死人は口ほどにモノを言う

黒幕横丁

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14話 キオク・秘密

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 混濁する意識の中、僕はアノ日の記憶が蘇る。


 幼い頃、有加に静さんの本を紹介して貰って、それを渡された僕はワクワクしながらソレを読んだんだ。
 すると、なんだか心の中に黒い何かが湧き出たような気がした。
 それはドンドンと大きくなって、やがて僕さえ飲み込んでいった。

「りおくん、どうしたの? 難しい字なら、教えてあげられるけど?」

 有加は僕がボーっとしているのを心配して覗き込んでくる。
 その有加の首を急に自分の手で絞めたくなったのだ。
 まるで、読んでいたミステリーの犯人のように。
 僕は無言で立ち上がり、有加のその白い首に両手を添えた。

「……りおくん?」

 その様子を不安そうに見つめる彼女。
 不安そうな顔がたまらなくて、僕は添えていた両手に徐々に力を加えた。

「なっ……り……くん」

 有加は気道を塞がれ苦しそうにもがくけれども、僕は一向に力を緩めない。

「た……すけ……て……」

 彼女は涙を流しつつ、かすかな声で僕に助けを乞うけども、僕はそのまま彼女の首を絞め続ける。
 やがて、彼女は抵抗する力も無く、だらんと動かなくなった。

「あ……あ……」

 その瞬間、僕はハッと我に帰って、絞めていた両手を離すと、彼女が崩れるように床に倒れこんだ。

「え、ゆか……ちゃん? え? これは……僕がやったの……?」

 その悲惨な現状に僕が硬直した瞬間、空に稲光が走った。


 僕は、一度、有加を殺したのだ。この手で。



「おい、いい加減起きろ」

 僕は有加の声で目が覚めた。

「あれ?」

 気が付くと、先輩の部屋の玄関で寝転がっていた僕、一体今まで何が起こったんだ?
 そういえば、僕は静さんの小説受け取って、それから……。
 それから……。
 それから先の記憶が無い。

「有加、僕、一体どうなっちゃったの?」
「何寝ぼけているの? 梨緒が急に玄関へ向かって走った瞬間にぶっ倒れたのよ」

 『頭大丈夫かぁ?』と有加は僕のおでこにデコピンをかました。痛い。

「さて、事件は無事解明されたわよね? おじさん?」

 有加は満面の笑みで叔父さんに話しかけると、

「あ、あぁ。コイツの様子をみるとそうだろうな」

 叔父さんの視線の先には、何やら口を動かしつつ放心状態でいる栗林氏の姿がそこにあった。

「そういえば、言葉を封じていたっけ? 今、解いてあげましょうか?」

 有加がそう言って指を鳴らすと、栗林氏は、

「文香ゴメン、俺のせいだ……」

 と延々と口ずさんでいるのが聞こえた。

「あんなのを見せられたら、精神的には許容オーバーってとこかしらね? フフフ」

 有加は楽しそうに笑う。その姿に背筋が凍りつきそうになる僕。
 時々、有加が怖くなってしまうときがある。でも、そんな有加から離れられないほど依存してりまっているのが僕だ。

「恐らく、自殺しようとしたけど、死ぬに死に切れなかったんでしょ? 貴方の右腕、リストカットだらけだけど。まぁ、事情は署で聞いてもらってね。精々、残りの命を大切にね?」

 有加の言葉に、栗林氏に何かのスイッチが入って、

「う……あ、あはは……あはは」

 そして、壊れた。
 叔父さんはそんな栗林氏に自分の上着を被せて、有加を睨んだ。

「有加、お前という奴は、本当に……。叔父として恥ずかしいぞ」

 辛そうな声をあげる叔父さん。一方で有加はつまらなそうな顔をする。

「恥ずかしい? 私は私の思ったとおりのことをしているだけ。皆にとっては“ナシ”だとしても、私には“アリ”なことなの。誰一人、その邪魔はさせないわ。さて、」

 有加は僕に手を差し出した。

「さ、梨緒、かえりましょ?」
「う、うん……」

 僕は有加の手を取った。





 ***




 夕焼け空の中、私達は手を繋いで帰る。

「叔父さん達、大丈夫なのかなぁ。あのまま放っておいて」

 梨緒は先ほどから、壊れた栗林のことばかり気にして私に訊いてくる。

「大丈夫よ。恐らくはね」

 それは嘘だ。きっとあのまま栗林は壊れたままで一生を終えてしまうだろう。

 冷たい牢屋の中で。

「それならいいんだけど、それよりさ、有加。一つ聞きたい事があるんだけど」
「いきなり何?」
「さっき、なんで有加が指を鳴らしたら栗林氏の声が急に聞こえるようになったの?」

 ついに、この質問が来てしまったか、そう思った私は、隠し通す方向で考えたけれども、

「いいわ、特別に教えてあげる。私のヒミツ」

 私のヒミツ。それは、私が声を発するだけで人に暗示をかけて操ることが出来ること。
 範囲は私の声の聞こえる人間。つまり、公共の電波で私が演じ、命令すれば、私の声を聴いた不特定多数が私の命令に従ってしまうことになる。
 だから、私は生きている者の演技は出来ない、声を一切出さない死人の役しかできないのである。

「有加にそんな能力があったなんて、一緒に暮らしていて全く知らなかったよ」

 家の玄関前で、梨緒は驚きつつもそう答えた。

「そうね、だって……」

 私はそっと梨緒の頭を撫でる。

「それを言ってしまっては、梨緒が守れないもの。さぁ、眠って今日一日のことは全て忘れちゃいなさい」
「あ……れ……」

 梨緒は私の言うとおりに、がくんと力をなくして眠ってしまった。


 梨緒を部屋のベッドまで運び、私は家の庭に足を運んだ。
 その手には、父さんが書いた小説の束を持って。

「さて、コレも梨緒が気づく前に処分しておかないとね」

 私は、その紙の束たちにライターで火をつけた。
 メラメラと勢いよく燃える紙の束に手を離すと、火の粉を振りまきながら幻想的に燃えていく。
 事件も解決したし、今日の出来事の梨緒の記憶は抹消され、これで、全て終わり。何事も無かったように私達の明日は来る。

「先輩も本当に馬鹿だよね? 共依存から逃れようとなんて思ったから、殺されることになったんだ」


 実は、私は先輩から相談事の内容を事前に聞いていた。
 『自分が彼氏の世話をするあまり、彼氏がダメ人間になっていくような気がする。だから、私と彼氏の依存を直す策を一緒に考えて欲しい』と。
 私は無論、そんなの難しいから諦めた方がいいのじゃないかという提案はしたが、先輩は私の忠告を聞かなかった。
 その結果が、アレだ。

「本当に愚かでたまらないわね」


 私はクツクツと笑いながら、燃え盛る紙の束たちを眺めていた。




 パチパチパチ。


「いやぁ。実に見事な大団円だ」

 庭に拍手が響き渡る。

「誰?」
 私が振り向くと、そこには黒縁眼鏡をかけた青黒いゆるくパーマがかった髪の青年が私に向かって手を叩いていた。

「貴方、一体何者なのかしら? まさか迷子になってココに迷い込んだなんて安い嘘はつかないわよね?」

 私がそう嗤うと、青年もニヤリと笑う。

「貴方の同居人にはそんな嘘はつきましたが、貴方にはそんな嘘はつきませんよ?」
「貴方、梨緒に会ったのね」
「えぇ、そうですよ。どうも司馬有加さん、初めまして。私、白鷺才覚というものです」

 私はその名前は聞き覚えがあった。白鷺家は確か、踊りの名家だったハズ。

「名家のご嫡男が私達に何かようなのかしら?」
「いやはや、貴方達の噂は伺っていていましたが、想像以上だ。特に、貴方の同居人、南港梨緒君は素晴らしい」

 白鷺という青年は恍惚の表情で梨緒を絶賛する。

「貴方の手元に置いておくなんて勿体無いくらいにね」
「……どういう意味かしら?」
「そのままの意味ですよ。あの子は私が貰い受ける」
「やれるものなら。やってみなさい。梨緒のことを知っているのなら、無論、私のことについても調査済みなのでしょ?」

 私のというに白鷺はフッと笑う。

「もちろんですよ。貴方の力も強力だが、舞踊をする上で精神を鍛えている私には貴方の能力は無意味だ」
「あら、それは残念ね。でも、どこの馬の骨かも分からない人に梨緒は渡さないわ」

 私はニッコリと笑うと、白鷺はやれやれ……とため息を漏らした。

「全く強情な人だ。まぁ、今日は挨拶に来ただけなのでこれにて失礼しますよ。また、お会いできる日を楽しみにしていますよ」

 そういって、白鷺は私の前から姿を消していった。

「二度と会いたくないわ」

 私はそう呟きつつ、さらに原稿を燃やしていくのであった。
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