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アキレスと亀
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今朝、土曜日の11:00。スマートフォンにインストールしてあるアプリの定期的なお知らせに紛れて、去年別れた幸大からのLIMEが鳴った。
彼にしては珍しい、少し長めの文章で、去年の自分の振る舞いが酷いものであった事への謝罪から始まり、自分がまだ私を好きであるということ、私ともう一度付き合いたいという内容が綴られていた。
別れてからも、大学でサークルが同じ彼とは、”友達”として接している。そんな彼をもう一度男性として意識することはできなくて、LIMEが来たって、もう過去の人でしかない。例え、彼が変わっていて、私の”過去の理想”の姿になっていたって、私の掠れてしまった愛は綺麗になることもはくて、一文字一文字読み進めても彼のことはもう、綺麗な心では見れないんだと気づいた。
彼の携帯画面の文字の隣には既読がついていて、今頃私の返事を期待と不安の間で揺れながら待っているのだろう。でも、焦って返すことは無い。しっかり確実に私の思いが伝わるような文にしようと思った。これは、彼を思ってではなく、貴方に対して確実な未練はなく、もう一度付き合う気などさらさらないということを間違い、語弊なく伝える為だ。
過去の旋律を確かめながら私の指が侘しいワルツを踊る。何ら変哲のないLIMEの画面も今日だけは特別な発表会のステージだ。
一音も外すことなく、彼のことを思い出せた。
告白してきたのは彼の方で、高校三年生の五月五日のことだった。
同じクラスの少し離れた席だったけど、自分も好きだったから、凄く嬉しかったのを覚えてる。
「なんで、男の子の日に告白するの?」
笑いながらそう聞くと、恥ずかしそうに言ったっけ。
「別に、願がけだよ。」
あの時は、何も知らないことが幸せだった。少ししか知らない情報の中で、あれやこれやとあたふたするのは恋愛の醍醐味で、とても心地よかった。
付き合って、大人ぶって、しつこすぎると思われないようにタイミングを見て、少なめにLIMEをした。
そうして、付き合い続けて一年経って、お互いに当初の気持ちとは変わっていたことに私だけが気づいていた。
気持ちの変化があるのは、なにか一回の機会ではなく、徐々に分からないくらいの速度で変わって行くのだと知った。コーヒーにほんの少しの砂糖を入れていっても、初めは、”変わらない”と思える。でも、どんどん入れていくうちに、どこからか、甘くなっていって、気づいたら飲めなくなるのと同じ。
いつからか、私は、いつも怒ってた気がする。
どうして、休日に友達とだけ遊んで私とは遊んでくれないの?
どうして、私は貴方のことを待ってるのに貴方は先に帰るの?
みんなの前で、大きい声で付き合ってるって言うのは恥ずかしいからやめてって言ったのに。貴方のこと嫌いだからじゃないって、しっかり伝えたよ?
いつも、あんまりLIMEしてこないくせに、夜中に寂しい時だけLIMEして来るのはやめて。
こんなふうに、沢山沢山喧嘩してた。
でも、一番の原因は喧嘩の内容じゃなくて、喧嘩自体だった。
いつも、先に怒ってくるのは幸大の方で、私もその時は気を使えなくて、私が謝ってあげれば終わりなのに意地を張ってしまう。私が彼の思いの真意に気づいて、声をかける時には、彼の中ではその喧嘩はもう終わっていて、ケロッとしている。
いつも、私が彼に追いついた時には、彼はもう次に進んでいたのだ。私を待って止まってはくれなかった。
そんな彼が許せなくて、積もりに積もって何かの拍子に崩れて、もうとり戻せなくなって今日に至る。
旋律の終わりは呆気ないものが多かったりする。
別れを告げても、彼からの言葉は、「分かった。」だった。
本当は理由だって聞いて欲しかったし、嫌だって言ってくれたら別れなかったかもしれなかった。
これが最初で最後の賭けだったのに。
私の指が、ワルツを踊り終える。
「ごめんね、幸大が変わったのは分かるよ。でも、私の気持ちは変わらないよ。付き合えない。今、新しい彼氏もいるの。」
全部本当のことを伝えた。
嘘偽りない、私の信念に基づいた返事。
すぐに既読がつく。
彼が、電話したい、と言ってくるんじゃないかと思って、色んなことを考えておいた。
彼からのLIMEが鳴る。
「分かった。今まで本当にごめん。でも、俺、今もお前のことが好きだから、もっといい男になるから、その時は一緒にいてほしい。」
一緒にいて欲しい、なんて言い方する人じゃなかった。
きっと、この一年で彼を変えたものが、いくつもあったのだと思う。
「今度は幸大がアキレスの番だね。」
そう、打ちかけた指は止めて、「分かった。」とだけ返信した。
既読がついて、しばらく経っても返事はない。
会話が終わったことを、意味するものだ。
気づけばこんな短い会話で、もう1時間ほど経っていて、私は少し急いでお昼ご飯を作りだした。
私はお湯を沸騰させている間に、今付き合っている彼氏にLIMEを送る。
「今いい?」
返信は早い。
「いいよ?電話?」
「今日会えないかな?」
「分かった。今からでいい?」
「うん、来てほしい。」
「おけ、待っててー。」
LIMEを閉じて、ホットする。
今日、彼氏に会えることに安心を覚えて、カタカタ震えるお湯に少し大目にスパゲッティを入れて、ふやけてく麺を尻目に二人分のお皿を用意して、彼を待った。
彼にしては珍しい、少し長めの文章で、去年の自分の振る舞いが酷いものであった事への謝罪から始まり、自分がまだ私を好きであるということ、私ともう一度付き合いたいという内容が綴られていた。
別れてからも、大学でサークルが同じ彼とは、”友達”として接している。そんな彼をもう一度男性として意識することはできなくて、LIMEが来たって、もう過去の人でしかない。例え、彼が変わっていて、私の”過去の理想”の姿になっていたって、私の掠れてしまった愛は綺麗になることもはくて、一文字一文字読み進めても彼のことはもう、綺麗な心では見れないんだと気づいた。
彼の携帯画面の文字の隣には既読がついていて、今頃私の返事を期待と不安の間で揺れながら待っているのだろう。でも、焦って返すことは無い。しっかり確実に私の思いが伝わるような文にしようと思った。これは、彼を思ってではなく、貴方に対して確実な未練はなく、もう一度付き合う気などさらさらないということを間違い、語弊なく伝える為だ。
過去の旋律を確かめながら私の指が侘しいワルツを踊る。何ら変哲のないLIMEの画面も今日だけは特別な発表会のステージだ。
一音も外すことなく、彼のことを思い出せた。
告白してきたのは彼の方で、高校三年生の五月五日のことだった。
同じクラスの少し離れた席だったけど、自分も好きだったから、凄く嬉しかったのを覚えてる。
「なんで、男の子の日に告白するの?」
笑いながらそう聞くと、恥ずかしそうに言ったっけ。
「別に、願がけだよ。」
あの時は、何も知らないことが幸せだった。少ししか知らない情報の中で、あれやこれやとあたふたするのは恋愛の醍醐味で、とても心地よかった。
付き合って、大人ぶって、しつこすぎると思われないようにタイミングを見て、少なめにLIMEをした。
そうして、付き合い続けて一年経って、お互いに当初の気持ちとは変わっていたことに私だけが気づいていた。
気持ちの変化があるのは、なにか一回の機会ではなく、徐々に分からないくらいの速度で変わって行くのだと知った。コーヒーにほんの少しの砂糖を入れていっても、初めは、”変わらない”と思える。でも、どんどん入れていくうちに、どこからか、甘くなっていって、気づいたら飲めなくなるのと同じ。
いつからか、私は、いつも怒ってた気がする。
どうして、休日に友達とだけ遊んで私とは遊んでくれないの?
どうして、私は貴方のことを待ってるのに貴方は先に帰るの?
みんなの前で、大きい声で付き合ってるって言うのは恥ずかしいからやめてって言ったのに。貴方のこと嫌いだからじゃないって、しっかり伝えたよ?
いつも、あんまりLIMEしてこないくせに、夜中に寂しい時だけLIMEして来るのはやめて。
こんなふうに、沢山沢山喧嘩してた。
でも、一番の原因は喧嘩の内容じゃなくて、喧嘩自体だった。
いつも、先に怒ってくるのは幸大の方で、私もその時は気を使えなくて、私が謝ってあげれば終わりなのに意地を張ってしまう。私が彼の思いの真意に気づいて、声をかける時には、彼の中ではその喧嘩はもう終わっていて、ケロッとしている。
いつも、私が彼に追いついた時には、彼はもう次に進んでいたのだ。私を待って止まってはくれなかった。
そんな彼が許せなくて、積もりに積もって何かの拍子に崩れて、もうとり戻せなくなって今日に至る。
旋律の終わりは呆気ないものが多かったりする。
別れを告げても、彼からの言葉は、「分かった。」だった。
本当は理由だって聞いて欲しかったし、嫌だって言ってくれたら別れなかったかもしれなかった。
これが最初で最後の賭けだったのに。
私の指が、ワルツを踊り終える。
「ごめんね、幸大が変わったのは分かるよ。でも、私の気持ちは変わらないよ。付き合えない。今、新しい彼氏もいるの。」
全部本当のことを伝えた。
嘘偽りない、私の信念に基づいた返事。
すぐに既読がつく。
彼が、電話したい、と言ってくるんじゃないかと思って、色んなことを考えておいた。
彼からのLIMEが鳴る。
「分かった。今まで本当にごめん。でも、俺、今もお前のことが好きだから、もっといい男になるから、その時は一緒にいてほしい。」
一緒にいて欲しい、なんて言い方する人じゃなかった。
きっと、この一年で彼を変えたものが、いくつもあったのだと思う。
「今度は幸大がアキレスの番だね。」
そう、打ちかけた指は止めて、「分かった。」とだけ返信した。
既読がついて、しばらく経っても返事はない。
会話が終わったことを、意味するものだ。
気づけばこんな短い会話で、もう1時間ほど経っていて、私は少し急いでお昼ご飯を作りだした。
私はお湯を沸騰させている間に、今付き合っている彼氏にLIMEを送る。
「今いい?」
返信は早い。
「いいよ?電話?」
「今日会えないかな?」
「分かった。今からでいい?」
「うん、来てほしい。」
「おけ、待っててー。」
LIMEを閉じて、ホットする。
今日、彼氏に会えることに安心を覚えて、カタカタ震えるお湯に少し大目にスパゲッティを入れて、ふやけてく麺を尻目に二人分のお皿を用意して、彼を待った。
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