SCRAP

都槻郁稀

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本編 19.04 - 20.03

浮遊島/807/ファンタジー

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ㅤどうやら、間に合ったようだ。船はまだ出ておらず、乗り場には数組の客が待っていた。

……77ニース。オールズ州フィンウィックです。南南西の風、2。快晴。気圧700クラウ、気温80ニース。最後にオールズ州マグナ゠ア……

ㅤ淡々と読み上げる声は突然切られた。青年はイヤホンを耳から外す。隣に立つ少女と目が合うと、「快晴だってさ」と伝えた。

ㅤ狭いゲートを潜るために、一列に並べられる。少しずつ進む列の最後尾で、二人は会話もせず待ち続けた。目の前には大きな柵があり、その中にはいくつかの小型船が置かれていた。客はそのうちの一つに、次々と乗り込んでいく。乾いた土の上の船は、ちょうど旗と帆が揚げられるところだ。数分と待たず順番は来た。

「二人で」

青年は二人分の料金を払い、中へ入る。3番の船の横にあるタラップから乗り込んだ。すぐに柵が閉められ、身を乗り出さないようにとアナウンスが流れた。

ㅤ運転手と空士、二人の乗務員を除けば20人。4人組の冒険者や親子、ひとりの老人もいた。バラバラな見た目だが、それぞれが、それぞれの理由を持って旅をしているのは確かだ。

ㅤ青年は空を仰いだ。

「怖い?」

と訊いた。少女もまた空を仰ぎ、

「ルイスがいるから」

と答えた。彼はどうやら先程の問に答えを見出したようで、柵にもたれながら大きく伸びをしてみせた。乗り出さないでください、と言われ慌てて身体を戻すと、

「僕も、アリシアがいれば大丈夫かな」

と笑った。


ㅤ浮遊島。それは空に浮かぶ島だ。地上人類はそこに大きな夢を描いていた。やがて技術が発達し、空に手が届くようになると、人々は我先にと押し寄せた。しかし、一世紀が経った今でも、広大な浮遊島の半分が手つかずで残っているという。


ㅤ民家スレスレに浮いた飛空船はフチまで移動すると、青い空を駆け下りる。二人は頭上に遠ざかる島を見上げた。涙が一筋、頬を伝った。


ㅤ言葉にならない感情を二人は知った。しかし、財布は忘れた。
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