朱糸

黒幕横丁

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《祩》の章

【殊】

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「怜、頼みがある。依頼人を彼女の家の前まで送ってやれ」
 水橋が探偵社を出ようとしたとき、所長の弐沙が怜にそう命じた。
「いえ、自分で帰れるので大丈夫ですよ」
「そんなにオドオドしながら帰られても、事故に遭うだけだぞ」
 弐沙に痛いところを突かれ、うっ……と言葉を濁す。
「一応依頼料の中にも含んでいる。だから気にすることは無い」
「でも……、私の巻き添えになったりでもしたら」
「コイツは、多少は丈夫に出来ている。猛スピードで走ってくるトラックと戦っても多分勝てるハズだ」
「弐沙ぁ……、幾らの俺でも猛スピードのトラックには負けると思うんだけども」
 弐沙の言葉に怜はいやいやとツッコミを入れる。
「いいから、早くいってこい」
「はあい。では、水橋さんご自宅まで案内してくださいー」
 そう言って、怜は探偵社の扉を開けて水橋を外へと連れて行った。

 数十分後、水橋は怜に付き添われて彼女の家の前までやってきた。
「すいません、わざわざ家まで付き添ってもらっちゃって」
 申し訳無さそうに怜にお辞儀をした。
「大丈夫ですよ。弐沙の指示ですから。それに、帰る途中で事故とかあったら大変ですし」
 怜は気にしていない素振りを見せる。
「でも大変ですね。呪いだなんて」
「ですね。こんなことになるだなんてあの時は思ってなかったです。でも、これが現実なんですよね」
「大丈夫ですよ。弐沙が必ず解決してくれるので」
「はい、ありがとうございます。では、私はこれで」
 水橋は怜に見送られて自分の部屋へと入り、鍵を閉めた。そして、
「はぁ……」
 と大きいため息を付いて、自分の家のソファに腰掛けた。
「これで良かったのかなぁ……」
 ソファの背もたれにもたれ掛かってうな垂れる水橋。
「アイ……」
 そう呟いてスマホのメッセージアプリを起動、【アイ】と表示されている場所をタップする。
 するとその画面には、

『た、助けて』
『誰かに』
『追いかけられてる』
『なにか』
『なにかもってる』
『た、たすけ』
『たすけ』
『みつかった』
『やめて』
『やめ』
『あああああああああああああああああああああ』

「アイ?」
「ねぇ、アイ?」
「どうしたの?」
「何があったの?」

 水橋が送ったメッセージは既読表示が付くことは永遠になかった。
「一緒にあのお守りを見たアイは死んでしまった。次は、やっぱり私だよね……」
 はぁと再びため息が漏れる。
「調子にのってあんな物見なければ良かった……ウッ」
 水橋はお守りの中身を思い出して、吐き気を催す。
「あんな……***なものなんて……」
 水橋はソファから立つと冷蔵庫へと向かってドアを開け、ミネラルウィーターを取り出す。そして、ぐいっと一気飲みをする。
「ふぅ……今日はもう寝ちゃおう。早く忘れなくちゃ」
 そう言って水橋は服を脱ぎ始めた時、

 ピンポーン。

 ふいにチャイムがなったのである。
 彼女の頬に冷や汗が伝う。
 心臓をバクバク鳴らしながら、ドアフォンのスイッチを入れると、そこには見知った顔が映し出された。
「なんだぁ……よかった」
 彼女はほっと安堵の表情をして、服を着替えなおす。
「はーい。今開けるよ」
 水橋が鍵を開けて部屋の扉を開けた。
 しかし、開いたドアの先には彼女が見知った顔の来客の姿はあらず、
 彼女の瞳に映ったのは、
「え? なんで?」

 グシャ。

 顔を血で真っ赤に染めてケタケタと嗤う異形の姿だった。
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