神暴き

黒幕横丁

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三日前

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 探偵社【Worst】にノックの音が木霊する。
「お客さんなんて久々だ! はーい、今でまーす」
 青黒い長い髪を揺らしながら青年が玄関の扉を開けると、そこには十代後半くらいに見える少女がモジモジしながら玄関の前へと立っていた。
「お、可愛いお嬢さんだ。この探偵社に何か御用事かな?」
「え、あの……」
 少女は次の言葉が出ないようで、さらにモジモジしていた。
「まぁ上がって。お茶で心を落ち着かせたら用事を思い出せるかもしれないから」
 そう言って青年は少女を探偵社へと招き入れた。

「はい、こちらにどうぞ」
 立派な皮製のソファをすすめられ、少女は腰をかける。ゆっくりと体がソファに馴染むような感じがする。
「ちょっと待っててね。お茶を入れて来るから」
 そう言って彼は部屋を出て行った。
 少女は待っている間、探偵社の中をキョロキョロと見回す。この探偵社はあの青年以外の人気は感じられなかった。
「あの人が“暴き手”さんなのかなぁ……」
 少女はポケットから例の村長から渡されたメモを取り出した。
 そこには、『探偵社【Worst】 弐沙』というメモ書きが書かれていた。
 お茶を持ってきて貰ったら聞いてみよう……。
 そう考えていた少女の背後から、
「おい、そこで何をしている」
 いきなり声をかけられ、少女はビクッと肩が跳ねた。
「え、あ、すいません。お邪魔してま……え?」
 探偵社に来た理由を説明しようと、声の方向に振り向いたとき、少女は目をぱちくりとしてフリーズをした。

 そこには、先ほどの青年がコチラを睨んでいるのだ。

「え。さっき、案内してくれましたよね?」
「……何のことだ?」
「え、だって……」
 さっきの青年とはまるで正反対の態度を取られて、少女が困惑していると、
「お待たせー。お茶を持ってきたよー」
 部屋にポットとティーカップがのったトレイをもって青年がやって来たのだ。
 まるで大きな鏡があるかのように、全く同じ姿の青年が二人。少女の頭はさらに混乱する。
「あ、弐沙(つぐさ)起きたんだー。おはよ。弐沙もお茶飲む?」
「お茶を勧める前に何か言うことがあるのじゃないか? 怜」
 弐沙と呼ばれた不機嫌な青年は、楽しそうにお茶のセッティングを始める怜と呼ばれた青年に尋ねる。
「あ、そうだ。探偵社Worstに久々のお客さんです。何か探偵社に用事があるみたいだよ?」
 そう言って、怜は少女のことを紹介した。
「そういう時は先に私を起こすほうが先じゃないのか? まぁ、いい。Worstに何かご用命かな?」
 弐沙は少女と対面にあるソファに腰掛けて、怜が入れたお茶をすする。少女も出されたお茶を少し口に入れ、深呼吸を一つした。
「木ノ里加理奈(きのさとかりな)と申します。実は、弐沙さんに折り入ってお願い事があって参りました」
「ほう。私にお願い事か……」
 弐沙は何処か気だるげに言う。
「はい。実は“神暴き”の“暴き手”として村へ招待したいのですが」
 木ノ里の言葉に弐沙は眉をピクッと動かした。
「今、神暴きと言ったか?」
「え……はい」
 木ノ里の言葉に弐沙の声のトーンがドンドン下がっていく。
「弐沙どうしたの? そんなに怖い顔をして」
「どうして神暴きに私の名前が出た。言ってみろ」
 弐沙は最初に出会った時の様に彼女を睨みつけた。
「あっ……、村長から言われて、私、それで……」
 心臓を握りつぶされるような冷ややかな目に、少女は怯えながらも持ってきたメモを弐沙に見せる。
「……ほう。直々にご指名とは」
「わー、弐沙は有名人になったの? というか、神暴きって何?」
 弐沙の隣で楽しそうにメモを眺める怜。それにしても、この二人は良く似ているなぁと木ノ里は両者を見比べていた。
「神暴きとは、F村という村で何年かに一度行われている奇祭だ。神から神託を受けた“狩り手”っていう役が、一日に一人ずつを神に生贄を捧げる。それを十日間続けるという寸法だ」
「結構長いお祭りなんだね。それに、弐沙が招待されたって訳だね。すごいや!」
 怜は嬉しそうに弐沙に向けて拍手を送った。
 しかし、弐沙はその反対に凄く嫌そうな顔を示した。
「凄いことあるものか。探偵や学者の界隈では有名だぞ、“死刑宣告”の祭りだと」
「死刑宣告?」
「暴き手が十日間の間に狩り手を見つけなければ、最終日に殺害され、狩り手の勝利となる。暴き手は十日間というリミットの中で、招待された客の中から神託を受けた狩り手を見つけないといけないのだが、過去に行われた祭事で見つけられた回数は未だゼロだ。つまりは招待されたが最期、殺されてしまうから“死刑宣告”っていうわけだ。そうだろ?」
 弐沙は木ノ里へと訊ねる。彼女は黙ってコクリと頷く。
「大丈夫だって、弐沙は頭が良いから勝てるって。それに俺が弐沙のことを守るし」
「……その自信はどこからやってくるのやら」
 弐沙はため息をついてお茶を飲む。
「どうせ、断ることなんて出来ないんだろ? 私からの条件をのめるのならその神暴きへ参加させて頂く」
 弐沙の言葉に、木ノ里はその条件はなんでしょう? と返す。
「一つ、怜も神暴きへと連れて行く。村長とやらには、二人一組でないと参加しないとでも言っておいてくれ。二つ目、コイツは甘味中毒という変な体質があってな、甘いモノが切れたら何を仕出かすか分からない。だから、祭りの間に足りるくらいの甘味を用意してくれたら有難い。無論こちらからもいくらか持っては行くが、十日分はさすがに大荷物になってしまうからな。条件への回答は後日で大丈夫だ。この名刺に書かれている電話番号へ掛けてくれればいい」
 そう言って名刺を木ノ里へと差し出す。
「わ、わかりました」
 彼女は貰った名刺をメモと一緒にポケットの中へと仕舞いこんだ。
「ところで、開催は何時だ」
「あ、えっと、三日後の四月二七日です。その日はまたコチラの方へと迎えに参りますので」
「随分と急なんだねー」
「神のご神託がいきなりだったんだろ? はたまた……」
 弐沙は唇を触りながら何処か遠くのほうを見る。
「……まぁ、それも祭が始まれば明かされることだろう。では、条件についてはしっかり伝えて欲しい。頼んだ」
「はい! ありがとうございました。あ、私から一つ質問いいですか?」
「なんだ?」
「弐沙さんと怜さんって間に鏡があるんじゃないかっていうくらい良く似ていますけど、一卵性双生児なんですか?」
 その質問に弐沙は頬杖をついた。
「コイツと私が双子? それは死んでも嫌だな。言っておくがコイツとは血は全く繋がってないぞ」
「え!? でも、すっごく良く似ているし……」
「コイツが趣味で私の変装をしているだけだ。気持ち悪いほど完璧だから私も困っているところだ」
「フフッ。俺は弐沙の鏡なんだー」
 怜は嬉しそうに笑う。次元についていけない木ノ里は苦笑いしか出ない。
「へ、へぇー。そうなんですか。あ、そろそろ帰らないと。今日は本当にありがとうございました」
 木ノ里は深々と一礼し、怜にエスコートされて探偵社を出て行った。

「……いくらなんでも早すぎる」
 木ノ里が出て行った後、まだソファで考え事をしている弐沙の隣に怜が座る。
「早いって何が?」
「こっちの話だ。怜には関係ない」
「えー、俺にも言えない話?」
 怜はブーブーと文句を垂れつつ、弐沙にもたれかかる。
「もたれかかってくるなって。今教えなくても、神暴きが始まればすべてが分かるようになるさ」
 そういう弐沙の顔は何処か神妙な面持ちであった。


「……さて、“神”は一体誰なのか?」


 弐沙はそうボソッと呟いた。
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