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038 ストライキ

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 四日目の朝。
 悠人は王の部屋で心地よさそうに眠っていた。
 彼の両サイドには美優と葵がいて、二人は悠人に抱きついて寝ている。
 梨紗子はベッドから落ちて床を転がっていた。

 もちろん四人とも裸だ。
 昨夜は代わる代わる悠人とセックスしていた。
 そのせいで疲労が凄まじく、泥のように眠っている。

 午前10時20分。
 他の生徒は朝食を終えて作業の準備を進めていた。

 通常であれば、悠人たちもそうしなくてはならない。
 ――が、今の彼に意見をできる教師はいなかった。
 実力があり、生徒からの人気は絶大で、今や時の人だ。
 教頭の田辺などは遠目に悠人を見かけるだけで進路を変える程だった。

 そんな怖い物知らずの悠人を起こす不届き者がいた。
 三年の男子・阿古屋だ。

『みんなー! 聞こえるかー!』

 本館からとてつもない音量の放送が流れる。
 それによって悠人たちは目を覚ました。

「おい美優、朝から叫ばなくても聞こえてるよ」

「どう考えても男子の声だったじゃんかよぉ」

 美優は体を起こし、眠そうな顔で時計を探す。
 センスのないアンティーク調の掛け時計を見て飛び起きた。

「もう10時過ぎてるじゃん!」

「え、ウソ!?」

 と、驚いたのは葵だ。
 自身のおっぱいを見て満足気にニヤける。
 だからといって悠人と中身が入れ替わったわけではない。

 右の胸にキスマークが付いているのだ。
 昨夜、悠人におねだりして付けてもらった。
 その時のことを思い出して嬉しくなったのだ。

「んがびー! んがびー!」

 変ないびきを掻いているのは梨紗子。
 全く起きる様子がない。

『男子諸君! 今日からストライキだ! もう教頭や他の男教師から搾取されるのはやめにしよう!』

 阿古屋の声が響く。

「男教師から搾取されるって何だ? 教頭たちは男子を犯しているのか?」

「外回りを押しつけられていることを言っているんじゃない?」と葵。

 悠人は「あー」と納得した。

「紛らわしい言い回しだな」

『知らない人もいるだろうから言おう! 昨日、我らが霧島が教頭を論破した! いつもの調子で自分を正当化するあのハゲに対し、霧島は言ってくれたんだ! 統率者は女の教師がすりゃいいって! お前たち男の教師は外回りをしろって! 俺もそう思う!』

 阿古屋の声が次第に大きくなっていく。
 耳を澄ますと、扉をノックする音もスピーカーから響いている。
 教師の怒鳴る声も微かに混じっていた。
 それらの音から、阿古屋が放送室を不法に占拠していると分かる。

「俺は“教師”じゃなくて“教職員”と言ったんだがな」

「どう違うの?」と美優。

 悠人は無視して放送に耳を傾けた。

『俺は決めた! 教頭ら男の教師が外回りをしない限り、俺ももう外には出ないと! 皆だって教師のやり口にはムカついているはずだ! だからストライキを起こすぞ! 賛同してくれる奴は今から運動場に集まってくれ! 徹底抗戦だ!』

 そこで放送が終わった。
 阿古屋が自分の意思で終了したのか、教師が切ったのかは分からない。
 どちらにせよ、彼の主張を伝えるには十分だった。

「こんな環境で内紛だなんて平和ぼけしてんなぁ」

 この時、悠人は他人事だと思っていた。

 ◇

 阿古屋の呼びかけは、悠人の想像よりも反響があった。
 放送の数分後には、運動場に100人以上の男子が集結したのだ。
 三年だけでなく二年や一年もいる。

『男の教師は外に出て働けー! 危険を冒せー!』

『生徒を何だと思っているんだー!』

『ふざけんじゃねぇぞ、このハゲー!』

 運動場では、阿古屋が拡声器で喚いていた。
 その声に合わせて他の男子も「働け」やら「ハゲ」やら叫ぶ。

 その頃、悠人はというと――。

「テントとかアウトドア道具って調達できるか?」

「それなら任せて! アウトドア部に頼んで借りるよ! 必要なものをリストにまとめてもらえる?」

「オーケー。さすがはダンス部のホープ、頼りになるな」

「ダンス要素は全くないけどねー! がはは!」

 ――遠征に向けて女性陣と話を詰めていた。

「家庭科部のほうはどうだ?」

「それは大丈夫。昨日の内に話をつけておいたから。今後は副部長に全て仕切ってもらうことにした」

「快諾してもらえてよかったな」

「ゆうくんとのキスが効果あったみたい。皆、私のことを応援してくれるって」

 葵は嬉しそうに微笑んだ。

「なら野営用の道具は美優に任せるとして、俺は工房で武器を作るとしよう」

「あたしはみゆみゆと一緒に行くねー。アウトドア部の連中が渋ったら手コキでもして説得するよ」

 梨紗子も目を覚ましている。
 化粧も終えて準備万端だ。

「私は調理道具を集めておくね。家庭科部の部室に余っているのがあるから、それを借りてくるよー」

「オーケー。全員の準備ができたら食料の調達がてらちょろっと探索して、問題がなければ明日の朝に出発と行こう」

「「「了解!」」」

 作戦がまとまり、悠人たちは王の部屋を出ようとする。
 しかし悠人がドアノブに手を伸ばした時、扉が勝手に開いた。
 反対側から開けられたのだ。

「「うわっ!」」

 扉を開けた主と悠人は揃って驚いた。

「長谷川先生じゃないか」

 訪問客は悠人の担任を務める長谷川真紀だった。

「おはよう、霧島君。西村さんと宮藤さん、井上さんも」

 美優と葵が頭を下げ、梨紗子は「ちわーっす!」と手を挙げる。

「東谷ならここにいないよ。ここはもう俺の部屋になったから」

「うん、知っているわ。霧島君に用があって来たの」

「俺に?」

 首を傾げる悠人。
 真紀の用件が理解できなかった。
 前に呼ばれた時は東谷の件だとすぐに分かった。

「少し話せる? というか話をさせてもらえない?」

 真紀は切羽詰まった様子だった。

「別にいいよ。美優、お客様と俺にお茶をお出ししろ」

「かしこまりましたご主人様……って、私はメイドかーい!」

 美優が渾身のノリツッコミを繰り出す。
 ――が、それに反応する者は誰もいなかった。
 悠人と真紀はもとより、葵や梨紗子ですら無視である。
 美優は生まれて初めて自分のお笑いセンスを疑問視するのだった。
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