アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(114) 家庭教師バイトと高校生

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 近所の高校生(不登校)(イケメン)と家庭教師のバイトをすることになった幼馴染大学生が、ぐちゃぐちゃ悩んですれ違う話。
 一途高校生×ネガティブ大学生。勝手に身を引く受けが好きです!

池野 畔蒜(いけの あひる):大学デビューのエセチャラくん。彼女持ちだが……?
一宮 黒羽(いちみや くろは):不登校高校生くん。顔が良い。モテるが誰かと付き合っている様子もなく……?
 名前の由来はあひるとカラス。
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「畔蒜、アンタ黒羽くんと仲良かったわよね?」
「は? 母さん、何年前の話してんだよ」
 何気ない母親との会話に厄介事の気配を感じて、とりあえず即答を控える。
 俺、池野 畔蒜はどこにでもいる大学二年生。趣味は、寝転びながらツイッターとユーチューブを延々と見続けることだ。
 今日という休日も例外なく、ソファでゴロゴロとスマホを見つめていたところ、母親に近所のガキの話をされたというわけだ。
「黒羽くん、学校に行けてないらしいじゃない? だから、黒羽くんのお母さんが心配しててね?」
 黒羽くん、というのは近所の男子高校生、一宮 黒羽のことだろう。確かに小さいときは一緒に遊んだ。けど、最近はめっきり関係が無くなった。つまり。
「あのさ。言っとくけど、俺はアイツと関わるの御免だからね?」
 先手必勝。母親の言葉を聞くより先に、ばっさりと告げる。アイツ絡みの話なんて、絶対面倒でしかないのだ。
「ま~! アンタってばホント冷たい子ね! スマホばっかり見てるから心が冷え切ってるんだわ!」
「自分だって、スマホで韓流ドラマばっか見てるくせに」
「何か言った?」
「いえ何も!」
 ドスの効いた母親の声に、慌てて首を振る。この前、「このドラマ何処が面白いワケ?」とか「ありきたり展開じゃん~」と茶々を入れてしこたま怒られた経験が早速生きているというわけだ。
「でもね畔蒜。アンタにとってもいい話なのよ、これが」
「なんだよ、どうせ学校に行くよう説得しろとか原因を聞き出せって言うんじゃ……」
「そうじゃなくて。バイトよ、バイト」
「バイト?」
「そ。黒羽くんの家庭教師を探してるらしくって。一宮の奥さんが畔蒜くんさえ良ければ~って。アンタ、頭は悪くないんだからいいでしょ? それに、ゲーム買いたいからってバイト探してなかった? 丁度いいじゃない。一宮さん家、お金持ちだからバイト代弾んでくれるわよ~?」
「ゲームじゃなくて、彼女へのプレゼントだっての。まあ、でも……。話聞くぐらいなら」
「ヒュ~。陽菜子ちゃんだっけ? アンタも飽きられないために必死ね」
「うるせえな。とにかく、割が良かったらやるから!」
 面倒事かと思ったが、意外とまともな話で安心する。黒羽と関わるのは聊か気乗りしないが、一からバイトを探すよりは楽だろう。それに、このままダラダラ過ごしてバイト見つけられなかったら、付き合って一周年にチープなプレゼント、からのフラれる未来まで見えてしまう。ここは、怠惰な俺にも神様が微笑んでくれたと思って……いっちょやるか。



 後日、一宮宅玄関。
「てわけで、私は人と会う用事があってね~。おやつは冷蔵庫にケーキが入ってるから~。畔蒜くん、よろしくね~!」
「あ、ハイ」
 ひらひらと手を振りながら日傘を差した黒羽の母親に、俺は戸惑いながらも手を振り返す。
「黒羽も、ちゃ~んと畔蒜くんの言う事を聞くのよ~?」
「はいはい」
 相変わらずふわふわしてて見た目も若く綺麗なその女性は、これまた相変わらずマイペースに俺に黒羽を押し付けて出て行ってしまった。
「俺、今日はフツーに話聞くだけの予定だったんだけど?」
「ちゃっかりお金受け取っといて何言ってんですか、池野先輩」
「たはは。バレた? てか、黒羽に先輩呼びされんの照れるなァ」
「ちょっと、やめてください! 髪の毛、ぐちゃぐちゃになる!」
 一丁前に敬語で話すようになってしまった黒羽に、少しだけ寂しさを覚えて頭を撫で回す。
「もう高校二年だっけ? 俺も歳取るわけだわ」
「なにオッサン台詞吐いてんですか。てか、子ども扱いやめてください。撫でられ過ぎて禿げそうです」
「ふふ。思ってたより元気そうで安心したわ」
 げんなりとした顔を見せてはいるが、その目が死んでいないことを見て安堵する。
「僕が日々塞ぎ込んで泣いてるとでも思いましたか?」
「や、それは……。てかお前、何で不登校なわけ?」
「直球過ぎません? それ、繊細な人だったら泣いてますよ?」
「……お前、虐められるタマじゃないだろ。そもそも顔がいいんだから、世界が……特に女の子が優しくしてくれるはずだろ?」
「まあ、そうですね。けど、僕にだって人に言えない悩みだってある」
「……俺にも言えないやつ?」
「ふふ。言ったらどうにかしてくれるんですか?」
「それは……」
 黒羽の憂いを帯びた顔が、酷く大人びていて言葉に詰まる。俺の知らない顔だ。
「なんて。面倒臭がりな先輩には無理ですよね。どうせこのバイトも、同情というより金に釣られて引き受けたんでしょう?」
「うっ。でも、ほら。お前は俺に同情されたって嬉しくないだろ?」
「そうでもありませんけど。……まあ、彼女と倦怠期らしい先輩が、モテる僕に対して同情心を抱いてくれるとは思いませんがね」
「……なんでお前が彼女のこと知ってんだよ」
「そんなの、おばさん情報に決まってるじゃないですか」
 あのクソババア、人の個人情報をぺらぺらと!
「あーあ。人の不幸に付け込んだ金で、可愛い陽菜子ちゃんにプレゼントかぁ~。いいなぁ~」
「お前、やっぱり俺のこと嫌いだろ」
「ドウデスカネ~」
 生意気な棒読みに嘆息しながら、昔のことを思い返す。
 確かに、俺と黒羽は仲が良かった。だが、それも黒羽が小学校低学年だった時までの話だ。
 それ以降は、何をやっても黒羽がモテるので、俺は嫉妬から距離を置いた。大人げない男だと言われても構わない。だって、あのまま黒羽といたら、俺の自尊心は粉々になっていたはずだ。なんせ――。
「うおっ、冷たッ!」
 突然膝に冷たいものをぶちまけられて、現実に引き戻される。
「あ、ごめんなさい。ジュース、出さないと失礼かなって」
「零される方がよっぽど失礼なんだけど?」
「そんなに文句言わないでくださいよ。今拭きますから」
「いや、それくらい自分で……」
「あ~、これシミになりそう。服、すぐに洗濯するんで、風呂行ってもらっていいですか?」
「いや、別にシミになるぐらい大丈夫だって……」
「バレたら僕が母に怒られますので」
「う。それは……」
 ぐいぐいと背中を押され、仕方なく風呂場へ移動する。一宮ママは普段ふんわりしている分、怒ると相当怖い。昔、化粧品を壊した時に見た鬼の形相は、未だにトラウマものだ。
「にしても、本当に時が経つのは早いな……」
 服を脱ぎ捨て、シャワーのレバーを調節しながら、そっとため息を吐く。
 あの頃はよく互いの家に行き、遠慮もなく遊びに誘っていた。そう。黒羽がまだ可愛いと言われていた時までは。
「あ~あ。ずっと可愛いままでいてくれれば良かったのに」
 小さかった黒羽も、今や俺とそう変わらない背丈になっていた。抜かれるのも時間の問題だろう。可愛かった黒羽はもういない。いるのは、誰からも好かれるイケメン。不登校になる理由なんて当然見当たらない。
「人生の勝ち組でありながら、何が不満だって言うんだよアイツは……。俺なんか、彼女のご機嫌取るのに必死だっていうのにさ」
 呟いてから、彼女に何を贈る品を決めかねていたことを思い出す。女は怖い。「気持ちが籠ってれば何でも嬉しい」という女は男の幻想、もしくは腹の底では悪態を吐いている演技派の二択だ。アクセサリーが定番なんだろうけど、俺にはさっぱりわからない。が、あまり可愛すぎてもいけないという話は、ツイッターで見たことがある。ぶっちゃけ、キャラクターのぬいぐるみとかでパパっと済ませたい気持ちがあったが、恐らくそれもアウトだろう。
「はぁ、黒羽だったらきっとこういうのもスマートにこなせるんだろうな」
 ふいに自分の中に黒い渦が巻くのを感じて慌てて顔をお湯で擦る。
 嫉妬なんてするべきではない。勝ち目など到底ないのだから。それに、嫉妬するためにここに来たわけではない。黒羽が言った通り、金目当て。それと、まあ、この醜い気持ちを克服する意味合いも無いわけではない。つまり、俺は黒羽に寛大であるべきで……。
 掌に掬ったお湯に映り込む自分を見てため息を吐く。
「怖い顔」
 ぱしゃり、と掌を頬に当ててそれを打ち消す。イキって染めた茶色い髪も、陽菜子に勧められたピアスも全然似合ってなくて笑える。
「あーあ。ほんと、俺ってば何してんだろ」



 風呂から上がり、自分の着替えが無くなっていることに気づく。洗面台の傍にある洗濯機が音を立てているので、宣言通り洗濯してくれているのだろう。
 それはいいのだが、いくらきょろきょろ辺りを見回しても、他に着られそうな服どころか下着までもが置いていないのがよろしくない。どうやらありがたいことに、俺が身に着けていた物全てを洗濯してくれているらしい。
 洗濯する気遣いを見せてくれるのであれば、着替えの心配もしてほしかったところではある。が、まあ、他人に下着を貸すのは誰だって嫌だろう。わざわざ新品を買いに行くのもめんどくさいだろう。
 洗濯機の「あと40分」という文字に、ここで待っておくという選択肢も消える。と、なれば……。
「お~い、黒羽~?」
 取りあえず、置いてあったタオルを腰に巻き、リビングへと声をかける。
 が、返事が返ってくる様子はない。
「黒羽……? いない、のか……?」
 もしかして、着替えを買いに行ってくれているのだろうか。
 そう思って、誰もいないリビングを恐る恐る歩く。ここで一宮ママが返って来ようもんなら、俺はド変態のレッテルを貼られること間違いなしだ。
 と、そのとき、二階の方でゴトゴトッという音が聞こえてきたので、そこに向かって問いかける。
「お~い、黒羽~?」
『ごめんなさ~い。今、手が離せなくて~! ちょっと僕の部屋まで上がってきてもらえます~?!』
 大声で返してくる黒羽にがっくりと項垂れる。どうやら、出かけていたわけではないらしい。まあ、取り敢えず部屋に行けば着れるもんを貸してもらえるだろう。
 そう楽観してタオル一枚のまま二階へと上がる。そこに狼が待っているとも知らずに。


「黒羽、入るぞ?」
「どうぞ」
 勝手知ったる黒羽の部屋のドアを開き、ベッドの上に座る彼を見る。どう見ても手が離せないという状況ではない。
「あのさ、俺の着替えは……?」
「今、洗濯してるんで。もう少し待ってください」
 微笑みながら向けられた視線に、我知らず半歩下がる。ねっとりと見つめられた胸元にさりげなく手を置くが、隠しきれるわけでもない。
 いや、男の俺が胸晒すの恥ずかしがっててどうすんだって話だけどさ……。なんか、こんなに凝視され続けたら、流石に……。
「や、あのさ! でも、代わりになんか貸してほしいっていうか……」
「要らないでしょ?」
「いや、そんなことは……って、うわっ」
 ふいにぐいと腕を引かれ、あっという間にベッドに押し倒される。そして更に、流れるように黒羽が俺の上にのしかかる。
「は、え……?」
「終わるまでには乾いてますから。心配ありませんよ」
「終わるって、何が……?」
「何だと思いますか?」
「おい、黒羽……?」
「ここまで来たら、わかるでしょう?」
「うわ!」
 タオル越しにそこを優しく撫でられたせいで、素っ頓狂な声が出る。
「ふふ。色気のない声。さ、はじめましょうか」
「色気? はじめるって……??」
「僕に教えてくれるんでしょう?」
「な、何を……」
「だから、わかるでしょ、池野先輩」
 わかりたくもないが、この状況が冗談で済まされないということだけはわかる。
「あのさ、落ち着けって。俺は家庭教師としてきたわけで……」
「はっきり言って、勉強なら間に合ってるんですよ。むしろ、学校に行くよりも家で勉強してた方が効率いいし」
「え~っと。じゃあ俺要らんくね?」
「要ります。母には話し相手になってほしいからという建前で貴方を指名しました」
「いや、お前の差し金かい! てか、建前ってなんだよ!」
「聞いちゃいます? ね、僕本当に勉強頑張ってるんですよ。だから、たまには息抜きしてもいいですよね?」
「他を当たれ。俺に変な趣味はない」
「……僕は貴方がいいんですけど」
「俺はごめんだ」
「ふふ。僕に迫られてそんな口が利けるのは貴方ぐらいですよ、全く」
 そりゃあ、こんだけ整った顔で迫られたら同姓だってドキッとするはずだ。でも、俺には手放しでときめけない理由がある。
「ね、畔蒜兄ちゃん。いいでしょう?」
「近づくな、んぶ!」
 両頬を押しつぶされて変な声が出る。いや、それよりも急に昔のような馴れ馴れしい態度に変わった黒羽に恐怖を覚える。
「ね、冷たいこと言わないで」
「ひゃひひゅんわ!」
「あひる口のままじゃわかりませんって、可愛い畔蒜ちゃん」
「……ぐ」
 苗字が池野だからといって安易に名前を畔蒜にした両親を恨みつつ、頬を掴む力に青ざめる。
「わかるでしょう? 僕はもう子どもじゃない」
「ぷは。お前、ちょっとおかしいぞ……」
 ようやく手を押しのけて、文句を呟くも、にっこりと微笑んだ黒羽は依然として俺の上に乗っかったままだ。
「そうですか? ん~、だとしたら、畔蒜兄ちゃんのせいかな」
 耳元で名前を囁かれた瞬間、ぞわりと腹の底が冷える。
「……受験ストレスだろ? そうだよな、二年と言えど、悩むよな! 今は不安かもしれないが……、んぶっ!」
「やっぱり。ほっぺも、唇も……柔らかい」
 再び頬を押し潰されたかと思うと、ふにふにあちこち触られる。
「やめろ」
「ずっと思ってたんですよね。畔蒜兄ちゃんの口に僕からキスしたらどんな感じだろうなって」
「……どうぞ、本物のアヒルを見つけてお試しください」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
「っ。待て、馬鹿! やめろ!」
「もう、何なんですか? 自分でキスしてって言ったくせに」
 慌てて自分の口を覆った俺を見て、黒羽が不満げに眉を寄せる。
「言ってない! あれだ、アヒルの玩具にでもしてろ!」
「やだなあ、玩具だなんて、卑猥」
「エロガキ思考やめろ! ココの風呂場にもあったろ、黄色いアヒル! ぷかぷか浮くやつ!」
「ああ、それならご心配なく。毎日畔蒜兄ちゃんのことを思い出しながらキスしてますから」
「マジか」
「残念ながら、マジです。……こんな感じで、ね」
「んな……!」
 乱暴に腕を取られ、無防備になった唇に黒羽の唇がくっつく。
「やっぱり柔らかい。気持ちいいな」
「お、前、今、キス……」
「ふふ。そんな初心な反応しないでよ。別に初めてじゃないんだから」
「ッ……」
 再び猫の肉球を堪能するみたいに、黒羽は俺の唇に触れる。
「う、猫の肉球、触ると、嫌われるんだぞ?」
「ウチのクロ助は小さい頃から触りまくってるから慣れてるけど?」
 クロ助というのは一宮家自慢の黒猫だ。俺も一宮家に着いてすぐ、リビングで感動の再会を果たし、これでもかと撫で繰り回してやった。今は構われて満足したのか、立派な猫籠の中で眠っている。
「クロ助、そう、アイツはホントに変わらないよな。うん。いつ見ても可愛い奴でさ」
 同じ“クロ”でも黒羽とは大違いだ。
「畔蒜兄ちゃんも昔と変わらず可愛いけど?」
「俺が、可愛いって……?」
 何を言っているんだコイツは。
「はは、嫌な顔してる。でも、残念ながら現実逃避しようが話題転換しようが無駄だよ、畔蒜お兄ちゃん」
「……う」
 一瞬、無邪気な幼い黒羽の顔が頭を過って、罪悪感が込み上げる。こんな嫌がらせが出来る程コイツの性格を歪めてしまったのは、もしかしたら自分なのではないだろうか。不登校になってしまったのだって……いや、そんな訳ない。だって、そうだ。あれだけでコイツの性格が、性癖が歪む訳……。
「ああ、その顔も中々良いね、畔蒜お兄ちゃん」
「……お前の場合は、自分の顔を鏡で眺めてた方がよっぽど有意義だと思うけどな」
「確かに、僕の顔は綺麗なんでしょう。だからこそ、貴方は僕に惚れてくれたんでしょう?」
「やめろ」
「僕を恋愛対象として認めたからこそ、あのときキスしてくれたんでしょう?」
「やめろ……!」
「僕の世界は、あのときから変わったんです。仕事熱心な父も移り気な母も、僕にそれほどの愛はくれなかった。でも、僕が愛に飢えて狂いそうだった時、貴方が飛び切り重たい愛を囁いてくれた。だから」
「やめてくれ」
「だから僕は、貴方が好きになった」
「やめてくれッ!」
 黒羽を全力で押しのけて叫ぶ。風呂に入ったばかりだというのに、全身から汗が噴き出す。鼓動が早くなる。
「どうして……。どうして貴方は僕を拒絶するの……? 僕は、あの時からずっと畔蒜だけを見てるのに。なんで愛をくれたはずの畔蒜が、僕から逃げるのッ?」
「黒羽……」
 俺に劣らない悲痛な叫びを上げた黒羽にハッとする。誰もが見惚れる完璧な顔が歪み、泣き虫だったあの頃の黒羽がそこにいた。

 あの頃の俺たちは本当に仲が良かった。いつも一人ぼっちだった黒羽は、俺を慕ってくれて。本当に可愛かった。
 いつからだろうか、それが恋愛感情に発展してしまったのは。
 黒羽のことを誰にも取られたくない。幼い俺はずっとそう思っていた。
 それなのに。黒羽が成長してゆく度に、その容姿は周りの目を引いた。そして。黒羽が小学三年生になった頃。俺は黒羽のクラスメイトから伝書鳩の役目を仰せつかってしまった。
 可愛らしい女子だった。渡されたラブレターも、可愛らしい封筒で。
 気づいたら、俺は黒羽の家の前で立ち尽くし、震えていた。
 手紙を破いてしまいたい衝動と、そんなものよりも自分の気持ちを伝えたい衝動。
 早くしなきゃ、取られてしまう。
『えっ、どうしたの? 畔蒜兄ちゃん、具合悪い?』
 玄関から出てきた黒羽が、荒い呼吸を繰り返す俺を見つけ、心配そうに駆け寄る。
 そんな黒羽が可愛くて。誰かに取られてしまうなんて考えられなくて。
『んむ、畔蒜、兄ちゃん……?』
 気づいたら、手紙をポケットに丸めながら、黒羽に自分の唇を重ねていた。
 俺はそのとき、黒羽に何を伝えただろうか。
 恐らく、思いつく限りの愛の言葉を一つ残らず吐き出したんだと思う。黒羽を一人ぼっちになんかしない、とも言った気がする。だからだろう。
『それ、本当……?』
 黒羽は、本当に嬉しそうに笑った。ずっと一人だった少年は、見事に罠に掛かってしまったのだ。……俺なんかに縋らなくとも、もう十分に自分を愛してくれる人間がいるということも知らずに。
 それからすぐに、俺は自分が何をしたのか気づいた。
 黒羽のような人間が、俺に縛られていていいはずがない。
 キラキラとした一途な瞳でこちらを見る黒羽に、俺はすっかり怖くなった。
 黒羽は、これからもっと人々を魅了するだろう。俺は黒羽を愛する人が現れる度に、今のように嫉妬に狂って、黒羽を騙し、束縛するのだろう。
 そんなことが許されるわけがない。
 男の俺が、黒羽を愛するなんておかしい。真っ当な人の恋を妬むなんておかしい。純粋な黒羽を誑かすなんてどうかしている。それに何より、黒羽自身がじきに気づく。俺の異常な恋心に恐怖を抱く。
 そうなる前に、手遅れになる前に、俺は真っ当にならなくては。
 震える手で、ポケットから手紙を取り出し、皺を伸ばす。
『それ、なあに?』
 何も知らない黒羽が首を傾げる。
 俺は、精いっぱい自分の中の悪魔を押さえつけて、その手紙を黒羽に渡した。
 そして。
 その日から、俺は黒羽と距離を置いた。
 戸惑う黒羽には、もうすぐ中学受験だからと理由をつけて納得させた。黒羽に声を掛けられる度、無視した。そうしていく内に、黒羽も俺と会うことを諦めた。当たり前だ。もう彼は一人なんかじゃない。噂によれば、彼は毎日のように女子から告白を受けているらしい。それに、一宮ママが運営している黒羽のSNSはフォロワー数がすごいことになっている。彼は嫌がっているらしいが、一宮ママが隠し撮りを上げた瞬間、たくさんの称讃コメントが来るらしい。モデルの仕事依頼だってもう何件も来ているそうだ。
 そんな遠い位置にいる人間が、どうして……。

「どうして、まだお前は、俺に縛られてんだよ……」
 涙目になった黒羽を見て、悪い呪いが彼の中から消えていないことを知る。あまりにも愚かだ。俺に執着する意味なんかないのに。
「僕だって、何度も畔蒜のこと諦めようとしたよ……! でも、やっぱり僕は畔蒜がいいんだもん!」
「ぐえ!」
 がばり、と抱き着かれ、勢いよくのしかかった体重に悲鳴を上げる。が、そんなことお構いなしに、黒羽は俺の胸に自分の額を夢中で擦りつける。
「畔蒜は、幼い僕が何度謝っても許してくれなかった。僕のどこが悪いのか聞いても全然答えてくれなかった! ねえ、どうして?! 僕、畔蒜と会いたいの我慢して、ずっと自分を磨いて畔蒜が振り向いてくれるのを待ってたのに! 結局畔蒜は僕を見てくれなかった! だから僕はこうして、畔蒜が僕の家庭教師になるよう仕向けたんだ! 不登校にまでなってね!」
 ヒステリックな叫びに含まれた真実は、俺の身に有り余るものだった。
「はは……。お前は間違ってんだよ、黒羽……。雛鳥じゃないんだからさ……。お前、告白なんて今までたくさんされてきただろ? だったら、そろそろ忘れろよ。初めての告白だったから、特別感を抱いてるだけだ。見ろよ、俺にそんな価値があるか? 目を覚ませ。俺はお前と違って、どこにでもいるような凡人だろ?」
「……ふっくらした唇も。鋭い目も。色白い肌も……全部可愛い」
 胸を張って凡人アピールをした俺に白む様子もなく、黒羽は丁寧に口づけを落としてゆく。
「は、ちょ、待っ、ん」
 唇、瞼、そして首筋に黒羽の唇が這う。その度に、悔しいほど体が反応してしまう。
「ずっと、こうしたかった。ああ、畔蒜。僕が何度貴方に触れる妄想をしたことか……!」
「ッ……」
 熱の籠った瞳で見つめられ、腹の底が熱く疼く。
「ね、僕のこと、ちょっとは意識してくれた?」
「待ってくれ! 俺、本当に、今日は、そんなつもりじゃなくて……」
「畔蒜。僕のモノになってよ」
 いつの間にか目に溜まっていた涙が、黒羽の唇に掬い取られる。泣き虫が移ったようだ。
「駄目に決まってる……。俺、カノジョいるし……! お前も、どうせ付き合ってる人ぐらい、いるんだろ……?」
 言ってる傍から、心の底で黒羽が否定してくれることを望んでいる自分にうんざりとする。この期に及んで俺は、黒羽が他の人に取られることを恐れている。自分に縛られていればいいのにと思ってしまう。本当に身勝手だ。
 そして、その都合の良い望みは簡単に砕かれる。
「ええ、いますとも。とっても可愛いカノジョがね」
「え……?」
 火照っていた体が一気に冷える。
 どうして……。俺に縛られているんじゃなかったのか? なあ、黒羽……。その瞳に映した欲は、俺の幻想だっていうのか……?
 怖い……。
 俺には黒羽がわからない。俺には俺の気持ちすらわからない。
 俺のことが好きであってほしい。俺に縛られたままでいてほしい。
 それなのに。
 黒羽に彼女がいる……?
「俺を、おちょくってるのか……?」
「まさか。ただ、僕は一途なだけだよ。……あのね、僕が付き合ってるの、陽菜子ちゃんなんだよ」
「は……?」
 二股されてたってことか? いや、それよりも、コイツは陽菜子が好きなのか?
 いよいよ呼吸が浅くなる。ここから逃げ出したい。これ以上何も知りたくない……!
「お前、は、あれ、か……? 陽菜子と、俺を、別れさせるために、こんな、こんな酷いことを……」
「酷いって? 畔蒜のセカンドキスを奪ったこと? 僕のファーストキスを奪った畔蒜に言われたくはないけどね」
「それも、だけど……。俺に縛られてるフリなんか……」
 じわりと涙が溢れてくる。それを止めようとすればするほどぐずぐずになる。
「ああ、やっぱり。否定しないってことは畔蒜、あれ以来キスしてないんだ。偉い偉い」
「う……」
 嬉しそうに俺の頭をポンポン撫でる黒羽に一瞬疑問符を浮かべるが、それが陽菜子の貞操を案じてのことだと気づき、再び胸が苦しくなる。
 実をいうと、俺と陽菜子は恐ろしくプラトニックな関係だった。本当に付き合っていると言っていいのか不安になるほど接触がなく、付き合って一年、今日まで彼女と友達以上のことをしたことがない。
 正直、俺としてはその関係が一番望ましいものだった。
 だって、俺は未だに彼女に劣情を感じたことがないのだから――。

 陽菜子と付き合うようになったきっかけは、友達に誘われたコンパ。そこで彼女からのアタックを受け、俺は周りに押されるままにOKした。
 でも、ちょうど良かったと思った。無理やりにでも黒羽への気持ちを消さなければと思っていたところだったから。
 会わなければ忘れてしまえると思っていたのに。風の噂で伝わってくる彼の姿を思い浮かべる度に、身が捩れるほど会いたくなった。
 耐え切れなくなる度に、SNSに上がる写真を見て恋心を燃やし続けてしまった。
 それではいけなかった。真っ当な人間にならなければ。これは勘違いなんだって、否定しなきゃ。止めなくちゃいけないことだから。
 だから俺は、“普通の人間”になるために陽菜子を利用したのだ。
 なのに。
 黒羽が陽菜子と付き合ってる?
「ふざ、けるな……」
「僕は至って真面目だよ。それに、それは僕の台詞だ」
 強い眼差しで睨め付けられて思わず目を逸らす。
 完全に俺の負けだ。
「はは……。なんだよ……。そんなに怒んなくてもいいじゃん……。俺の気持ち、わかってんだろ……?」
「わかんないよ。わかんないから……こんな強硬手段に及んでるんじゃないか……」
「黒羽……」
 苦しそうに呟いた黒羽に、酷いことをしているのは自分の方なのではないかと今更気づく。
 黒羽が陽菜子に想いを寄せていたなんて知らなかった。知ってたら、すぐに彼女と別れたというのに。俺は、また黒羽から奪ってしまった。
「あのさ、俺、陽菜子と別れるから。だから、そんな顔すんなよ。俺さ、本当は彼女のこと好きじゃないよ。こんなこと言ったら怒るかもしんないけどさ……。だって、俺は、さ。俺が好きなのは、お前、だから、さ……。はは」
 言わなくていいことまで言ったかもしれない。言ってもどうしようもないというのに。でもまあこれで、黒羽も安心するんじゃないだろうか……。いや、気持ち悪く思うかもしれない。
「……なんだ。やっぱりそうなんだ。……良かった」
 安堵の表情を浮かべた黒羽に胸が痛む。やっぱり俺は、黒羽の幸せを素直に喜べないらしい。ああ、真っ当になれない。
「そもそも、そんな心配しなくとも陽菜子は俺のこと金づるとしか思ってないって。最初はどういう気持ちだったかわかんないけどさ。今はとっくに冷めてるよ、彼女」
 そりゃ、こんなイケメンに告白されれば鞍替えもする。
「俺なんかがお前に敵う訳ないのに。馬鹿だな」
「……畔蒜、なんか勘違いしてない?」
「ん?」
 幸せそうにふにゃふにゃ笑っていた黒羽が、急に苦虫を嚙み潰したような顔をする。
『ピーッ、ピーッ、ピーッ……』
 どうしてそんな顔をするのか首を捻った途端、下の階から電子音が聞こえて現実に引き戻される。
「洗濯、終わったみたいだな。流石にお前もこれ以上当て擦る気はないだろ? それに、このままでいると危ないのはお前の方だからな?」
「当て擦る?」
「嫌がらせってことだよ。俺の気持ち知ってて、わざとそういう嫌がらせするなんてさ。いい性格してるよ、ほんと」
 無意識に自分の唇に触れる。黒羽に触れられた感覚が蘇ってからそれに気づき、慌てて指を離して舌を打つ。これ以上は苦しくなるだけだ。
「ほら、退いてくれよ。もうお前の目的も果たせただろ? ああ、安心しろよ、俺は別にお前とどうこうなる気はないから。こんなの、すぐに消せる。だから、お前は陽菜子と――」
「すぐに消せる?」
「……黒羽?」
 ドスの効いた黒羽の声に戸惑う。今までに聞いたこともないその声は、その怒りは、今俺に向いているのだ。
「すぐに消せるわけない。十年以上持ち続けてきた思いが、簡単に消えるわけない。畔蒜はわかってない。俺がどれだけ拗らせてるか。それなのに、畔蒜は簡単に僕を諦めるの?」
「……? それが、お前のためだろう?」
「いい加減気づいてよ! ねえ、僕はまだ畔蒜が好きだよ? なんでこんな簡単なことなのに、僕たちは……」
「え、黒羽、俺が、好き、なの……?」
「そう言ってんじゃん、馬鹿! 鳥頭!」
「ぐえ……」
 強く抱きしめられて呻き声を上げる。が、お構いなしに黒羽はあちこちに口づけを落としてゆく。
「僕はあの日からずっと黒羽に恋してた。それなのに、黒羽は僕から逃げた。僕だって、流石に諦めかけたよ。だけど、畔蒜がどこぞの女と付き合ってるって聞いたから。許せなかった。だから、僕は陽菜子ちゃんを惚れさせた」
「は? なんでそうなる」
「畔蒜を誰のものにもしないためだよ。幸い、陽菜子ちゃんはちょっと優しくしただけで、すぐに自分から告白しにきてくれたよ」
「は? 陽菜子が? 俺と付き合ってるのにも関わらず?」
「うん。女子って現金だね。まあ、僕がそういう雰囲気を作り出すのが上手いだけかもだけどね」
「……それで?」
「僕は言ったんだ。「今付き合ってる人とそのまま一年間友達以上のことをしないで付き合えたら、考えてあげる」って」
「なんだよそれ」
「陽菜子ちゃんも戸惑ってた。「別れるんじゃ駄目なの?」って」
「駄目なのか?」
「陽菜子ちゃんには「付き合ってすぐに鞍替えするのは印象が悪い。それに池野さんが可哀想だから」って言っておいた。あ、金を巻き上げてるのは陽菜子ちゃんの意思だからね? まあ半分はさっさとフラれたいって気持ちがあってやってたんじゃない?」
「そんな……」
 今まで強請られるがままに買ったブランドもののバッグや服を思い出して、心の中で涙を流す。これが女の子と付き合う事か~と脳死していた自分が憎い。
「で。僕がどうしてそんな条件を出したかというと……。畔蒜に一年間大人しくしてもらおうと思って」
「……俺?」
「僕はこの一年という猶予期間で、畔蒜を僕のモノにするための計画を考えた。出席日数を無駄にしてね。さっき言ったことは全部本当だよ。畔蒜をおちょくってる訳じゃない。こうでもしなきゃ、畔蒜は来てくれないと思ったんだ」
「……馬鹿だろ」
「でも、畔蒜は来てくれた。ねえ、金目当てとか言ってたけど。本当は僕のこと、心配して来てくれたんじゃないの?」
「う……。まあ、半分は、な。……馬鹿だろ?」
「うん。僕たち本当に馬鹿だよ。本当に」
 ゆっくりと黒羽の顔が近づいてくる。それに抵抗する意味を無くした俺は、黙って目を閉じる。
「甘い」
「これからもっと甘やかすつもりだけど?」
「陽菜子はどうする」
「いっぱい畔蒜に貢がせたんだからさ、おあいこじゃない?」
「そうだといいけど……。お前、学校は行くの?」
「目標達成したんでね。頑張って残りの日数稼ぐよ」
「モデルは? 同性愛なんてまだ世間体が悪いだろ? お前の両親だって許してくれるわけが……」
「それは追々。ていうか別に、僕はこのまま母親の着せ替え人形でいる気はないよ。高校卒業したらこの家を出ていく。だからさ、そういう未来の話、考えておいてよね?」
「未来の話って……」
「一緒に住もうってこと。ね、いいでしょ?」
「お前ね、簡単に言うなよ……」
「うん。でも僕は本気」
「……イケメンの本気コエーよ。って、あれ?」
 眩し過ぎる黒羽の顔から目を逸らし、本棚に目をやる。そこにひっそりと飾られていたのは、妙に古びた小さなぬいぐるみ。
「あ~、えっと。それはさぁ……」
「もしかしてあれ、昔俺があげたカラス?」
「……うん。覚えてたんだね」
 照れくさそうにぬいぐるみに手を伸ばした黒羽に、何故か俺まで赤面してしまう。正直、見るまでずっと忘れていた。けど、思い出した。
「夏祭りの、射的で当てたマスコットだ。黒羽、お母さんに夏祭り行っちゃ駄目って、留守番しとけって言われてたから……。俺がお土産にって……」
「うん。それ。僕ね、すごく嬉しかったよ。本当に、昔から畔蒜は優しかった」
「いや、だからってこんなの、わざわざ取ってなくても……」
「捨てるわけない! 僕の宝物なんだから」
 くたびれたカラスを大切そうに抱きしめた黒羽は、なんだか見ていてこそばゆい。
「……お前、ぬいぐるみプレゼントしても喜んで大事にしてくれそうだな」
「え? 何? くれるの?」
「はは。この関係が一年続けばくれてやるよ」
「じゃあね、アヒルのマスコットがいい! カラスくんの相方として!」
「リクエスト早すぎ。まだ付き合って一日どころか一時間も経ってないだろ」
「というかむしろ、付き合ってる判定くれるんだね」
「……今の無し」
「なんで?」
「俺、勝手に舞い上がってたわ。恥ずかしい」
「えっ。可愛い」
「可愛くないし付き合ってない」
「そうだね。こういうのはちゃんと言葉にしなきゃね。てわけで、畔蒜。僕と同棲を前提にお付き合いください」
「……本気?」
「今更。んじゃ、僕と付き合えば、一年後には欲しい物なんでも買ったげる」
「ゲームでもいいのか?」
「勿論。だから、こんな趣味の悪いピアスはやめて」
 黒羽の手が器用にピアスを外してから、それを躊躇いもなくゴミ箱へ放る。
「……ごめん。でも、オニキスがさ、綺麗な黒色だから、なんかお前っぽいかなって……。ちょっと気に入っちゃって」
「は~。何それ。怒るに怒れないじゃん。新しいの、僕が買うよ」
「いや。やっぱ俺にこういうのは似合わない。頭もさ、そろそろ元に戻そうかなって思ってたとこだったから……丁度いい」
「僕のせい?」
「黒羽のおかげ。本物が側にいてくれるんならオニキスなんか要らないし。髪も、定期的に染め直すの面倒いし。就活あるからどの道、ね」
「……いいの?」
「俺さ、本当は陽菜子に貢ぐより、ゲームに金使いたかったんだよ。ここ一年、もう何本も見送ってるゲームがあってさ。……誰か一緒に遊んでくれると嬉しいんだけど」
「対価が安過ぎない?」
「そりゃ、こっちのセリフだっての」
「ふふ。やっぱ好きだな」
「だから、それもこっちのセリフなんだよ……って、うぎゃ!」
 黒羽に押し倒されて、悲鳴を上げる。目の前に近づいたその顔は、どうにも余裕がなさそうで……。
「あ~、あのさ。お察しの通り、もう限界なんだよね……。ずっと我慢してきたんだからさ、畔蒜、いい……?」
「ぐ……、い……、よくない……! てか、そういうのはせめて高校卒業してからだし……。そもそも、上下逆じゃね……?!」
 一瞬その有無を言わせない顔の圧に負けそうになるが、何とか反論をぶつける。年下にいいようにされては立つ瀬がない……!
「は? 僕が抱く側なら年齢関係ないでしょ?」
「いや、そんなことは……くしゅん!」
 そんなことはある、のか……? と迷った矢先に、真っ裸でいたツケが回る。
「あ~。流石に今日はやめとこうかな。愛する人が風邪で寝込む姿は見たくないからね」
「う……」
 額に軽く口づけを落とされた後、頭を優しく撫でられる。
「じゃ、着替え取ってくるから。待っててね、僕の可愛い白鳥さん」
「う、おお……」
 これ以上ないくらい優しい瞳で極上の微笑みを浮かべた黒羽が部屋を去った後、顔を覆う。
「これ、俺のが耐えられないかも……」
 動悸の収まらない胸を押さえて、今の自分がドラマ並みにヒロインしてることに気づく。
 母さんごめん。ドラマのことめっちゃ馬鹿にしたけど……、ありきたり展開とか言ったけど……。実際、ヒロイン側になってみると、心臓、持たないかも……!
 それから、俺が母さんと一緒に韓流ドラマを嗜むようになったのは言わずもがな。カラスくんにアヒルの相棒ができたのも言わずもがな、だ。
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