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消えたデータ編

消えたデータ編 完

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 一時間後、放心状態のままのナカタニ氏を、ミエラさんサイドへ引き渡すことに成功した。

「本当に、感謝するわ」
「いえいえ、大したことはしてないので」

 実際、俺はナカタニ氏が俺の策略が引っ掛かるようにワザと誘導したに過ぎない。
 あとは、カモが勝手に罠にかかっただけだ。

「それにしても、仕事が速いわよねぇ。ねぇ、その技術をウチで活かしてみない?」
「前にも言いましたけど、俺は何処にも引き抜かれるつもりは無いんで」
「あら、残念。さて、私の仕事はこれで一段落だわ。学会も終わったし、帰国しようかしらね?」

 ミエラさんは、区切りをつけるかのように伸びをする。

「分かっていると思っているけど、あまり私の正体を言わないようにしてね?」
「分かっていますよ。でも、急に失踪でもしたら俺の間抜けな親父でも感づく恐れがあるので、そこら辺の後処理はちゃんとしてくださいね」
「もちろんよ。暫くは研究者としているつもりだし」

 ミエラさんは俺の肩をバシバシ叩きながら笑った。痛い。

「帰国したら私の妹に貴方のことを話そうと思うの。きっと貴方のことを気に入ると思うわ」
「妹さんですか?」

 俺が聞き返すと、ミエラさんは大きく頷く。

「そう。正確には血縁関係はなくて妹的存在なだけだけど。面白い話が好きなのよ」
「俺は別に面白い人間ではないですよ」

 俺が否定すると、ミエラさんはクスッと笑った。

「じゃあ、カンナ君。元気でねー」

 ミエラさんは、元気よく手を振って、廃工場を去って行った。

 水曜日のラジオの打ち合わせが終わり、俺は史に電話を掛ける。
 開口一番、史が言ったのが、

「ギャフンって言ってた?」

 電話先でもその声にワクワクした感じが伝わる。俺は、はぁ……とため息を一つついた。

「あれ? ダメだったの?」

 その声を聴いて、史が不安そうに訊ねてきた。

「いいや、ギャフンとは言ってたけど、なんか呆気なかったなぁって」
「呆気ないって何が?」

 俺は史のその声を聴きながら、パソコンを起動した。

「まさか、俺が突貫工事で作ったデータで簡単に騙せちゃったんだからなぁ」
「……ん? 今、なんて言った?」

 暫くの沈黙の後、史が聞き返してくる。

「だから、偽者のデータで易々と釣れたから、何か期待はずれだったなぁーって」

 そう、ナカタニ氏に見せたデータは俺が所要時間1時間で作った全くの偽者。
 それを見て、本物だと認識してしまったナカタニ氏は放心状態になったのだ。

「えー! 偽者のデータを見せたの! もしかして、カンちゃんですら、あのパスワード解除できなかった?」
「そんなわけあるか。ちゃんとパスワード解析して解除して、俺のパソコンに入れてある。それに、偽者のデータを見せておけば、少しは大人しくなると思ったんだ。後で気づかれると思ったが、最後まで放心状態で何もしてこなかったなぁ」

 カチカチとマウスを動かしながら電話の声に答える。
 俺の作った偽者のデータは突貫工事で作ったせいか、かなりの粗があった。
 プロパティの署名だってそうだ。
 俺はスティーブ氏の名前の綴りが分からず、カタカナで“スティーブ”と書いたのだが、それすら、ナカタニ氏は指摘してこなかった。
 よほど、偽者のデータのインパクトが強すぎたのだろう。
 まぁ。気づかれたら気づかれたで撃たれていた可能性も無きにしも非ずなのだが、

「ん? どうしたの?」

 史にはこのことは黙っておこう。きっと、署からラジオ局へすっ飛んでくるだろう。

「いいや、なんでもない」
「そういえば、まだカンちゃんのパソコンの中に残っているだよね? 本物のデータ」
「あぁ、残っているけど、見せないぞ」
「えー!! なんで、見せてくれないの?」
「いいか? これは、結構機密性の高いデータなんだぞ? 簡単に人に見せて流出したらどうするんだよ」
「あー、そっか」

 史は納得した様子で、電話先でウンウン言っていた。

「ソレにだな……」

 俺はその本物のデータを開いて、英文の羅列を表示し、【テリトリー】で翻訳する。
 すると、その文章全体が翻訳され、

【呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う……】

と一面、気が狂いそうになる文章が表示された。

「こんな、史の大嫌いなホラーじみた文章なんて見たくないだろ?」
「のぉ! それは見たくない!」
「こんな、狂ったデータなんて世に出てもらいたくないな……。おっと、そろそろ開始時刻近いな。切るぞ」
「ほーい。頑張ってねー」

 史との通話を終えると同時にノック音。迎えにきたのかと、返事をすると、そこには月曜日担当作家の白樺鬼軍曹の姿があった。

「そろそろ本番だが、その前にちょっといいか?」

 鬼軍曹はそう言って、俺のことを手招きする。

「月曜じゃないのに、一体どうしたんだ?」
「この間、結局話が出来なかったからな。本番近いから端的に言うぞ?」

 鬼軍曹は、俺の前に一枚の紙切れを突き出した。

「今年のノイサンの総合MCはカンナ君、君に決定した」

 それは、Noisy Sounds Fesのプレス用の資料だった。
 バッチリと俺の名前が総合MCとして書かれていた。

「は、はぁーーーーーーーー!?」

 俺の波乱の夏が始まる気がした。
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