朱糸

黒幕横丁

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《祩》の章

【種】

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 国が真っ赤な炎に飲まれる。
 男達は次々と戦いへと出撃することとなる。
 ここにも今から旅立つ男の姿が一人。支給された軍服にきっちりと着こなし、女性に向かって敬礼をする。
「では、姉さん。この国の為に行って来るよ」
 男は少し悲しげな顔で姉に笑いかける。
「絶対に帰って来るんだよ。約束して」
「姉さん。その約束は……」
 戦いで絶対に帰ってこられる保障なんて無いに等しい。
 そんな約束出来る訳が無いが男がためらっていると、

 姉は男に一つのお守りを託した。

「これは?」
「みそぐが帰って来られるように呪(まじな)いを込めたお守りだよ。これで、私とアンタとの間に縁が結ばれたんだ」
「まじない……?」
 男は託されたお守りを見た。紺色の布地で朱色の糸が使われていた。
 こんなご時世だというのに、姉は何処でこんな豪華なものを手に入れたのだろうと男は首を傾げる。
「このお守りを持っている限り、みそぐは必ず私の元へと帰ってくる。このお守りの作り方を教えてくれた人もそう言っていたわ。だから、必ず帰ってくると約束して」
 このお守りを持っていることで姉が安心してくれるというなら、と男は姉に帰ってくることを約束した。
 こうして、男は戦地へと向かった。


 それから、どれほどの期間が経ったのだろうか。
 この国は戦いに負け、燃えた炎はやがて街中を真っ黒に変えていった。
 戦いに向かった男達は半数以上が戻ってくることは無く、遺品などが血縁者の元へ帰ってくるのみだった。
 姉の元にも、男の名前が書かれた名札のみがやって来た政府の役人によって渡された。
「残念ながら、結ヰ(すくい)みそぐさんは。戦地で……」
「嘘。みそぐは必ず帰ってきます、お引取り下さい」
 姉は弟が死んだことを頑なに認めることはなく、役人に名札を付き返す。
「しかし、弟さんの参加した部隊は×月に敵によりぜんめ……」
「いいから帰ってください!!」
 姉はそういうと、役人を追い出した。
 その一部始終を聞いていた近所の人々からは「弟さんが居なくなってしまったことをまだ受け入れることが出来ず頭がおかしくなってしまった」というヒソヒソ話をするようになった。
 そんな事は耳にも入れず、姉は弟を待ち続けた。

 さらに時間が経過し、真っ黒だった国は少しずつ色を取り戻しつつある中、驚くべくことが起きた。

 なんと、男は戦地から戻ってきたのだ。しかも、無傷で。

 しかし、男の黒髪は銀色へと変化をとげ、年月を感じさせるように長く伸びていた。
 目は光を失っており、その容貌は別人のようであったが、
「みそぐ!!」
 姉はすぐに実の弟だと思って、しっかりと抱きしめる。
「お帰り、約束を守ってくれたのね」
「ネ……ネエさん……ボ、ボクは……」
 抱きしめられた弟はただただ一点を見つめてうわ言のように呟く。
「戦いにいって疲れたでしょ? 皆、貴方が死んだって言うのよ。冗談にしては笑えないわよね。でも、貴方はちゃんと帰ってきてくれた。さ、家に入りましょう」
 そう言って姉は弟を家へと招きいれた。

 戦いに行って離れ離れになった姉弟を繋ぎとめ、再びめぐり合わせたお守り。
 このお守りはその話に転じて、最強の縁結びのお守り、『朱糸守(しゅしまもり)』として後の世に広まることとなる。
 しかし、このお守りを廻る物語にはある重大な秘密があった。

 これは、呪(のろ)いと呪(まじな)いのお話。

『朱糸―しゅし―』
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