喬に花咲く金歩揺

ゆまは なお

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兄弟子の言いがかり1

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 騒動が起きたのは次の朝だった。
 また簪が無くなったのだ。工房には嫌な空気が漂っている。このふた月ほど立て続けに起きる盗難騒ぎに誰もが疑心暗鬼になっていた。
「最後にその簪に触ったのは張巾(ジャンジン)なんだな?」
 職人頭の問いかけに兄弟子は大きくうなずく。
「はい。研磨した後、布にくるんで倉庫にしまいました。主任が鍵をかけてくれたのが最後です」
「確かにその棚に置いていました」
 主任もそううなずく。
「だけど、今朝、来てみたら簪がなかったんです」
 空っぽの布を手に張巾が大げさな手振りで申し立て、職人たちは顔を見合わせている。浩易(ハオイ)もどういうことかと首をひねりながらそれを見ていた。
「おい、お前が知ってるんじゃないのか?」
 いきなり、張巾が浩易を睨んだ。名指しされた浩易は驚いた。
「どうして私が?」
「休日に工房に籠っているのはお前くらいのものだろう。お前が盗んだんじゃないのか?」
「私はそんなことはしていません」
「そうかよ? じゃあ昨日は何をしていた? 工房にいたんだろう?」
 師匠と市に行っていたと言っていいのかとっさに迷って、浩易は口ごもった。うろたえた顔を見た張巾が勢いづいて言い放つ。
「ほら見ろ、やっぱりお前の仕業なんだな? この前も休日の間に珊瑚が消えたよな? あれもお前なんだろ?」
 その言いがかりに浩易は顔を上げて抗議した。
「そんなことはしていません」
 確かに休日にも工房に籠っているが、盗みを働いたことなんて一度もない。
「どうだかな。お前はよそから来たし、みんなになじもうともしない。なあ、みんな、こいつが怪しいと思わないか」
 張巾の大声での主張に数人が困惑の表情になり、それを見た浩易は怯えて目線を落としてしまう。
 どうしよう、否定しても信じてもらえないかもしれない。以前の体験を思い出して体がすくんだけれど、うつむいたまま何とか声を出した。
「本当に私じゃないです」
「浩易(ハオイ)はそんなことしない!」
 大きな声で加勢したのは楚洪(チューホン)だった。
「昨日、浩易は沈(チェン)師匠のお供で出かけていました。同室の俺が見てたんだから間違いないです」
「沈師匠と? 本当なのか、浩易?」
 職人頭が浩易に確認し、浩易は「荷物持ちに来て欲しいと頼まれて同行しました」とドキドキしながら答えた。
「そうか。それなら浩易ではないだろう」
 主任もいくらかほっとした顔になる。浩易は若手職人の中では有望株で、工房の上層部は大事に育てていきたいと思っているのだ。
「張巾(ジャンジン)も憶測で物を言うのはやめなさい。周囲にいらぬ誤解を与えてしまうだろう」
 職人頭に厳しい口調で叱責され、張巾は憮然とした。
「誤解されるような態度のそいつが悪いんです」
「張巾、君の態度もよくないぞ。浩易をどうこう言う前に、自分の態度を改めなさい」
 苦い表情の主任にもそうたしなめられて、張巾は顔を真っ赤にして浩易を睨みつけ、足音荒く部屋を出て行った。
「浩易(ハオイ)、君も身に覚えのない疑いをかけられたらはっきり否定しなさい。変な誤解を招かないように、いいね?」
 そう声を掛けてきた職人頭が心配そうな顔をしていたから、浩易は救われた気持ちになった。疑われたわけではないらしい。
「はい、気をつけます」
 遠巻きにしていた見習いたちもほっとした様子で散っていった。


 夕食を食べ終えて食堂を出たところで、会いたくない顔にばったり会った。張巾(ジャンジン)が肩をいからせて廊下を歩いてくる。
「ふん、いい気なもんだな。沈(チェン)師匠に取り入りやがって」
 すれ違いざまに張巾は聞こえよがしな声を張り上げた。
 夕食時の廊下なので人が多い。その声に数人がちらりと振り向いた。
「浩易、また男をたぶらかす気か? お前の得意技だもんな?」
 心臓が掴まれたようにギュッとなった。落ち着け、いつもの言いがかりだ。
 張巾はとにかく大きな声を出して相手を威嚇する。弱気な顔を見せてはいけない。浩易は腹に力を込めて兄弟子を見返した。
「何のことですか?」
「昨日の市に沈師匠と出かけたんだろ?」
 意地の悪い口調にドキッとしたが、師匠の名が出たことで冷静にもなった。師匠に迷惑をかけるわけにはいかない。
「ええ。荷物持ちを頼まれたので」
「はっ、荷物持ちねえ?」
 張巾は嫌な笑顔を浮かべて言い放つ。
「荷物持ちは師匠に抱きついたりしないと思うがな」
 浩易は表情をこわばらせた。
 誰か見ていた者がいるのか? 正確には抱き着いていないが、そう見えたとしてもおかしくなかったかもしれない。
「ほら、顔色が変わったぞ。やましいことがあるからだろ?」
 張巾が意地の悪い声で追いつめる。
「師匠を誘惑して仕事を回してもらうなんて卑怯な奴だな!」
「そんなことはしていない」と言いたいのに言葉が出なかった。胸が苦しい。
 周囲にいる職人や見習いがひそひそと話しているのが視界に入って、浩易はめまいがした。彼らの目が怖かった。
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