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第1章

1-4 憶測でしかないけれど

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午後も忙しさの内に終業の時間へと向かっている。

仕事に集中しているうちは忘れていたけれど、ふと気を抜くとオフィス内に揺蕩う”糸”が視界に入った。

(……いわゆる”運命の糸”だとすると、空間に見えてるのは誰かと誰かを繋いでるものなのかも)

そっとオフィス内を見渡すと、佳奈美の他にも左手小指に”糸”が絡まっている人が数人いることに気付く。

自分の手もまじまじと見つめてみたけれど、どの指にも”糸”は見えない。

(”糸”が付いてる人とそうじゃない人って、何が違うんだろう)

(……まあ、恋人も、好きな人もいないんだから、そういうことなんだとは思うけど)

(”糸”が絡まってる人は、恋人なり人生のパートナーなり、決まった”運命の”お相手がいるってこと?)

そう予想してみたけれど、既婚者の部長や課長、その他恋人がいるらしき同僚たちにも”糸”はない。

(うーん、わかんないな……)

と、ここまで思考を巡らせてふと我に返った。

(あーもう、だいたいなんでこんなもん見えるようになっちゃったんだろう?)

一晩眠れば消えてしまう力なのかもしれないし、なんで私がそうなったのか。

(……恋愛ゲームにハマりすぎたせいで都合のいい幻覚が見えるようになった、とか?)

そんなわけない、と自分で突っ込む。

とにかく、得体のしれないものに振り回されて頭を悩まされ続けるのも癪だ。

好奇心にも限界がある。

───”糸”が見えたところで、何の役に立つんだか。

(……ま、佳奈美の幸せそうな瞬間がしっかり見えたからいいか)

ちらりと窺うと、PCモニターとにらめっこしている佳奈美は真剣な表情と”赤い糸”の輝きでより魅力的に映る。

佳奈美は同性の私から見ても美人だが、どちらかというと「綺麗」というより「可愛い」系だ。

並ぶと私よりも少しだけ背が高いのだけれど、傍からみると逆の印象らしい。

感情があまり表に出ない私からおかしな「圧」が出ているからなのだろう……と自己分析。

佳奈美の”赤い糸”オーラから浴びた幸せのおすそ分けを胸に、私も目の前の業務を再開した。



───終業時間を迎え、帰り支度を整える。

「お先に失礼します、お疲れ様でしたー」

誰とはなしに帰りの挨拶をすると、ちょうど椅子から立ち上がった佳奈美と目が合った。

「あ、依音、私も帰る。お疲れ様でしたー」

鞄を抱えて小走りで駆け寄る佳奈美の小指には、相変わらず”赤い糸”が可愛らしく煌めいている。



「……高畠さんと帰るんじゃないの?」

エレベーターホールに向かいながらこっそり耳打ちすると、目元を緩ませてはにかんだ。

「……ん、外で待ち合わせ、ってことにしてる。社内は人目につきそうだし」

「そっか。うちは社内恋愛禁止ってわけじゃないけど、確かに大っぴらにするのもね、って感じだもんね」

それに、高畠さんはそこそこイケメンの部類でそこそこ女子社員の間でも話題になるくらいには意識されている。

密かに狙ってた人がいてもおかしくはない男性だ。

「依音はそういうとこわかってくれるから楽」

私も佳奈美も面倒事はできるだけ避けたいタイプだから、似たような思考をするらしい。



エレベーターを降りると人波に任せてエントランスホールへと流れ出る。

(……ここでも、見えちゃうな)

空間に揺蕩う”糸”、そして、特定の人にだけ絡まっている左手小指の”糸”。

(……ん?)


















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