黒い約束

Nagi

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第1章

本気の恋は一度だけ

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 やっと果たせる。道彦と密かに交わした約束を。
美里の夫の㓛一が体の不調を感じ受診した総合病院で、美里も一緒に医師から余命宣告を
受けているときに感じたのは、安堵感だった。



 道彦と出会ったのが大学1年のことだとすると、出会ってからもう50年以上が経っていることになる。
 出会いは、大学のESS サークルだった。

同級生のうちの一人として出会ったが、みんなと一緒にいる時の道彦から感じる視線を、美里は気づいていた。
その視線にドキドキしていたから、サークルに行くのが楽しくなった。
多くの女の子がいるのに、なぜ私なんだ、と最初は思ったが、話をしていくうちに、共通点がわかった。

 二人とも音楽、映画、ファッション好きなのだ。
そして、「甘える女の子が嫌い」という、私が弱点だと思っている点が、好みなのだとわかった。
私は、道彦の固い意志を持った内面とは違う、童顔の顔が昔から好みだった。
会うべくして会ったのだと思うようになると、胸が苦しくなるほどの恋に落ちるのに時間はかからなかった。


学校をサボって3本立ての映画を、みまくった。
もちろん都内の映画館だ。今のようにネットがある時代ではない。

ほぼ毎日一緒に行動した。

原宿、新宿、渋谷などお互いに地方出身者だったからこそ、東京を満喫していた。
学生時代の思い出といえば、必ず道彦の存在が浮かんでくる。

 お互いに初めての「大人なの付き合い」をした相手であり、別れてからも「どうしているんだろう」と
時々思い出しては、胸がキリキリとする相手だった。

 同じ年の2人が56歳になった時、美里に1通のメールが届いた。
そのメールの名前を見た瞬間、長年止まっていた列車がゴトンと音を立てて動き出したかのような衝撃と、
あの胸の痛みを思い出した。


 たまたまネットサーフィンをしていたら、有名デザイナーの広報担当として美里がインタビューを受けた記事に
辿り着き、「懐かしくなって」メールをくれたらしい。 

 道彦は今フラワーデザイナーとして大活躍中だと書かれてあった。


「道彦らしいな」と感心するとともに、なぜ自分がそのそばにいないのだろう、と人生が
どこでどう違ってしまったのかを改めて考えてしまうと、何と返信するべきか330分悩んだ末に
「嬉しかった」というありきたりのメールを返信した。

 その後数通のメールのやり取りの後、栃木県の那須に住む道彦が仕事で上京するときに、35年ぶりに会おうという話になった。

1ヶ月前から美里はソワソワ、ドキドキを抑えられなかった。

夫には「元彼に会う」と正直に言ってある。「別にいいよね?」と聞くと、
功一は「当たり前じゃない。楽しんでおいで、遅くならないように」と、平静を装っているようにも見えたが、
笑顔で送り出してくれた。


つづく
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