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本編 21.04 -
Icicle/8586
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たった一人で対峙したソレは、とても強大で、対抗しようのないヤツだった。それでも俺はグレートソードを構えて、切っ先とそいつの目を重ねて覗いて、真正面から抗った。
一撃。
それで十分だった。
横からの攻撃に吹っ飛んだ俺の身体は、高層ビルの一つにめり込む。相手の追撃も見ないまま視界は赤に染まっていく。一撃。名もない、技でもない純粋な横殴りで俺は、死んだ。
――そんな夢を見る。現実みたいに鮮明で、現実味のない夢。
大洋と大陸に挟まれる島国の、とある州の中央部、桐原県桐原市。東西に横切るのは伊呂川と国道63号、数本の鉄道路線。度重なる合併により、その人口は50万を超える。伊呂川南岸の殆どと北岸の南部は市街地開発が進み、下流に当たる東部には工場が並び立つ。州の政治と経済の中心として、安定して成長する桐原には看過できない問題が一つだけあった。
それが「グリム」の侵入だ。2ヶ所のホールと、突然現れるクラックから、彼らは突然に現れる。何もせず大人しく帰ることもあれば、街中へ逃げ込んだり、人を襲うこともある。発見次第、特設の部隊『クレセント』に連絡が行き、討伐が行われる。例えば、こんなふうに――。
電子音が部屋に響く。その発生源は支給された腕時計型デバイスだ。中央司令から場所と情報が与えられ、討伐に赴けと言われる。人類に敵対するグリムの排除が、俺たちの仕事であり、使命だ。
グリムには、グリムを。適合者が彼らと契約を交わすことで、人間側はようやく対抗する策を得る。並の人間では死に方も選べない怪物に並ぶ俺たちは、民衆の尊敬の対象であり、同時に畏怖の対象でもある。さて、騒動の中心は中央区、桜木町。ここから走れば3分、飛べば10秒の距離だ。常に着ているアンダースーツの上にA装備を装着し、ルーフバルコニーへ立った。
「準備は?」
「できてる」
方角は南。俺たちは助走なしに飛び上がり、柵を足がかりに高く空へ舞い上がる。腰にくくりつけた小型リアクターが燐光を吐き出し、弾丸のように桜木町を目指す。目標地点には、逃げる人の群れと7m級のグリムがいた。背後に降りると音か、或いは気配か、俺を察知してゆっくりと振り向いた。
「即応部隊、Ⅰ等、雨宮翠、到着しました」
「同じくアルファ、アーテル、到着した。これより対象の意志を確認する」
真横に着陸したアーテルは数歩前に出て、喉から低い音を出す。いつも通りそれは聞き取れず、意味を推定することすら敵わない。聞こえないのか、通じないのか、目の前の怪物は高層ビルの一つに狙いを定める。
「こちらアーテル。会話は不可能。討伐対象に指定する。指示を」
『……討伐せよ』
「雨宮翠、了解しました」
「アーテル、了解した」
倭刀を両手に持ち、答える。怪物の姿を正面に捉えて、走った。身体の傍を闇が奔り、渦が貫く。振り上げたグリムの右腕に、風穴が開く。続けて二つの傷を刻もうと腰から背中へ刀を振り上げるが、両方がポッキリと折れてしまった。通常武器で切れないということは、少なくとも敵はガンマ以上。
――血の契を交はしし盟友よ、其の姿を顕せ――
契約済みのグリム――セルヴィ――を喚び出す。与名はラピスラズリ。その名の通り、彼は全身を青に包んで現れた。
「ラピス」
「わかってます。早く」
――血の契を交はしし盟友よ、其の力を与えよ――
セルヴィはもうひとり居る。消耗していて実体化が出来ず、今は俺の身体の中に宿っている状態だ。あまり出てこないが、俺を通して何かを伝えたり、魔術を使うことはできる。納まる刀を失った鞘を脱装し、リアクターも外しておく。可能な限り身軽になって、意識を右腕に集中させる。
「【攻撃術式――展開】!」
声が揃う。グリムが使う異能力。相応のダメージを無理やり通す隠し技。照準は前方、巨大な人型のグリムだ。
「【発動】!」
白と黒と青。蛇行して奔る光は一瞬のうちにグリムを穿き、土煙を巻き上げる。しかし怪物は、依然としてそこにいた。
「雨宮から司令室。対象をアルファに指定。救援を要請します」
程なくして応援が来る。更に上から、機械音が響き出した。この人数なら、パワードギアを使わず仕留められそうだ。
「陸上部隊、Ⅰ等、和泉琥珀、到着しました」
「航空部隊、Ⅰ等、烏丸朱音、到着しました」
「烏丸、魔術弾使います」
白い線を引き、左腕に赤い華が咲く。朱音のセルヴィの魔術に反応して光を放ち、全身に線を走らせる。連鎖するように小爆発が巨体を覆い……それでもソイツは立っていた。傷痕こそあれ、大きなダメージには至らない。正に、『化け物』。
「ラピス」
「はい」
【領域術式・氷雪牢――展開】
【発動】
どうやらこれは効くらしい。四肢の先から青みを帯びた氷が動きを封じ、たちまち全身を氷細工に変えてしまう。
【攻撃術式――展開】【発動】
白、黒、赤、……。光が飛び、渦が穿つ。ついに巨体は倒れ、そして、俺も倒れた。
気がつけば、中央区薬師寺の自室にいた。倒れた原因は『疲労』だろう。自分のセルヴィに魔術を連発させて消耗してしまったのだ。最後にやらかしたのは候補生のときだったか。纏わり付く気だるさに埋もれながら天井を眺めた。どれくらい経ったろうか。長い間こちらにいるアーテルならまだしも、ラピスに実体化させ続けるのは問題がある。
ふと、もぞりと懐が動いた。見ると、掛け布団の縁から青い髪が覗いている。
「 」
気がつけば、その髪を撫でながら礼を言っていた。
「それより解いてください」
「起こした?」
「寝てません。 」
「……おやすみ」
もう一度触れる。光の粒子が集まりだし、一瞬を境に消えて無くなる。実体化を解くのに魔力を使ってしまった影響か、抜けきらない気だるさが一層気配を増してくる。のそのそと6畳間を後にして、俺はリビングダイニングに向かった。階段を下りた先のそこに居たのは和泉琥珀とアレンだった。
「おはよう」
「おはよ、雨宮。もう昼過ぎてるけどね」
「元気そうだな」
「まあね」
彼は特異だ。アレンとは別に、彼一人で魔術を行使することができる。というのも、琥珀の正体はクラックに巻き込まれ流れ着いたグリムだそうだ。これを知るのは、この寮にいる俺ら六人を除けば十人ほどしかいないらしい。
――グリムが街中に現れると、特設された州軍の隊のうち、即応部隊と呼ばれるものが出動する。火力を切り捨て、機動力を重視した部隊だ。市全体に60人。どこからでも1分で駆けつけられるように配置される。しかし、それだけでことが済む例は少なく、近距離特化の陸上部隊、遠距離特化の航空部隊があとから駆けつける。多くて10人、長くて10分。それが、この街がグリムの対処に割ける人員と時間だ。
中央区薬師寺に建つこの寮には、各隊から二人ずつが集まり、共同生活を送っている。班長は俺で、副班長は琥珀の相棒、綾崎千歳だ。上司は『龍さん』こと辻龍太郎。3階にある客室の一つは、頻繁に訪れる彼の私室と化している。
その龍さんが帰ってくる頃、即応部隊の三芳那由多を除く全員と、軍医の宇都宮さんがリビングに降りていた。彼女曰く風邪らしい。回復したから朝まで安静に、と、龍さん入れ替わるように出ていった。
「翠、通常武装は問題無し」
と、鞘に収まった二本の両刃剣を手渡される。昨日からメンテナンスに出していたものだ。同じように、彼はコアの入ったアタッシュケースを差し出した。最後に、巨大な片刃剣を取り出して言う。
「試作品だ。エレメントはそのまま使えるようになってる」
「グレートソード……ですか」
「嫌か?」
「いえ、全く」
「透、朱音。ちょっとSaFSUについてちょっと話がある」
と、水無瀬透と烏丸朱音を連れて下に降りる。パタン、とドアが締まると同時に、千歳が詰め寄ってきた。
「グレートソードに恨みでも?」
「恨みっていうか……夢に出てくる」
「夢? どんな」
「暴走か故意かはわかんないけど、グリムに一撃で殺される夢。過去視みたいな」
「まだ現実じゃないなら未来視じゃないか? アルバスは何て?」
「知らないって」
「あとはあれか。昔、翠に封印した――」
「カトリエル?」
「そう、それ」
「出てくる気配もないしなぁ……」
うーんと唸る千歳の横でケースを開ける。手のひらに納まるコアユニットは、ガンマ程度なら一撃で屠れる『特殊攻撃』を、十回ほど放てるだけのエネルギーを持っている。青、赤、黄……、と、単色に染まっているのがエレメントコアで、モノクロで模様を刻まれているのがファンクションコア。複数を組み合わせることで、擬似的に魔術を行使できる代物だ。無論、その効果は本物には劣るが。
「コレ、何ですか?」
と、ラピスが取り出したのは、模様も色もないコアだった。
「変なニオイがします」
「におい?」
向かいのソファに座るアーテルを見る。
「さあ、私には何も」
「琥珀、見てくれ」
千歳が今度は俺から取り上げ、投げた。
「特段、変なところは――いや、なるほどね」
「何かあるの?」
「大体わかった。コレは――」
と、言いかけたとき、唐突にドアが開いた。立っていたのは和泉宙。技術部の偉い人だ。コアシステムや航空部隊の新型飛翔ユニット・SaFSUを開発した人であり、琥珀の養父でもある。
「よう、諸君! あれ?」
「透と朱音は龍さんと下に。那由多は療養中です」
「なるほど。雨宮、背は」
「160です」
「本当は?」
「……157です」
「……本当は?」
「…………156.6です」
「……155だな」
「156.6です。どうせ伸びもしないのになんで毎回聞くんですか?」
「成長期かもしれないだろ」
「もう26ですよ!」
「宙」
「何? 琥珀」
「コレ作ったのお前か? 趣味悪いな」
「試作品だ。実用化の予定はもう無いよ」
和泉主任はソレを灯りに透かすと、今度はこちらに投げて寄越した。
「ラピス、持ってて。雨宮、ベルスの書、27章13節、言える?」
『真実は封ぜられた。記憶と倶に、永遠に』
スッ……と、コアに光が宿り、次には閃光を放つ。それが収まると、隣にラピスは居らず、青く染め抜かれたエレメントコアが残されていた。
「蓋になんて書いてある?」
「S, E, A, L ……封印?」
「そう。上のツマミを捻れば解ける」
言われたように蓋上部のツマミを右へ回す。プシューと音がなり、煙の中から無傷のままのラピスが現れた。
「文字通りそれは、グリムを封印するコアだ。効かないのは本体がこちら側にある場合と、契約済のグリムに対して、本人とその契約者以外が術をかける場合。但し、解くのは誰でもできる」
バネでも仕込まれているのか、指を離すと自然にツマミはもとに戻った。青さは嘘のように消えている。
「エレメントコアと同様に使える仕様になってる。理論上の威力は桁外れだ。デバイスが持つかどうかはわからないが、切り札になることは確実だろう」
でも、と彼は間を置いて言う。
「封印対象の命は保証できない」
「他に作りようは無かったのか?」
「一日でも早く上層部の期待に応えるためには、ね」
「だからって」
「使わないって言ってるだろ。第一にコストがかかる。第二に――」
「もういい。聞きたくない」
宙と琥珀の間に張られた緊張の糸を切ったのは、非常ベルのような電子音だった。その発生源は三人分のデバイスだ。
「はい、雨宮」
『こちら中央司令。桜区にてグリムと思われる存在を複数確認。急行せよ』
「雨宮、了解」
アンダースーツの上から装備を背負い、窓を開けて夜を見据える。
「ラピス、アーテル」
「いつでも」
「同じく」
返答を背で受け――飛び降りた。人の多い繁華街を走る。まだ騒動が伝わってないだけか、不思議そうな視線が刺さった。
天神橋を抜けて線路を飛び越え、桜地区へ出る。駅北、山を崩した新興住宅地のハズレ。民家は殆ど無いが木も同様で、開発中といったところだ。
「即応部隊、Ⅰ等、雨宮翠、到着しました。指示を」
『クラックから、デルタ相当のグリムが大量に侵攻中。キャンプ中の候補生の救助を最優先に、現状把握と討伐を進めてください』
「雨宮、了解」
人と同じように、グリムもまた見当たらない。付近に気配は感じるものの、森から出てきていないらしかった。なら、進出しないように壁でも張っておくべきだろう。腰に手をかけ、大地と壁のコアを取り出し、蓋を捻って起動して、ツインソードの片方に差し込む。
𝑬𝒂𝒓𝒕𝒉 𝑾𝒂𝒍𝒍
誰が収録したかも知らないシステム音が流れる。レバーを三回倒すと、𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆, 𝑭𝒖𝒍𝒍 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆, 𝑬𝒙𝒄𝒆𝒆𝒅 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆と変化した。さすがに必殺待機音までは流れないようだが、要らないアップデートだ。構え、振り上げると、森に沿うように岩壁が出来上がった。
片方に𝑪𝒚𝒄𝒍𝒐𝒏𝒆を、もう片方に𝑬𝒍𝒆𝒌𝒊を差して奥へ進む。強化エレメントもあったが慣れないので後回しにしよう。向かってくるグリムを次々斬り伏せていくと、少し開けた場所に出た。そこでは候補生らしい十数人が固まって前線を張っていた。声を上げて探していたのだが、それにも気づけないほど逼迫しているらしい。両手に持った武器のエネルギーを𝑬𝒙𝒄𝒆𝒆𝒅 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆まで引き上げて放つ。聞いたとおりデルタ相当で、同時に放った一度の攻撃で大部分が吹っ飛んだ。
「Ⅰ等の雨宮だ。誰か事情を話せる者は?」
ヘタる候補生たちの中から一人、手を挙げる。彼に説明させたところによると、キャンプ中に襲撃を受け、マトモに武装できないまま逃げてきたという。Ⅲ,Ⅳ等の隊員で構成された小隊に護衛してもらい、下山させることにした。俺は別行動だ。
何人斬ったかわからない。気がつけば朝になっていて、グリムと人間の亡き骸がそこら中に転がっていた。誰もいない建物の群れ。全てが沈黙した市街地の中。ボロボロのビルの間を、10メートルを超える巨体が徘徊する。朝靄に閉じ込められた俺とソイツはついに正対した。手に握ったのは青く輝くエレメントコア。それをグレートソードに差し込み、レバーをゆっくり、三回倒す。光膜が武器と俺を包み込む。そのまま俺は突っ込んで――。
――醒めた。
候補生を一帯から避難させた後、大きな成果を得られないまま撤収命令が下り、俺たちは薬師寺まで帰り着いた。正直、詳しく覚えていないが、多分そのまま眠ってしまったんだろう。そしてまた、夢を見た。今度はデカブツに突っ込んで終わっている。あの後、倒したのか倒されたのかは判らないが、少なくとも初撃だけは、善戦できているだろう。
朝。まさに平和そのものだ。昨日の乱戦が嘘かのように静かな街。曇りを知らない空! 嗚呼、こんな日は大抵――何かが起きる。
朝食を摂り、ダラダラと過ごす。徹夜してまでオーバードライブコアの調整を行う和泉主任と、それに苛ついて電気を飛ばす琥珀を横目にその時を待つ。
先に来たのは、爆発音だった。続けて2発が響き、窓を揺らした。
『司令室からⅠ,Ⅱ等各員へ。寮にて待機せよ』
無線が入った。一瞬で空気がピリつき、各々が装備を着込む。その間にも音は続き、ついに川向うの中層ビルが傾き始めた。
『こちら司令室。雨宮班、北上班はみどり区北里五丁目へ。パワードギアの使用を許可する』
昨日の戦域より更に奥だ。桐原市の北端、民家すらない山奥にグリムたちは大量に現れていた。斬っても斬っても斬りきれないほどデルタが現れる。辺りにグリムの山ができる一方、連れ込んでくるはずのクラックは影も見せなかった。小一時間ほど斬り続けると、また無線が入る。今度は逼迫した様相で、叫ぶように司令を飛ばした。
『ホールが突破されました! 雨宮班は朝日区に!』
2ヶ所あるホールの一つは、中央区の東、桐原区にある。もう一つは桜区の西でみどり区に隣接する宮前区から、青葉区、西区、葵区、城南区を挟んだ最南端、朝日区にある。
頭上に浮かんでいる朱音と視線を交わす。彼女は透と合図を交わし、南へ向けて飛び出した。二筋の光塵が、昼の空を切り分けた。
「で、どうするの?」
「追うに決まってるだろ」
那由多に背を向けたまま左腕に装着したデバイスを操作する。
𝑺𝒕𝒂𝒏𝒅𝒊𝒏𝒈 𝒃𝒚
細い管が伸びる先は背負った軽量金属製のバッグパック。小気味よい待機音が流れ出した。また要らないアップデートを……。
𝑺𝒆𝒕 𝑼𝒑
音を立てて展開し、身体を包み込む。元々つけていた左前腕と頭部のデバイスと連結し、ひとつなぎのスーツに変わった。𝑨𝒆𝒓𝒐を選んで脚部と繋ぐと、ゆっくり浮き始める。出力を上げ、航空部隊と変わらない勢いで南へ飛んだ。
まさにあっという間。避難が終わったのか、人の影もない住宅街を飛び越えると、ホールを囲う建物と、研究施設の群れがあった。高い壁に囲まれた一帯はひとしお被害が大きく、まだ燃えているところもある。
人とグリムの亡骸が折り重なり、山を成す。それはまるで、夢に見た地獄そのものだった。向かってくる全てを切り払い、討ち倒し、捻じ伏せる。侵攻は留まることを知らず、数も強さも上がっていく。
『下がって!』
気がつけば俺は、獲物を求めて徘徊する化け物に成り果てていた。中央司令からの無線は俺を引き止めた。しかし、内から沸々と湧き出る何かは、俺を突き動かす。
『下がれ翠! カトリエルが出てくる!』
と、今度は龍さんが言う。しかし身体は止まらず、今も戦い続けている。
『封印、崩壊します!!』
ちょうど最後の一疋を輪切りにしたとき、強い衝撃に襲われた。俺を内側から食い破って二度目の誕生を迎えたカトリエルは、のっそりと建物の向こうへ消えていく。高さにして10m強。何度も夢で正対した敵そのものだった。
追わなきゃ。何故そう思えたのかは判らないけど、身体は自然に動いていた。とっさに小規模な結界術は張れたが、いつ破られるかもわからない。可能ならその前に、あいつを討つ。
巨体がビルの影から現れる。外とは違う色調と、冷え切った空気の中で対峙する。追い掛け回したあげくに追い詰められないまま俺の体温は上昇する。何もかもが夢と同じだ。場所も、状況も、相手も。あれを見せたのは、カトリエルだったのか、俺自身の潜在意識か。違うのは、両手に握られたのが血濡れた細身のツインソードで、青く、強く輝くエレメントコアも持ってないことだ。
構えて、息を整える。真正面で敵を見る。静寂の糸が、切れる。
パリン、と皿を割ったような音の後、崩れるような音が響き始める。事実、結界が崩れていた。外は夕暮れ。西日を半身に受けて相対する俺たちに割り込んだのは、アーテルとラピスラズリだった。
【領域術式・氷針羅――展開】【発動】
【攻撃術式・氷柱――展開】【発動】
氷の針が無数に刺さり、仕上げに巨大なつららが落とされる。
「私は、お前に死なれると困る」
と、背後で行われる無慈悲な攻撃に目も向けず、アーテルはグレートソードを一振り、差し出した。
「僕も困ります。けど、僕は」
一通り攻撃が終わり、ラピスが振り向いて言った。
「翠のためなら、いくらでも死ねます」
――真実は封ぜられた。記憶と倶に、永遠に
閃光。彼の手元から放たれたそれは全身を包み込み、青い輝きを封じ込めてコアを残す。
「斬れ、翠」
𝑭𝒓𝒆𝒆𝒛𝒆 𝑩𝒍𝒊𝒛𝒛𝒂𝒓𝒅 𝑮𝒍𝒂𝒄𝒊𝒆𝒓 𝑶𝒗𝒆𝒓𝒅𝒓𝒊𝒗𝒆
𝑳𝒂𝒑𝒊𝒔-𝑳𝒂𝒛𝒖𝒍𝒊
「わかってる」
𝑪𝒉𝒂――, 𝑭𝒖𝒍――, 𝑬𝒙𝒄𝒆𝒆𝒅 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆
二振りのグレートソードを構える。切っ先とカトリエルを重ねて捉える。一撃に、全てを。
長くない距離を走って飛んで、振り抜いた。立っていたのは、俺だった。
翌朝。俺の前にはクレセントの総監が座っていた。一枚の紙を差し出して言う。
「雨宮翠。本日付けで、特等に昇格だ。おめでとう」
さらにもう一枚の紙を取り出し、こう続ける。
「……同時に、一階級降格だ。理由は命令違反。心当たりはあるだろう」
それじゃあ、と席を立った。その背中を目で追っていると、隣りに座ったラピスが小さな声を零す。
「“元”特等……」
「傑作だな」と那由多が笑った。
この日常はもう少し続きそうだ。
「行くよ、雨宮、ラピス」
「和泉主任? 行くってどこに」
「病院と、……ちょっと実験」
続くといいけど……。
一撃。
それで十分だった。
横からの攻撃に吹っ飛んだ俺の身体は、高層ビルの一つにめり込む。相手の追撃も見ないまま視界は赤に染まっていく。一撃。名もない、技でもない純粋な横殴りで俺は、死んだ。
――そんな夢を見る。現実みたいに鮮明で、現実味のない夢。
大洋と大陸に挟まれる島国の、とある州の中央部、桐原県桐原市。東西に横切るのは伊呂川と国道63号、数本の鉄道路線。度重なる合併により、その人口は50万を超える。伊呂川南岸の殆どと北岸の南部は市街地開発が進み、下流に当たる東部には工場が並び立つ。州の政治と経済の中心として、安定して成長する桐原には看過できない問題が一つだけあった。
それが「グリム」の侵入だ。2ヶ所のホールと、突然現れるクラックから、彼らは突然に現れる。何もせず大人しく帰ることもあれば、街中へ逃げ込んだり、人を襲うこともある。発見次第、特設の部隊『クレセント』に連絡が行き、討伐が行われる。例えば、こんなふうに――。
電子音が部屋に響く。その発生源は支給された腕時計型デバイスだ。中央司令から場所と情報が与えられ、討伐に赴けと言われる。人類に敵対するグリムの排除が、俺たちの仕事であり、使命だ。
グリムには、グリムを。適合者が彼らと契約を交わすことで、人間側はようやく対抗する策を得る。並の人間では死に方も選べない怪物に並ぶ俺たちは、民衆の尊敬の対象であり、同時に畏怖の対象でもある。さて、騒動の中心は中央区、桜木町。ここから走れば3分、飛べば10秒の距離だ。常に着ているアンダースーツの上にA装備を装着し、ルーフバルコニーへ立った。
「準備は?」
「できてる」
方角は南。俺たちは助走なしに飛び上がり、柵を足がかりに高く空へ舞い上がる。腰にくくりつけた小型リアクターが燐光を吐き出し、弾丸のように桜木町を目指す。目標地点には、逃げる人の群れと7m級のグリムがいた。背後に降りると音か、或いは気配か、俺を察知してゆっくりと振り向いた。
「即応部隊、Ⅰ等、雨宮翠、到着しました」
「同じくアルファ、アーテル、到着した。これより対象の意志を確認する」
真横に着陸したアーテルは数歩前に出て、喉から低い音を出す。いつも通りそれは聞き取れず、意味を推定することすら敵わない。聞こえないのか、通じないのか、目の前の怪物は高層ビルの一つに狙いを定める。
「こちらアーテル。会話は不可能。討伐対象に指定する。指示を」
『……討伐せよ』
「雨宮翠、了解しました」
「アーテル、了解した」
倭刀を両手に持ち、答える。怪物の姿を正面に捉えて、走った。身体の傍を闇が奔り、渦が貫く。振り上げたグリムの右腕に、風穴が開く。続けて二つの傷を刻もうと腰から背中へ刀を振り上げるが、両方がポッキリと折れてしまった。通常武器で切れないということは、少なくとも敵はガンマ以上。
――血の契を交はしし盟友よ、其の姿を顕せ――
契約済みのグリム――セルヴィ――を喚び出す。与名はラピスラズリ。その名の通り、彼は全身を青に包んで現れた。
「ラピス」
「わかってます。早く」
――血の契を交はしし盟友よ、其の力を与えよ――
セルヴィはもうひとり居る。消耗していて実体化が出来ず、今は俺の身体の中に宿っている状態だ。あまり出てこないが、俺を通して何かを伝えたり、魔術を使うことはできる。納まる刀を失った鞘を脱装し、リアクターも外しておく。可能な限り身軽になって、意識を右腕に集中させる。
「【攻撃術式――展開】!」
声が揃う。グリムが使う異能力。相応のダメージを無理やり通す隠し技。照準は前方、巨大な人型のグリムだ。
「【発動】!」
白と黒と青。蛇行して奔る光は一瞬のうちにグリムを穿き、土煙を巻き上げる。しかし怪物は、依然としてそこにいた。
「雨宮から司令室。対象をアルファに指定。救援を要請します」
程なくして応援が来る。更に上から、機械音が響き出した。この人数なら、パワードギアを使わず仕留められそうだ。
「陸上部隊、Ⅰ等、和泉琥珀、到着しました」
「航空部隊、Ⅰ等、烏丸朱音、到着しました」
「烏丸、魔術弾使います」
白い線を引き、左腕に赤い華が咲く。朱音のセルヴィの魔術に反応して光を放ち、全身に線を走らせる。連鎖するように小爆発が巨体を覆い……それでもソイツは立っていた。傷痕こそあれ、大きなダメージには至らない。正に、『化け物』。
「ラピス」
「はい」
【領域術式・氷雪牢――展開】
【発動】
どうやらこれは効くらしい。四肢の先から青みを帯びた氷が動きを封じ、たちまち全身を氷細工に変えてしまう。
【攻撃術式――展開】【発動】
白、黒、赤、……。光が飛び、渦が穿つ。ついに巨体は倒れ、そして、俺も倒れた。
気がつけば、中央区薬師寺の自室にいた。倒れた原因は『疲労』だろう。自分のセルヴィに魔術を連発させて消耗してしまったのだ。最後にやらかしたのは候補生のときだったか。纏わり付く気だるさに埋もれながら天井を眺めた。どれくらい経ったろうか。長い間こちらにいるアーテルならまだしも、ラピスに実体化させ続けるのは問題がある。
ふと、もぞりと懐が動いた。見ると、掛け布団の縁から青い髪が覗いている。
「 」
気がつけば、その髪を撫でながら礼を言っていた。
「それより解いてください」
「起こした?」
「寝てません。 」
「……おやすみ」
もう一度触れる。光の粒子が集まりだし、一瞬を境に消えて無くなる。実体化を解くのに魔力を使ってしまった影響か、抜けきらない気だるさが一層気配を増してくる。のそのそと6畳間を後にして、俺はリビングダイニングに向かった。階段を下りた先のそこに居たのは和泉琥珀とアレンだった。
「おはよう」
「おはよ、雨宮。もう昼過ぎてるけどね」
「元気そうだな」
「まあね」
彼は特異だ。アレンとは別に、彼一人で魔術を行使することができる。というのも、琥珀の正体はクラックに巻き込まれ流れ着いたグリムだそうだ。これを知るのは、この寮にいる俺ら六人を除けば十人ほどしかいないらしい。
――グリムが街中に現れると、特設された州軍の隊のうち、即応部隊と呼ばれるものが出動する。火力を切り捨て、機動力を重視した部隊だ。市全体に60人。どこからでも1分で駆けつけられるように配置される。しかし、それだけでことが済む例は少なく、近距離特化の陸上部隊、遠距離特化の航空部隊があとから駆けつける。多くて10人、長くて10分。それが、この街がグリムの対処に割ける人員と時間だ。
中央区薬師寺に建つこの寮には、各隊から二人ずつが集まり、共同生活を送っている。班長は俺で、副班長は琥珀の相棒、綾崎千歳だ。上司は『龍さん』こと辻龍太郎。3階にある客室の一つは、頻繁に訪れる彼の私室と化している。
その龍さんが帰ってくる頃、即応部隊の三芳那由多を除く全員と、軍医の宇都宮さんがリビングに降りていた。彼女曰く風邪らしい。回復したから朝まで安静に、と、龍さん入れ替わるように出ていった。
「翠、通常武装は問題無し」
と、鞘に収まった二本の両刃剣を手渡される。昨日からメンテナンスに出していたものだ。同じように、彼はコアの入ったアタッシュケースを差し出した。最後に、巨大な片刃剣を取り出して言う。
「試作品だ。エレメントはそのまま使えるようになってる」
「グレートソード……ですか」
「嫌か?」
「いえ、全く」
「透、朱音。ちょっとSaFSUについてちょっと話がある」
と、水無瀬透と烏丸朱音を連れて下に降りる。パタン、とドアが締まると同時に、千歳が詰め寄ってきた。
「グレートソードに恨みでも?」
「恨みっていうか……夢に出てくる」
「夢? どんな」
「暴走か故意かはわかんないけど、グリムに一撃で殺される夢。過去視みたいな」
「まだ現実じゃないなら未来視じゃないか? アルバスは何て?」
「知らないって」
「あとはあれか。昔、翠に封印した――」
「カトリエル?」
「そう、それ」
「出てくる気配もないしなぁ……」
うーんと唸る千歳の横でケースを開ける。手のひらに納まるコアユニットは、ガンマ程度なら一撃で屠れる『特殊攻撃』を、十回ほど放てるだけのエネルギーを持っている。青、赤、黄……、と、単色に染まっているのがエレメントコアで、モノクロで模様を刻まれているのがファンクションコア。複数を組み合わせることで、擬似的に魔術を行使できる代物だ。無論、その効果は本物には劣るが。
「コレ、何ですか?」
と、ラピスが取り出したのは、模様も色もないコアだった。
「変なニオイがします」
「におい?」
向かいのソファに座るアーテルを見る。
「さあ、私には何も」
「琥珀、見てくれ」
千歳が今度は俺から取り上げ、投げた。
「特段、変なところは――いや、なるほどね」
「何かあるの?」
「大体わかった。コレは――」
と、言いかけたとき、唐突にドアが開いた。立っていたのは和泉宙。技術部の偉い人だ。コアシステムや航空部隊の新型飛翔ユニット・SaFSUを開発した人であり、琥珀の養父でもある。
「よう、諸君! あれ?」
「透と朱音は龍さんと下に。那由多は療養中です」
「なるほど。雨宮、背は」
「160です」
「本当は?」
「……157です」
「……本当は?」
「…………156.6です」
「……155だな」
「156.6です。どうせ伸びもしないのになんで毎回聞くんですか?」
「成長期かもしれないだろ」
「もう26ですよ!」
「宙」
「何? 琥珀」
「コレ作ったのお前か? 趣味悪いな」
「試作品だ。実用化の予定はもう無いよ」
和泉主任はソレを灯りに透かすと、今度はこちらに投げて寄越した。
「ラピス、持ってて。雨宮、ベルスの書、27章13節、言える?」
『真実は封ぜられた。記憶と倶に、永遠に』
スッ……と、コアに光が宿り、次には閃光を放つ。それが収まると、隣にラピスは居らず、青く染め抜かれたエレメントコアが残されていた。
「蓋になんて書いてある?」
「S, E, A, L ……封印?」
「そう。上のツマミを捻れば解ける」
言われたように蓋上部のツマミを右へ回す。プシューと音がなり、煙の中から無傷のままのラピスが現れた。
「文字通りそれは、グリムを封印するコアだ。効かないのは本体がこちら側にある場合と、契約済のグリムに対して、本人とその契約者以外が術をかける場合。但し、解くのは誰でもできる」
バネでも仕込まれているのか、指を離すと自然にツマミはもとに戻った。青さは嘘のように消えている。
「エレメントコアと同様に使える仕様になってる。理論上の威力は桁外れだ。デバイスが持つかどうかはわからないが、切り札になることは確実だろう」
でも、と彼は間を置いて言う。
「封印対象の命は保証できない」
「他に作りようは無かったのか?」
「一日でも早く上層部の期待に応えるためには、ね」
「だからって」
「使わないって言ってるだろ。第一にコストがかかる。第二に――」
「もういい。聞きたくない」
宙と琥珀の間に張られた緊張の糸を切ったのは、非常ベルのような電子音だった。その発生源は三人分のデバイスだ。
「はい、雨宮」
『こちら中央司令。桜区にてグリムと思われる存在を複数確認。急行せよ』
「雨宮、了解」
アンダースーツの上から装備を背負い、窓を開けて夜を見据える。
「ラピス、アーテル」
「いつでも」
「同じく」
返答を背で受け――飛び降りた。人の多い繁華街を走る。まだ騒動が伝わってないだけか、不思議そうな視線が刺さった。
天神橋を抜けて線路を飛び越え、桜地区へ出る。駅北、山を崩した新興住宅地のハズレ。民家は殆ど無いが木も同様で、開発中といったところだ。
「即応部隊、Ⅰ等、雨宮翠、到着しました。指示を」
『クラックから、デルタ相当のグリムが大量に侵攻中。キャンプ中の候補生の救助を最優先に、現状把握と討伐を進めてください』
「雨宮、了解」
人と同じように、グリムもまた見当たらない。付近に気配は感じるものの、森から出てきていないらしかった。なら、進出しないように壁でも張っておくべきだろう。腰に手をかけ、大地と壁のコアを取り出し、蓋を捻って起動して、ツインソードの片方に差し込む。
𝑬𝒂𝒓𝒕𝒉 𝑾𝒂𝒍𝒍
誰が収録したかも知らないシステム音が流れる。レバーを三回倒すと、𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆, 𝑭𝒖𝒍𝒍 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆, 𝑬𝒙𝒄𝒆𝒆𝒅 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆と変化した。さすがに必殺待機音までは流れないようだが、要らないアップデートだ。構え、振り上げると、森に沿うように岩壁が出来上がった。
片方に𝑪𝒚𝒄𝒍𝒐𝒏𝒆を、もう片方に𝑬𝒍𝒆𝒌𝒊を差して奥へ進む。強化エレメントもあったが慣れないので後回しにしよう。向かってくるグリムを次々斬り伏せていくと、少し開けた場所に出た。そこでは候補生らしい十数人が固まって前線を張っていた。声を上げて探していたのだが、それにも気づけないほど逼迫しているらしい。両手に持った武器のエネルギーを𝑬𝒙𝒄𝒆𝒆𝒅 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆まで引き上げて放つ。聞いたとおりデルタ相当で、同時に放った一度の攻撃で大部分が吹っ飛んだ。
「Ⅰ等の雨宮だ。誰か事情を話せる者は?」
ヘタる候補生たちの中から一人、手を挙げる。彼に説明させたところによると、キャンプ中に襲撃を受け、マトモに武装できないまま逃げてきたという。Ⅲ,Ⅳ等の隊員で構成された小隊に護衛してもらい、下山させることにした。俺は別行動だ。
何人斬ったかわからない。気がつけば朝になっていて、グリムと人間の亡き骸がそこら中に転がっていた。誰もいない建物の群れ。全てが沈黙した市街地の中。ボロボロのビルの間を、10メートルを超える巨体が徘徊する。朝靄に閉じ込められた俺とソイツはついに正対した。手に握ったのは青く輝くエレメントコア。それをグレートソードに差し込み、レバーをゆっくり、三回倒す。光膜が武器と俺を包み込む。そのまま俺は突っ込んで――。
――醒めた。
候補生を一帯から避難させた後、大きな成果を得られないまま撤収命令が下り、俺たちは薬師寺まで帰り着いた。正直、詳しく覚えていないが、多分そのまま眠ってしまったんだろう。そしてまた、夢を見た。今度はデカブツに突っ込んで終わっている。あの後、倒したのか倒されたのかは判らないが、少なくとも初撃だけは、善戦できているだろう。
朝。まさに平和そのものだ。昨日の乱戦が嘘かのように静かな街。曇りを知らない空! 嗚呼、こんな日は大抵――何かが起きる。
朝食を摂り、ダラダラと過ごす。徹夜してまでオーバードライブコアの調整を行う和泉主任と、それに苛ついて電気を飛ばす琥珀を横目にその時を待つ。
先に来たのは、爆発音だった。続けて2発が響き、窓を揺らした。
『司令室からⅠ,Ⅱ等各員へ。寮にて待機せよ』
無線が入った。一瞬で空気がピリつき、各々が装備を着込む。その間にも音は続き、ついに川向うの中層ビルが傾き始めた。
『こちら司令室。雨宮班、北上班はみどり区北里五丁目へ。パワードギアの使用を許可する』
昨日の戦域より更に奥だ。桐原市の北端、民家すらない山奥にグリムたちは大量に現れていた。斬っても斬っても斬りきれないほどデルタが現れる。辺りにグリムの山ができる一方、連れ込んでくるはずのクラックは影も見せなかった。小一時間ほど斬り続けると、また無線が入る。今度は逼迫した様相で、叫ぶように司令を飛ばした。
『ホールが突破されました! 雨宮班は朝日区に!』
2ヶ所あるホールの一つは、中央区の東、桐原区にある。もう一つは桜区の西でみどり区に隣接する宮前区から、青葉区、西区、葵区、城南区を挟んだ最南端、朝日区にある。
頭上に浮かんでいる朱音と視線を交わす。彼女は透と合図を交わし、南へ向けて飛び出した。二筋の光塵が、昼の空を切り分けた。
「で、どうするの?」
「追うに決まってるだろ」
那由多に背を向けたまま左腕に装着したデバイスを操作する。
𝑺𝒕𝒂𝒏𝒅𝒊𝒏𝒈 𝒃𝒚
細い管が伸びる先は背負った軽量金属製のバッグパック。小気味よい待機音が流れ出した。また要らないアップデートを……。
𝑺𝒆𝒕 𝑼𝒑
音を立てて展開し、身体を包み込む。元々つけていた左前腕と頭部のデバイスと連結し、ひとつなぎのスーツに変わった。𝑨𝒆𝒓𝒐を選んで脚部と繋ぐと、ゆっくり浮き始める。出力を上げ、航空部隊と変わらない勢いで南へ飛んだ。
まさにあっという間。避難が終わったのか、人の影もない住宅街を飛び越えると、ホールを囲う建物と、研究施設の群れがあった。高い壁に囲まれた一帯はひとしお被害が大きく、まだ燃えているところもある。
人とグリムの亡骸が折り重なり、山を成す。それはまるで、夢に見た地獄そのものだった。向かってくる全てを切り払い、討ち倒し、捻じ伏せる。侵攻は留まることを知らず、数も強さも上がっていく。
『下がって!』
気がつけば俺は、獲物を求めて徘徊する化け物に成り果てていた。中央司令からの無線は俺を引き止めた。しかし、内から沸々と湧き出る何かは、俺を突き動かす。
『下がれ翠! カトリエルが出てくる!』
と、今度は龍さんが言う。しかし身体は止まらず、今も戦い続けている。
『封印、崩壊します!!』
ちょうど最後の一疋を輪切りにしたとき、強い衝撃に襲われた。俺を内側から食い破って二度目の誕生を迎えたカトリエルは、のっそりと建物の向こうへ消えていく。高さにして10m強。何度も夢で正対した敵そのものだった。
追わなきゃ。何故そう思えたのかは判らないけど、身体は自然に動いていた。とっさに小規模な結界術は張れたが、いつ破られるかもわからない。可能ならその前に、あいつを討つ。
巨体がビルの影から現れる。外とは違う色調と、冷え切った空気の中で対峙する。追い掛け回したあげくに追い詰められないまま俺の体温は上昇する。何もかもが夢と同じだ。場所も、状況も、相手も。あれを見せたのは、カトリエルだったのか、俺自身の潜在意識か。違うのは、両手に握られたのが血濡れた細身のツインソードで、青く、強く輝くエレメントコアも持ってないことだ。
構えて、息を整える。真正面で敵を見る。静寂の糸が、切れる。
パリン、と皿を割ったような音の後、崩れるような音が響き始める。事実、結界が崩れていた。外は夕暮れ。西日を半身に受けて相対する俺たちに割り込んだのは、アーテルとラピスラズリだった。
【領域術式・氷針羅――展開】【発動】
【攻撃術式・氷柱――展開】【発動】
氷の針が無数に刺さり、仕上げに巨大なつららが落とされる。
「私は、お前に死なれると困る」
と、背後で行われる無慈悲な攻撃に目も向けず、アーテルはグレートソードを一振り、差し出した。
「僕も困ります。けど、僕は」
一通り攻撃が終わり、ラピスが振り向いて言った。
「翠のためなら、いくらでも死ねます」
――真実は封ぜられた。記憶と倶に、永遠に
閃光。彼の手元から放たれたそれは全身を包み込み、青い輝きを封じ込めてコアを残す。
「斬れ、翠」
𝑭𝒓𝒆𝒆𝒛𝒆 𝑩𝒍𝒊𝒛𝒛𝒂𝒓𝒅 𝑮𝒍𝒂𝒄𝒊𝒆𝒓 𝑶𝒗𝒆𝒓𝒅𝒓𝒊𝒗𝒆
𝑳𝒂𝒑𝒊𝒔-𝑳𝒂𝒛𝒖𝒍𝒊
「わかってる」
𝑪𝒉𝒂――, 𝑭𝒖𝒍――, 𝑬𝒙𝒄𝒆𝒆𝒅 𝑪𝒉𝒂𝒓𝒈𝒆
二振りのグレートソードを構える。切っ先とカトリエルを重ねて捉える。一撃に、全てを。
長くない距離を走って飛んで、振り抜いた。立っていたのは、俺だった。
翌朝。俺の前にはクレセントの総監が座っていた。一枚の紙を差し出して言う。
「雨宮翠。本日付けで、特等に昇格だ。おめでとう」
さらにもう一枚の紙を取り出し、こう続ける。
「……同時に、一階級降格だ。理由は命令違反。心当たりはあるだろう」
それじゃあ、と席を立った。その背中を目で追っていると、隣りに座ったラピスが小さな声を零す。
「“元”特等……」
「傑作だな」と那由多が笑った。
この日常はもう少し続きそうだ。
「行くよ、雨宮、ラピス」
「和泉主任? 行くってどこに」
「病院と、……ちょっと実験」
続くといいけど……。
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