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最終話 ~春~
7. 花よりほかに知る人もなし(挿絵あり)
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保健室に続く廊下、隆太を背負いながら、村田はふと窓から飛び込んできた桜の花に目をやった。
くるくると舞って、隆太の頭に落ちてきたひとひらの桜。
もろともに あはれと思へ 山桜
花よりほかに 知る人もなし
ふと、村田の心にそんな句が浮かび上がった
この句の意味って? 何だっけ……
山桜よ。花のおまえくらいしか、心をかよわす人がいないのだ……
「桜しか心をかよわす人がいないなんて……そんなことないよな」
村田は、隆太の顔をちらりとうかがってつぶやいた。
「俺とお前は親友なんだろ?」
* *
「まったく、無駄に時間をくっちまった」
和也を自宅まで送り届け、学校へ戻ってきた臨時担任の山下は小さく息をついた。もう時間は夕刻にせまり、校舎に人影は見当たらない。
そういえば、笹原はどうしただろう?
桜の木の下で、眠り込んでしまっていた隆太。
村田に保健室に連れて行けと言っておいたが、まだ、そこにいるんだろうか。
何だか、やけに気になって、山下は保健室へ向かう廊下を足早に歩いていった。
窓から飛び込んできた桜の花びらが、くるり、くるりと舞いながら、その後を追う。
保健室の扉を少し開いた時、山下は一瞬、その手を止めた。
おかしい……この向こうの空気……何か、違う。
くるりと鼻先に舞い降りてきた桜の花びら。
その瞬間、はっと目を見開き、山下は力まかせに保健室の扉を開いた。
「笹原っ!」
桜、桜、桜の花が……!
保健室全部を薄桃色に染め上ている。
上下左右に乱舞する桜吹雪!
山下は唖然と、保健室の机に座って彼を見ている隆太の方に視線を移した。
「あれ、おっさん。何で来ちゃったんだよ」
「笹原! お前、ここで何してるっ!」
「何って、もう、戻るんだよ」
「戻るってどこへ!」
隆太は少し笑って言った。
― 時の中心へ。時の彼方へ ―
「心配すんな、一年もすれば戻ってくるから。でも、本当は嫌なんだ。いつかは帰って来れなくなるから……その場所で時を見据える。それが、俺の仕事だから……。
春を迎え、夏を過ごし、秋を羽包み、冬を見守る
四季の守人
桜色の空気が元にかえってゆく。それと共に隆太の姿も薄まり出した。
「い、一年たったら、戻ってくるんだな! 今回は戻ってくるんだな」
「もどってくるよ。まだ、俺はみんなと遊んでいたいから」
「一年後のいつ?」
「一年後の春に」
こいつが普通じゃないのは、前からわかっていたんだ。けれども、こんな別れはご免だぞ。山下はまくしたてるように、大声で叫んだ。
「約束しろっ! 必ず一年たったら、帰ってくると」
「約束? おっさんにしては、かわいいことを言うんだな。なら……」
「なら……?」
山下はぐっと息を飲み込んだ。
すると、隆太は鮮やかに笑った。
「時を止めておくよ。春のまま。次に帰ってくるその時まで」
お、おいっ、冗談じゃないぞ! 時を止めてゆくなんて、そんなこと、困る!
激しく舞い上がった桜吹雪。
クスクスクス……
桜吹雪の中、いっぱいに広がった隆太の笑い声。
それが、やがて聞こえなくなった時、保健室には山下一人が取り残された。
人っ子ひとり、ひとひらの桜も残さずに……。
「行っちまいやがった……」
山下はただ、唖然と保健室の窓から暮れてゆく空を見つめていた。
* *
夏。
「結局、夏が来たじゃないか。笹原の奴、時を止めるなんて言いやがって」
葉桜になった桜の木でがなりたてるミンミン蝉がうるさくて、山下は眉間に皺をよせた。
「あ、先生。留学生が一人、トレッキングサークルに入るってよ」
校庭の向こうから駆けてくる村田とゆうちゃんに山下は笑顔を作った。今年、正式に学園の教員に採用された山下は、高等部と中等部にかけ持ちの”山歩きサークル”の顧問も兼任している。
「へえ? 留学生か。誰でも大歓迎だ。これでメンバーが三人だな」
「中等部からも何人か入ってくれるみたいだし、美夏もテニス部と兼部してくれるかもしれないって」
今年、山下が発足させた軽登山のサークル。といっても、メンバー集めはこれからなのだが。
「大丈夫だ。笹原が帰ってきたら、”親友”の俺が即、入部させるし」
と、村田が笑った。
「でも、俺はまだ信じられない。隆太に海外留学なんて似合わなすぎだ」
「それに、行ってきますとも言わないで、いなくなるから、美夏ちゃんが怒ってたわよ」
「はぁ? 隆太が突然、いなくなるのなんていつものことだろ。何で石井が怒るんだ」
「村田……あんたって、”超”鈍感男」
二人の会話を聞きながら、苦し紛れに”海外留学”と言ったものの、やはり無理があったかと山下は苦笑する。
しかし、あいつ、本当に帰ってくるんだろうな。
いないことが多かったわりには、いないと、会いたいと心が逸る。
村田たちと別れてから、山下が一人で校庭を歩いていると、他の生徒たちの声が、ふと耳に響いてきた。
「この桜の木っておかしいんだよね~。春からずっと上の方に一輪だけ、枯れない桜の花がついてるんだ」
「うっそお。誰かがいたずらで偽物をつけてんじゃないの」
「わざわざ、あんな高い場所に登ってまで?」
歩き去る生徒たちを入れ替わるように、桜の木の下にやってきた山下は、真上を見上げて、ふっと小さく笑みを浮かべた。
― 花よりほかに知る人もなし ―
葉桜の中に、鮮やかに映える薄桃色の桜の花。
― なら、時を止めてゆくよ ―
「そうか、あの桜の花の時だけをお前は止めていったのか」
それでも――
季節は移り変わってゆく。
春夏秋冬
めぐる時は、決してとどまることもなく。
【時の守り人】 最終話 ~ 春 ~
― 完 ―
*お読みくださり、ありがとうございました。
隆太は時の彼方へ戻ってゆきましたが、いつか、どこかで会えることを願いつつ。
RIKO
くるくると舞って、隆太の頭に落ちてきたひとひらの桜。
もろともに あはれと思へ 山桜
花よりほかに 知る人もなし
ふと、村田の心にそんな句が浮かび上がった
この句の意味って? 何だっけ……
山桜よ。花のおまえくらいしか、心をかよわす人がいないのだ……
「桜しか心をかよわす人がいないなんて……そんなことないよな」
村田は、隆太の顔をちらりとうかがってつぶやいた。
「俺とお前は親友なんだろ?」
* *
「まったく、無駄に時間をくっちまった」
和也を自宅まで送り届け、学校へ戻ってきた臨時担任の山下は小さく息をついた。もう時間は夕刻にせまり、校舎に人影は見当たらない。
そういえば、笹原はどうしただろう?
桜の木の下で、眠り込んでしまっていた隆太。
村田に保健室に連れて行けと言っておいたが、まだ、そこにいるんだろうか。
何だか、やけに気になって、山下は保健室へ向かう廊下を足早に歩いていった。
窓から飛び込んできた桜の花びらが、くるり、くるりと舞いながら、その後を追う。
保健室の扉を少し開いた時、山下は一瞬、その手を止めた。
おかしい……この向こうの空気……何か、違う。
くるりと鼻先に舞い降りてきた桜の花びら。
その瞬間、はっと目を見開き、山下は力まかせに保健室の扉を開いた。
「笹原っ!」
桜、桜、桜の花が……!
保健室全部を薄桃色に染め上ている。
上下左右に乱舞する桜吹雪!
山下は唖然と、保健室の机に座って彼を見ている隆太の方に視線を移した。
「あれ、おっさん。何で来ちゃったんだよ」
「笹原! お前、ここで何してるっ!」
「何って、もう、戻るんだよ」
「戻るってどこへ!」
隆太は少し笑って言った。
― 時の中心へ。時の彼方へ ―
「心配すんな、一年もすれば戻ってくるから。でも、本当は嫌なんだ。いつかは帰って来れなくなるから……その場所で時を見据える。それが、俺の仕事だから……。
春を迎え、夏を過ごし、秋を羽包み、冬を見守る
四季の守人
桜色の空気が元にかえってゆく。それと共に隆太の姿も薄まり出した。
「い、一年たったら、戻ってくるんだな! 今回は戻ってくるんだな」
「もどってくるよ。まだ、俺はみんなと遊んでいたいから」
「一年後のいつ?」
「一年後の春に」
こいつが普通じゃないのは、前からわかっていたんだ。けれども、こんな別れはご免だぞ。山下はまくしたてるように、大声で叫んだ。
「約束しろっ! 必ず一年たったら、帰ってくると」
「約束? おっさんにしては、かわいいことを言うんだな。なら……」
「なら……?」
山下はぐっと息を飲み込んだ。
すると、隆太は鮮やかに笑った。
「時を止めておくよ。春のまま。次に帰ってくるその時まで」
お、おいっ、冗談じゃないぞ! 時を止めてゆくなんて、そんなこと、困る!
激しく舞い上がった桜吹雪。
クスクスクス……
桜吹雪の中、いっぱいに広がった隆太の笑い声。
それが、やがて聞こえなくなった時、保健室には山下一人が取り残された。
人っ子ひとり、ひとひらの桜も残さずに……。
「行っちまいやがった……」
山下はただ、唖然と保健室の窓から暮れてゆく空を見つめていた。
* *
夏。
「結局、夏が来たじゃないか。笹原の奴、時を止めるなんて言いやがって」
葉桜になった桜の木でがなりたてるミンミン蝉がうるさくて、山下は眉間に皺をよせた。
「あ、先生。留学生が一人、トレッキングサークルに入るってよ」
校庭の向こうから駆けてくる村田とゆうちゃんに山下は笑顔を作った。今年、正式に学園の教員に採用された山下は、高等部と中等部にかけ持ちの”山歩きサークル”の顧問も兼任している。
「へえ? 留学生か。誰でも大歓迎だ。これでメンバーが三人だな」
「中等部からも何人か入ってくれるみたいだし、美夏もテニス部と兼部してくれるかもしれないって」
今年、山下が発足させた軽登山のサークル。といっても、メンバー集めはこれからなのだが。
「大丈夫だ。笹原が帰ってきたら、”親友”の俺が即、入部させるし」
と、村田が笑った。
「でも、俺はまだ信じられない。隆太に海外留学なんて似合わなすぎだ」
「それに、行ってきますとも言わないで、いなくなるから、美夏ちゃんが怒ってたわよ」
「はぁ? 隆太が突然、いなくなるのなんていつものことだろ。何で石井が怒るんだ」
「村田……あんたって、”超”鈍感男」
二人の会話を聞きながら、苦し紛れに”海外留学”と言ったものの、やはり無理があったかと山下は苦笑する。
しかし、あいつ、本当に帰ってくるんだろうな。
いないことが多かったわりには、いないと、会いたいと心が逸る。
村田たちと別れてから、山下が一人で校庭を歩いていると、他の生徒たちの声が、ふと耳に響いてきた。
「この桜の木っておかしいんだよね~。春からずっと上の方に一輪だけ、枯れない桜の花がついてるんだ」
「うっそお。誰かがいたずらで偽物をつけてんじゃないの」
「わざわざ、あんな高い場所に登ってまで?」
歩き去る生徒たちを入れ替わるように、桜の木の下にやってきた山下は、真上を見上げて、ふっと小さく笑みを浮かべた。
― 花よりほかに知る人もなし ―
葉桜の中に、鮮やかに映える薄桃色の桜の花。
― なら、時を止めてゆくよ ―
「そうか、あの桜の花の時だけをお前は止めていったのか」
それでも――
季節は移り変わってゆく。
春夏秋冬
めぐる時は、決してとどまることもなく。
【時の守り人】 最終話 ~ 春 ~
― 完 ―
*お読みくださり、ありがとうございました。
隆太は時の彼方へ戻ってゆきましたが、いつか、どこかで会えることを願いつつ。
RIKO
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