明るい浮気問題

pusuga

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これは、紛れもなくコメディじゃない。

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 目の前の妻は、俯き加減で静かに口を開いた。

「あのさ……とっても言いにくい、極めて重要な話しをしていいかな?」

 「――――わかった。だが、一つ聞いていいか?」

 「なあに?」

 「その話と言うのは、今じゃなきゃ駄目か?ボーナスが入ったから、結婚一周年記念完全個室予約制高級寿司屋にわざわざやって来て、目の前に大トロ、イクラ、ウニなどの新鮮と思われるネタ、それに何故かお前が頼んだかっぱ巻きが並んで、さあこれから談笑しながら食べよう!お寿司の皆さんも、おいでおいでと手招きしている――――と言うこの状況下においてだ」

 「読者に状況説明ありがとね。大吉さん」

 「は?読者?お前に説明してんだよ!あと、大吉はやめろ。俺は大吉と言う名前は、嫌いなの知ってるだろ?ウチの馬鹿オヤジが人生いつまでも大吉……とか言う一見、大多数の人がいい名前じゃん!と限りなく社交辞令に近い、カッコ笑いを付けて俺を称賛してくれる名前だが……」

 「実はもう、お兄さんとお姉さん併せて三人もいて、名前考えるのがめんどくさかったんでしょ?」

 「ああ、そうだ」

 「その話、結婚してから六回聞いたよ」 

 「具体制のある数字言うな!」

 「あと、大ちゃんだと大チャンス!みたいで、そっちのがリアリティあるし、実用的なんでしょ?ちなみにこの話は七回ね」

 「ちょっと待て?なぜ大チャンスが七回なんだ?普通、会話の流れでめんどくさかったから大吉の話とセットのはずだが?単品で発言した事ないぞ」

 「こないだ、動物病院二十四時とか言うドキュメンタリー見てた時に、大ちゃんって言う、犬が出て来た時に言ってたじゃんか」

 「どうでもいいんだよ!そんな事は!」

 結婚一年目。
 こんな感じの俺達だ。

 だが現状は最悪だ。
 ピッチャーがマウンド上で、すでに振りかぶっている。
 PK合戦で審判の笛が鳴り、キッカーが助走に入ってる。
 例えを挙げればキリがないが、それと同等の状況の中で、極めて重要な話とか言われてもな。どうせ、限定グッズが買えなかったとか、横断歩道の白い所だけ踏んで渡るのに成功した――――とかの、くだらん話だろう。

 まったく…………一応一周年記念のめでたいお祝いの会だぞ?早く食べ……。

 いやちょっと待て?

 おめでたい会――――まさか!?

 俺は、無意識で自分自身に出題していた方程式を解いた。

 「極めてかつ、重要な報告って……まさか!」

 「違うよ。極めてかつ、重要な話だよ」

 「どちらでも同じだ。正確に言うなら、俺が話しの受け手になるんだから、俺視点からはお前からの報告――――と言う事になる」

 「そっか。じゃあ、私視点で話すね。極めてかつ重要な話を大ちゃんに報告していいかな?」

 「…………」
 
 無駄なやりとりはやめなくては。
 今のは、つまらんツッコミを入れた俺が悪かった。

 改めて心の声を語ろう。

 俺はパパになるのか?
 大丈夫か?
 寿司みたいな生物は、お腹の子供に良くないんじゃないか?アニサキスとかの寄生虫も心配だ。あ~なるほど!だからかっぱ巻きか!

 「なんだと思う?」

 「おめでたか?!」 

 笑っても構わないぞ。今、俺は童心に返り、遠足の前日に期待満点で、お菓子を選らんでいる様なキラキラした瞳をしているだろう。
 
 「違うよ」

 「え?」

 「あれ?ホタテ頼んだのに来てないよ?」

 「は?」

 すでに俺の脳は、この、は?の時点で、オフラインモードに移行。移行と以降のダジャレではないが、以降の数分は覚えていない。
 もちろん、妻が店員さんにホタテを所望して、すぐに持って来てくれた事も。

 「じゃあ話すね」

 「…………」

 オフラインモード継続中。

 「浮気しちゃった……………かも知れないし、そうじゃないかも知れない」

 「は?」

 オンラインモードに復旧。
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