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020 メデューサ
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悠人たちは衝撃のあまり飛び上がった。
「魔物! なんかオシャレなローブを纏ってるし! それにめちゃ美人!」
美優はメデューサの姿に驚いた。
生気のない青白い肌であることを考慮しても惚れてしまいそうな美人だ。
金の装飾が施された漆黒のローブにも目が行く。
「どこから現れたんだ!?」
悠人は突如として敵が出現したことに驚いた。
現在に至るまで、一瞬たりとも警戒を緩めていなかった。
葵の胸を凝視している時ですら、リソースの一部を警戒に割いていた程だ。
なのに声を掛けられるまで気配を察知できなかった。
「それより、あなた……言葉を話せるの?」
葵はメデューサが日本語を話したことに驚いた。
これが最も核心を突いており、また、その驚きは相手も同じだった。
「それは妾のセリフじゃ。見たところお主らは人間に見えるが何かの見間違いか?」
三人は目配せすると頷いた。
代表して悠人が答える。
「人間を知っているのか? ところであんたは何者だ? 見たところ人間ではないようだが?」
「知っているも何も……いや、知っている。もう一つの質問に対する回答としては、『メデューサ』と言っておこう。名前ではなく種族を尋ねられているのだと判断したのでな」
メデューサは艶のある声で話す。
あまりにも流暢な日本語で、三人は無言ながら驚いていた。
そんな三人に、メデューサが改めて尋ねる。
「それで、お主らは何者じゃ?」
「俺たちは人間だよ。でも、この世界の人間じゃない。別の場所から来たんだ」
「別の場所?」
メデューサの眉間に皺が寄る。
「地球って言うんだけど知らないか?」
「地球……? いや、知らぬな。もう少し詳しく話を聞かせてくれぬか? もしかしたら妾は、そなたらの手助けになれるやもしれん」
「「「おお!」」」
三人は声を弾ませた。
メデューサも妖艶な笑みを浮かべる。
「俺たちは地球っていうところに住んでいたんだけど――」
悠人はこれまでの事情を話した。
「――そんなわけで、今はどうにかして元の世界に戻りたいと思っている。決してこの世界をどうこうしたいなんて思っていないんだ。だから、何か知っていたら教えてほしい。こちらも地球ならではのお礼が何かしらできるはずだから」
「そういうことだったか……」
メデューサは口に手を当て、しばらく黙って考え込んだ。
髪の代わりに生えている無数の蛇が「フシャァ」と舌を出している。
約20メートルも離れているというのに、美優と葵はゾクッとした。
「地球の戻り方についてだが、妾に心当たりがある。いや、知っていると言って差し支えないやもしれぬ」
三人に衝撃が走る。
「本当か!? なら教えてくれ! できることなら何でもするから!」
悠人は身を乗り出した。
「もちろんかまわぬ。それにお礼は結構だ。困っている者に礼など求めぬ」
「だったら――」
「だが、戻り方を話す前に確認しておきたいことがある」
「なんでも確認してくれ!」
「なら確認するが――」
メデューサはその場に正座した。
ローブが汚れようとお構いなしだ。
向こうが正座したので、悠人も腰を下ろす。
美優と葵も、悠人の隣に座った。
メデューサに合わせて三人とも正座する。
「――そこから、妾の瞳に宿る炎は見えるか?」
「炎?」
メデューサは「うむ」と体を前に傾ける。
可能な限り悠人たちに顔を近づけた。
「瞳の奥に宿っているのかな?」
悠人は目を凝らし、両手を地面に突いて、限界まで首を伸ばす。
(瞳に宿る炎が見えるか確認することに何の意味があるんだ?)
と思うが、口にはしない。
日本に戻る方法を教えてもらえるなら何だっていいからだ。
この世界ならではの作法だろう、と思えば納得することができた。
「そうじゃ。目の奥に宿っている炎じゃ」
さらに目を細める悠人。
その時、メデューサの瞳が赤く光り始めた。
「何か光っているけど、それが炎?」
首を傾げる悠人。
一方、隣に座っていた葵は――。
(メデューサの瞳……)
――ハッとした。
「悠人君、ダメ!」
「「え?」」
葵が叫ぶと同時に、メデューサの瞳から赤い光線が放たれた。
それは真っ直ぐ悠人に目がけて飛んでいく。
時速150km――プロ野球選手の直球と同程度のスピードで。
「きゃあああああああ!」
攻撃を受けたのは葵だった。
彼女は悠人を守ろうとタックルしたのだ。
「「葵先輩!?」」
「チッ! 勘のいい女だ!」
メデューサは舌打ちして立ち上がる。
「逃がすか!」
悠人は横に転がり、その勢いで立ち上がる。
既に矢を番えており、あとは敵に向かって放つだけ。
しかし――。
「まただ。また忽然と……」
――対岸にメデューサの姿はなかった。
慌てて見回すがどこにもいない。
足音も聞こえなかった。
「どうなっているんだ?」
困惑する悠人。
「悠人!」
美優が呼んだ。
用件は悠人にも分かった。
「葵先輩!」
悠人は周囲を警戒しつつ葵の前に屈む。
「やばいよ悠人! 葵先輩の足が!」
美優に言われて気づく。
葵の足が石になっていた。
石化だ。
その範囲が上半身へ拡大している。
「どうなっているんだ!? 葵先輩の体が石になっていくぞ!?」
悠人は幅広い分野に関する高いレベルの知識を有している。
その道の専門家には及ばないが、総合的な知識量は間違いなく天才レベル。
だが、そんな彼をもってしても理解不能な事態だった。
「ごめん……悠人君……私……」
葵が苦しそうに声を絞り出す。
「ねぇ悠人! どうしたらいいの!?」
「分からねぇ! 分からねぇよ、俺にだって……!」
この時、悠人はこの世界に来て初めてパニックに陥った。
突如の異世界転移にすら全く動じなかったのに。
「あ……うぅ……」
葵が悠人に向かって手を伸ばす。
悠人は周囲を確認してから、武器を置いて葵の手を両手で包んだ。
「葵先輩……なんで……なんで俺を守ったんだよ!」
「悠人君……」
「本当は俺のこと嫌いだったんじゃないのか!? 包丁の件で恨んでいるって言っていたじゃないか!」
美優が「えっ」と驚く。
彼女は悠人が寸止め手コキに遭っていたことを知らない。
だから予想だにしない発言だった。
「こうも……言ったでしょ……。おあいこ……だ……って……」
「これでまた借りを作っちまったじゃねぇか!」
「なら……今度は……お詫び……じゃなくて……お礼…………を……」
葵の言葉が途絶えた。
石化の範囲が口にまで達したのだ。
数秒後には頭頂部まで完全に石と化していた。
「そんな……! ウソ……! やだよ! こんなの!」
美優は両手を顔に当てて泣き崩れる。
「なんで……」
悠人は人生で経験したことのない無力感に襲われた。
しかし、ここで悲しみに暮れることはできない。
美優がヒステリックに泣いたことで、悠人は冷静さを取り戻せた。
俺がなんとかしなければ、と思ったのだ。
「美優、学校に戻ろう。あそこなら防壁が守ってくれる」
「え? 葵先輩は? まさかここに置いていくの!?」
「そんなことはしない。学校まで運ぼう、一緒に」
「分かった! ……私も頑張らないと。悲しむのは学校に戻ってから!」
「そうだ! 行くぞ美優!」
二人は協力して葵を抱えた。
石化したことで重さが増しており、一人ではとても運べない。
(クソッ! クソッ! クソッ!)
心の中で怒りまくる悠人。
それはメデューサを信じた自分に対する怒りだ。
メデューサがどういう魔物であるかを完全に失念していた。
(この世界のメデューサが必ずしも俺たちの知る石化使いとは限らないが、それでも頭がヘビのメデューサって魔物がいたら石化を警戒するべきだった! 俺のミスでこんなことになったんだ! クソッ!)
悔しさのあまり、悠人の目から涙がこぼれる。
今は静かに後悔の念と向き合いたい。
――が、そんなものは彼の事情だ。
この無情な世界は、それを許すほど優しくなかった。
「「「ケッケッケーッ!」」」
魔物の徒党が現れたのだ。
赤い帽子が特徴的な全長1メートル級の小さな人型モンスター。
レッドキャップだ。
「悠人、敵が地面からいっぱい出てくる!」
「樹上からも降ってきているぞ!」
そこら中からレッドキャップが現れる。
最初は3体だったのに、最終的には50体に増えた。
全員が右手に斧を持っている。
「ちぃ! 後ろにもいやがる……!」
二人は僅か数秒で完全に包囲されてしまった――。
「魔物! なんかオシャレなローブを纏ってるし! それにめちゃ美人!」
美優はメデューサの姿に驚いた。
生気のない青白い肌であることを考慮しても惚れてしまいそうな美人だ。
金の装飾が施された漆黒のローブにも目が行く。
「どこから現れたんだ!?」
悠人は突如として敵が出現したことに驚いた。
現在に至るまで、一瞬たりとも警戒を緩めていなかった。
葵の胸を凝視している時ですら、リソースの一部を警戒に割いていた程だ。
なのに声を掛けられるまで気配を察知できなかった。
「それより、あなた……言葉を話せるの?」
葵はメデューサが日本語を話したことに驚いた。
これが最も核心を突いており、また、その驚きは相手も同じだった。
「それは妾のセリフじゃ。見たところお主らは人間に見えるが何かの見間違いか?」
三人は目配せすると頷いた。
代表して悠人が答える。
「人間を知っているのか? ところであんたは何者だ? 見たところ人間ではないようだが?」
「知っているも何も……いや、知っている。もう一つの質問に対する回答としては、『メデューサ』と言っておこう。名前ではなく種族を尋ねられているのだと判断したのでな」
メデューサは艶のある声で話す。
あまりにも流暢な日本語で、三人は無言ながら驚いていた。
そんな三人に、メデューサが改めて尋ねる。
「それで、お主らは何者じゃ?」
「俺たちは人間だよ。でも、この世界の人間じゃない。別の場所から来たんだ」
「別の場所?」
メデューサの眉間に皺が寄る。
「地球って言うんだけど知らないか?」
「地球……? いや、知らぬな。もう少し詳しく話を聞かせてくれぬか? もしかしたら妾は、そなたらの手助けになれるやもしれん」
「「「おお!」」」
三人は声を弾ませた。
メデューサも妖艶な笑みを浮かべる。
「俺たちは地球っていうところに住んでいたんだけど――」
悠人はこれまでの事情を話した。
「――そんなわけで、今はどうにかして元の世界に戻りたいと思っている。決してこの世界をどうこうしたいなんて思っていないんだ。だから、何か知っていたら教えてほしい。こちらも地球ならではのお礼が何かしらできるはずだから」
「そういうことだったか……」
メデューサは口に手を当て、しばらく黙って考え込んだ。
髪の代わりに生えている無数の蛇が「フシャァ」と舌を出している。
約20メートルも離れているというのに、美優と葵はゾクッとした。
「地球の戻り方についてだが、妾に心当たりがある。いや、知っていると言って差し支えないやもしれぬ」
三人に衝撃が走る。
「本当か!? なら教えてくれ! できることなら何でもするから!」
悠人は身を乗り出した。
「もちろんかまわぬ。それにお礼は結構だ。困っている者に礼など求めぬ」
「だったら――」
「だが、戻り方を話す前に確認しておきたいことがある」
「なんでも確認してくれ!」
「なら確認するが――」
メデューサはその場に正座した。
ローブが汚れようとお構いなしだ。
向こうが正座したので、悠人も腰を下ろす。
美優と葵も、悠人の隣に座った。
メデューサに合わせて三人とも正座する。
「――そこから、妾の瞳に宿る炎は見えるか?」
「炎?」
メデューサは「うむ」と体を前に傾ける。
可能な限り悠人たちに顔を近づけた。
「瞳の奥に宿っているのかな?」
悠人は目を凝らし、両手を地面に突いて、限界まで首を伸ばす。
(瞳に宿る炎が見えるか確認することに何の意味があるんだ?)
と思うが、口にはしない。
日本に戻る方法を教えてもらえるなら何だっていいからだ。
この世界ならではの作法だろう、と思えば納得することができた。
「そうじゃ。目の奥に宿っている炎じゃ」
さらに目を細める悠人。
その時、メデューサの瞳が赤く光り始めた。
「何か光っているけど、それが炎?」
首を傾げる悠人。
一方、隣に座っていた葵は――。
(メデューサの瞳……)
――ハッとした。
「悠人君、ダメ!」
「「え?」」
葵が叫ぶと同時に、メデューサの瞳から赤い光線が放たれた。
それは真っ直ぐ悠人に目がけて飛んでいく。
時速150km――プロ野球選手の直球と同程度のスピードで。
「きゃあああああああ!」
攻撃を受けたのは葵だった。
彼女は悠人を守ろうとタックルしたのだ。
「「葵先輩!?」」
「チッ! 勘のいい女だ!」
メデューサは舌打ちして立ち上がる。
「逃がすか!」
悠人は横に転がり、その勢いで立ち上がる。
既に矢を番えており、あとは敵に向かって放つだけ。
しかし――。
「まただ。また忽然と……」
――対岸にメデューサの姿はなかった。
慌てて見回すがどこにもいない。
足音も聞こえなかった。
「どうなっているんだ?」
困惑する悠人。
「悠人!」
美優が呼んだ。
用件は悠人にも分かった。
「葵先輩!」
悠人は周囲を警戒しつつ葵の前に屈む。
「やばいよ悠人! 葵先輩の足が!」
美優に言われて気づく。
葵の足が石になっていた。
石化だ。
その範囲が上半身へ拡大している。
「どうなっているんだ!? 葵先輩の体が石になっていくぞ!?」
悠人は幅広い分野に関する高いレベルの知識を有している。
その道の専門家には及ばないが、総合的な知識量は間違いなく天才レベル。
だが、そんな彼をもってしても理解不能な事態だった。
「ごめん……悠人君……私……」
葵が苦しそうに声を絞り出す。
「ねぇ悠人! どうしたらいいの!?」
「分からねぇ! 分からねぇよ、俺にだって……!」
この時、悠人はこの世界に来て初めてパニックに陥った。
突如の異世界転移にすら全く動じなかったのに。
「あ……うぅ……」
葵が悠人に向かって手を伸ばす。
悠人は周囲を確認してから、武器を置いて葵の手を両手で包んだ。
「葵先輩……なんで……なんで俺を守ったんだよ!」
「悠人君……」
「本当は俺のこと嫌いだったんじゃないのか!? 包丁の件で恨んでいるって言っていたじゃないか!」
美優が「えっ」と驚く。
彼女は悠人が寸止め手コキに遭っていたことを知らない。
だから予想だにしない発言だった。
「こうも……言ったでしょ……。おあいこ……だ……って……」
「これでまた借りを作っちまったじゃねぇか!」
「なら……今度は……お詫び……じゃなくて……お礼…………を……」
葵の言葉が途絶えた。
石化の範囲が口にまで達したのだ。
数秒後には頭頂部まで完全に石と化していた。
「そんな……! ウソ……! やだよ! こんなの!」
美優は両手を顔に当てて泣き崩れる。
「なんで……」
悠人は人生で経験したことのない無力感に襲われた。
しかし、ここで悲しみに暮れることはできない。
美優がヒステリックに泣いたことで、悠人は冷静さを取り戻せた。
俺がなんとかしなければ、と思ったのだ。
「美優、学校に戻ろう。あそこなら防壁が守ってくれる」
「え? 葵先輩は? まさかここに置いていくの!?」
「そんなことはしない。学校まで運ぼう、一緒に」
「分かった! ……私も頑張らないと。悲しむのは学校に戻ってから!」
「そうだ! 行くぞ美優!」
二人は協力して葵を抱えた。
石化したことで重さが増しており、一人ではとても運べない。
(クソッ! クソッ! クソッ!)
心の中で怒りまくる悠人。
それはメデューサを信じた自分に対する怒りだ。
メデューサがどういう魔物であるかを完全に失念していた。
(この世界のメデューサが必ずしも俺たちの知る石化使いとは限らないが、それでも頭がヘビのメデューサって魔物がいたら石化を警戒するべきだった! 俺のミスでこんなことになったんだ! クソッ!)
悔しさのあまり、悠人の目から涙がこぼれる。
今は静かに後悔の念と向き合いたい。
――が、そんなものは彼の事情だ。
この無情な世界は、それを許すほど優しくなかった。
「「「ケッケッケーッ!」」」
魔物の徒党が現れたのだ。
赤い帽子が特徴的な全長1メートル級の小さな人型モンスター。
レッドキャップだ。
「悠人、敵が地面からいっぱい出てくる!」
「樹上からも降ってきているぞ!」
そこら中からレッドキャップが現れる。
最初は3体だったのに、最終的には50体に増えた。
全員が右手に斧を持っている。
「ちぃ! 後ろにもいやがる……!」
二人は僅か数秒で完全に包囲されてしまった――。
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