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第三章〜サードフィル〜
第六十六話「会談の後始末 Part2」
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「やれやれ、大変なことをしてくれたものだ」
「申し訳ありませんでした」
「ショウゴが謝る事ではない!! 悪いのは私だ!」
大使を別室に運び出した今、この晩餐の間にいるのは侯爵、伯爵、ティナ、大使の魔法使いの少女だ。俺たちはそれぞれ椅子に座り話し合っていた。
「ファウスティーナ卿、貴様ももう赤子ではないのだ。貴様は誰に騎士の忠誠を捧げた?」
「そ、それは……ショウゴだ」
ティナは侯爵が言おうとしている事を察したようで言葉に詰まっていた。
「左様、つまり貴様の粗相は主人の不始末。何かあれば罪に問われるのは貴様ではなく、ショウゴだ。仮に目の前でショウゴが処刑でもされてみろ。この男は決してお前に後を追う事を許してくれはしないだろう。想像してみろ、最愛の人を失い、空虚な世界で一人取り残され、その寂しさを埋めるように剣を振るい、その結果血に塗れた自分の姿を」
侯爵はまるで自分の話をしているみたいに、真に迫る様な話し方をしていた。
「…………ギリッ」
ティナの歯軋りが聞こえ、彼女が固く握った拳の骨が軋む音がした。あまりにも体を強張らせている彼女を見ていられず、俺は右隣に座っているティナの左手をこの手で優しく包んだ。彼女の拳は力強く震えていた。何かに強く揺さぶられながらも頑強な抵抗をしている城門の様だった。
俺がその肌に触れると、彼女はハッとした様に先程まで俯き殺気立っていた瞳を、ゆっくりと俺の方へ向けた。彼女が俺を見たのを確認すると微笑みながら声を掛けた。
「大丈夫だよティナ、俺は君を置いてどこにも行かないよ」
「うっ……ショウゴ、すまない。本当にすまない、私のせいでお前を失ったらと思うと恐怖で体が竦むんだ」
(私は一体どうしてしまったと言うんだ。常に戦場で命のやり取りをして来た。相手が向けて来る殺気や、剣先を恐れたことなど一度たりとも無かった! ……だと言うのに、ショウゴを失うかもしれない。そう考えるだけで全身に感じた事もない悪寒と戦慄が駆け抜ける。)
彼女の金色の瞳は猛々しかった光から一変して、憂いを含んだ脆い少女の様なものへと変わった。彼女は本当に怯えていた。
やっと彼女と心が通じ合えた様な気がした。ティナは男より勇しくて、暴力を前に恐怖しない戦士でもあり、時に俺はそんな彼女を心のどこかで理解出来ていなかった。いくら日本の裏社会と表裏一体な歌舞伎町にいたからと言って、平和ボケした日本から来た俺には、目の前で人が斬り殺される光景は失神ものだ。
でも、今ティナが感じている大切な誰かを失うかもしれないという恐怖、それだけは俺にも痛いほど分かる。この世界に来て一年も経っていないのに、大切な人が増えすぎてしまったな。
「だから大丈夫だよ! 今回の事だって本当に悪いのはあっちなんだし、きっと侯爵がなんとかしてくれるよ。だって俺、今回結構役に立ったじゃん? そうですよねシールズ侯爵閣下」
俺はティナの左手をこの右手で握ったまま、誕生日席に座っているシールズ侯爵の方へ振り向いた。
「早速、報酬を責付つもりか?」
「えぇ、会談の時に愚痴はいくらでも聞いてくださるとおしゃっていましたよね?」
「覚えていたか」
「もちろんです」
侯爵はニヤッと笑った。
「まぁ良かろう、此度の働き誠に大義であった。望みを言ってみるが良い、ランバーグ王国に忠誠を捧げている、このマリウス・シールズが力の限り実現させて見せよう!」
よっしゃぁ~酒造りとはなんの関係も無いプレッシャーから解放される上に、給料日キタァ!! やばいめっちゃ気持ちがルンルンして来た。さぁて、なに頼もうかな。
俺は浮かれに浮かれたが、すぐに我へと返って緊急性を孕んだ問題を直視した。
俺の最大の望みは……。
「今回のファウスティーナの不始末を不問にして頂きたい。それ以外は求めません」
それを聞いたティナが俺の手を振り払い勢いよく立ち上がった。
「ショウゴ!! そんなのダメだ! 今回の報酬はお前に払われるべきものだ! そんな慈悲をお前に掛けられるぐらいなら死んだほうがマシだ!!」
俺はティナの最後の言葉に激昂した。そこからは理性的な思考なんて出来なくて、ただ叫んでいた気がする。
「死ぬなんて簡単に言うなよ!!」
「……」
俺は座ったまま、初めてティナに怒鳴った。ティナは本当に驚いていた。俺がこんなに怒りを込めて彼女に接した事がないから。きっと普段は怒らない人が怒った時のあれだ。
俺は座ったまま立ち上がったティナを見上げて真摯な眼差しを送り付けた。
「ティナは俺を失う事が怖かったんでしょ。じゃぁ何で俺がティナを失う事が怖いって事を分かってくれないの?」
「あっ……」
俺の気持ちの内を悟った彼女の表情は、一変して唖然としていた。そして力が抜けた様に彼女は静かに自分の席へ座り直した。
「痴話喧嘩は後にしてくれるかな?」
「あっ、失礼しました侯爵。それで聞き入れてもらえますか?」
「お安い御用だ、貴様には借りがあるからな。それにだ、忙しくなるのはこれからだぞ?」
「えっと……それは一体どういう事でしょうか?」
俺は予想外にティナの罪が簡単に不問になった事に驚いたが、それ以上に不穏な事を口走る侯爵の話が気になってしまった。
「お前のウイスキーを世界が知る事になると言う事だ」
「えっ?」
「間の抜けた声だな。貴様が今回献上してくれた酒を、アレスの大使が飲んだのだぞ?」
「あっ」
そうか、アレス商国は他国だ。それに結構俺の酒を気に入ってたよな、あの小さな董卓みたいなおっさん。でも、だから何なんだ?
俺がイマイチ腑に落ちていないような顔をしていると侯爵は呆れた顔を呈し始めた。
「馬鹿者、貴様のウイスキーは各国の金持ちがこぞって欲しがる様な嗜好品なのだ。その創業者である貴様の酒には、お前の意思と関係なく付加価値が付く。つまり」
「つまり……何ですか?」
「貴様はただの平民で、その平民を貴族がどうしようと誰も声を上げられない、つまり都合の良い金のなる木だと言うことだ」
「へっ?!」
どう言う意味だ? 俺のことをどうしようって言うんだ? 俺の酒がうまいことは認めよう。理想の味にはまだまだ程遠いが、真剣に作っている事は間違い無いからな。でも、俺が金のなる木? ウイスキーの無理な生産体制下での大量生産だけは絶対にしないぞ?
俺はこれまたイマイチピンと来ていない顔をした。
「はぁ、お前の危機管理はどうなっているのだ。頼むから酒以外の事へ目を向けてくれないか。そうでないと貴様は自分の信念を曲げてでも酒を造らされる事になるんだぞ?」
「……なるほど、そうですよね、すみません」
俺はやっと理解した。俺は平民で力がない、だけど貴族が欲しがるうまい酒を造る事ができる。平民を奴隷のように扱っても、誰も助けてくれない、なぜなら俺が平民だから。
そうすれば、俺の忌み嫌う酒蔵の個性的な味を無視して、伝統をぶち壊してまで利益に走るような大量生産が始まる。味はあれでも俺のブランドの名の元に酒は売れる。
そうか、だからか……俺は初めて権力を欲した。全ての大切なものを守る為に、こうやって昔の人達は権力を欲しがったんだな。
力が欲しい。
「僕に爵位をください。くださるならば、あなたの下に付きます。ただし、俺は造りたい酒しか造りません。それが条件です」
「ふっ、お前がそんな条件を私に突き付けようと、それを私が突っぱねたらどうする気だ?」
確かにその力がアンタにはあるよな。だけど舐めんな……。
「その時はティナの暴力を解放して、他国へ逃げ込みますよ。そこでウイスキーを造ります」
「ハハハハッ、此奴め! 抜けているかと思えば、中々的確な手を打って来るではないか! 良いだろう貴様に爵位を授けよう」
侯爵は非常に愉快そうだった。
俺と侯爵は最近会ったばかりで信用できるとは思っていないが、この人が無類の酒好きな事だけは知っている。俺がうまい酒を造る限り、彼は俺の事を手放さないと思っている。
お気に入りのおもちゃを壊すほど、彼は愚かでもサイコパスでも無いはずだ。
「申し訳ありませんでした」
「ショウゴが謝る事ではない!! 悪いのは私だ!」
大使を別室に運び出した今、この晩餐の間にいるのは侯爵、伯爵、ティナ、大使の魔法使いの少女だ。俺たちはそれぞれ椅子に座り話し合っていた。
「ファウスティーナ卿、貴様ももう赤子ではないのだ。貴様は誰に騎士の忠誠を捧げた?」
「そ、それは……ショウゴだ」
ティナは侯爵が言おうとしている事を察したようで言葉に詰まっていた。
「左様、つまり貴様の粗相は主人の不始末。何かあれば罪に問われるのは貴様ではなく、ショウゴだ。仮に目の前でショウゴが処刑でもされてみろ。この男は決してお前に後を追う事を許してくれはしないだろう。想像してみろ、最愛の人を失い、空虚な世界で一人取り残され、その寂しさを埋めるように剣を振るい、その結果血に塗れた自分の姿を」
侯爵はまるで自分の話をしているみたいに、真に迫る様な話し方をしていた。
「…………ギリッ」
ティナの歯軋りが聞こえ、彼女が固く握った拳の骨が軋む音がした。あまりにも体を強張らせている彼女を見ていられず、俺は右隣に座っているティナの左手をこの手で優しく包んだ。彼女の拳は力強く震えていた。何かに強く揺さぶられながらも頑強な抵抗をしている城門の様だった。
俺がその肌に触れると、彼女はハッとした様に先程まで俯き殺気立っていた瞳を、ゆっくりと俺の方へ向けた。彼女が俺を見たのを確認すると微笑みながら声を掛けた。
「大丈夫だよティナ、俺は君を置いてどこにも行かないよ」
「うっ……ショウゴ、すまない。本当にすまない、私のせいでお前を失ったらと思うと恐怖で体が竦むんだ」
(私は一体どうしてしまったと言うんだ。常に戦場で命のやり取りをして来た。相手が向けて来る殺気や、剣先を恐れたことなど一度たりとも無かった! ……だと言うのに、ショウゴを失うかもしれない。そう考えるだけで全身に感じた事もない悪寒と戦慄が駆け抜ける。)
彼女の金色の瞳は猛々しかった光から一変して、憂いを含んだ脆い少女の様なものへと変わった。彼女は本当に怯えていた。
やっと彼女と心が通じ合えた様な気がした。ティナは男より勇しくて、暴力を前に恐怖しない戦士でもあり、時に俺はそんな彼女を心のどこかで理解出来ていなかった。いくら日本の裏社会と表裏一体な歌舞伎町にいたからと言って、平和ボケした日本から来た俺には、目の前で人が斬り殺される光景は失神ものだ。
でも、今ティナが感じている大切な誰かを失うかもしれないという恐怖、それだけは俺にも痛いほど分かる。この世界に来て一年も経っていないのに、大切な人が増えすぎてしまったな。
「だから大丈夫だよ! 今回の事だって本当に悪いのはあっちなんだし、きっと侯爵がなんとかしてくれるよ。だって俺、今回結構役に立ったじゃん? そうですよねシールズ侯爵閣下」
俺はティナの左手をこの右手で握ったまま、誕生日席に座っているシールズ侯爵の方へ振り向いた。
「早速、報酬を責付つもりか?」
「えぇ、会談の時に愚痴はいくらでも聞いてくださるとおしゃっていましたよね?」
「覚えていたか」
「もちろんです」
侯爵はニヤッと笑った。
「まぁ良かろう、此度の働き誠に大義であった。望みを言ってみるが良い、ランバーグ王国に忠誠を捧げている、このマリウス・シールズが力の限り実現させて見せよう!」
よっしゃぁ~酒造りとはなんの関係も無いプレッシャーから解放される上に、給料日キタァ!! やばいめっちゃ気持ちがルンルンして来た。さぁて、なに頼もうかな。
俺は浮かれに浮かれたが、すぐに我へと返って緊急性を孕んだ問題を直視した。
俺の最大の望みは……。
「今回のファウスティーナの不始末を不問にして頂きたい。それ以外は求めません」
それを聞いたティナが俺の手を振り払い勢いよく立ち上がった。
「ショウゴ!! そんなのダメだ! 今回の報酬はお前に払われるべきものだ! そんな慈悲をお前に掛けられるぐらいなら死んだほうがマシだ!!」
俺はティナの最後の言葉に激昂した。そこからは理性的な思考なんて出来なくて、ただ叫んでいた気がする。
「死ぬなんて簡単に言うなよ!!」
「……」
俺は座ったまま、初めてティナに怒鳴った。ティナは本当に驚いていた。俺がこんなに怒りを込めて彼女に接した事がないから。きっと普段は怒らない人が怒った時のあれだ。
俺は座ったまま立ち上がったティナを見上げて真摯な眼差しを送り付けた。
「ティナは俺を失う事が怖かったんでしょ。じゃぁ何で俺がティナを失う事が怖いって事を分かってくれないの?」
「あっ……」
俺の気持ちの内を悟った彼女の表情は、一変して唖然としていた。そして力が抜けた様に彼女は静かに自分の席へ座り直した。
「痴話喧嘩は後にしてくれるかな?」
「あっ、失礼しました侯爵。それで聞き入れてもらえますか?」
「お安い御用だ、貴様には借りがあるからな。それにだ、忙しくなるのはこれからだぞ?」
「えっと……それは一体どういう事でしょうか?」
俺は予想外にティナの罪が簡単に不問になった事に驚いたが、それ以上に不穏な事を口走る侯爵の話が気になってしまった。
「お前のウイスキーを世界が知る事になると言う事だ」
「えっ?」
「間の抜けた声だな。貴様が今回献上してくれた酒を、アレスの大使が飲んだのだぞ?」
「あっ」
そうか、アレス商国は他国だ。それに結構俺の酒を気に入ってたよな、あの小さな董卓みたいなおっさん。でも、だから何なんだ?
俺がイマイチ腑に落ちていないような顔をしていると侯爵は呆れた顔を呈し始めた。
「馬鹿者、貴様のウイスキーは各国の金持ちがこぞって欲しがる様な嗜好品なのだ。その創業者である貴様の酒には、お前の意思と関係なく付加価値が付く。つまり」
「つまり……何ですか?」
「貴様はただの平民で、その平民を貴族がどうしようと誰も声を上げられない、つまり都合の良い金のなる木だと言うことだ」
「へっ?!」
どう言う意味だ? 俺のことをどうしようって言うんだ? 俺の酒がうまいことは認めよう。理想の味にはまだまだ程遠いが、真剣に作っている事は間違い無いからな。でも、俺が金のなる木? ウイスキーの無理な生産体制下での大量生産だけは絶対にしないぞ?
俺はこれまたイマイチピンと来ていない顔をした。
「はぁ、お前の危機管理はどうなっているのだ。頼むから酒以外の事へ目を向けてくれないか。そうでないと貴様は自分の信念を曲げてでも酒を造らされる事になるんだぞ?」
「……なるほど、そうですよね、すみません」
俺はやっと理解した。俺は平民で力がない、だけど貴族が欲しがるうまい酒を造る事ができる。平民を奴隷のように扱っても、誰も助けてくれない、なぜなら俺が平民だから。
そうすれば、俺の忌み嫌う酒蔵の個性的な味を無視して、伝統をぶち壊してまで利益に走るような大量生産が始まる。味はあれでも俺のブランドの名の元に酒は売れる。
そうか、だからか……俺は初めて権力を欲した。全ての大切なものを守る為に、こうやって昔の人達は権力を欲しがったんだな。
力が欲しい。
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「ふっ、お前がそんな条件を私に突き付けようと、それを私が突っぱねたらどうする気だ?」
確かにその力がアンタにはあるよな。だけど舐めんな……。
「その時はティナの暴力を解放して、他国へ逃げ込みますよ。そこでウイスキーを造ります」
「ハハハハッ、此奴め! 抜けているかと思えば、中々的確な手を打って来るではないか! 良いだろう貴様に爵位を授けよう」
侯爵は非常に愉快そうだった。
俺と侯爵は最近会ったばかりで信用できるとは思っていないが、この人が無類の酒好きな事だけは知っている。俺がうまい酒を造る限り、彼は俺の事を手放さないと思っている。
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