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消えたデータ編
その1
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7月。蝉達の鳴き声が煩い季節になった。
そんな、オフの土曜日。俺は、クーラーの効いた自室で、薄手の掛け布団に包まりつつ、【テリトリー】で遊んでいた。
幸いにも、史は片付けないといけない案件が多いらしく、ここ2週間くらい会っていない。煩い奴が来ないので、俺はこうして平和な日々を送っているのである。
「さて、史も来ないことだし、例の実用実験でもしようかなぁ」
と、俺はベッドから掛け布団を持ったまま降りようとした。その時、
ゾクッ。
「あ……」
全身を覆うような寒気。そして、脳裏に過ぎる嫌な感じ。
俗に言う、虫の知らせ。
俺の場合、この知らせをもたらす事なんて一つに決まっていた。
アイツが帰ってくる。
「いや、ただクーラーが効き過ぎの可能性もあるよなぁ……」
出来るだけ、その事実だけには目を背けたかったが、
「神那―。お父さんからさっき電話があってねぇ、あと10分以内に帰ってくるそうよー」
扉越しのお袋の宣告に俺は床に崩れる。
俺の苦手な親父が帰ってくる。
親父は、アメリカの大学で、ロボット工学専門の教授として、単身赴任をしている。
結構、向こうの生活も慌しいらしく、あまり日本に帰ってくることはない。
しかし、大学で積みあがっている仕事の山を投げて、突然帰国することがあるのだ。
「たっだいまー!」
玄関が勢い良く開かれ、大きなスーツケースを2つ抱えた親父の姿が現れた。
「あなた、おかえりなさい」
お袋は、親父からスーツケースを受け取り、玄関先の隅っこに置いた。
「母さん。逢いたかったよ」
親父は、お袋にハグとキスをいう欧米式の挨拶を交わす。
そして、次に視線は俺をロックオンした。
嫌な予感しかしない。
「かんなぁーーーーー。父さん、とぉーっても寂しかったよぉー。息子パワーの恩恵を受けたい」
俺が嫌な予感がして後ずさりしたのを、親父は見逃さない。親父は、俺に向かって一目散に飛んできて、俺の頬に頬ずりしてきたのだ。
スリスリされる度に、無精髭がザラザラと俺の頬に刺さる。
「やめろ、親父。髭が痛い!」
俺は必死に親父を引き剥がそうと思うが、俺の体をがっしりとホールドしてくるので、なかなか引き剥がせない。
やっと引き剥がしたと思うと、親父はガクッと肩を落として、しょんぼりした表情で俺を見る。
「だって、久々に、わが子に会えたんだもん。当然だよね」
「当然だよね、じゃねぇよ。いい加減子離れしろよ、親馬鹿め」
俺の言い放った一言に、更に親父はしょんぼりとする。
「母さん、いつから神那はこんなヤンキーになってしまったんだい? 父さんの知っているこの頃の天使のような神那は一体何処へ」
そう言って、親父は一枚の写真を取り出した。
それは、俺が幼少期に強制的に着せられた、花柄ワンピース姿の写真。
「……まだ持っていやがったのか、その写真」
俺は冷ややかな目線で親父を見る。
親父は、女の子が欲しかったそうだ。
しかし、生まれた子どもは俺という現実。
そこで、親父は何を考えたのか、幼少期の俺に女児用の服を山ほど買い与えて、女の子の格好をさせては写真を大量に撮るということをしていた。
俺が親父のことが苦手なのは、この出来事に由来するのだ。
「だって、あまりにも女の子の格好が似合いすぎているから、可愛くて。肌身離さず持っているよ」
「今すぐ捨てろ、そんな写真」
「いーやーだー」
そう駄々をこねる親父。自分がそろそろいい年だということをそろそろ自覚しろ。
「お父さん、こんなところで長話しないで、リビングへ行きましょう」
お袋は駄々をこねる親父をリビングへと誘導する。
リビング。親父はどかっとソファに腰掛けた。
「それで、お父さん。今回はどれぐらい日本にいるのかしら?」
「そうだなぁ。2ヶ月くらいを考えているよ。日本で学会があるから、それに合わせて帰ってきたんだよ。あと、Noisy Sounds Fesに行ってみたくてねぇ。千年君が出演するって聴いたから」
「えっ、ノイサン来るの!?」
「福司が“チケットは確保しているから来い来い”と煩くてねぇ。最近、千年君も有名ミュージシャンになったそうじゃないか」
福司とは親父の弟さんで、千年の親父さんのことだ。
福司叔父さんも、俺の親父級の親馬鹿で有名だ。
この兄弟がノイサンで暴れまわるのか、地獄絵図だな。
そんな事を考えていると、いきなり親父が俺の頭を撫でた。
「いきなり、なんだよ」
「いや、神那も結構頑張っているらしいじゃないか。DJのお仕事だけじゃなくて、史君のお手伝いまでしているそうじゃないか。母さんから聞いているよ。凄いな、神那は」
「……別に、特別なことなんてしていないし」
「そんな神那に少しお願いがあるんだけど」
親父は俺の両手を包むように掴む。
「お願いします! 父さんと一緒に学会について来てください」
「嫌だ」
「まさかの即答!」
親父は俺の答えの速さにビックリして、また落ち込んだ。
「俺、土曜しかオフが無いんだぞ。何処でやるかは知らないが、付いて行くにしろ無理だ」
「それについてはご心配なく。学会の会場は上箕島文化交流会館だから」
上箕島文化交流会館とは、上箕島警察署の左隣にあるホール施設だ。
つまりは、FM上箕島の徒歩圏内。
「つまり、生放送にも間に合うから、お願いします」
「えー」
俺は、凄く嫌な顔をしてみる。親父と一緒に行動だなんて、死んでも嫌なのだ。
「神那が付いて来てくれなかったら、父さん、命を狙われるかもしないんだよー」
「……は?」
親父はサラリと爆弾発言を投下した。
そんな、オフの土曜日。俺は、クーラーの効いた自室で、薄手の掛け布団に包まりつつ、【テリトリー】で遊んでいた。
幸いにも、史は片付けないといけない案件が多いらしく、ここ2週間くらい会っていない。煩い奴が来ないので、俺はこうして平和な日々を送っているのである。
「さて、史も来ないことだし、例の実用実験でもしようかなぁ」
と、俺はベッドから掛け布団を持ったまま降りようとした。その時、
ゾクッ。
「あ……」
全身を覆うような寒気。そして、脳裏に過ぎる嫌な感じ。
俗に言う、虫の知らせ。
俺の場合、この知らせをもたらす事なんて一つに決まっていた。
アイツが帰ってくる。
「いや、ただクーラーが効き過ぎの可能性もあるよなぁ……」
出来るだけ、その事実だけには目を背けたかったが、
「神那―。お父さんからさっき電話があってねぇ、あと10分以内に帰ってくるそうよー」
扉越しのお袋の宣告に俺は床に崩れる。
俺の苦手な親父が帰ってくる。
親父は、アメリカの大学で、ロボット工学専門の教授として、単身赴任をしている。
結構、向こうの生活も慌しいらしく、あまり日本に帰ってくることはない。
しかし、大学で積みあがっている仕事の山を投げて、突然帰国することがあるのだ。
「たっだいまー!」
玄関が勢い良く開かれ、大きなスーツケースを2つ抱えた親父の姿が現れた。
「あなた、おかえりなさい」
お袋は、親父からスーツケースを受け取り、玄関先の隅っこに置いた。
「母さん。逢いたかったよ」
親父は、お袋にハグとキスをいう欧米式の挨拶を交わす。
そして、次に視線は俺をロックオンした。
嫌な予感しかしない。
「かんなぁーーーーー。父さん、とぉーっても寂しかったよぉー。息子パワーの恩恵を受けたい」
俺が嫌な予感がして後ずさりしたのを、親父は見逃さない。親父は、俺に向かって一目散に飛んできて、俺の頬に頬ずりしてきたのだ。
スリスリされる度に、無精髭がザラザラと俺の頬に刺さる。
「やめろ、親父。髭が痛い!」
俺は必死に親父を引き剥がそうと思うが、俺の体をがっしりとホールドしてくるので、なかなか引き剥がせない。
やっと引き剥がしたと思うと、親父はガクッと肩を落として、しょんぼりした表情で俺を見る。
「だって、久々に、わが子に会えたんだもん。当然だよね」
「当然だよね、じゃねぇよ。いい加減子離れしろよ、親馬鹿め」
俺の言い放った一言に、更に親父はしょんぼりとする。
「母さん、いつから神那はこんなヤンキーになってしまったんだい? 父さんの知っているこの頃の天使のような神那は一体何処へ」
そう言って、親父は一枚の写真を取り出した。
それは、俺が幼少期に強制的に着せられた、花柄ワンピース姿の写真。
「……まだ持っていやがったのか、その写真」
俺は冷ややかな目線で親父を見る。
親父は、女の子が欲しかったそうだ。
しかし、生まれた子どもは俺という現実。
そこで、親父は何を考えたのか、幼少期の俺に女児用の服を山ほど買い与えて、女の子の格好をさせては写真を大量に撮るということをしていた。
俺が親父のことが苦手なのは、この出来事に由来するのだ。
「だって、あまりにも女の子の格好が似合いすぎているから、可愛くて。肌身離さず持っているよ」
「今すぐ捨てろ、そんな写真」
「いーやーだー」
そう駄々をこねる親父。自分がそろそろいい年だということをそろそろ自覚しろ。
「お父さん、こんなところで長話しないで、リビングへ行きましょう」
お袋は駄々をこねる親父をリビングへと誘導する。
リビング。親父はどかっとソファに腰掛けた。
「それで、お父さん。今回はどれぐらい日本にいるのかしら?」
「そうだなぁ。2ヶ月くらいを考えているよ。日本で学会があるから、それに合わせて帰ってきたんだよ。あと、Noisy Sounds Fesに行ってみたくてねぇ。千年君が出演するって聴いたから」
「えっ、ノイサン来るの!?」
「福司が“チケットは確保しているから来い来い”と煩くてねぇ。最近、千年君も有名ミュージシャンになったそうじゃないか」
福司とは親父の弟さんで、千年の親父さんのことだ。
福司叔父さんも、俺の親父級の親馬鹿で有名だ。
この兄弟がノイサンで暴れまわるのか、地獄絵図だな。
そんな事を考えていると、いきなり親父が俺の頭を撫でた。
「いきなり、なんだよ」
「いや、神那も結構頑張っているらしいじゃないか。DJのお仕事だけじゃなくて、史君のお手伝いまでしているそうじゃないか。母さんから聞いているよ。凄いな、神那は」
「……別に、特別なことなんてしていないし」
「そんな神那に少しお願いがあるんだけど」
親父は俺の両手を包むように掴む。
「お願いします! 父さんと一緒に学会について来てください」
「嫌だ」
「まさかの即答!」
親父は俺の答えの速さにビックリして、また落ち込んだ。
「俺、土曜しかオフが無いんだぞ。何処でやるかは知らないが、付いて行くにしろ無理だ」
「それについてはご心配なく。学会の会場は上箕島文化交流会館だから」
上箕島文化交流会館とは、上箕島警察署の左隣にあるホール施設だ。
つまりは、FM上箕島の徒歩圏内。
「つまり、生放送にも間に合うから、お願いします」
「えー」
俺は、凄く嫌な顔をしてみる。親父と一緒に行動だなんて、死んでも嫌なのだ。
「神那が付いて来てくれなかったら、父さん、命を狙われるかもしないんだよー」
「……は?」
親父はサラリと爆弾発言を投下した。
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