Guardian of Time ~ 時の守り人

RIKO

文字の大きさ
40 / 40
最終話 ~春~

7. 花よりほかに知る人もなし(挿絵あり)

しおりを挟む
 保健室に続く廊下、隆太を背負いながら、村田はふと窓から飛び込んできた桜の花に目をやった。
 くるくると舞って、隆太の頭に落ちてきたひとひらの桜。

  もろともに あはれと思へ 山桜
  花よりほかに 知る人もなし

 ふと、村田の心にそんな句が浮かび上がった

  この句の意味って? 何だっけ……

 山桜よ。花のおまえくらいしか、心をかよわす人がいないのだ……

「桜しか心をかよわす人がいないなんて……そんなことないよな」

  村田は、隆太の顔をちらりとうかがってつぶやいた。

「俺とお前は親友なんだろ?」


 *  *

「まったく、無駄に時間をくっちまった」

  和也を自宅まで送り届け、学校へ戻ってきた臨時担任の山下は小さく息をついた。もう時間は夕刻にせまり、校舎に人影は見当たらない。

  そういえば、笹原はどうしただろう?

  桜の木の下で、眠り込んでしまっていた隆太。

  村田に保健室に連れて行けと言っておいたが、まだ、そこにいるんだろうか。

  何だか、やけに気になって、山下は保健室へ向かう廊下を足早に歩いていった。
  窓から飛び込んできた桜の花びらが、くるり、くるりと舞いながら、その後を追う。
  保健室の扉を少し開いた時、山下は一瞬、その手を止めた。

 おかしい……この向こうの空気……何か、違う。

  くるりと鼻先に舞い降りてきた桜の花びら。
 その瞬間、はっと目を見開き、山下は力まかせに保健室の扉を開いた。

「笹原っ!」

  桜、桜、桜の花が……!
  保健室全部を薄桃色に染め上ている。

  上下左右に乱舞する桜吹雪!

  山下は唖然と、保健室の机に座って彼を見ている隆太の方に視線を移した。

「あれ、おっさん。何で来ちゃったんだよ」
「笹原! お前、ここで何してるっ!」
「何って、もう、戻るんだよ」
「戻るってどこへ!」

 隆太は少し笑って言った。

  ― 時の中心へ。時の彼方へ ―

「心配すんな、一年もすれば戻ってくるから。でも、本当は嫌なんだ。いつかは帰って来れなくなるから……その場所で時を見据える。それが、俺の仕事だから……。

  春を迎え、夏を過ごし、秋を羽包み、冬を見守る

     四季の守人

  桜色の空気が元にかえってゆく。それと共に隆太の姿も薄まり出した。

「い、一年たったら、戻ってくるんだな!  今回は戻ってくるんだな」
「もどってくるよ。まだ、俺はみんなと遊んでいたいから」
「一年後のいつ?」
「一年後の春に」

  こいつが普通じゃないのは、前からわかっていたんだ。けれども、こんな別れはご免だぞ。山下はまくしたてるように、大声で叫んだ。

「約束しろっ!  必ず一年たったら、帰ってくると」
「約束? おっさんにしては、かわいいことを言うんだな。なら……」
「なら……?」

 山下はぐっと息を飲み込んだ。

 すると、隆太は鮮やかに笑った。

「時を止めておくよ。春のまま。次に帰ってくる

  お、おいっ、冗談じゃないぞ!  時を止めてゆくなんて、そんなこと、困る!
 
 激しく舞い上がった桜吹雪。

  クスクスクス……

 桜吹雪の中、いっぱいに広がった隆太の笑い声。
 それが、やがて聞こえなくなった時、保健室には山下一人が取り残された。

  人っ子ひとり、ひとひらの桜も残さずに……。

「行っちまいやがった……」

 山下はただ、唖然と保健室の窓から暮れてゆく空を見つめていた。

*  * 

 夏。

「結局、夏が来たじゃないか。笹原の奴、時を止めるなんて言いやがって」

 葉桜になった桜の木でがなりたてるミンミン蝉がうるさくて、山下は眉間に皺をよせた。

「あ、先生。留学生が一人、トレッキングサークルに入るってよ」

 校庭の向こうから駆けてくる村田とゆうちゃんに山下は笑顔を作った。今年、正式に学園の教員に採用された山下は、高等部と中等部にかけ持ちの”山歩きトレッキングサークル”の顧問も兼任している。

「へえ? 留学生か。誰でも大歓迎だ。これでメンバーが三人だな」
「中等部からも何人か入ってくれるみたいだし、美夏もテニス部と兼部してくれるかもしれないって」

 今年、山下が発足させた軽登山のサークル。といっても、メンバー集めはこれからなのだが。

「大丈夫だ。笹原が帰ってきたら、”親友”の俺が即、入部させるし」
 と、村田が笑った。

「でも、俺はまだ信じられない。隆太に海外留学なんて似合わなすぎだ」
「それに、行ってきますとも言わないで、いなくなるから、美夏ちゃんが怒ってたわよ」
「はぁ? 隆太が突然、いなくなるのなんていつものことだろ。何で石井が怒るんだ」
「村田……あんたって、”超”鈍感男」

 二人の会話を聞きながら、苦し紛れに”海外留学”と言ったものの、やはり無理があったかと山下は苦笑する。

 しかし、あいつ、本当に帰ってくるんだろうな。

  いないことが多かったわりには、いないと、会いたいと心が逸る。

 村田たちと別れてから、山下が一人で校庭を歩いていると、他の生徒たちの声が、ふと耳に響いてきた。

「この桜の木っておかしいんだよね~。春からずっと上の方に一輪だけ、枯れない桜の花がついてるんだ」
「うっそお。誰かがいたずらで偽物をつけてんじゃないの」
「わざわざ、あんな高い場所に登ってまで?」

 歩き去る生徒たちを入れ替わるように、桜の木の下にやってきた山下は、真上を見上げて、ふっと小さく笑みを浮かべた。

  ― 花よりほかに知る人もなし ―

 葉桜の中に、鮮やかに映える薄桃色の桜の花。

 ― なら、時を止めてゆくよ ―

「そうか、あの桜の花の時だけをお前は止めていったのか」


 それでも――
 季節は移り変わってゆく。

 春夏秋冬

 めぐる時は、決してとどまることもなく。
 

 
    【時の守り人】 最終話 ~ 春 ~  

   
           ― 完 ―



*お読みくださり、ありがとうございました。
  隆太は時の彼方へ戻ってゆきましたが、いつか、どこかで会えることを願いつつ。
   
  RIKO
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

月の綺麗な夜に終わりゆく君と

石原唯人
恋愛
ある日、十七才の春に僕は病院で色のない少女と出会う。 それは、この場所で出会わなければ一生関わる事のなかった色のない彼女とモノクロな僕の 秘密の交流。 彼女との交流によって諦観でモノクロだった僕の世界は少しずつ色づき始める。 十七歳、大人でも子どもでもないトクベツな時間。 日常の無い二人は限られて時間の中で諦めていた当たり前の青春へと手を伸ばす。 不器用な僕らの織り成す物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...