Guardian of Time ~ 時の守り人

RIKO

文字の大きさ
5 / 40

第4話 ~秋~

しおりを挟む
 高度7,700m、第8キャンプ、北壁ルート。
 最悪の吹雪と嵐、地球上に14座しかない8000m級の山の一つ、世界第二の高峰、K2。
 その頂上アタックを目前にして、方角を失い、視界をなくす。
 手の中にまだ残っている走っていったザイルの感触。谷底に落ちていったパートナー。
 若手登山家のホープとして名を馳せてきた俺 “山下 慶一”の強運もついに尽きる時がきたのか。
 急な氷壁の斜面に一人取り残され、途方にくれる。

  “山で死ぬなら本望”

 それは、頂上を極めた人間の言う言葉だ。
 俺は、まだ、見ていないんだ。
 超然たる聖域、K2の頂を。

 *  *  *

 東北、神室山。高度1,365m。

「おい、隆太はどこへ行った」

 笹原ささはら隆太りゅうたの親友(自称)― 村田は、半ばあきらめ気分で辺りを見まわした。

 青い空、白い雲。

 奴が、“秋山登山”に参加したことでさえ奇跡に近い。ましてや、こんな気持ちのいい日に、まともに学校活動をやるわけないよ。

「隆太あ~! 焼き芋できたぞ。だから、出てこいよお~!」

 中二の俺たちの、テーマは“自然に溶け込もう”

 山頂での“焼き芋”作りと“自然に溶け込もう”がどう繋がるのか、さっぱり、わからなかったが、笹原 隆太が登山に参加した理由があるとしたら、“それ”としか考えられなかった。

 奴の好きな物は、学校給食。嫌いな物は学校活動。

 “焼き芋”も学校給食なのか。

 疑問はあったが、隆太を呼び寄せるくらいの効果はあるはずだ。

「また、行方不明? 笹原って協調性ゼロ。同じ班になった私らの苦労も知らないで」
 クラスメートの石井 美夏が、膨れっ面をする。
「あいつって学校をなめてるんじゃないの」
 と、その友人のゆうちゃん。
「……せっかく、うまそうな焼き芋ができたのになあ」
「村田は、あいつに甘すぎるよ」
 と、怒りながらも三人は、隆太が戻って来てはいないかと、きょろきょろと辺りを見渡した。どーでも、いい奴なのに、何故かそばにいる方がいい。

 村田が、仕方ないなと、焚き火から取り出した焼き芋のアルミホイルに手をかけた、その時だった。

「おっ、いい匂い!」
 手に栗の実をいっぱいに抱えた、笹原 隆太が現れた。

「隆太、お前、どこに行ってた?」
 聞いても無駄な質問。

「ちょっと、栗拾い。これもパチッと焼いてもらおうと思って」

 爽やかに微笑んで、ばらばらと栗の実を、焚き火の中へ放りこむ。
 パチッ、パチッと弾ける音
 だが、突然
 パーンッっと、強く弾けた毬《いが》が笹原を直撃した。

「あっ」
 やばっ、俺、飛ばされるっ


 * *  *

 K2。吹雪はまだ、静まる気配も見せない。

「とりあえず、テントの入口から雪が舞いこむのだけは阻止しなければ」

 風がテントを引き裂いたら、もうどうしようもない!

 若手登山家、山下慶一は、冷たささえ感じなくなった手で、懸命にテントを押さえこんだ。
 テントを押さえるペグが、吹き飛ばされた時、山下は狂おしげにその方向を見た……が、

「……お前……誰だ?」
「俺?」

 ジャージ姿の少年が、テントの隅にちょこんと座り込んでいる。

「笹原 隆太。中学二年」

 少年は、照れたような笑いを浮べ、そう言った。

 *  *

 ……この世界最高所に、中学生?!

 山下は、妄想を吹き飛ばすかのように、2、3度、頭を横に振った。

「ここ寒いなー。おっさん、ここで何してんの」
 笹原 隆太は、屈託なく笑う。
「何してんのって、それは、こっちが言いたい台詞だ。ここは、世界第二の高峰、K2だぞ」
「えっ、K2ってエベレストの次に高い山の? やばっ。そんな所まで飛ばされてたのか」
 まいったなと、隆太はテントの端をめくり、外の景色を覗き込もうとした。
「や、やめろっ! テントをめくるなっ!」
 ところが、
 吹雪は嘘のように静まり、西から回り込んできた太陽が山の雪肌を、オレンジ色に染め上げていた。

 K2の夕暮れ。羽衣のような薄い雲が、長くたなびいている。

「すごい、すごい! こんな絶景、初めて見た」
  一瞬、はしゃぐ少年が姿が山の景色と重なりあった。その背中が稜線の向こうに沈んでゆく太陽に、とり込まれるかのようだった。
  山下は慌てて隆太の首ねっこを引っつかむ。
「さっさと、中に入れ! そんな格好で外にいたら、凍傷になって手足の指を全部なくすぞ!」

 *  *

「馬鹿げてる。まったく、信じられない……ジャージでK2に登頂? 学校の遠足じゃないんだぞ」
 山下は自分のリュックからヤッケを引き出し、それでも着てろ! と、隆太に放り投げた。
「あ、俺、今日は遠足だよ。秋山登山。“テーマは自然に溶け込もう”」
「……」
「せっかく、村田が“焼き芋”作ってくれたのに、食べそこねたなあ。ちぇ、思い出すと、腹がへってきた。おっさん、何か食うもんない?」
「おっさんは、やめろ! 俺には山下 慶一って名前があるんだ。あいにく、食料はほとんど、雪崩で流されてしまった。リュックを探れば、非常食の残りくらいはあるかもしれないが……」

 えっ、困ったなあ。と隆太は自分のポケットをごそごそと探りだす。

 栗の実、ブナの葉、鉄釘、そして、ぴょこんと飛び出したアオガエル。

「お前のポケットは、地球の裏にでもつながってんのか!」

 どこの登山家が、高度7700mでアオカエルを見るんだ?  あきれ返る山下を気にもせず、隆太はうれしげに笑った。

「あった、あった。おやつにとっておいたチョコレート。えーっと、俺と、おっさん……山下だっけ、それと……」
 少し、俯いて隆太が言った。

「あんた、一人?」
「今……はな」
「今はって?」
「俺のパートナーは、北壁の割れ目の深い谷底に……落ちていった」


 山では弱気になることは、禁忌だ。くじけた心では、気が遠くなるような雪渓を乗り越えることはできない。

「まだ、日があるうちに、このテントの周囲を見にいってくる。うまくルートが見つかれば明日は下のキャンプ地におりれるかもしれない」
 山下はわざと明るい声で言った。そして、お前はここを絶対に動くなと、言い残すと、外へ出て行った。

「あ~あ、ここ、退屈だよな……」

 隆太は、少し頬を膨らませると、ごろんとテントに横になる。
 さわさわと外の雪がきしむ音
 
 あのおっさん、このままだと、死ぬな……

 *  *  *

「まいったな、ここまで積雪があるとは……」

 山下は口を真一文字にくいしばった。
 膝上まですっぽり、雪に埋もり身動きがとれない。山の上部ではまた、風が激しく舞いだした。
 耳元をびゅうと、風が通り過ぎた時、

 パキッ

 氷の裂ける音がした。

「しまった! クレバス(氷の裂け目)に……」

 驚く間もなく、山下は積雪で隠されていた落とし穴に引きずり込まれていった。 
 真っ暗な奈落に落ちてゆく。だが、突然、開けた明るい景色に目をみはる。

「ここは……?」

 青い空、白い雲。

 がさごそと、手を伝わってくる落ち葉の感触。

 “俺、今日は遠足だよ。秋山登山”

 隆太の言葉が頭をよぎる。
 山下は思わず笑みを浮べた。差し迫った現実から、一瞬、目をそらしたい衝動にかられたのだ。だが、

「馬鹿な! K2の雪と氷と風は幻なんかじゃない。俺を騙すのはやめろっ!」

 *  *
 
 再び吹雪に閉ざされた雪稜で、山下は天を仰いだ。
 
 “ちぇっ、何でもどってきちまうんだよ”

 風がその足元の雪をふわりと舞い上げた。
 

 一面の白い世界が強風にさらされ、激しく揺れうごいている。

 もう、無理だ。これでは一歩も動けない。

 山下は、何かを諦めたかのように、その場に膝から崩れおちた。だが、岩とは違う硬い感触を手元に感じ、はっと、そちらに目をむける。

 これは、あいつのピッケル……?

 谷に落ちていったパートナーの。
 
 その時、一瞬、途切れた雪の間から、頂上付近が垣間見えた。

  K2の聖なる頂……何故、お前は俺たちを拒むんだ!

 再び視界は閉ざされ、日は暮れて、闇までが近づいてくる。
 俺は、ここで死ぬのか……雪に埋もれて、たった一人で……。


  “一人じゃない……んだよなあ”

  頭上から突然響いてきた声。信じられないくらいK2に不釣合いなジャージ姿の少年

 笹原 隆太……

「お前、何でそこにいるっ、ついて来るなと言ったのに!」
「だって、秋山登山に誘ったって、来やしない。だから、教えてやろうと思って」
「何っ?」
「雪崩が来るんだよ」

 音もなく波のような雪が流れてきた。
 そして、隆太は鮮やかに笑った。

 “山が人を拒むものか。山はそこに居るだけだ”

 *  *

「隆太、遊んでないで早くやれよ。終わってないのは、俺たちの班だけなんだぞ」
   またまた、うるさい村田がやってきた。
 学校のHRの時間。今日の課題は、秋山遠足のレポートをパソコンでまとめる作業。
「ちょっと待てよ。今、クックポット見てるんだ」
「はあ? お前、ネットでも食い物サイト見てるんか。そんなのは休み時間に見ろよ。時間がないんだから、さっさと、画面もどせ」
   隆太からマウスを、奪い取った村田は、あれ? とパソコンのトップニュースに目をやった。

「先日、世界第二の高峰K2(8,611m)の北壁で雪崩が起き、登山中の日本山岳隊隊員、佐伯 数馬、山下 慶一が巻き込まれた模様。両名とも捜索を断念……ま、死んでても、仕方ないわな。そんな高い山に登るんじゃ」

 その時、教頭に付き添われ、教室に見知らぬ男が入ってきた。
「今日から来てもらった、産休の担任の代わりで、地理も教えてくれる先生を紹介するからみんな、着席」

 えっ!
 何っ!

 互いに顔を見交わす、隆太とその男。
「何でお前がここにいるんだっ!」

 笹原 隆太!

 やっぱり、ついて来たんだな。でも……この展開は以外だったなあ。

 隆太は照れたような笑いを浮べた。

 おっさん、名前は……山下 慶一

 *  *

 HRが終わった後の廊下。隆太を山下がとっ捕まえる。

「こらっ、待てっ、  俺にきちんと説明しろ」
「何だよ。もう、帰るんだから邪魔するな」
「帰るな! まだ、二時間目が終わったところだ」
「あんたなんか、知らない」
「しらばっくれるな!」

 あの雪崩の後
 何で俺は神室山(東北の)にいたんだ。
 お前は何故、K2に現われた。
 そして、
 何で俺は生きてるんだ?

 “時の間を飛び越えてしまったんだよ”

 え?  山下の頭に響いてきた声

「あの後、この学校の知合いに頼みこんで、先生の職を世話してもらったんだ。登山家の山下 慶一の名は伏せて。その説明も四苦八苦だ。考えてもみろよ。K2で死んだはずの男が、一週間もしないうちに日本にいるなんておかしすぎる」
 まくしたてるように山下は言った。
「ほとぼりが冷めたら、俺は、またK2に登る。あの山で別れたパートナーが心残りでならないんだ」

 しらばっくれてるのも、面倒になってきた。ふうと一つ息を吐くと、隆太は笑った。

「おっさん、また、死ぬぞ」
「死ぬものか。K2の頂を俺はまだ、見ていない」

 ふうん。なら、勝手にすればいいや。

「俺、帰るから。今日の給食は、一番まずい酢豚チャーハンなんだ」

 廊下の窓からひゅうと秋風が飛びこんできた。舞いこんできた銀杏の葉がくるりと宙を舞った瞬間、目の前から突然、隆太がいなくなった。

「……あいつ、堂々と消えやがった」
 
 もう、驚く気にもなれない。山下は、苦い笑いを浮べると、次の教室へ歩き出した。

 はらはらと舞う銀杏の間を縫うように、風が通り過ぎてゆく。


 “山は人を拒まない。だから、人は山を目指すのか……”

 
  時の間をすり抜けて


        【時の守り人】  ~  秋 ~  (完)

   
          ― 第5話に続く ―





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...