで?」
 急な展開にダイキは思考が追い付かず、しばらくぼう然としていた。
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