春色ポートレイト

まりも

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4 回帰①

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 カメラの手入れのために、布でカメラのパーツを一つ一つ丁寧に磨いていく。
 いつものルーティンをこなしながら、室内でテレビを流しかける。
 「さぁ!今日は昨年度のCD売り上げランキングトップ10の発表を行います!」
 女性の司会者が声を弾ませて、台本を読み上げている。
 たいした興味も無く流していた番組。その番組は昨年のCDの売上を発表する番組のようだ。昨年度といえば、onceの活動していた時期とも被るのだろうか、とぼんやり眺める。
 煌びやかな衣装を身にまとい、様々なアーティストが歌唱を披露する。現役で活躍しているアーティストばかりの ため、番組内は大いに盛り上がっている。
 確かに、CMや街中のショップで流れてるような楽曲が多いな、と見ていると、3位の発表となった。
 「これから3位の発表です!3位はonceの「RESISTANCE」ですー!本来ならば、ここで楽曲を披露して頂くのですが、現在はお休み中ということで、特別な許可を取りまして、昨年度のライブ映像を流させて頂きたいと思います!」
 その言葉と共に映像が切り替わり、ちょうど1年前に行われたというライブ映像が流れる。
 4人のメンバーが画面に映し出され、軽やらかに踊り歌う。センターには奏でがマイクを握り、歌う。その歌唱は先程までのアーティストとまた一つ違う。奏が画面で切り抜かれて、アップで映し出されると、いつも見ている顔が違うように見えた。
 「こんな顔も出来たんだな。」
 アイドルとしての表情。高虎の知っている奏は不安げでも笑うと天使のような笑みを浮かべる人。テレビの中の奏はアイドルとしての凛とした佇まいで、男の高虎ですら、ドキリとされる微笑も使う、まさにアイドルそのもの。
さらに周りでダンスやサブボーカルとして歌うメンバーのレベルもかなりのものだと、歌や踊りに知識がない高虎ですら、感心してしまうほどだった。
 見入っている間にライブ映像が終わり、番組内でも盛大な拍手が起きていた。
 「うーん、やっぱり素晴らしい歌唱でしたね!私、onceの曲好きなんですよー!」
 「途中で休止しちゃって、売上が伸びきらなかったけど、活動を続けてたらもっと伸びてたかもしれないねー。いやー、また、元気な姿を見せてくれると嬉しいなぁ。」
 司会者とコメンテーターが楽しそうに感想を言い合う。
 これが奏の住んでた世界なんだと、初めて間近に感じる。
 奏はもう二度と芸能の世界に帰りたくないのか、と考えたところで、歌うのが好きだと話していた奏の姿を思い返す。そして、先程の映像。
 「帰りたくない、わけないよな。」
 誰よりもアイドルとして歌い続けたかったであろう奏の心が見えた気がした。


※※※※※※

 『俺ら3位だってー!結構頑張ったから1位になれると思ったのにー!』
 『そう簡単には1位は取れませんよ。』
 『まだまだ頑張らないと駄目って事だな。』

 onceのグループLINEが通知を知らせ、3人の会話を眺めている。
 会話にはあまり参加しないが、3人はいつもグループLINEで会話をする。まるで、何時でも再会できると言わんばかりに。
 初めの頃はメッセージすら見ることが出来なかったが、リーダーの司が心配だから既読だけはつけて欲しいと言ってきてから、このスタイルになってる。
 今放映されている番組について、3人は話している様子だった。
 その番組は神父が見ており、隣で奏も見ていた。
 『このライブ映像懐かしいねー。ちょうど1年前?』
 『そうですね。司のドラマ撮影が被っていて、本当に忙しかったですよね。』
 『あー、それ覚えてるー!ライブ終わってすぐに撮影に行ってたやつ!』
 『ははは、あの時は流石に疲労で死ぬかと思ったな。』
 ピコンピコンと、通知が流れていく。懐かしいなぁ、と映像を見ていく。
 「かなくん。」
 「なんですか?神父様。」
 「歌わないんですか?」
 「・・・・・。」
 「私はいつまでもここにいてくれると嬉しいです。でも、君がいるべき場所はここですか?それとも、あちらですか?」
 そう言って指を指す方向にはテレビの画面。
 「・・・どうなんでしょうか。」
 自分でも分からない。
 「そうですか。まぁ、君の人生はこれからなので、ゆっくり答えを見つけるといいですよ。」
 神父の言葉に呼応するように、手に握ったスマホからピコンと音がなる。先ほどまで流れていたグループLINEではなく、個人に当てられたものだった。
 「司?」
 ユニットリーダーの司から『今度2人で会えないか』という言葉共に個室があるレストランのURLが添付されていた。
 休止してから、メンバーの誰にも顔を合わせていない。直接来るメッセージには返すが、罪悪感や後ろめたさから、直接会うことは避けていた。メンバーも誘ってくることはなかった。おそらく奏の気持ちを優先した結果とは思っていたが、その中で、リーダーの司からの誘い。乗るか、断るか。
 『少し考えさせて。』
 その場で結論を出すことができなかった奏は結論を先送りにすることしかできなかった。
 『大丈夫。会える時でいい。気持ちが向いたら、教えてくれると嬉しいよ。』
 司からの返信に彼自身の優しさに触れる。いつだってメンバーのことを考えている司が心配していないわけがない。それ答えることができない、己の脆弱なメンタルに唇を噛みしめる。自分だけではなかった。人気が出るごとに誹謗中傷は皆にあった。それを4人で「それでも前を向いて頑張ろう」とやってきたのだ。結局、前を向くことも、頑張ることも、できなかったのは自分だけだった。3人はどんな状況でも前を向いて、ひたすらにレッスンや活動に取り組んでいたのだ。そんな自分だからこそ、気持ちに整理がつけられないまま、メンバーに会うことができないと思った。
 「かなくん、一人で悩んでも答えは出ませんよぉ。ここはひとつ、助っ人を召喚しませんか?」
 「助っ人?いや、それは・・。」
 「うふふ、大丈夫ですよ。君は明日、少しおめかしして、お出かけの準備をしていてください。」
 なんとなく、NOと言えない雰囲気を感じ、首を縦に振るしかなかった。そして助っ人が誰なのかすら明かされないまま、夜は更けり、気づけば朝になっていた。なんとなく眠りが浅く、ぼんやりとする頭を冷水で顔を洗い、はっきりとさせる。昨日の神父はおしゃれをするようにと話していた。部屋のクローゼットを開け放ち、服を確認する。普段は教会の仕事をするために、軽装が中心になる。着飾るのなんて、いつぶりだろうか。少し大きめのニットカーディガンにデニムパンツを合わせる。念のため、大きめの伊達メガネをかければ、簡単には身分がバレることはないだろう。ボディバッグを身に着けたタイミングで、猫の着ぐるみを被った神父から声がかかる。
 「準備は出来ましたかぁ?お客さんが玄関に来られているので、準備ができたら来てくださいねぇ。」
 どこか楽しそうな神父はルンルンと玄関に向かっていく。その後ろをついていくと、玄関に知った人物が来ていた。スプリングコートに中にニットを合わせたいつもとは違う雰囲気の服装をした高虎がスマホを眺めており、奏の姿を確認すると、スマホをポケットに直し、少し微笑む。
 「おはよ。なんか、服装が違うだけで、いつもと雰囲気が変わるな。」
 「お、おはようございます。なんで高虎さんが?」
 「神父様から聞いてない?」
 「おしゃれしてとしか・・・。」
 「神父様、ちゃんと説明してないんですか。」
 神父はうふふ、と軽く笑って誤魔化す。そんな神父に視線を送ってから、高虎はふぅ・・と息を吐く。
 「今日は、奏を外に連れ出してくれって頼まれたんだよ。気分転換になるだろうってな。」
 「なんで高虎さんなんですか?」
 その疑問に答えたのは神父だった。
 「高虎くんは、かな君の知らない世界を知っている人ですよぉ?少し、目線を変えて、外を見てみてください。きっと、良いことがあると思いますよ。」
 目線を変える。口の中でつぶやく声は音にならずに消える。どういう意味なんだろう、と考えたところで、高虎に手を掴まれた。
 「とりあえず出かけようぜ。って言っても、俺がいつも行ってる場所を回るだけになるかもしれないけどな。年齢が結構離れてるし、おっさんと出かけるの気が引けるかもしれないけど・・・。俺、若者を連れまわして、犯罪にならないですよね?」
 「高虎君は見た目はそこそこ若く見えるので、大丈夫ですよぉ。」
 「そこそこ?」
 二人のやり取りにふふふ、と笑う。
 「さてと、行きますか。」
 「はい、宜しくお願いします。」
 奏と高虎は並んで歩きだす。教会は少し奥まったところにあるが、大通りに出れば、人の波が目の前に広がる。少し緊張しながら、高虎の隣に並ぶ。顔が強張ってしまっていたのか、高虎からの「大丈夫だ。」との言葉に勇気づけられる。
 「そういえば、変装はその眼鏡だけで大丈夫なのか?マスクとかしなくてもいいのか?」
 「意外とバレないんです。逆に過剰に変装する方が気づかれてしまうので。」
 「へぇ、そんなもんなのか。」
 奏は横目でチラリと高虎の姿を眺める。高身長に、すらりと長い手足。顔も整っており、雰囲気も落ち着いてる。モデルをしていると言われたら納得してしまいそうな風貌。
 (スカウトとか声かけられたことないのかな?)
 と考えたところで、知り合ってまだ短いが、彼の性格を考えると「カメラ以外興味ない」で一蹴してしまいそうだ、と思い小さく笑う。
 「何?なんか面白いことあった?」
 笑った際の細かな挙動を見ていたらしく、高虎に笑っていたところを見つかってしまった。自身の頭の中の考えを話すのは酷く恥ずかしく、両手で顔を抑えて「なんでもないです」と答えることが精いっぱいだった。
 道中、高虎は随時、奏に話しかけ、歩く速度を合わせたり、さらりと車道側を歩くといった紳士的なエスコートを見せており、男の自分にするということは、女性にもナチュラルにしているのだろう。これがモテ男というものなのだろうか。アイドルとして、女性を喜ばせる手段は自身も学んできたつもりではあったが、年上が醸し出す余裕やこのような仕草は持ち合わせていない。
 「ずるいなぁ。」
 「何が?」
 「あ、いえ。」
 思わず口に出ていたらしく、慌てて口を押える。
 「あははっ、さっきから、そればっかだな。」
 ぐしゃぐしゃと乱雑に頭を撫でまわされる。この人は優しすぎる。知り合って間もない自分に対して心を開き、このように時間を割いてくれる。世の中にはこんな人もいるのか。自分の知り合いにもここまで優しい人はいなかった。メンバーの皆や神父様とも違う、温かい優しさ。それに触れるだけで、心に一つ明かりが灯ったような気がする。
 2人で歩幅を合わせて進んだ先には、ワイワイと同世代に見える人達が大勢いる店。びくりと体を震わせて足が止まる。さすがに年齢が近い人混みに入れば、全く気付かれないということはないだろう。高虎の意図が見えずに動揺していると、「こっち。」と高虎に手を引かれて、店の近くの路地に連れていかれる。
 「俺が買ってくるから、ここで待ってて。」
 と一言伝え、高虎は店の方へ走っていく。少ししてから現れた高虎の手には2つの飲み物。少し昔に流行った、タピオカミルクティーだ。
 「友達に、これが若い子に人気って聞いてさ。」
 そう言いながら手渡されたタピオカミルクティーに、思わず笑ってしまう。
 「あれ?違うの?」
 「ははは、いえ、俺好きです。ありがとうございます。」
 「そ?良かった。」
 2人でタピオカミルクティーを飲んだ後は、色々なお店を見て回った。若者が好きそうなファストファッションショップに、アクセサリー、雑貨店・・・、久しぶりにこんなに外で遊んだなぁと満足できるくらい様々なところに行った。アイドルとして活動し始めてから、不用意に外に出ることはできなくなったし、休止後は、一人で外に出る勇気がなく、教会に閉じこもっていた。そして、それに伴って、笑うことも少なくなっていたように思う。教会で歌っている時は無心になれたが、ふとした瞬間によぎる誹謗中傷の言葉の数々。喉の奥が誰かに掴まれたかのように声が出なくなることが増え、笑うタイミングがなくなってしまった。高虎と歩いている間は何回笑った?数えることができないほど、自然に笑えていたように思う。

(あぁ、楽しいなぁ・・・。)

 心から今の時間が楽しいと思った。いつまでこの楽しい時間は続くんだろうか。ふと、CDショップのショーウィンドウに飾られているonceのポスターが目に入る。以前発売されたCDの発売促進ポスターだ。自然と足が止まる。この時は、自分がまさか休止するなんて考えてなかった。楽しかったんだ。レッスンも、メンバーやファンの皆と話すことも、歌うことも、全てが楽しかったはずなのに、今はその全てが怖い。拭えない恐怖。自分の存在を否定されたかのような、空気。今でも、そこに立ち向かう勇気は無い。

 奏の足が止まったことで、高虎の足も自然と止まり、奏の視線を追う。食い入るように見つめるその視線は泣いているように見える。
 「奏。」
 高虎の声にハッと我に返る。
 「すみません。」
 咄嗟に誤り、足を進めようとする。が、その足を高虎が引き留めた。先程とは違う、真剣な眼差しを奏に向ける。
 「奏。一か所、付き合ってくれるか?」
 「え?あ、はい。」
 そのまま、高虎に導かれるかのように足を進めていく。道中は会話も少なく、ただひたすらに高虎について行く。どこに向かっているのだろうかと首を捻るも、答えは割とすぐに見えてきた。徐々に人々の喧騒から離れていき、たどり着いた場所。その場所の入り口には、『自然公園』と書いた看板が立っていた。
 都内にこんな場所があったのか。そこは人の気配はなく、大きな湖と天然芝生の広場がある場所。その中には小高い丘もあり、公園を一望できるようだ。
 「すごいだろ?ここ、いつも人がいないんだ。都会の秘密基地みたいだろ。」
 先程から見せていた真剣な眼差しはそのままに微笑みを向ける。
 確かに秘密基地。その言葉が正しいというように静かなその場所は開けているのに、どこか謎めいた雰囲気がある。高虎はおもむろにカバンから小さなデジカメを取り出した。
 「奏。少しだけ、俺に写真を撮らせてくれないか?」
 「え。」
 ドキリとした。活動を休止してから、誰かにこんな風に写真を撮られたことはない。
 「誰かに見せるわけじゃないし、完全に俺の自己満足なんだけど、初めて会った時から写真を撮りたいと思ってたんだ。で、もし撮れるなら、この場所で撮りたいと思ったんだ。」
 優しい笑顔を見せる高虎に、少し胸が高鳴った。写真に思いを込める高虎に撮ってもらえるのは業界にいればすごいことなのだろう。それに、自分も興味はある。この人が、自分の事をどう見えているのか、写真で見て取れるんじゃないか。それにこれは、自分の中で一歩踏み出すきっかけになるかもしれない。全て見ないふり、聞こえないふりをしてきたけど、与えられた機会は握ってもいいんじゃないか。
    『君がいるべき場所はここですか?それとも、あちらですか?』
    神父様の声がリピートする。帰りたい場所。それは明確にある。
   「お願いします。」
    奏の返答に高虎は満足気に笑った。













 
 













    
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